村山覚 2023年8月13日「朝顔の大あくび」

「朝顔の大あくび」

ストーリー:村山覚
   出演:平間美貴“・村山覚

あさだ: 一日の始まりって、いつだと思う?
かおる: 一般的には23時59分から0時0分になった瞬間です。
    あるいは、あなたが住む町に日がのぼった瞬間を
    一日の始まりとみなすこともできるでしょう。
あさだ: チャットなんとかみたいな答えだね。
かおる: それは褒め言葉でしょうか。
あさだ: 他にもある?一日の始まり。
かおる: では、あなたが「おはよう」と発声した瞬間を
     一日の始まりとするのはどうでしょう?
あさだ: 俺、一人暮らしなんだけど‥‥
かおる: いいじゃないですか。私は毎日、自分に言っていますよ。
おはよ〜、いただきま〜す、ごちそうさま〜、おやすみ〜。
あさだ: うーん、まぁ「おはよう」もいいんだけど、
    もうちょっと風流な始まりがいいな。
かおる: 風流?
     風流は優れた美的感覚や洗練された趣味を指し、
     雅や趣があること、です。
あさだ: そう、そういうの。
かおる; では、一日の始まりは
    「ベランダの朝顔が開いた瞬間」というのはどうでしょう?
    先日、入谷の朝顔まつりで買ってきたでしょう?
あさだ: そうそう、毎朝咲くのが楽しみで。
かおる: 朝顔って日没から約10時間後に開くらしいんです。
あさだ: え?朝の明るさとか気温で開くんじゃないんだ。
かおる: まぁ多少は関係あるんでしょうけど、
     一旦暗くなること、そして気温が下がることが
    開花の条件だそうです。
あさだ: そうなんだ。
かおる: 尾崎放哉の俳句に、こんなのがあります。
     「父子で住んで言葉少なく朝顔が咲いて」
父と子、何歳ぐらいだと思います?
あさだ: 朝顔ってさ、小学一年生が育てがちじゃん。
だから、30代後半のお父さんと6歳の娘。
かおる: 私は、70歳の父と40歳の息子を想像しました。
あさだ: えー?ぜんぜん違うね。
    でもたしかに、70歳と40歳だと言葉少なくもなるか。
かおる: 会話が少ない家庭に、毎朝可憐な朝顔が咲くって、
     とても風流ですよね。
あさだ: そうね。俺一人暮らしだからさー、
     毎朝、朝顔がさ、ラッパ?蓄音機?みたいな感じで開くと
     “起きろ〜” って言われてる気がするんだよ。
かおる: それはあなたの思い込みですね。
あさだ: え?
かおる: あれ、”起きろ〜” ではなく、朝顔の大あくびなんですよ。
あさだ: え?あくび?
かおる: 夏の夜に、暗いなかで10時間じーっと待っていて、
     ちょっとずつ気温が上がってきて、夜が明けそうな時間帯。
     そりゃあくびもしますよ。
あさだ: 私の一日は、朝顔の大あくびとともに始まる。
かおる: あいつは一度あくびをしたら、もう二度と口を開かない。
     そして翌朝、また別のやつがあくびをするのだ。
あさだ: うちのベランダはそんなに退屈か?
かおる: いえ、夏はそもそも退屈な季節なのです。
あさだ: 言葉はなくとも、一日の始まりに大あくび。
かおる: そして言葉を浴びるにつれ、朝顔はしぼむのです。
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出演者情報:平間美貴 03-5456-3388 ヘリンボーン所属


  

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村山覚 2021年5月2日「身勝手な手紙」

「身勝手な手紙」             

ストーリー 村山覚
   出演 清水理沙

海外に行くと、ホテルのフロント横にある小さなショップで、
ポストカードを5枚買う。今回、手に取ったのは

ステンドグラスが美しい宮殿/民族衣装ではにかむ子ども
英雄らしき人が馬にまたがる銅像/夕陽に照らされた旧市街

ラストの1枚は、変なカードを買うのがマイルール。
謎の楽器を老人が演奏しているカードにした。
何年も売れていないのか、少し色褪せているのが妙にしみじみする。

エアコンが効きすぎている部屋に戻る。
ポーカーで勝利を確信したときのように5枚を机の上に並べていく。
見事にばらばらだ。

電話の横に備え付けられているホテルのロゴ入りのペンは
信用ならないので、リュックの中から三色ボールペンを取り出す。
まずは赤いペンの出番。“AIR MAIL”と書き、
その下に線をひくという作業を5回繰り返す。
手紙を書くときの準備運動。

1枚目、母へ。
“パンがおいしい。羊がおいしい。ビールも最高”
この国の魅力を端的に伝えようと思ったのだが
思い浮かぶのは食べ物のことばかり。しかし嘘は書いていない。

2枚目、甥っ子へ。
街で見かけた猫の絵を描いてみる。
“ニャー”と吹き出しをつければ、どんな下手な絵でも猫になる。

3枚目、仕事を押し付けた後輩へ。
本気の感謝や謝罪はメールではなく手紙で伝えるべし
というのがうちの社風だ。“すいません!”
大きな字で一言だけ。感謝であり、謝罪でもある。

4枚目、来週の自分へ。
“これを読む頃には、あなたは退屈な日常に
戻っているのでしょう。ざまあみろ〜”

5枚目、の宛先は決まっていなかった。
ケータイのアドレス帳を「あ」から一番下まで
スクロールしていく。懐かしい名前がたくさん。

決めた。
このカードが似合うのは、この人しかいない。
SNSなんて絶対やらないから近況がまったく分からない人。
半年だけ好きだった人。

まだこの住所に住んでいるかな?
ま、届かなくてもいいや。

“特に深い意味はないんですけど、
異国の地であなたを思い出したので送ってみます。
どうか、お元気で!”

日付を書き、その横に名前を書こうとして、やめた。

“p.s. 私は誰でしょう?”



出演者情報:清水理沙 アクセント所属:http://aksent.co.jp/blog/

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