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中山佐知子 2011年7月31日


水の眼を持つものはやがて

             ストーリー 中山佐知子
                出演 西尾まり

水の眼を持つものはやがて空へ旅立つ

これはこの星に古くから伝えられている呪文のような言葉で
年寄りにきいても正しい意味を答えてくれる人はいなかった。

水の眼とは何だろう。
水の色をした瞳のことだろうか。
私が生まれた星では水は緑色だったが
この星の水はほとんど色がなかった。
果てしない砂のなかのたったひとつのオアシスでは
水路の水が踝ほどの深さしかないからだ。
オアシスの木や草は丈高く茂り
乾いた砂をどこまでも掘ると湿った砂になるのだから
地の底には巨大な水脈があるに違いないのだが
その水の在処(ありか)は
いまだかつて突き止められたことがなく
この星には井戸から水が出たという古い記録さえない。

人が生きるために使える水があまりに限られているために
この星では人々はオアシスに寄り添って昔ながらの暮らしを営み
人口も増えることがなく、辺境、秘境などと呼ばれていた。

1年か2年に一度、遠い星から船がやってくる。
船は住人をひとりひとり検査する。
誰か目当ての人間をさがしているように見える。
そして、見つからなかった腹いせに
船は何人かの男と場合によってはその家族を連れ去り
かわりに天文台の技術者や学校の教師など
どうしても必要な人間をひとりかふたり降ろしていった。

私も数年前に大きな船で運ばれてきて
それ以来、この星の小さな学校で教えている。
私が教える子供たちは
夜空に見える星のほとんどすべてが
何世紀もにわたる戦争に巻き込まれていることを知らない。
船に乗せられていった人たちが遠い戦場に送られて
決して帰って来ないこともたぶん知らない。
子供たちはいつも笑顔で手を振って船を迎えた。

ある年の夏、水が涸れた。
不思議な光景だった。
畑ではいままでにないほど作物が実っているのに
水路は乾いてひび割れた底を見せているのだ。
喉の乾きは食べ物がないことよりも深刻で
村の大人たちは相談して船を呼ぶことにした。

船はすぐにやってきた。
13歳になったばかりの私の教え子が乗ることになった。
私は反対したが、その少年の両親も村の長老たちもすでに納得しているので
なすすべもなく連れていかれた。

翌日、少年の乗った船から地図のような画像が一枚だけ送られてきた。
大人たちはそれを読み解き、ポイントを決めて井戸を掘った。
井戸からは水があふれた。

これが水の眼だ、と私は思った。
地下深く隠れた水脈を空からさがす眼だ。
あの子はそのために船に乗る必要があったのだ。

水の眼を持つ子供が、
戦いの続く星の奥底に封じ込まれた水脈を見つけてしまったら
そしてその水脈に1500度の溶けた金属、1200度の熔岩、
またはマイナス160度の液化ガス、
極端に温度差のある液体を接触させることができたら
水は数千倍の体積に膨れようとして水蒸気爆発を起こす。
場合によっては小さな星ひとつ、ポップコーンのようにはじけ飛ぶだろう。

それは遠い星でこれから起きる出来事であり
いま私がいる星のことではない。
けれど、その夏は井戸の水を飲むたびに
躰のどこかを刺される痛みがあった。

夏が過ぎ、貧弱な水路にわずかな水がもどったとき
黒い服を着た人たちが大勢集まって役目を終えた井戸を埋めた。
あふれる水の息の根を絶つかのように
私も石や砂を運んでは井戸に投げ込んだ。
そこに水脈があったこと
水脈を見つけるために船を呼び、少年を乗せてしまったこと、
そして少年が連れて行かれる戦場で起こる出来事も
どれもこれもすべての記憶を埋めているのだと思った。
井戸は跡形もなく消え、誰も目印を残そうとしなかった。

水の眼を持つものはやがて空へ旅立つ

私たちの属する銀河の古代史には
見えないものを見る眼を持った民族の記録がわずかに存在するが
そのほとんどは事実が風化した後の曖昧な伝説に過ぎないのは
みんなであの井戸を埋めたように
その存在の痕跡さえ消そうとする意志が働くからだ。

