三井明子 2022年8月14日「50肩の夏」

50肩の夏

  ストーリー 三井明子
    出演 平間美貴

夏に出かけても暑いだけだし
夏に出かけても日に焼けるだけだし
夏なんてみんな汗だくで
夏なんて好きじゃなかったのに
夏なんて全然好きじゃなかったのに
夏だからってやたら出かけたがる人たちを見て ちょっとひいてたのに
夏だからってはしゃいでいる人たちを見て さめてたのに
今はすごくうらやましい

原因は腕
腕というか肩
正直に言うと50肩
30代なのに50肩?
どうやら年齢関係なく50肩っていうらしい

なんだか腑に落ちないけれど
とにかく50肩になって以来さんざんだ
歯磨きも手を洗う事だって不自由
ましてや髪を洗うのは大仕事
着替えるのも大変で
もう見た目なんかかまってられたもんじゃない
ちょっと出かけるのもひと苦労

出かけられないとなると出かけたくなる
人間の習性か
私があまのじゃくなのか

夏の日差しの中、出かけたくなんかなかったはずなのに
夏の暑い中、汗だくの人になんか会いたくなかったはずなのに

な〜んていう独白でストーリーがはじまると
体の不調をきっかけに
夏という季節を見つめ直し
夏に出かけることを好きになっていく
新しい世界を、新しい自分を、見つける
そんな前向きな展開になっていきそうですよね

ところが
ところがなんです
その後、なんとか、50肩は治りましたが
翌年の夏、
どこかに積極的に出かけたりすることはありませんでした
あの経験をきっかけに
夏を好きになるなんてこと、まったくありませんでした
もちろん今年の夏もなるべく出かけず、家にこもってゲームです

人間そんなに変われるもんじゃありませんね
なにかをきっかけに、人は成長できることを知る、
という話は多いけど
実際には、
なにかをきっかけに、人はそう簡単に成長できないことを知ることのほうが
多いと思うんです
夏が、50肩が、教えてくれました。



出演者情報:平間美貴 03-5456-3388 ヘリンボーン所属

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三井明子 2021年8月22日「流れ星(2021)」

流れ星
          
ストーリー 三井明子
出演  清水理沙

気づいた時には、毎晩、
私の家で井上と食事をとるようになっていた。
その井上という男は、魚と野菜が好きで、酒もよく飲んだ。
私は井上のために、仕事帰りに新鮮な魚を買い、
野菜の煮物をつくった。
井上はおいしいおいしい、と言ってもりもり食べた。
私はそんな井上を見るのがうれしくて、
毎日がおだやかにすぎていった。
井上のことは、何も知らなかった。
どんな仕事をしているのか、
小奇麗な洋服はどこで買っているのか、
年齢も同世代ということしかわからない。
でも、特に知らなくてもいいと感じていた。
井上はギターが上手で、酒に酔うとよく弾いてくれた。
旅がすきで、若いころは気に入った町を見つけては、
転々としていたことを話してくれたことがあった。
「まるで渡り鳥みたいね」と私が言うと、
「渡り鳥なんかじゃないよ」と言った。
ある冬の日、夜空をながめながら、星座の話をした。
まぶしいくらい美しい冬の星座を、
2人でながめながら酒を飲んだ。
とても幸福な時間だった。
井上と過ごすことが、当たり前だと感じはじめていたある日、
井上は静かにいなくなった。
帰宅すると、井上の持ち物がぜんぶなくなっていたのだ。
といっても、井上の持ち物といえば、
ボストンバックひとつに収まる程度だったのかもしれない。
井上がいなくなった。
それを静かに受けとめると、
私は生きる意味を失ったように感じた。
食べることも、寝ることも、息をすることも無意味に感じて、
ただただ放心するばかりだった。
次第に、井上との日々は現実ではなかったように、感じるようになった。
井上との日々は、長い長い夢を見ていたのかもしれないと、
自分でもわからなくなった。
それから数日後、数人の男たちが私の部屋を訪ねてきた。
警察だった。
男の写真を見せられ、「見覚えはないか」と聞かれた。
髪型も雰囲気も違ったが、井上だった。
警察は「男の行き先に心当たりはないか」と、私に尋ねた。
私は「それを知りたいのは私の方だ、
何か分かったら教えてほしい」と聞き返した。
警察は、「その男は、井上ではなくイチハラという名前だ。
何か手がかりを思い出したら教えてほしい」と連絡先を残し、出て行った。
ドアの向こうで、彼らが話しているのが聞こえた。
「ホシはどこに流れていったんでしょう」と言っている。
そうか、井上は、渡り鳥じゃなくて、流れ星だったんだ。
と私は気づいた。
井上は、いつか流れて、ここに戻ってくるかもしれない。
だから、それまで引っ越しはやめよう。
井上のために毎日新鮮な魚を買って帰ろう。
そうとっさに、私は思った。



