永野弥生 2023年11月5日「平行線」

「平行線」 

ストーリー 永野弥生
   出演 平間美貴

君と僕は、どこまで行っても水平線だね。

そう彼が言ったとき、私はすぐに言い間違いだと気付いた。
本当は「水平線」ではなく「平行線」と言いたかったはずだ。
現に話がまったく嚙み合っていなかったし、
彼の言い間違いには慣れっこだった。
「情けは人のためならず。時には厳しくしないとね」とか、
「何をしでかすかわからない気が置けないヤツだ」とか、
本来の意味とは違う覚え方をしていることが多かった。
そして、今日、「水平線」ならぬ「平行線」
と言われた理由もまさにそこにあった。
彼は私の言葉も、違った解釈で受け止めることが多く、
極端な話、同じ気持ちでいるのに、
真逆の解釈をして、それが原因で議論が平行線になるのだ。

そして、彼はこう続けた。
そもそも、僕らはいろいろと違っているよね、と。
豆腐は、僕が「木綿」で、君が「絹ごし」。
唐揚げは、僕が「レモンなし派」で、君が「レモンかける派」。
逆にハイボールは、僕が「レモンあり」で、君が「レモンなし」。
餡子は僕が「こし餡」で、君が「つぶ餡」。
テレビは、僕が「ドキュメンタリー」で、君が「ドラマ」。
枕は、僕が「低反発」で、君が「高反発」。
挙げるとキリがないよね、と。

ああ、今夜こそいよいよ別れ話になるのかな、と
覚悟を決めたところで、彼はさらに続けた。

僕らはまったく違っていて、
空と海みたいに違うものなのに、
くっついていて、切り離せなくて、水平線みたいだよね。

解釈を間違っていたのは私の方だった。

そして、彼は取り違えることのない言葉で締めくくった。
僕は、君といるから自分の中にはなかった価値を知って、
人として深くなったり、心が広くなったり、
幸せだと思えることが増えたんだ。と。

私は、一体いつから間違えていたんだろう?
どこからどこまで間違えていたんだろう?
悲しんでいるのか、よろこんでいるのか、
わからない気持ちになった。
だけど、相反するその気持ちも、
結局は水平線なのかもしれない。



出演者情報:平間美貴 03-5456-3388 ヘリンボーン所属

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永野弥生 2021年11月7日「タイムリープ」

「タイムリープ」 

    ストーリー 永野弥生
       出演 遠藤守哉

「この時間が永遠に続けばいいのに」
という彼女の言葉に「本当にそうだね」と相槌を打った。
心底そう思った時「本当に」とつけてしまうのは僕の口癖だったが、
この時は「逆に嘘っぽく聞こえたのではないか?」と心配になった。
それほどまでに僕も幸せを感じていたのだろう。
僕は時間ギリギリまで彼女の横でまどろんでいたことを強調するように
「本当に行かなくちゃ」と言って身支度し、外に飛び出した。
遅刻をすれば上司に何を言われるかわからない大事な仕事があった。

次の瞬間、けたたましいブレーキ音が聞こえた方を振り返ると、
避けられない距離に車が迫っているのが見えた。
僕は「あ、終わったな」と思った。

ところが、ぜんぜん終わらないのだ。

「この時間が永遠に続けばいいのに」
という彼女の台詞を、もう何度も聞いている。
「終わった」と思った瞬間、何度でもそこから始まってしまうのだ。
もしかして、これがタイムリープというやつなのか。
2度目以降、僕は「本当にそうだね」とは言えなくなり、
「そうだね」と調子を合わせるように言うのがやっとだった。

プロポーズした後、夜を徹して語り合い、
時にはともにウトウトした時間は、確かに至福の時かもしれない。
でも、僕は今、本当にこの時間が永遠に続くのではないかと怯え始めている。

ループするこの至福の時間の中では、彼女と喧嘩することもない。
でも、彼女の涙に胸を痛める瞬間があるからこそ、
幸せそうに笑う笑顔が眩しいのではないか。

会社で大抜擢されたビッグプロジェクトの
ヒリヒリするようなプレッシャーもない。
でも、胃が痛くなるようなミッションを乗り越えてこそ、
仕事の後のビールが死ぬほど美味いのではないか。

来週ドライブがてら見に行こうと言っていた紅葉(こうよう)も、
この時間がループするかぎり、見に行けないどころか、
木々が染まることすらない。もちろん山々が雪に覆われることもない。
でも、凍てつく季節があるから春が嬉しいのではないか。

「この時間が永遠に続けばいいのに」
もはやその言葉を何度聞いたかわからなくなった頃、
結局、僕はもう一度「本当に」と言うことになるのだった。
「本当に…本当にそうかな」と僕は言っていた。

不思議そうな彼女の顔が笑顔に変わるまで、
説明する時間が必要になった。もう完全に遅刻だ。

さっきまでは渡りきることができなかった道を無事に渡れた時、
僕は、烈火のごとく怒り狂う上司に
早く会いたいと思っていた。



出演者情報:遠藤守哉(フリー)

 

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