関陽子 2026年10月4日「秋の夜長に」

秋の夜長に

ストーリー 関陽子
   出演 阿部祥子

最近眠れないのよ。
色々考えだすと止まらなくなって。
秋だからかねえ。いや、歳だねえ。
布団の中で、全然時間が進まないの。
諦めてスマホでも見たら?
そんなの、余計眠れないじゃない。
とにかく目を瞑ってますよ。でも、なかなかねえ・・。

で、悶々としてたらふと思ったわけ。
人間、どんなに偉くなっても、お金があっても、
時間が進んでいくのだけは誰も止められない。
だから、時間を自由に操れる発明に頑張るわけでしょ。
タイムマシンとか、人体の冷凍保存とか。
でも・・思いつちゃったのよ。
そんな大掛かりなのじゃなくて、サプリ。
時間の体感を変えられる、サプリ。
楽しい時間はあっという間に過ぎるけど、
退屈で苦痛な時間は、全然進まない。
あれってなんでだろうって思わない?
あの謎の体感を、飲むだけで逆転できたらいいだろうなあって。
一粒飲むと、
ワクワクする映画はずーっとたっぷりワクワク、心から満足できるのね。
ドキドキする初デート・・そんなのもう私にはないけどさ、
まぁそれもいつまでもドキドキ夢の中で。
逆に、くだらない会議は気づいたら終わってて、
眠れない夜はあっという間に朝になる。
ね、アンタも欲しくない?
どこかの偉い科学者ナントカさんがさ、
人間の神経のどっか、ちょちょっとアレできればさ、作れると思うの。
え、それが一番難しいんじゃないのって?
・・なんとかしなさいよ、あんたたちみたいな若いのが。

――と、85歳の母が電話口で近況報告をしてきた。
そんな夢物語を思いつけるなら、
眠れない秋の夜長も悪くないんじゃないか。
そう思いながら、私は電話を切った。
・・あ、一つツッコミ忘れた。
私ももう、若くないんだけどね。

出演者情報:阿部祥子(連絡先:ヘリンボーン 03-5456-3388)

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小山佳奈 2025年5月4日「空は青色だけじゃありません」

空は青色だけじゃありません

   ストーリー 小山佳奈
      出演 阿部祥子

「空は青色だけじゃありません」
そう先生に言われるのがいつも嫌だった。
「何色で塗ってもいいんですよ」と
やさしく言われるたびに
私の絵の具を持つ手が止まる。

初めのうちは真に受けて
自由に、というかむしろ、
しっちゃかめっちゃかに、
いろんな色を塗りたくっていた。
しかし色を重ねるたびにどんどんと
雲行きはあやしくなっていく。
乾くのを待てないから
乾かないうちに塗って
そこがにじんでまた汚くなる。

出来上がる頃には
悪魔が降ってきそうな
どす黒い空になっている。
塗ってしまったら元には戻れない。

あぁ、こんなことなら
青一色で塗ればよかった。
つまらないといわれようが
まごうことなき青一色の空がよかった。
図工嫌いが始まったのは
絵の具の授業が始まった頃
だったのかもしれない。

そんな苦い記憶を掘り起こすように
子どもが学校の授業で
絵の具で絵を描いてくるようになった。
持って帰ってきたのは一本の木が描かれた絵。
そして空はやはりどんよりと曇っている。

そうだよね。
色を塗り重ねると曇るよね。
やっぱり青い空にしたかったよね。

そんなことを思っていたら子どもが

「それ、暗黒世界」

と絵を指さして言った。

「その木は地獄に落ちたときに
一番さいしょに襲ってくる木」

なんだそれと思いつつ
そうか、と思った。

そもそも現実の空を
描こうとしなくてもよかったんだ。
青空を描くんじゃなくて
好きな空を描けばいいって思えば
あんなに残念な気持ちに
ならなかったのかもしれない。