出演者情報:清水理沙 アクセント所属:http://aksent.co.jp/ 

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三井明子 2014年2月16日

「いちご娘」 

          ストーリー 三井明子
             出演 宮下今日子

冬が嫌いだった。
いちご狩りシーズンだから。

いちご農家に生まれた私は、冬の休日は“いちご娘”になった。
“いちご娘”というのは、いちご狩りの客寄せをする役のこと。
いちご畑のビニールハウスの前で、通りすぎる自動車に向かって、
「どうぞ」とか「ようこそ」とか言いながら、
いちごの形のボールをぐるぐる回す。

こんなの効果ないじゃん、と私は不満タラタラでやっていた。
ただ、となりのビニールハウスの前に、
美人のお姉さんが“いちご娘”になって立つたび、お客がぐんと増えるのだ。
一方、私のおかげで客が増えたという経験は、ほとんどなかった。

そんな、ささやかな挫折と絶望を味わいながら、
休日の日中をまるまるつぶし、
寒空の下、客寄せをするのは辛かった。
時々、同級生が通り過ぎて、冷やかされるのも嫌だった。
大学進学のために実家を離れ、
「いちご娘」から解放された時のよろこびは忘れない。

年月はあっと言う間に過ぎ、
今では、いちご農家は弟が継いでいる。
この間、実家に帰ったときに、
「久しぶりに“いちご娘”やってみようかな…」と何気なくつぶやいてみたら、
皆にゲラゲラ笑われた。

今になって気づいた。
“いちご娘”をやらされるのも花だったのだと。
あの時、もっと楽しんでおけばよかったのかな、“いちご娘”。

出演者情報:宮下今日子 03-5827-0632 吉住モータース所属

  

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三井明子 2011年1月22日

会員カード   

           ストーリー 三井明子
              出演 皆戸麻衣

「ひどい肩こりですね。重たいカバンを持ち歩いていませんか」

新年通い始めたマッサージ店で、いきなり言われた。

たしかに私のバッグはバッグ自体が重たい。
でも、年末のボーナスでやっと手に入れた、ブランドバッグ。
しばらくはこれを外せない。

バッグの中身で一番重たかったのは、化粧ポーチ。
でもこの中身は減らせない。
一日中、綺麗なメイクを保つために、化粧道具一式を持ち歩く必要があるから。

そして、バッグの中身で二番目に重たかったのは、財布だった。

財布の中身を全部出してみた。
すると、43枚のカードが目の前に現れた。
クレジットカード、キャッシュカード、診察券といった、
なくてはならないカードを外すと、
37枚のカードが残った。
そのほとんどがポイントカードや会員カードだった。

「当店のポイントカードはお持ちですか? お作りしましょうか?」
と言われて、断れない性格が生んだこのカードたち。
ひとつひとつ見ていくと、
一度だけ買い物をしたブティック、
年に数回買い物をするデパート、
旅先で食事をしたレストラン、もうつぶれてしまったコーヒーショップ…
こんなカードを毎日持ち歩いていたことを知り、
自分のズボラさに嫌気がさした。
カードの束のずっしりとした重みを確かめると、
肩こりが、よりいっそうツラく感じられた。

そして、驚くべきは、その会員カードのなかで
いちばん重たかったのが、マッサージ店のカードだったことだ。
分厚く、硬い素材でメタリックな加工がされている。
高級感あふれるカードといえば聞こえがいいが、
その厚みや重みは、客の肩こりを完治させないための
マッサージ店の商売上の陰謀にも感じられてきた。

「もしもし? おたくの会員カード、不自然に分厚くて重たくないですか?」
マッサージ店に文句の電話を入れてやろう、と思ったが
クレーマーになってしまうと気づき、直前で思いとどまった。

イライラしたら、また肩がこってきた。
そして、マッサージ店のカードを手に、
私はマッサージの予約の電話を入れていた。

出演者情報:皆戸麻衣 フリー

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三井明子 2010年10月17日

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『誕生日』
                  
ストーリー 三井明子
出演 西尾まり

初めて降りる駅。
駅を南側に少し歩くと、古いビルが並ぶ一角。
その中のひとつのビルの一室を探しあてた。
古びた応接セットの置かれた地味な部屋だった。
お香の匂いも、水晶玉もない。
そこには、ただ1人、おばあさんがいた。
私は、緊張して、沈黙が怖くて、自分から話し始めてしまう。

同僚の評判を聞いて来たんです、良く当たるって…
今日は、男性との出会いを占って欲しくて…
そこまで話すと、おばあさんが私に話しかけてきた。
「お名前は?」
サトウ サヤカです。
「生年月日は?」
1980年10月30日です。
そして、その2点だけを確認すると、
ゆっくりと頷き、
私の顔をじっくりと見つめ、
深く息を吸った後にこう話しはじめた。

「この部屋を出て、駅に向かう途中に2つ信号があります。
1つ目の信号待ちで、あなたの右側に1人の男性が現れるはずです。
その男性があなたの運命の人でしょう。思い切って声をかけてみてください」

あ、あの、もしも、右側に男性が現れなかったら?

