ストーリー

中山佐知子 2009年7月30日


百億にひとつの孤独

                 
ストーリー 中山佐知子
出演 大川泰樹                   

夕日の色がなぜ寂しいのか
ときどき僕は考えることがあります。

それはきっと
七つの色の仲間を置き去りにして
たったひとり、あまりにも遠くに来てしまったのが
夕日の色だからです。

それから僕は光について考えます。
この世で最初の光と、その影について考えます。

光あれと誰かが言ったとき
影については何も語らなかった…
けれども影はどうしたって存在しています。
宇宙のはじまりの光がお互いに衝突しあって
はじめての物質ともいうべき素粒子が生まれたとき
その素粒子の影である反素粒子も生まれてしまったからです。

光の素粒子と影の反素粒子は
お互いの相手にめぐり会うことができたとき
プラスとマイナスが打ち消し合うように
消えていくことができました。

ときどき僕はその幸福を思います。
運命の相手と出会った瞬間に消えてしまうことができたら
一緒に消えることができたら
孤独というものはこの世になく
そもそもこの世というものすらない安らかな無の世界です。

けれども、百億にたったひとつ
めぐり会う相手のいない孤独な素粒子がいました。
いつまでたっても消えることのできない素粒子は
孤独をかかえたまま集まって寄り添い
その集まりからこの宇宙のすべてが形づくられていったのです。

集まっても寄り添っても寂しいのは
人も草も木も、ひと粒の砂も
もともと孤独から生まれているからだと僕は思います。
だから僕たちはひとりひとりが
冷たい石のような孤独を
抱きしめても決してあたたまらない孤独をかかえたまま
最後まで生きていかなければなりません。

あなたはひとりでなくてもひとりです。
そして僕もひとりです。

赤い大きな夕日がもうすぐ沈むと
あの親しみ深い夜がやってきます。
僕たちはその夜のなかで一緒に、そして別々に
自分の寂しさを味わいつくしましょう。

孤独こそすべてのはじまりであり
孤独でないものは何も生み出すことはありません。

出演者情報:大川泰樹 http://yasuki.seesaa.net/ 03-3478-3780 MMP

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山本高史 2009年7月23日



  影
             

ストーリー 山本高史
  出演  山田辰夫

奥さん、影ですよ、と。
だいじょうぶ、なにも売りつけたりしませんよ、と。
今日はちょっとしたクレームに参りましたよ、と。

広告会社にお勤めのご主人、頑張ってらっしゃいますねえ。
男はよく働いてたくさん稼ぐ。
それがいちばん。ところがですねえ。
この間ご主人がおつくりになったチョコのCM、見ましたよ。
女子高生たちが♪ウチらのハートはドキドキ、って
縄文式土器から出てくるやつ。
ものすごいインパクトでした。
こんなことどんな頭が思いつくんだろうな?ってね。
こんなの通すクライアントもクライアントですが、
考えるほうの責任ですわな。

ふ~(鼻息)。ここまではいいんですよ。
少なくとも私の問題じゃない。
そんでね、歌の続きの♪ちょっと「カゲ」あるいい男~のテロップが、
陰気の陰じゃなくて、私の影、シャドウですわな、
その影になってたんですよ。
私、陰気の陰じゃないですから。私、シャドウですから。
最近パソコンで文章書いたりすると、
こういう誤字多いですけどね、
陰気とシャドウの違いもわからないのは、誤字じゃないですから、
誤脳ですよね、脳みその脳。

よくね、私のこと暗いっておっしゃる。誤脳の人、おっしゃる。
陰気とシャドウの区別もつかないお宅のご主人のような方、
おっしゃる。
奥さんもきっと、思ってる。仲良きことは美しきかな、
えぇえぇ、そうですよね、似た者夫婦。
ところがどっこい、あなた方大間違い、残念賞。
ヤツはそうなのよ、陰と陽って言うでしょ、
ヤツは暗い、陰気の陰だから。
その勢いで、光あるところ影がある、なーんて私のことおっしゃる。
ところが私、暗くないです。ぜーんぜん暗くない。
光の下ですよ、太陽の下ですよ、私のいる場所。
光り輝くシャンデリアの下ですよ、私のいる場所。

