一倉宏 2007年4月6日



ちいさな旅人
                      

ストーリー 一倉宏
出演 水下きよし

その旅は私のささやかな そして曖昧な 自慢話だ

小学5年生になる春休みに はじめて長距離のひとり旅をした
電車を乗り継いで 関東のある街から 関西のある街まで
乗り換えは 上野 東京 そして京都 の3回
新幹線を京都で降りて 無事 叔母の住む街に向かうローカル線に乗った

平日の午後 乗客はまばらとはいえ 無人のボックスはなかったのだろう
私は車内を見渡し 窓際に白髪のそのひとのいる席の向かいに座った
おそらくは ちいさな会釈をして

いま知っていることばでいえば 「気品のある老紳士」
当時に知っていることばでいえば 「ちょっとかっこいいおじいさん」は
こころよく 小学生の私を迎え入れてくれた
なんだか・・・ どこかで見たような 頭のよさそうなおじいさん

2駅めも過ぎた頃だったと思う なにかの本を読んでいた私は 
向かいの そのひとに話しかけられたのだった
「本は 好きですか?」
決して口数が多いというタイプには思えない そのひとは
線路沿いの踏切が通り過ぎるあいだに ぽつりぽつりと私に話しかけた

「学校は 楽しいですか?」

いまでは 多くの悪口をいわれる「戦後民主主義教育」だけれど
すくなくとも 私の受けた学校教育はそんなものではなかった
それは 「希望」とか「理想」とか まっすぐに語るものだったから 
私はそれを 「大好きだ」と答えたと思う

そのひとはよろこんだ そして
「どの科目が好きですか?」 と 尋ねた

私はすこし考えて そして 2つに絞った
「国語 と 理科」
そう答えたら そのひとの眼が きらりと光ったことを忘れない

「そうですか・・・
 私もこどものころから 両方好きでした
 私は ずっと理科の勉強を専門にしてきましたが・・・
 どちらも すばらしい・・・
 そして はてしない
 ・・・宇宙も ・・・ことばも」

誰だったと思う?
その 向かいの老紳士は 誰だったと思う?

「どちらに進むにせよ
 ぼっちゃん がんばって勉強なさい」

そういって そのひとは 私の頭をなで 次の駅で降りた
そのひとは・・・ もしかして・・・

湯川秀樹博士 だったのではないか と思うのだ

その旅は私のささやかな そして曖昧な記憶の 自慢話だ
私の憧れが 勝手につくった思い出話でない限り

そのひとは素敵だった まっすぐに「未来」を語った

あの頃のこどもたちが みんな好きだった
「湯川博士」よ そして 「希望」よ 「理想」よ 「平和」よ
いつのまにか この時代のローカル線は・・・

どこへゆく?

*出演者情報 水下きよし 03-3709-9430 花組芝居所属

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一倉宏 2007年3月23日



国語の先生がしてくれた「桜」の話

                      
ストーリー  一倉 宏
出演     山下容莉枝

もうすぐ卒業するみなさん おめでとう
もうすぐ この学校とも先生たちとも
さよならをする日が来ます

そしてその日 校門を出れば あのバス通りの交差点が
みなさんの 最初の別れ道になるでしょう
信号を渡るひと 待つひと 駅へと曲がるひと
どんなに名残惜しくても そこはもう別れの道です

3年前 新入生のみなさんを迎えたのは 
校庭の桜の 花吹雪でしたね
あの桜は 今年みなさんを見送るために
咲き急いでいるかもしれません

最後に贈る言葉として
「桜」の話をしようと考えました

国語の授業のあるときに
日本の古典文学で ただ「花」とあることばは
「桜」のことを指していると 
お話したのを憶えていますか
「花」といえば「桜」 は 暗黙の了解でした