とは言ってもなぁ。

そうして窓の外を見ると
春の空は今日もどんよりと曇っている。

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出演者情報:阿部祥子 出演者情報:阿部祥子  
連絡先ヘリンボーン https://www.herringbone.co.jp/

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2025年5月号の収録記

上の写真は小山佳奈さんの原稿を読んでくれた阿部祥子さんです。
たいへん味わい深い声と表現の役者さんです。
祥子さんは、むかし自由劇場にいて、
たぶん私が見た「上海バンスキング」に出ていたんじゃないかと思います。
出演者全員が歌い、かつ楽器を演奏するという面白い芝居でした。
あ、古いプロフィール発見 ↓
https://www.big.or.jp/~d-misawa/jg/member/abe.htm

いつか、歌ってもらえる原稿があればいいなあと思います。

さて、5月掲載の収録の日、
珍しく女性のナレーターが二人になりました。
ふたりめが上の写真の平間美貴さんです。
ちょっと変な人。世界観が人と少しずれていそうな…
それを称して「平間っぽい」と私は呼んでいます。
名雪祐平さんの原稿を読んでいただきました。
平間さんのプロフィールはこちらです。
https://www.herringbone.co.jp/talents/hiramamiki/

本当に女性がふたり来るって珍しい上に
ふたりとも個性が強くて面白かったです。
お楽しみに (なかやま)



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磯島拓矢 2024年12月29日「約束」

「約束」

ストーリー 磯島拓矢
   出演 阿部祥子

今の彼とつき合い始めて気がついた。
前に同棲していた人が、約束好きだったこと。
「今日夕飯おねがい。明日、私やるから」そんな私の一言に、
その人は必ずこう言った。
「約束だぞ」
「明日まとめて洗濯するよ~」という私の言い訳にも、こう返してきた。
「約束だぞ」
それが嫌いで別れたわけではないけれど、こうして思い出すということは、
それなりにストレスだったようだ。
確かに、別れ話は私からした。
「寂しくなったら、連絡するかも」別れ際の挨拶にも、彼はこう言った。
「約束だぞ」
もちろん、その約束は守っていない。

「明日まとめて洗濯するよ~」私の言葉に、今の彼はこう返してくる。
「わかった」。以上。
約束というのは、つまりは言質を取る、ということなんだなあと改めて思う。
前の人は、言質を取ることで、ちいさな安心を積み重ねていたのだろう。
今の彼は、言質を取ることで、互いに縛られてゆくのが嫌なのだろう。
どちらが正しいということではない。
今の私には、今の彼が合っているということだ。

彼は本当に約束をしない。
「約束を破らない唯一の方法は、安易に約束をしないこと」
これは今私がつくった教訓だが、彼のスタイルを言い当てているかもしれない。
「約束をするのはたやすい。約束を覚えておくのが難しい」
これも今私がつくった教訓だが、ん~ひょっとしたら、こっちかもしれない。
約束というのは、確信犯で破られることは少ない。
約束を忘れてしまうことから、多くのトラブルは生まれている。
どうせ忘れちゃうから、約束はしない。
彼がそう思っているとしたら、なんと不誠実な態度だろう。

そんな不誠実な男と、私は来週結婚する。
当然のように「君をしあわせにします」みたいな約束はなかった。
家族に紹介した時も「娘さんを大切にします」みたいな約束はなかった。
両親は気にしてなかったけれど。
彼が「しあわせにします」と言わないのは、
「安易な約束はしない」からなのか、
「そんな約束きっと忘れちゃう」からなのか…。
こんなことをあれこれ考えてしまうのが、マリッジブルーというものなのか。
でも私は、前の人に電話しようとは思わない。

来週私たちは式を挙げる。
例の「病める時も健やかなる時も、愛し敬うことを誓いますか?」の儀式をやる。
そう、人生最大級の約束だ。
彼は一体どうするのだろう。
さすがにここは誓うのか、それとも、ここでもいつもの無表情で流すのか。
ちょっと、ドキドキしてきた。