しかしそれでも、
毎朝学校に行くたびに
生徒の数がひとり足りないことに気づかされるので
私はどうしても水の眼の行方を思わずにはいられない。

出演者情報:西尾まり 30-5423-5904 シスカンパニー

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蛭田瑞穂 2011年7月24日



空色の帽子
          ストーリー 蛭田瑞穂
             出演 石飛幸治

少年の帽子が飛ばされたのは停留所を発車したバスが
俄にスピードを上げた折である。
車内を通り抜けた風が少年の帽子を拐って、
瞬く間に窓の外へ飛ばした。

帽子は空色のセーラー帽で、
側面に真鍮のヨットのバッジがついていた。
少年よりはむしろ母親の方が気に入って、
折に触れてその帽子を少年にかぶせていた。

バスを降りて叔父の家に着いた後、
母親は帽子の捜索を叔父に頼んだ。
叔父は車を用意し、少年を連れて捜しに出た。

帽子はおそらく車道に落ちたはずだった。
少年と叔父は辺りを慎重に捜したが、帽子はなかった。
車は車道を二度往復した。
しかし、帽子を見つけることは終にできなかった。

きっと誰かに拾われたのだろう、
叔父は諦めて車を家へと向かわせた。
その時、少年は何かの予感にふと後ろを見返した。
すると、遥か後方の路上に小さな点がぽつんと見えた。

それは帽子のようでもあった。

叔父に告げてすぐに引返してもらおう。
少年はそう思った。
しかし、次の瞬間、何かがそれを押し留めた。

少年の僅かのためらいの間に、
路上の点は消えたように見えなくなった。

なぜあの時叔父に言うことが出来なかったのか。
少年はその夜ひとり思悩んだ。
ひとつにはそれは、これ以上叔父を煩わせることへの遠慮であった。
またひとつは、引返してみたはいいが、
それが見間違いと判明した時の恥を畏れる気持であった。
しかし、それだけではなかった。
そうではない別の感情もそこにはあった。

それが何であるかを理解したのは、
少年が思春期を迎えた後である。

帽子がなくなれば母親はきっと悲しむ。
少年はその姿が見たかったのだ。
愛するがゆえに不幸せを願うという矛盾した愛情が、
人のこころに潜むことを少年はその時初めて知ったのである。

出演者情報:石飛幸治 スタジオライフ所属 http://www.studio-life.com/


動画制作:庄司輝秋

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岩崎俊一 2011年7月17日



空の庭
          ストーリー 岩崎俊一
             出演 山田キヌヲ

 ヨステビトみたいだよ、と従姉妹のみっちゃんから聞いた。小学
生になったばかりのモモに、その漢字は書けなかったけれど、初め
てその姿を見た時、なんとなくその意味がわかる気がした。モモ自
身は、外国の絵本に出てくる魔法使いのおばあさんのようだと思っ
た。
 それが、モモの祖母、空(ソラ)さんだった。
 とても小柄で、痩せていた。鼻は、日本人には珍しく、細くて高
く、色は白く、目は窪んでいた。踝まである長いスカートを穿き、
頭から肩までスッポリと隠れるストールを巻いていた。
 空さんの家は、いちばん近い小さな町からも車で一時間くらいか
かる山の中にあった。あの家の庭は、野球場の3倍あるからね、と
父に聞いていたが、空さんに案内されて歩いてみると、それどころ
じゃない気がした。
 空さんを訪ねる人は少ない。
 近隣に住宅は数えるほどしかない上、人づきあいが苦手な空さん
は、自宅に人を呼ぶことも稀で、自分の周辺には、2代目になるビ
ーグル犬と、立派な小屋まで持つ何羽かの鳩がいるばかりであった。
 だがモモは、会って数時間後には、空さんのことが大好きになっ
ていた。魔法使いみたいだと思った顔は、正面からちゃんと見ると、
驚くほどやさしかった。無口で、話す時もつぶやくようだし、声を
立てて笑うことは一度もないけれど、その言葉も、まなざしも、今
まで見たどんな人よりも柔和だった。
 なにより、空さんは、花と話せる人だった。
 空さんの広大な庭には、訪れる人が息をのみ、言葉をなくすほど
のたくさんの花が咲いている。その庭を、空さんは一歩一歩、ほん
とうにゆっくりと歩を進めながら、一輪一輪の花の顔をのぞいて行
く。その時モモは、まばゆい初夏の陽ざしの中で、風に揺れる花
々を見ながら確信した。
 「あ、この花たちは、空さんに声をかけられるのを待っている」
 そう感じた瞬間、モモのからだに電流が走った。
 そうなんだ。
 空さんは、さびしい人でも、世捨人でもなかった。ただ単に、人
とのつきあいが極端に少なかっただけである。私たちは、ともすれ
ばたくさんの人に囲まれて暮らすことが幸せなことだと思っている
けれど、それは偏った見方なのかもしれない。たくさんの人ではな
く、たくさんの生きものであっても、ちっともかまわないのだ。そ
こにだって歓びも、充実も、幸せもあるのだ。そう気づいたモモの
胸には、それまでに感じたことのない新鮮な風が吹き渡っていた。
 空さんの思い出で、モモには忘れられない言葉がある。
 「私も不器用だけど、動けず、話せない花たちも、とても不器用
だと思うの。だから、私と花たちは、不器用な生きもの同士で友だ
ちになれたのね」