それほど 
日本人は「桜の花を愛してきた」といえます
しかし この「愛する」ということばを
ただの「大好きな気持ち」とは考えないでください

きょうは その話をしたかったのです

日本の昔のひとのつくった詩 歌を読むと
「桜」という花を 単純に「好きだ」ということはなく
むしろ「悔しい」とか「悲しい」「切ない」
という気持ちで 表現しています
「桜の花」は美しいけれど あまりに短い時間で散ってゆく
そのことに「胸を痛める」歌ばかりなのです

先生は これが「愛する」ということばの
ほんとうの意味ではないかと思います

桜の花は 咲いて散るまで わずか数週間
けれど 私たちのいのちだって やはり
限りあるものです

日本人が 桜の花からもらったものは
そんないのちの いま生きている時間の
かけがえのなさ 愛おしさ 
だったのではないでしょうか

もうすぐ卒業式 別れの時
ちいさな翼のはえはじめたその肩を 
桜色のまぶしい風が押すでしょう

そのいのちを 大切に
卒業 おめでとう

出演者情報:山下容莉枝 03-5423-5904 シスカンパニー

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一倉宏 2007年2月16日



チョコレートには遅すぎる
                  

ストーリー 一倉宏                     
出演 森田成一

2月に入ったある日、彼女が、
「ねえ、どんなチョコレートが欲しい?」と聞くので、

「そうだな、32口径のオートマチックで、
 サイレンサーが付いてるやつ」と、答えた俺。

「また、わけのわかんないこと言って。なに、それ!」と、
彼女は、どんな性能のよいポットよりも早く、一瞬で湯気を立てた。

「ハードボイルド好きの俺様にチョコレートは似合わないのさ」
と、言いたいところだけど、それでは彼女を傷つけすぎる。
男は、優しくなければ生きていく資格がない、のは、言うまでもない。
だから、本当のような嘘のような、こんな話をした。

「むかし、近所のお菓子屋に、ピストルのカタチをした
 チョコレートが入荷したんだ。めったに出ないしろものさ。
 どんなにそのチョコレートが欲しかったことか。
 男の子たちは、みんな憧れたよ。」

やっと、意味がわかりはじめた彼女。俺は、つづける。

「しかし、俺はいち早くあきらめた。
 だって・・・ 自分の家の貧しさを恨むとしたら、それは、
 かあちゃんを恨むことになるって・・・ わかっていたから。」

湯気を立てていた彼女は、黙った。
そして、すこし考えてから、言った。

「だけど、やっぱり・・・
 ピストル型のチョコレートなんて、ぜったい嫌だな。
 そんな・・・ 物騒なもの、つくれない。」

「わかった。じゃあ、もっと平和的なやつを。」と、
 俺はリクエストした。

ハードボイルドな私立探偵には憧れるけど、現実のこの俺は、
私立大学英文科を出ただけの、極めて平和的な男だ。
・・・生きていく資格だけは、あると思う。

そういえば、英語で「 Chocolate Soldier 」、「チョコレート
の兵隊」
っていうのは、「戦争に行きたがらない兵隊」って意味だそうだ。
この場合の「チョコレート」は、たぶん「甘ったれた」とか、
「こどもみたいな」という意味なんだろう。

だとしても、いや、だとすれば、
チョコレートって、すごく平和的で、いいじゃないか。
俺は、そう思う。・・・ここは、アメリカじゃない。

いつの間にか、男が、若い男たちが、誰も、
「戦争には行きたくない」と言えない時代に、なっていないことを、
・・・俺は願う。

いつの間にか、この国の、バレンタインデーはとっくに終わって、
「チョコレートには遅すぎる」という、時代に・・・
気づかないまま・・・なっていないことを。

出演者情報:森田成一 03-3749-1791 青二プロダクション

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一倉宏 2007年1月5日



「それぞれ」の日記たち
                 
                 
ストーリー 一倉宏                   
出演  坂本真綾

「それぞれ」の日記には
きっと 「それぞれ」のことが書いてある

たとえば
「ねこ」の日記には きっと
お天気のことが 詳しく書いてある
晴れの日には満足そうに その暖かさを幸福そうに
陽射しのぐあい 光の温度と肌ざわりまで 
そう ワイン好きが ワインを愛でるように
おひさまの 光のことを書いている 舌なめずりして
そのかわり 雨の日 曇りの日には 不満やグチを書いておく
そうだ 昼寝の回数もきっと 書いてある
お天気と昼寝 それが ねこさまの日記に違いない

