中山佐知子 2011年10月30日



ネジキのある庭で

             ストーリー 中山佐知子
                出演 向井薫

ネジキのある庭で
ネジキを捨てて出て行った人のことを思う。

ネジキはねじれて育つ。
そのねじれこそがネジキの存在感だ。
ねじれた木だからネジキ
というその名前は
カタチをあらわすと同時に強さをもあらわしている。

ネジキの葉はありきたりで花も小さく
秋の紅葉が美しいという話もきいたことがない。
山に植えても材木にならず
薪にこなそうとしても斧の刃を拒むので
人の役に立つということがなかったし
むかし、ネジキの葉を食べた馬が中毒したことがあってからは
たいして人に好かれることもなかった。

それでもネジキの値打ちは秋の葉が全部落ちた後にあった。
ねじれた幹から伸びる枝の先が赤くなり
赤い枝にはさらに赤い新芽がついて
冬枯れた庭で鮮烈な印象を残すのだ。

その姿をながめるために
若いネジキを1本、わざわざ庭に植えたのではなかったか。
赤い芽から緑の葉の出る不思議を
面白がっていたのではなかったか。

朝に夕に眺めていたネジキから
ふと目をそらしてあの人は行ってしまったが
そういえばネジキの悪口はひと言もいわなかった。

飽きたわけでもなく、嫌いになったわけでもなく
書き損じた紙を捨てるようにただ捨てられる。
ネジキはそんな木だったのだろうか。

そんなはずはないと思う。
ネジキを捨てた人はネジキから逃げたのだ。
ネジキの強さから逃げたのだ。

ネジキのある庭でふっと笑いがこみあげる。
自分はいま
いやな笑いかたをした、と思った。

出演者情報:向井薫

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李和淑 2011年10月23日



ねじ
           ストーリー 李和淑
              出演 西尾まり

机の下に、小さなねじがひとつ、転がっていた。
どこのねじだろう。
チェスト、サイドテーブル、扇風機、充電式クリーナー・・・
自分で組み立てた家具やら電化製品やらを、
持ち上げたり、ひっくり返したりして、ひとつひとつチェックする。
けれど、ねじがはずれているところは、見当たらない。

私の心のねじかな。
なんて、ガラにもなく感傷的。
でもたしかに、私の精神状態は、
このところなんだか、グラついているのだ。

3ヶ月ほど前に、父が死んだ。
心肺が停止して、意識がないまま、半年後に旅立った。
母も、姉も、私も、出来る限り世話をし、祈り、願い、
そして、絶望した。

べつに一緒に暮らしていたわけでもないし、
仕事に追われていたせいもあって、
何日も涙で明け暮れる、ということはなかった。

私って意外と強いじゃない。
少し父に申し訳なく、少し自分に誇らしく、そう思っていた。
なのに、いまになって、やたらグラグラするのだ、心のどこかが。

「教養のある人になりなさい」
「辞書を愛読しなさい」
「リスクという言葉は使っちゃダメ」
「AB型とは付き合わないように」
「シングルマザーになってはいけない」
「箸を置くとき、音は立てるな」

父の教訓というか、口ぐせのいくつか。
知的だったり、偏見だったり、幼稚だったり。
あまりに脈略がなく、姉とよく真似しては笑っていた。

こんな話をだれかにしたらきっと、
とても仲のいい、愛情あふれる家族と思うだろうけど、
ほんとのところは正反対。
給料を博打で使い果たす父と、
飲食店を切り盛りしながらそれをカバーする母。

ケンカが絶えず、あげく、離婚。
当然のように、私も姉も父と別れ、母と暮らした。
あれは、18のときだった。

父と再会したのは、それから23年後。
場所は、病院のICU。
もう、あの口ぐせを聞くことはなかった。

「辞書を愛読しなさい」
「AB型とは付き合わないように」
「箸を置くとき、音は立てるな」

ひとつひとつ、思い出してみる。
そして、そのひとつひとつが、
私という人間を、組み立てていったのだな、と思う。
そう、父は、私のねじだったんだ・・・。

我に返って、もう一度、小さなねじを見つめる。
とがった先を胸にあて、グリグリと食い込ませてみる。
チリッとした痛みとともに、
父の声が、よみがえる。父の笑顔が、よみがえる。