 空さんの庭が、主(あるじ)を失って2年目の夏が来ようとしている。
 敷地は村に寄贈され、庭も管理人によって手入れされているらし
いが、あの夏空の下で、空さんが声をかけてくれるのを、今か今か
と待っていた花たちは、いまどんな思いをしているのだろう。ただ
それだけが気がかりなモモなのである。

出演者情報:山田キヌヲ 03-5728-6966 株式会社ノックアウト所属

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一倉宏 2011年7月10日



ぼくのちいさなロケット ~MY LITTLE ROCKET~

           ストーリー 一倉宏
              出演 坂東工

おとこの子はだれだって 
ロケットをもっている 生まれたときから

このからだはぜんぶ 親からもらったもの
だけど このちいさなロケットだけは なぜか
じぶん自身のもの そんな気がしてた
だから そのロケットのひみつを 親にはいわない

♪ どこにゆく ぼくのせつないロケット
  あの宇宙夢みて 飛び立て ぼくのロケット
  いつの日か ぼくのひみつのロケット
  未来の役に立つ 立つんだ ぼくのロケット 

おとこの子のたいせつなもの
それは ちいさな誇りと ちいさなロケット
そのくせ うつむいて歩く いつも下を向いてたくせに
ときどき 空を見上げるようになる ふしぎなロケット

♪ どうしたの ぼくのちいさなロケット
  もやもやの夢みて ふくらむ ぼくのロケット
  いつの日か ぼくのかがやくロケット
  愛の星めざして 発射だ ぼくのロケット 

ロケットの行き先というなら
それはもちろん 宇宙 あるいは どこかの星
だけど なんとおぞましいことだ おとなになることは
そのロケットは じつは 宇宙行きじゃなかったんだ

さらにいうならば ロケットの行き先は
ある意味で 宇宙とは対極にあるどこか だという
やがて知るだろう おとこの子は 残酷なことに
なんてことだ おとなになるということは

しかし それが暗い洞穴のような未来 だとしても
ある意味で 宇宙と対極にある もうひとつの宇宙
かもしれない・・・
なんて 感じたりもするだろう
そうでなければ そうでなければ
ロケットが こんなにも熱く かぎりなく高く
こんなにも空をめざして 飛び立とうとするものか

♪ どこにゆく ぼくのせつないロケット
  あの宇宙夢みて 飛び立て ぼくのロケット
  いつの日か ぼくのひみつのロケット
  未来の役に立つ 立つんだ ぼくのロケット 

♪ どうしたの ぼくのちいさなロケット
  もやもやの夢みて ふくらむ ぼくのロケット
  いつの日か ぼくのかがやくロケット
  愛の星めざして 発射だ ぼくのロケット 

MY LITTLE ROCKET MY LITTLE ROCKET
ぼくのちいさなロケットに 愛をいっぱいつめこんで

出演者情報:坂東工 http://www.takumibando.com/


動画制作:庄司輝秋

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磯島拓矢 2011年7月3日



「空」
             ストーリー 磯島拓矢
                出演 瀬川亮

その日、妻の大きなお腹を撫でながら、僕は提案した。
「子どもの名前、<そら>にしないか?
ウかんむりの空の字、そのまんまで」
妻の答に、僕は衝撃を受けることになる。彼女はこう言った。
「なんか嫌かも。ころころ天気の変わる、落ち着かない子になりそう」
ころころ変わる?
妻にとって空とは「ころころ変わる落ち着きのないもの」なのか?
なんだそれは!
空と言えば「どこまでも広がる大きなもの」だろう。
その伸びやかさが、子どもの名前にふさわしいんじゃないか。
それなのに「ころころ変わるもの」とは何だ?