それなら

「いぬ」の日記には 散歩のことが書いてある
散歩のことばかりが書いてある
たとえ まいにち同じコースだとしても
いぬたちの目には まいにち新しいページのように映るのだ
だから わくわくして わんわんするのだ
まいにちの同じ風景が まいにち新鮮に映る 幸せ
だから いぬたちは あんなに幸せそうなんだ
まいにちの散歩の風景が まいにち新鮮なことばで書いてある
そんな いぬたちは 名エッセイストに違いない

ということは

「自動車」の日記には 走ったことが書いてある
道の名前 通りの名前を つぎつぎと
性格上 けっこう律義な日記なんだろう
ちょっと危なかったこととか しっかり反省したりして

あるいは

八百屋の店先の 「キャベツ」や「トマト」の日記には 
そうだな 故郷のことが書いてあるだろう
みんな 田舎もんなんだけど それをちっとも恥じたりしない
みんな お国訛りまるだしで 故郷の思い出を書いている

わが家の「冷蔵庫」の日記には 住人たちのこと
本日 新たな入居者は5名 転居者は2名
1階に白菜と椎茸 2階にピザ 3階にビールと豆腐
そういえば 2階のアジの干物 家賃滞納 もう2ヶ月も

そして

わが家の「カーテン」が日記に書くことは
きっと カーテンに会いに来た 風たちのこと
ゆらゆらと おだやかに 風の身の上話を聞いている
ひらひらと 笑いながら 風と親しく話している

その「風たち」の

「風たち」の日記には 何が書いてあるだろう
国境も日付も 大陸も海も越えて吹く 風たちの日記には
きっと どこの国のことばでもない ことばで
だけど 世界中の誰もがわかる ことばで
この地球の 美しさが 書かれているだろう
たとえば サンゴ礁の島の大空で生まれ
地中海も カスピ海も ゴビの砂漠も 知っている風
ローマの教会も アラビアのモスクも 奈良の寺院も吹き抜けた風
モンゴルの大草原を駆けて アリューシャン列島を渡り
グリーンランドのオーロラにも 南氷洋のクジラにも挨拶した 風
そんな風たちが 山茶花の葉を揺らしながら
わが家のカーテンに 吹いている

それぞれの 日記たち
それぞれの この星の話

そんな想像を きょう
「私」は 日記に書いた

出演者情報 坂本真綾 http://www.jvcmusic.co.jp/maaya/

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一倉宏 2006年12月8日



ぐるっとまわって ~マフラーのうた~     
                 

ストーリー 一倉宏                    
出演 坂本真綾

<マフラー>は
<ありがとう>ということばに似ている
光も息も白い12月の朝
極太の毛糸の手編みのように くすぐったい<ありがとう>
ふんわりとカシミアのように やさしい<ありがとう>
<ありがとう>のあたたかさを 嫌いなひとはいない
だから <マフラー>は
<ありがとう>ということばに似ている 

<ありがとう>ということばは
<アリゲーター>に似ている
たとえば多摩川の河原を散歩して
ばったり出会ったら 足がすくんでしまう<アリゲーター>
ばっちり目が合ったら 心臓が止まりそうな<アリゲーター>
<アリゲーター>に会って <ありがとう>というひとはいない
だけどやっぱり <ありがとう>ということばは
<アリゲーター>に似ている