不覚にも、涙が出てきてしまった。
痛みのせいではない。
いや、痛みのせいかもしれない。
声をあげて、えんえんと、こどものように泣いた。

窓の外に広がる秋の空は、どこまでも高く、青かった。

出演者情報:西尾まり 30-5423-5904 シスカンパニー

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木戸寛行 2011年10月16日



ねじ               
         ストーリー 木戸寬行 a.k.a.ジェフ
            出演 地曵豪

ねじを外せ。
とても気持ちがいいから。
ねじを外せ。
ずっと深く深呼吸できるから。
ねじを外せ。
昨日までとは違う景色が広がるから。
ねじを外せ。
かけがえのない仲間に会えるから。
くるくるくるくる。
ねじを外せ。ねじを外せ。

僕ら生まれたてのベイビーの頃、ねじは外れっぱなしだった。
思うままに、欲するままに、やりたいように生きていた。
少し大きくなって、外に一歩を踏み出し、ねじを締めることを教わった。
もう少し大きくなって、学校に行くと、もっとねじを締めることを教わった。
さらに大きくなって、社会に出ると、もっともっとねじを締めることを教わった。

結局、僕らは、ねじを締めることしか教わらなかった訳だ。

少しでもねじを緩めると、
ワルガキと呼ばれ、
不良と陰口を叩かれ、
ならず者と指をさされ、
落伍者の刻印を押された。

だから、僕たちは、ずっとずっとずっと、ねじを締め続けてきた。
ぐるぐるぐるぐる。ぐるぐるぐるぐる。
ねじを締めることは、善であり、正しいことであり、
ねじを緩めることは、悪であり、間違ったことだと
ずっと刷り込まれてきた。

だから、僕たちは無意識に右回りにねじを廻してしまう。
まるで、暗示にかけられたように。
まるで、何かにとりつかれたように。
まるで、催眠術にかけられたように。
その行為は、やがて習慣になり、日常になり、常識となり、
ルールになり、暗黙の了解となる。
でも、いつまでねじを締め続ければいいのだろう?

ずっと締め続けてきたから、とっくにねじ山は残ってないのに。
きりきりきりきり。きりきりきりきり。
同じところで廻っているだけなのに。
がちがちがちがち。がちがちがちがち。
固く締め過ぎて動けなくなっているのに。

助けて!

だから、僕はある日、ねじを締めることをやめた。
そして、少しだけ勇気を出して、自分のねじを外しはじめることにした。
くるくるくるくる。人とは逆向きに、左にねじを廻しはじめた。
くるくるくるくる。社会はそれをドロップアウトと呼び、
僕はそれを革命と叫んだ。

ねじを外すとリラックスできた。
ねじを外すと深呼吸できた。
ねじを外すといろんな景色が見えてきた。
ねじを外すと同じくねじを外した楽しい仲間たちがたくさんできた。
そして、いつの日かを境にして、しがらみとか、束縛とか、不自由とか
そういう言葉から解放されて、
そういう言葉から無重力になっている自分に気づいた。
ふぅ、いい気持ちだ。あぁ、自由だ。

ねじを外せ。ねじを外せ。
くるくるくるくる。くるくるくるくる。
気持ちいい!楽しい!自由だ!
ドゥビドゥビドゥビドュビ!ドゥビドゥビドゥビドュビ!イヤッァホゥー!!
気持ちよくて、楽しくて、自由な日々が、長い間、続いた。
でも、しばらくすると心と体が、うずうずしてきた。

何かやりたい!何かはじめたい!