ひとつ、決めていることがある。
「愛し敬うことを誓いますか?」牧師が私に聞いた時、
すぐには答えないことにする。一拍おいてやろうと思う。
そして、彼の顔をのぞくのだ。
私だって安易な約束はしないよ。
忘れちゃうような約束はしないよ。
それを、彼に伝えてやろうと思っている。

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出演者情報:阿部祥子  連絡先ヘリンボーン https://www.herringbone.co.jp/

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永野弥生 2024年11月17日「時をかけるメモ」

「時をかけるメモ」 

    ストーリー 永野弥生
       出演 阿部祥子

祖母が残した本を読み終えても、
その謎は解けなかった。

本の間に栞のように挟んであったメモに書かれていた
「こいしぐれに」という平仮名の走り書き。

まずは本の内容に関するメモなのではないかと思い、
注意深く読んだが、それらしい記述はなかった。

最後の「に」を助詞と捉えると、
「恋時雨」という演歌のタイトルのような言葉が
浮き彫りになる。

名詞と捉えると、味を濃いめにつけた「しぐれ煮」、
つまり「濃いしぐれ煮」という意味にとれる。

だいたいなぜ漢字を使わなかったのだ。
祖母は、ふつう平仮名で書きそうな言葉でさえ
漢字で書く人だったではないか。
「お手紙ありがとう」の「ありがとう」がいつも漢字だった。
おばあちゃん子だった私は、何かにつけて
よく祖母に手紙を書いていた。
子どもの私相手に、容赦なく漢字を多用した手紙を送ってくる
おおらかさが、今思えば彼女らしい。
おかげで「ありがとう」の語源が「有り難し」だと知り、
後に私はクラスで一番国語が得意な子どもとなった。

今さら、漢字でないことを悔やんでも
始まらないので「恋時雨」に思いを馳せてみる。

ググってみると「恋時雨」という曲は
いくつもあった。演歌のイメージが強かったが、
私が知ってる人気グループの曲も2008年に出ていた。
ありえないとは思いつつ、まだ祖母が健在の頃の曲ではあるので、
その失恋ソングを口ずさむ祖母を想像してみた。
そういえば、一緒に温泉に行ったとき、
旅館のカラオケルームで、年齢に似合わない当時のアイドルの曲を歌って、
驚かされたのを思い出した。祖母は70歳までスナックをやっていたので、
そう不思議なことではないのかもしれない。

それにしても、最後の一文字の「に」は何なんだ。

客がリクエストした曲名をメモったのだろうか?
「ママ、次は恋時雨にしようかな」と言われ、
思わず「こいしぐれに」とメモる可能性はゼロではないかもしれない。
ただ、そのメモが本の間に挟まるまでのストーリーが見えてこない。

おしどり夫婦だったと聞く祖父のために
濃いめのしぐれ煮をつくろうと思い、
買い物メモ的に書いたものかもしれない。
そう言えば、息子である父が「高血圧は親父譲り」と言っていたから、
祖父は味の濃いものが好物だったのかもしれない。
祖父の健康を気遣いつつも、たまには好物を食べさせてあげたいと
台所に立つ祖母を想像してみた。

漁師だった祖父は暗いうちに起きる生活だったから、
祖母は、遅めに帰宅した夜、大好きな読書をしながら
祖父が起きるのを待ったかもしれない。
買い物メモを本の間に挟んだのも自然な流れに思えた。