<アリゲーター>は
<夏の日の恋>に似ている
アラビア半島で戦争がはじまったあの年
激しい陽射しの下の 瞳が私を虜にした<夏の日の恋>
すっかり忘れているのに 突然ちくりと思い出す<夏の日の恋>
<夏の日の恋>は かすかな痛みとして刻まれる
だから <アリゲーター>は
<夏の日の恋>に似ている

<夏の日の恋>は
<友だちに貸した本>に似ている
高校時代 毎日のように会っていた親友に
私が好きで 彼女も好きになってほしかった<友だちに貸した本>
いつまでもと願ったから 約束はしなかった<友だちに貸した本>
<友だちに貸した本>は ほとんど 永遠に帰らない
だから <夏の日の恋>は
<友だちに貸した本>に似ている

<友だちに貸した本>は
<セッケンの匂い>に似ている
朝起きて 働いて 家に帰る毎日
わるい時もあるけど いい時もある<セッケンの匂い>
ぶつぶつ文句いうより さっぱり洗い流したい<セッケンの匂い>
<セッケンの匂い>は 誰かを恨む気持ちにさせない
だから <友だちに貸した本>は
<セッケンの匂い>に似ている

ぐるっとまわって
<セッケンの匂い>は
<マフラー>に似ている
母親から 友だちから 恋人からもらった
私をいつも取り巻いて ほっとさせてくれる<マフラー>
なのに うっかり涙を落としてしまうこともある<マフラー>
<マフラー>は ときどき 目頭まで熱くする
だから <セッケンの匂い>は
<マフラー>に似ている
<マフラー>は <ありがとう>のことばに似ている

*出演者情報 坂本真綾 http://www.jvcmusic.co.jp/maaya/

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一倉宏 2006年11月10日



1時を過ぎてもう1軒      

                  
ストーリー 一倉宏
出演 マギー

「女は、別れた男の数だけ腕時計を持っている」
 そういう説がある。
 この卓抜な警句をつくったのは、ぼくのともだちだ。

「女はね、別れた男の数だけ腕時計を持ってる」
あの夜、失恋したともだちが繰り返し言うので、
そのたびに納得してやった。

もうそうとう酔ってるな。
傷が深いのは、わかるけど。

「ある日突然、見たことない時計をしてきた彼女に、
 切り出されたわけですよ。
 突然よ! それでさ、わかる? 
 その時計をちらちらっとさ、気にしながら
 じゃ、私行くから、ごめんね。
 だって。つくしょーっ。

 おれがプレゼントした時計がいちばんのお気に入りって。
 いつもいつもその時計をしていたのにねーっ。
 みごとだよ。おみごとっ。」

こういう夜だから。
女性全般をワルモノと言うのもしかたない。
「そうだそうだ、女はそうよ」と相槌を打ちながら、
テーブルの下の携帯で、
「かなり荒れてます。遅くなります」
のメールも打ったりしてた。

ともだちが失恋して、なぐさめるなら、
その夜は、腕時計を見るべきではない。
僕もまた、もう何杯目かのウイスキーを飲みながら、
「だからさ。いい女はいっぱいいるよ。
見返してやれ。おいっ」と言った。

僕も彼女に時計を贈ったことはある。
そんなに高いのじゃないけど。
僕が彼女に時計を贈られたことはない。
なぜなら、
つまり僕は時計が好きで、
欲しかったのはもちろん機械式で、
かなり値の張るものだから。

「いいんだよ。
僕の時計は自分で買うから、お金貯めて」と言ってた。
去年のクリスマスの、数日前のことだった。
売り場で見て来たらしくて
「ほんとに高いんだね」と、泣きだしそうな顔で言った。

うん。
その泣きべそだけで、
僕はもう、おなかいっぱいに、じゅうぶんだから。

*出演者情報 マギー  03-5423-5904 シスカンパニー所属

音楽:ツネオムービープロジェクトhttp://tsuneo.cart.fc2.com/

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