川田琢磨 2023年6月4日「乾燥と蒸発」

乾燥と蒸発

   ストーリー 川田琢磨
      出演 遠藤守哉

「雲はどうやって生まれるの?」
小学生になった息子に、そんな質問をされた。

「なんでだろう、一緒に考えてみよう」
とでも言えば、賢い子に育ったかもしれない。

「神様が、わたあめ作ってるんだよ」
とでも言えば、想像力を伸ばせたかもしれない。

理系脳の私は、反射的に答えてしまった。

暖かい空気と、冷たい空気が混ざると、
暖かい空気から水滴が絞り出されます。
寒い日に息が白くなるのと一緒。
あの白いのは、小さな水滴の集まりで、それが雲の正体だ、と。

ポカーンとする息子を見て、すぐ我に返った。
また彼から考える機会を奪ってしまった。
なんと大人げないことをしてしまったのだろう。
わかったのかわかってないのか、
息子は「ふーん」とだけ返事をして、その会話は終わった。

それからしばらく経ったある日の夕方。
息子が空を見上げながら、こんなことをつぶやいた。
「飛行機雲が短いから、明日は晴れだね」

衝撃だった。
彼はもう、雲のメカニズムを理解しているではないか。

短い飛行機雲、つまり、すぐに消える飛行機雲とは、
雲を構成する小さな水滴が簡単に蒸発してしまうほど、
空が乾いている証拠。
だから天候にも恵まれやすい。

それを理解していなければ、飛行機雲の長さと天気の関係に、
どうして気付けようか。

私は「その通り!」と叫びたい気持ちをグッと堪え、
一拍置いてから、「どうしてそう思ったの?」と水を向けてみた。
原理を説明するのは、今度は君の役目。
私も父として成長し、君も成長した。
いよいよ、自然現象に対するうんちく語り、世代交代の瞬間である。

胸を張って、堂々と、君は答えた。
「ネットで言ってた。なんでかは知らない」

私が君に向けた水は、私の乾いた笑いとともに、
空の彼方へ蒸発していった。

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出演者情報:遠藤守哉(フリー)

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