暗闇で見ました?陰気な雨の日に、私いましたっけ?
明るくまぶしい場所にしか、私いませんから。
真夏の砂浜の上に、胸のふくらみも腰のくびれもくっきり浮き出た影が、
暗いですか?ヤフオクでは、その影だけでも売ってくれ、って
マニアが高値をつけてるんですよ。

あのね、影はむしろ光ですよ。私は光の子ですよ。
つまり♪ちょっとシャドウあるいい男~じゃねえ、
太陽の高い晴れた真っ昼間の短い影のことですぜ、奥さん。
ご主人がそれを言いたかったんなら別ですがね。へへへ。

ではこの辺でおいとましますよ、と。もうすぐ夜ですからね、と。
暗い夜が怖いんですよ、私。消えちゃいますから。
最後に関係ないこと一つ、いいですか。
奥さん、かわいいですね。奥さんの影になっちゃおうかなあ。
影のように付きまとえるしね。あ、これは、私の「影」でいいんです。
しつこく付きまとうのは、シャドウ。

出演者情報:この収録が山田辰夫さんの最後の仕事になりました。
      最後に所属していた事務所は、03-3352-1616 J.CLIP

shoji.jpg  
動画制作:庄司輝秋


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神谷幸之助 2009年7月15日



渚にて。

                   
ストーリー 神谷幸之助
出演 地曵豪

子犬に激しく吠えられて、ビックリして目が覚めた。
一緒に午睡をしていた彼女も悲鳴をあげた。
牧羊犬のボーダーコリーだ。
羊に吠えるように、僕らにまとわりつく。
誰のペットなんだよ。

地元の人が多いこの小さなビーチは、
昨日、都会から来た僕らに、冷たかった。
話しかけても誰も答えてくれない。
時々目が合って、愛想良く微笑んでも
すぐかわされた。

のどが乾いて
「すみません、ビールください」って、海の家でお願いしても
「なめんなよ!」って叫んでも。
全員に無視された。

ぼくらは、孤独だった。
閉鎖的なビーチ。

だから
僕は彼女とふたりで、
海で遊ぶしかなかった。

彼女は、泳ぎが得意ではなく、むしろ金槌だった。
水を怖がって、海には入ろうとしなかった。
それを無理矢理ゴムボートに乗せて沖に引っ張って行き
キャーキャー騒ぐ彼女と笑いあった。
ビーチのみんなに冷たくされても、
けっこう楽しかった。

それはビーチに戻ってきて
雲に隠れていた
太陽の強烈な陽射しが戻ってきた時のことだった。

(女性)「ここからふたつのエンディングをお楽しみください。
    まず、エンディング/タイプAをどうぞ」

太陽の強烈な陽射しが戻ってきた時のことだった。

僕の彼女に影がないことに気がついたのは。

え、どういうこと?

そして、僕にも影はなかった。

体を動かしたり、手を振っても
影はない、てか、できなかった。

その瞬間すべてが瓦解し、すべてが理解できた。

思いだした。
昨日、僕と彼女はこのビーチで
彼女を沖につれだしたとき溺れ、
それを助けようとした僕も溺れたんだ。

ライフガードにビーチまで上げてもらったけど。
人工呼吸をしてくれたんだけれど。
だめだった。

僕と彼女は、死んだ。

ビーチのみんなが冷たかったのではない。
みんなに、僕らは見えなかった。

犬だけが、僕らのに気づいたんだ。
ぼくらの「存在」を知っているのは、キミだけだったんだね。
ありがとう。

(女性)「次のエンディング/タイプBをお楽しみください。」

太陽の強烈な陽射しが戻ってきた時のことだった。

影があるのは、僕と彼女だけ。

そのほかこのビーチにいる全員に影がないことに気がついた。

あのおじさんも、あのビキニの娘にも、この小さな子にも。

そこは、死の国だったんだ。
死者たちの海水浴。

犬は、この死のビーチの番犬。
こう吠えていたんだ。

「こっちに来ては行けない。出て行け!」

*出演者情報:地曵豪

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小野田隆雄 2009年7月9日



影踏み遊び

            
ストーリー 小野田隆雄
出演  久世星佳

「影踏み」という遊びが、
明治時代の初めまで、あったそうです。
月の明るい夜に集まって、
ジャンケンをして鬼を決め、
鬼になった子供が
ほかの子供たちを追いかける。
そして、影を踏まれたら、
新しい鬼になる。
この遊びでは、ひとりの影は、
ひとつしか出来ないことが、
大切な条件になります。
ガス燈も電気もなかった時代、
ほんとうの闇(やみ)が、まだ、生活のなかにあった頃、
夜の月の光にクッキリと見える影が
子供たちの心を、謎めいた興奮につつみ、
ドキドキさせたのかも知れません。

