ストーリー

小野田隆雄 2009年6月11日



わたしはネコです。

            
ストーリー 小野田隆雄
出演  久世星佳

わたしはネコです。

名前は、まだありません。

銀座八丁目、並木通りの裏通りの、

一階がお寿司屋さんで、二階から上に

バーと居酒屋さんが、

十五軒入っているゲンマンビルと

一階がイタリアンレストランで、

二階から上に、クラブと小料理屋さんが、

十一軒入っているアオイビル、そのあいだの、

せまい露地に住んでいます。


わたしは、たぶん、一歳とちょっと。

黒い毛色の女の子です。

どこかで生れて、ここに捨てられたのか、

この近所の露地に生れて、

ふらふらと道に迷って、ここに来たのか、

そのへんのことは、わかりません。

いちばん初めの記憶は、

去年の五月下旬の夜遅く、

ここの露地で、ミーミー、

鳴いていたときのことでした。

「おい、どうした、コネコ」
声をかけてくれたのは、

ゲンマンビル一階の

青葉寿司のタケさんでした。

「まあ、黒ちゃん」

そう、話しかけてくれたのは、

アオイビル三階のクラブ、
スキャンダルのナオコさんでした。

「ハラがへってるのか?
 
 よしよし、魚のホネでも、
 
 持ってきてやるからな」と、タケさん。

「バカだねぇ。こんなコネコに
 
 魚のホネなんて。ちょっとお待ち。
 
 ミルクを持ってきてあげる」
と、ナオコさん。

しばらくして、タケさんが、

マスクメロンの入っていた

空(から)の木箱を、持ってきてくれました。

ナオコさんは、すこし欠けた深めのお皿に
ミルクを持ってきてくれました。


ナオコさんは、タケさんの木箱を見て

いいました。

「バカだねぇ、あんた。
 
 そんな硬い木の箱、

 黒ちゃんが痛いじゃないか。

 ちょっとお待ち」

ナオコさんは、またお店に戻り、

中味のアンコを抜き取った、

古いちいさなクッションを

持ってきました。

それから、タケさんが木箱のなかに

古いクッションをしいて、

腕をのばして、露地の奥に、

その木箱を置きました。すると今度は、

ナオコさんが手をのばし、

ミルク入りのかけたお皿を、

木箱の前に置きました。そしてわたしが、

夢中になって、ミルクを飲み始めました。

そんなわたしを見ながら

ふたりが、話しているのが聞えました。
「ナオコ、今夜は、もう、あがりかい?」

「バカだねぇ、タケは。あったりまえよ」

「六本木でも、ちょっといくか?」

「いいよ。おごってあげるよ」

「ついでに、とめてくんねぇかな」

「バカだねぇ。いいよ、タケシ」

それから、わたしはこの露地に住み、

タケさんとナオコさんに

かわいがられて、とてものんきに

暮らしています。

銀座の夜は、色んなひとがいて、

わたしのことを、色んな名前で

呼んでくれます。でも、わたしは、

タケさんとナオコさんに

コネコとか、黒ちゃんとか、

呼ばれない限り、ぜったいに

返事をしません。わたしは、

ノラネコではありません。

あのおふたりに、飼われているのです。

いつか、お礼をしたいと思っています。

ドブネズミのチュウスケをつかまえて、

青葉寿司のタケさんに

プレゼントしたいと考えています。

きっと、よろこんでくれると思います。

それでは、みなさん、お元気で。

*出演者情報久世星佳 03-5423-5904シスカンパニー 所属

shoji.jpg  
動画制作:庄司輝秋


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一倉宏 2009年6月4日



ねこ日記 ~「6月」篇

                
ストーリー 一倉宏
出演 沢田由紀子

月曜日 くもりのち晴れ
朝起きて ごはんを食べる そのあと寝る 
昼前からすこし晴れる 日だまりを探して 寝る
昼過ぎにはお日様がいい感じ 外に出て 小川さんちの庭へ
小川さんちの庭のバラが咲いてる その匂いをかぐと
なぜかおしっこがしたくなる そして する
しばらく歩いたり休んだり それから家に帰って 寝る
今夜のごはんはかつお味 食べて寝る