ドラマでもなかなか描かれないような、
すれちがい生活を送っていたふたりが、
おしどり夫婦と呼ばれるまでの人生の道のりに思いを馳せた。

日の出を待たない朝食の時間が
ふたりにとって、何よりも幸福な時間だったのかもしれない。

なんとなく、たどり着きたい推論にたどり着いた気がして、
ふと窓の外をみると、さっきまで降ったり止んだりを繰り返していた
小雨が止んで空が明るくなっていた。



出演者情報:阿部祥子  連絡先ヘリンボーン https://www.herringbone.co.jp/

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名雪祐平 2024年10月13日「走れ唐辛子」

走れ唐辛子

ストーリー 名雪祐平
出演 阿部祥子

ここ、いいバーだねぇ。
ちょっと酔ったついでに、白状しようかな。
会ったばかりの男の人に、恥ずかしいけどさ。

わたし、刺青あるんだ。
ううん、小さいよ。燃えるような赤いやつ。
唐辛子の刺青なの。

綺麗でかわいいんだけど、
ファッションのタトゥーじゃないつもり。
わたしには、誇りだから。

ふふ、こんな話されても困る?
でも、わたしを知ってもらうには、
刺青の話がいちばんって思ったんだ。
からだのどこかは、まだ秘密。あとでね。

なんで唐辛子? って思うよね。

わたし、郵便配達員なんだ。
いま10人に1人くらいかな、女の配達員。

ホンダの赤いスーパーカブに乗ってて、
ある朝、局から5台一列で出発したのね。
その瞬間、感じたの。
アッ、似てるって。

ほら、見たことあるでしょ。
インドカレー屋さんのメニューに付いてる
唐辛子マーク。
激辛のカシミールカレーなら唐辛子5つとか、
甘口のバターチキンカレーなら唐辛子1つとか、
あのマーク。

その朝、赤いバイク5台が唐辛子5つだぁ、
って見えたの。激辛だぁ、って。
朝っぱらから楽しくなっちゃった。へん?

もう気づいたと思うけど、
わたし、郵便配達、大好きで。

お手紙届けたり、申請書類届けるのだって、
誰かの人生に関係してるんじゃないかな。
そのラストワンマイルを走るアンカーが
わたしなんだって責任もってる。

そういう郵便配達の誇りって、
目に見えないでしょ。
刺青なら、しるしとして見えるし、
だったら、毎日配達する相棒のバイク、
唐辛子しかないって思ったの。

でも、ただ刺青するんじゃおもしろくないでしょ。
条件を考えたんだ。

一生懸命配達してると、
ありがとうって声をかけてくれたり、
飲み物やお菓子をくれたりする人がいて、
ささやなことが、すっごくうれしいの。

そうはいっても二言三言のやりとりだから、
下の名前で呼んでもらうほど近づけるって、
あまりなくて。

あ、わたしの名前、ナオなんだけど、
配達先で、もしナオって呼ばれたら
唐辛子1つ、刺青してオッケー。
そういうルールにしたわけ。

がんばったなぁ、がんばった。
雨にも負けず
風にも負けず
雪にも夏の暑さにも負けぬって、わたしだもん。

配達担当エリアに、
チバさんという若いご夫婦の家があってね。
共働きだったんじゃないかな。いつも留守で。
赤ちゃんができてからは、ママが抱っこして
ときどき受けとってくれるようになったの。

わたしも赤ちゃん見てニヤニヤしちゃうから、
自然に話しかけてもらう仲になったんだ。

チバさんに配達するたびに、わたしも、
たわいもない話したり、冗談ぽくグチったり、
赤ちゃんにおどけてみたりして。

でもベタベタするのも仕事上よくないし、
1分もいないから、
ナオって名前まで呼ばれることは……なかった。

しばらくたって、赤ちゃんが1歳になるころにね、
チバさんが初めてこう言ってくれたの。

「ナオさん、わたし仕事に復帰するね。
子育てつらかった時もあったけど、
ナオさんが来てくれると、いつのまにか笑ってた。
ほんとうにありがとね。
あまり会えなくなるけど、
お仕事がんばってね。からだに気をつけてね」

わたし、肩が震えてたと思う。
うれしくて、かなしくて、うれしくて。

つぎの休みに、唐辛子の刺青を彫ったんだ。
いまもまだ、その唐辛子1つしかないの。
まだまだ甘口なわたし。バターチキンなわたしです。

赤い赤い唐辛子。傷口みたいに美しいんだよ。
からだのどこかは、口では教えない。
探してみる?



出演者情報:阿部祥子  連絡先ヘリンボーン https://www.herringbone.co.jp/

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