私が月明かりだけで、初めて
自分の影を見たのは、十九の夏でした。
場所は長野県の、白馬(はくば)の山の奥にある
小さな小学校の、夜の校庭でした。
いまから、もう、四十数年も、
昔のことです。当時、私は、
池袋にある私立大学の仏文科の一年生で、
人形劇のサークルに入っていました。
この人形劇サークルは、
夏休みになると、
全国に巡回公演に出かけます。
そしてその年は、長野県の白馬(はくば)の奥の
小学校に、泊りがけで行ったのでした。

その夜は、人形劇の公演が終った日の
最後の夜でした。
小学校の先生や村の助役(じょやく)さんたちに
村役場の会議室で、お別れの
パーティーをやっていただいて、
村はずれにある小学校まで、
夜(よ)も更ける頃に、帰ってきたのでした。
私たちのメンバーは、
女性が私も含めて五名、男性が七名。
この小学校の教室に昨日(きのう)の夜も、
ふとんをしいて眠りました。
そして、明日は東京に帰るのです。
最後の夜、私たちは草の茂る校庭に出て、
手をつないで円陣をつくりました。
サークルの会長が、あいさつをして、
それからみんなで歌いながら、
フォークダンスを踊りました。
なにも明かりのない校庭で、
十五夜に近い月の光を浴びながら。
強い風が吹いています。
小学校の後(うしろ)の山で、クヌギや
ヤマザクラの木がゴウゴウと
音をたてて、揺れています。
フォークダンスを踊りながら
私は地面にうつる自分の影を
みつめました。影は私と同じように、
脚をあげ、手を振り、踊っています。
そのときでした。
いつも道化役の人形を使う
二年のK君が
フォークダンスの輪を離れて、走りながら、
みんなの影を踏み始めました。
そして逃げました。誰かが彼を追いかけ、
その影を踏み返しました。
それから、フォークダンスの輪は乱れて
私たちは、おたがいの影を踏む遊びに
夢中になってしまいました。
私は、ひそかに、三年生のMさんを
追いかけました。建築学科の男性です。
でも、なかなか、その影を踏むまで、
追いつくことが出来ません。
それでも彼は、やっと私に気づいて、
走るスピードをゆるめてくれました。
私は、そっとMさんの影の、
胸のあたりを踏みました。
オー、痛イ。と彼が笑いました。

ええ、おっしゃるとおりです。
私は卒業するとすぐに、
Mと結婚しました。
それから、ずーっと、一緒です。
私が彼の影になったのか、
彼が私の影になったのか。
いまでも、月のある夜に、
ふたりで歩くこともあります。

*出演者情報:久世星佳 03-5423-5904シスカンパニー 所属

shoji.jpg  
動画制作:庄司輝秋


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一倉宏 2009年7月2日



暗闇をこわがるこどもに聞かせる話

                
ストーリー 一倉宏
出演  片岡サチ

だいじょうぶ。もうすこしここにいてあげるからね。
あと5分。そうしたらもう、あかりを消して寝ようね。

どうしてあかりを消すのか。
うーん、そうだな。夜をつけるために。
このスイッチはね、押すとあかりがついて、昼間みたいに
明るくするスイッチだけど、もういちど押すと暗くなって、
夜をつけるスイッチでもあるんだ。
そう、この部屋を、夜にするスイッチ。

夜は、たいせつだよ。
夜は暗いからきらいっていうけど、
暗くなるのもちゃんと意味があって、たいせつなんだよ。
それはね、まわってるってこと。
時間が、止まってしまわないで、動きつづけてるってこと。
夜が朝になって、昼間になって、夕方になって、夜になる。
ずっと明るい昼間だったら、パパのおしごとも終わらないで、
帰ってこられなくなっちゃうかもしれないな。

おやすみがあって、おはようがあって、
いってらっしゃいがあって、おかえりなさいがあって。
夜になって、目をつぶって、おやすみをしたら、
つぎには、ぜったいに朝がきて、目がさめて、起きるでしょ。
ぜったいそうなるから、みんな安心して眠れるの。
そのじゅんばんはね、たいせつなたいせつなお約束なんだよ。