火曜日 晴れ
朝起きて ごはんを食べる いいあくびが出た
きょうのお日様は90点 光も温度もちょうどいいお日かげん
外に出て クルマの上で寝る クルマを降りて
小川さんちから 藤井さん 石岡さんちの庭をひとまわり
その途中で クリーニング屋のチャビに会う
あいかわらず 遠くから挑戦的な目で にらみつけやがる 
にらみかえして チャビが消えるのを確認して
家に帰り ごはんを食べて 寝る
冷蔵庫の上で寝る 今夜も刺身なし 顔を洗って寝る

水曜日 くもりのち雨
そろそろ 憂鬱な季節だ 朝起きて 寝る
ごはんを食べて 寝る お日様は顔を出さず ちょっと肌寒い
そして 雨が降りはじめる 念のため外に出たが やはり雨だ
今夜のごはんもかつお味 今夜も刺身なし 寝る

木曜日 雨
「4月は残酷な月」と 人間の詩人はいったらしいが
6月こそ残酷な月だ ねこにとっては
どんなに寒い冬も コタツという楽園があるのだ ねこ様には
6月にコタツはない この頃はテレビにものれない 薄すぎて
あきらめて寝る あくびがとまらない 食べて寝る

金曜日 雨
きょうも雨 朝起きて 食べて寝る
ブラッシングしてもらう ピンポン玉ほど毛が抜ける
でも 気持ちいい すこし気分もよくなった 出窓で寝る
たわむれに ニセモノのねずみをもてあそぶ すぐ飽きて寝る
今夜のごはんはまぐろ味しらす入り 食べて寝る

土曜日 くもりときどき雨
我慢できずに 外に出てみる 案の定 また降られる
6月は最も残酷な月だ 4月ではなく ねこたちには常識だ
4月といったエリオットという詩人は あのミュージカル
「CATS」の原作者だというではないか どこまでもふざけた野郎だ
それとも 海の向こうは 4月にいちばん雨が降るのか?
コタツはないのか? われわれはぁー コタツを要求するぅー
さもなくば 押し入れを開放せよ! こんどのねこ集会で
呼びかけよう 三多摩地区ねこ組合 団結せよ!

日曜日 晴れ
ひさしぶりのお日様だ 朝起きて 寝る
クルマの上で寝る 塀の上で寝る 小川さんちの庭で用をたして
チャビをシカトして 家のリビングで寝る 冷蔵庫の上で寝る
おまけに 今夜のごはんは ほんもののお刺身!
解凍のぶつぎりでも ほんものはほんもの!
満足して しあわせに寝る きのうのことはとっくに忘れて 寝る

出演者情報:沢田由紀子 ナイロン100℃ http://www.sillywalk.com/nylon/index.html

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中山佐知子 2009年5月28日



できれば土に
                
                
ストーリー 中山佐知子
出演 大川泰樹

                 
できれば土に埋もれたいと思っている。
壁になりたいと思っている。
できれば息もしたくないけれど
小さな女の子だからどうしてもため息はでてしまう。

なれるものなら透明人間になりたいと思っている。
でも、小さな女の子だから
もとにもどる方法がわからない。

本当は何もしゃべりたくない。
石だから、壁だから、土なのだから。
しゃべろうとすると泣いてしまうから。

心が重くなって固くなって
びしょ濡れになって寒くなって
笑えなくなって、しゃべれなくなって
臆病になって
自分がここにいてもいいのかいけないのか。

みんなの視線と言葉がきっと針のように痛いけど
泣きそうな自分を隠しておくために
凍りついた目を大きく開いている。

どうしてそうなってしまったのか
どうして自分がいまそうなのか
きっかけは5分前でも、
原因は100億光年も彼方にあるから。
どうしてもわからない、わかりたくない。

泣かない小さな女の子はいつもそうして震えている。

年を取った大人はそれを見て
拗ねているとひと言で片付けてしまうけれど
そういう自分の心のなかにも
きっと泣かない小さな女の子がいて
誰にも気づいてもらえないまま凍っている。

誰の心のなかにも泣かない小さな女の子はきっといる。

僕は、そんな小さな女の子の手を取って
あたたかい場所へ連れ出すことのできる
小さな男の子になりたいと思う。

出演者情報:大川泰樹 http://yasuki.seesaa.net/ 03-3478-3780 MMP

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細川美和子 2009年5月21日



世界で一番長い日
              

ストーリー 細川美和子
出演 光野貴子

世界で一番長い日、
それはいつだと思う?

世界で一番、顔もみたくないようなケンカをした日?
世界で一番、あっけないくらいカンタンに仲直りできた日?
世界で一番、鳴ってほしい電話が鳴った日?
世界で一番、鳴ってほしい電話が鳴らなかった日?