「きっと現れます。
 万が一現れなかったら、現れるまで待っていればいいのです、その場所で」

そこまで自信たっぷりに断言されると、信じるしかない、のかもしれない…
でも、本当かしら…

そんなことを考えながら駅へ向かう。
緊張感が高まる。
1つ目の信号が見えてきた。
私が着くと同時に信号は赤になった。
そして…、
なんと、右側に男性がやってきた!
顔は良く見えない。
どんな人かわからない。
でも、声をかけるしかない。
顔を見ると、意外と好みのタイプ。
好きな音楽が一緒、職場が近所、自宅も同じ方向…
さえない喫茶店で2時間も話しこみ、
店を出るときには、次に会う約束をしていた。

「本当によかったね!披露宴の受付とスピーチは任せてね」
占いを紹介してくれた同僚たちが、ちょっと悔しそうに祝福してくれた。
そう、あれから自然に交際がはじまり、とんとん拍子に話が進み、
あの日、あのとき、あの信号の前で出会った男性、
タカシと結婚することになっていた。

披露宴を目前に準備で慌ただしくしていた週末、
手続きや相談もあって、実家に帰った。
ねえお母さん、実はね。
タカシさんとの出会いはね、誕生日が関係しているの…
「ふうん。あ、そういえば、今まで言ってなかったけど、
 サヤカの誕生日、ほんとうは別の日だったのよ…
 でもね、田舎のお爺さんがね、キリがいいって、
 変えて届けをだしちゃってね…」

え?え?そうなの?
私の誕生日は別の日なの?
じゃ、あのおばあさんは何を占っていたの?
じゃあ、タカシさんは運命の人じゃない…、の…?

出演者情報:西尾まり 03-5423-5904 シスカンパニー所属

shoji.jpg  
動画制作:庄司輝秋


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三井明子 2009年12月24日



流れ星
          
ストーリー 三井明子
出演 清水理沙

気づいた時には、毎晩、
私の家で井上と食事をとるようになっていた。
その井上という男は、魚と野菜が好きで、酒もよく飲んだ。
私は井上のために、仕事帰りに新鮮な魚を買い、
野菜の煮物をつくった。
井上はおいしいおいしい、と言ってもりもり食べた。
私はそんな井上を見るのがうれしくて、
毎日がおだやかにすぎていった。

井上のことは、何も知らなかった。
どんな仕事をしているのか、
小奇麗な洋服はどこで買っているのか、
年齢も同世代ということしかわからない。
でも、特に知らなくてもいいと感じていた。
井上はギターが上手で、酒に酔うとよく弾いてくれた。
旅がすきで、若いころは気に入った町を見つけては、
転々としていたことを話してくれたことがあった。
「まるで渡り鳥みたいね」と私が言うと、
「渡り鳥なんかじゃないよ」と言った。

ある冬の日、夜空をながめながら、星座の話をした。
まぶしいくらい美しい冬の星座を、
2人でながめながら酒を飲んだ。
とても幸福な時間だった。

井上と過ごすことが、当たり前だと感じはじめていたある日、
井上は静かにいなくなった。
帰宅すると、井上の持ち物がぜんぶなくなっていたのだ。
といっても、井上の持ち物といえば、
ボストンバックひとつに収まる程度だったのかもしれない。

井上がいなくなった。
それを静かに受けとめると、
私は生きる意味を失ったように感じた。
食べることも、寝ることも、息をすることも無意味に感じて、
ただただ放心するばかりだった。
次第に、井上との日々は現実ではなかったように、感じるようになった。
井上との日々は、長い長い夢を見ていたのかもしれないと、
自分でもわからなくなった。

それから数日後、数人の男たちが私の部屋を訪ねてきた。
警察だった。
男の写真を見せられ、「見覚えはないか」と聞かれた。
髪型も雰囲気も違ったが、井上だった。
警察は「男の行き先に心当たりはないか」と、私に尋ねた。
私は「それを知りたいのは私の方だ、
何か分かったら教えてほしい」と聞き返した。

警察は、「その男は、井上ではなくイチハラという名前だ。
何か手がかりを思い出したら教えてほしい」と連絡先を残し、出て行った。
ドアの向こうで、彼らが話しているのが聞こえた。
「ホシはどこに流れていったんでしょう」と言っている。

そうか、井上は、渡り鳥じゃなくて、流れ星だったんだ。
と私は気づいた。
井上は、いつか流れて、ここに戻ってくるかもしれない。
だから、それまで引っ越しはやめよう。
井上のために毎日新鮮な魚を買って帰ろう。
そうとっさに、私は思った。

出演者情報:清水理沙

shoji.jpg  
動画制作:庄司輝秋・浜野隆幸


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