そうやってくりかえすのは、地球がまわっているからなんだ。
ほら、遊園地に、大きな観覧車があって、ゆっくりゆっくり
まわっているでしょ。地球っていう、この大きな丸い星も、
ゆっくりゆっくりまわって、おひさまの光があたると、
明るい昼間で、影になると暗くなって、夜になるんだ。
まいにちまいにち、じゅんばんに、かわりばんこに。
そう、地球の半分は昼間で、半分は夜なんだ、いつも。

だから、だいじょうぶ。
夜がきて、朝がくるのは、ぜったいまちがえない約束だから。
安心して。大きな大きな、観覧車に乗ったつもりで。
ゆうくんも、えりちゃんも、保育園の先生たちも、
パパもママも、みんないっしょに乗って、まわってるから。
大船のおじいちゃんとおばあちゃんも、横浜の良枝おばさんも、
アメリカにいった礼二おじさんたちも、いっしょに。
それから、中国のパンダも、インドのゾウさんも、
アフリカのキリンやライオンたちも。
いっしょに乗って、ゆっくりゆっくり、まわってるから。

それじゃ、そろそろ、「おやすみ」しようね。
スイッチを押して、夜をつけるからね。

夜をつけて、暗くして、目をつぶって、寝よう。
そうすれば、しぜんに、あしたの朝が、近づいてくるよ。
寝るたびに、ほら、おじいちゃんおばあちゃんたちと
海水浴にいく日も、近づいてくるから。
その向こうには、じゃーん、お誕生日も待ってるから。

さあ、おやすみ。
夜をつけて。
目をとじて。

出演者情報:片岡サチ 03-5423-5904 シスカンパニー

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中山佐知子 2009年6月25日



猫が死んでいることに気づいた日は
                
                
ストーリー 中山佐知子
出演 大川泰樹                   

猫が死んでいることに気づいた日は
音もなく雨が降っていて
窓の外の景色がうす青かった。
それは猫の毛の透けた縞模様を通して見えた。

死んだ猫は躰が透き通ってきて
向こう側の景色がうっすらと見えるようになっていた。
それで私は猫が死んだことを知ったのだ。

猫は死んでも窓際にきちんと正座して
私から目を離そうとはしなかった。
そうやって猫に見つめられていると奇妙な無気力状態におちいり
昼も夜もうつらうつらと
寝ているのか起きているのか区別がつかない何日かがあった。
猫はずっとそばに付き添い
昼も夜も部屋から出て行こうとしない。

あたりが暗くなって車の音が途絶えるころになると
ざわざわと風が吹いた。
猫は風の匂いを嗅ぐように鼻を上に向け
あたりの気配に耳をすました。
風は玄関と窓にかわるがわる吹きつけ
まるで誰かが押し入ろうとしているようにガタガタと音を立てた。
すると猫は、透明な毛を逆立てて威嚇するように唸るのだった。

いっぺん、窓を開けて猫を安心させようとしたのだが
起き上がろうとすると猫はさらに大きな声で
こんどは私に向かって唸った。
こんなことははじめてだった。

それから、降り続いていた雨がとうとう止んで
世界が顔を洗ったように明るくなった朝になると
猫ははじめて私に向かって口をひらいた。

「あれは雨の日だったね。」
それが猫を拾った日か猫が死んだ日かわからないまま
私はそうだと答えた。
「あれからずっと僕は幸せだったし、いまも幸せなんだ。
 きみはそれを信じてくれなきゃいけないよ。」
信じる、と答えるしかなかった。

幸せな猫だけが飼い主を助けることができるんだからね、と
猫は念を押した。
それから、背中を向けてさよならと言うと
締め切った窓を通り抜けて本当に出て行ってしまった。

猫がいなくなった部屋の隅には
出て行ったばかりの猫が、申し訳なさそうに
小さくうずくまって死んでいた。
死んだばかりの猫の躰はちっとも透明でなく、まだぬくもりがあり
縞模様の毛はやわらかく私の涙をはじいた。

私はそれに手を触れながら
死んでいたのは自分だったんだという、いま気づいたばかりの事実を
そっと心の隅にうずめた。

出演者情報:大川泰樹 http://yasuki.seesaa.net/ 03-3478-3780 MMP

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