世界で一番、生きていてよかったと思った日?
世界で一番、消えてなくなりたいと思った日?
世界で一番、願っていた願いが叶った日?
世界で一番、願っていた願いが叶わなかった日?

世界で一番長い日 
それは、いつだって今日なんだ
地球の自転は100年に0.002秒ずつ
遅くなっているらしいから

今日がそう
いつだって世界で一番長い日
だから毎日
わたしたちは終わりから遠ざかっているんだ
太陽のまわりをぐるぐるとまわりながら

だとしたら
あんなふうにあせることはなかったのかもしれない

終わりの予感に追いかけられて
あんなふうに不安になることも
さびしくなることも、問いつめることも
くらべることも

あんなことばで
傷つけることも、傷つけられることも

だとしたら
世界で一番長いその日に
もう一度わたしはあなたに会いたい

そしていつか
ずっとずっとずっと未来に
夕陽がずっと沈まない日がくるとき
わたしはきっと過去から自由になって
ずっとずっとずっと未来に

夜がずっと
終わらない日がくるとき
わたしはきっと未来から自由になって
ずっとずっとずっと未来に

朝がずっとこない日がくるとき
わたしはきっと
わたしから自由になって

世界で一番長いその日に
だれよりわたしは
あなたに会いたい

出演者情報:光野貴子 03-5571-0038大沢事務所

shoji.jpg  
動画制作:庄司輝秋


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三井明子 2009年5月16日ライブ



5月の花嫁
         ストーリー 三井明子
            出演 坂東工

えっちゃんは、「えっちゃんメガネ」をかけている。
メガネといっても、目に見えないメガネだ。
えっちゃんは、
「あのサッカー選手、あの俳優と似てない?」といった
「似てる話」が好きで、よく話題にするのだけれど、
それが、いつも、ぜんぜん、似てないので
「きっと、えっちゃんメガネをかけたら、似てみえるんだね」
とみんなで笑っているのだ。
そんな私たちの反応を気にもせず、えっちゃんは、
「あの店員さん、あのモデルと似てない?」と、
理解しにくい新ネタを次々披露する。

そんなえっちゃんが、この5月に結婚する。
えっちゃんによると、お相手は
「オダギリジョーそっくり」なのだという。
披露宴で、新郎と対面するのがちょっと心配で、
でも、やっぱり楽しみにしてしまっている、
不謹慎な私である。

*音楽著作権の関係で音声をお聴かせできず、ごめんなさい。

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上田浩和 2009年5月16日ライブ


飛行機雲

ストーリー 上田浩和
出演 坂東工

飛行機の中でコカ・コーラをもらうと、ぼくは想像します。

  ぼくは飛行機の窓ガラスを叩き割る。
  窓から外へ手を伸ばし、
  缶を雲の上に傾けると、
  空にコカ・コーラがそそがれます。
  大きな水滴は、いろいろに形を変えながら、
  雲を抜け、風に流されて、
  次第にばらばらになりながら落ちていきます。
  そのうちの一滴には、
  次第に高層ビル群が見えてきました。
  そして地面にぶつかりそうになったとき、
  その一滴は、
  街を急ぎ足に歩く男のおでこのあたりに落ちるのです。

  雨か、と男は思い、おでこに右手で触れ、その場で立ち止まる。
  そして空を見上げます。
  
  男は多忙を極めていました。
  いよいよ明日は、三ヶ月も時間を費やしたプレゼンの日。
  最近は、パソコンの画面と手帳と
  妻と子供の寝顔しか見ていませんでした。

  男が見上げた空は、ぱきっと青く、
  大きな雲がひとつ浮かんでいます。
  男は、自分が久しぶりに空を見たことに気がつきました。
  男の気持ちにやわらかな風が吹きました。
  男は、少し笑うでしょう。
  唇をわずかに動かして笑うでしょう。

  ぼくが雲についだコカ・コーラで、
  誰かがこのきれいな空に気がつくなんて、
  なんて素敵なことだろうとぼくは思うのです。
  ぼくとその男は、まっしろな雲越しに目が合います。
  そして男は、ぼくが乗った飛行機が空につくった
  まっすぐな飛行機雲に、
  明日のプレゼンがうまくいきそうな気になる。

 飛行機のなかで、コカ・コーラを前にしてぼくが想像したことです。

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