僕は急速に自信を失っていった。
結婚して5年。同じものを食べ、同じものを見てきたはずなのに、
思いは同じではないのだ。
それぞれなのだ。
僕が思う空と、妻が思う空は全く違っていた。
空がダメなら、地面はどうだ。
大丈夫か?
僕は「植物を育てる命の源」と思っているが、
妻は「もう少し値が下がったら買いたいもの。30坪でいいから」
なんて思っているかもしれない。
じゃあ水はどうだ。空気はどうだ。
僕と妻の思いは一致しているのだろうか。
クルマはどうだ。家はどうだ。
そして・・・
子ともはどうだ。
そうだ、もうすぐ生まれる子どもはどうだ。
僕らの思いは一致しているのだろうか。
・・・一致しなくてはダメだろう。
子どもがまっすぐ育つためには、
夫婦で一致しなくてダメだろう。
ならば、今話しあおう。生まれてからでは遅すぎる。
今二人で話し合おう。
僕にとっての<子ども>と、妻にとっての<子ども>をすり合わせよう。
僕にとっての子どもとは・・・
何だ?
何だ?子どもって何だ?
愛の結晶か?古いな。跡取か?もっと古いな。
何だ?子どもって何だ?…
…じゃあ親って何だ?夫婦って何だ?家族って何だ?
何だ?
なんだ・・・ちゃんと考えてないじゃん!俺。

頭が真っ白になりかけた時、妻の声が聞こえた。
「ゴメン。名前、やっぱり空でいいかも。
ころころ変わる子って楽しいよね」
僕の頭は、先ほどとは違う角度から再び真っ白になってゆく。
いいかもって・・・妻よ。
いいのか?本当に。
夫婦の思いが一致していない名前でいいのか?
空とは何か、子どもとは何か、
夫婦とは、家族とは、何なのか、考えなくていいのか?
一致しなくていいのか?

妻のお腹に載せた僕の手が、動く子どもを感じとる。
確かなことがひとつある。
おかげさまで、子どもは元気だ。
そしてもうひとつ確かなこと。
この子の名前が決まった。
<空>だ。

出演者情報:瀬川亮 03-6416-9903 吉住モータース

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中山佐知子 2011年6月26日



僕はビーバー

               ストーリー 中山佐知子
                   出演 大川泰樹

僕はビーバー、森の建築家だ。

僕の仕事はダムをつくること。
木を切り倒しては水辺に運び、その木で川を堰きとめる。

僕は特別なビーバーだから
最初に仕事をはじめるのはいつも暗い森だ。
木と木が混み合い、
枝と枝が重なってほとんど陽のささない森、
じめじめと湿った土には苔やシダが生えている森。
雨も降っていないのに上から雫がポタポタと
いつも泣いているような森。

そんな森を見つけたら
僕ははじめに木を何本か切り倒す。
すると森はそこだけ明るくなって足元に草が生える。
草の匂いをかぎつけて鹿がやってくる。
花が咲いたら新しい虫も飛んでくる。

それから僕は切り倒した木を組み立ててダムをつくる。
川が堰きとめられておだやかな池ができると
水鳥がやってきて巣をつくり雛を育てはじめる。
草を食べていた鹿は水を飲みにやってくるし
池の底には水草も育っている。
僕のダムは小さな命の楽園になる。

森も少しづつ変わっていく。
僕がダムのために木を伐りだした場所には
笑顔のような日だまりができている。
混み合った木が少し減っただけでびっくりするほど森は明るい。

ビーバーのなかには何世代もにわたって
大きなダムをつくる一族もいて
カナダには人工衛星から見えるビーバーのダムもあるけれど
でも僕は特別なビーバーだから
自分がつくった楽園には長く棲めない。
僕はまた暗い森をさがして仕事をはじめなければいけない。

さようなら、と僕は森に挨拶をする。
元気でね、僕のダム。
それから僕は新しい森をさがしに行く。

でも僕はそんな自分の仕事が嫌いじゃない。
だって、涙の川にダムをつくれるのは
僕だけだからね。

僕はビーバーだから
一緒に泣いたりなぐさめたりすることはできないけれど
涙をダムで堰きとめることならできる。
だから
泣きたくないのに涙が出そうになったら
いつでも僕を呼んでいいんだよ。

出演者情報:大川泰樹 http://yasuki.seesaa.net/  03-3478-3780 MMP

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