そこで、僕は僕のねじを外した場所へ行ってみた。
自分が掘り続けてきて、ぽっかりと大きく開いた深い穴を見ていると
今度は、別の穴をつくってみたくなってきた。

もう一度、ねじを締めてみるか!
くるくるくるくる。くるくるくるくる。 
でも、今度は、僕の意志で、僕のペースで、
僕の心が動くままにねじを締めるんだ。
くるくるくるくる。くるくるくるくる。 

出演者情報:地曵豪 http://www.gojibiki.jp/profile.html

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川野康之 2011年10月10日



ネジ山くんの叫び

          ストーリー 川野康之
             出演 吉川純広

こんにちは。
はじめまして。
金山製作所のキャラクターの「ネジ山くん」です。
くんまで含めて名前です。

頭でっかちで、ちょっと見、一昔前にはやったなんとかダケに似ていますが、
いちおうキノコじゃないんで。
ネジなんで。
銀色のナイロン素材でいちおう金属の質感出してるんで。
よろしくお願いします。
頭のねじり鉢巻きはダジャレです。
ね、じ、り鉢巻き。
なくてもいいような気がします。
斜めのボーダー模様のタンクトップもどうかなとは思います。
中小企業とは言え金山製作所は良質なネジを作るということで
信頼をいただいてきました。
カナヤマのネジは狂いがない。
頑固な職人がここぞというときにはカナヤマのネジを選ぶといいます。
わかる人にはわかる。
それでいいではないですか。
どうしてゆるキャラの私なんかを作る必要があったんでしょう。
20年使い続けてきた商品カタログ。
そろそろデザインが古くなってきたというので、
広告会社を呼んでプレゼンさせたそうです。
そこがもうぶれている。
ネジのカタログなんて古いも何もないです。
質実剛健。
不器用、一徹。
油臭い、なんのその。
それがネジのブランドというものです。
しかし、広告会社の口車にうっかり乗せられてしまいました。
企業イメージが堅すぎる。
もっと親しみのあるイメージにして新たなユーザーを獲得して
ビジネスチャンスを広げましょう、とかなんとか。
私の隣に立っているおばあちゃん。
いわゆるサブキャラです。
名前は「ドライバーチャン」です。
遊園地の鬼のように大きなネジまわしをかかえているでしょう?
あれ、私の頭にさすんですよ。
さしてどうするのか。
この先は自分では言えないので、
パンフレットに書いてあるキャラクター紹介を読みます。

「ネジ山くん」はゆるくなると性格がだらしなくなります。
目がどろんとゆるみ、仕事をさぼり、ナンパに精を出します。
ナットというナットを見ると「合体しなーい?」と声をかけます。
そんな「ネジ山くん」を見つけると、
「ドライバーチャン」が襲いかかり、
頭にドライバーをさして右にねじります。
するとネジ山くんはみるみるきりっとした顔立ちになって、
仕事にもどるのだ。

どうですか?
私にはおもしろさがまったくわかりません。
ていうか、これ、ネジのブランディングとしては
逆効果じゃないかと思うんですけど。
でも意外とかわいいって子供たちには人気あるらしいです。
「ドライバーチャン」と「ネジ山くん」のケータイストラップは
セットでそこの売店で売っています。

ここなんです。
私がもっとも割り切れないのは。
かわいければいいのか。
おもしろければいいのか。
ネジの心はどこへ行った。

ネジ山くんはしゃべれないんです。
ネジ山くんがしゃべることができるのは、「ネジ」という一言だけです。
ネジネジ?、ネジ、ネジネジ。あーネジネジ。・・・
これでどうやってナットをナンパするんですか?(咳払い)

それはともかく、今日は私は一言だけ言いたい。
最後にどうしても言いたい。

ネジー?(まじー?みたいなニュアンスで)

絵と動画:糸乗健太郎
出演者情報:吉川純広 劇団ペンギンプルペイルパイルズ

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川野康之 2011年10月9日


ねじ巻きラジオ

          ストーリー 川野康之
             出演 水下きよし

キイ、キイ、キイ(ぜんまいを巻く音)

(雑音とともに聞こえてくるアナウンス)
続いて天気予報です。

季節は夏が終わり、そろそろ秋が始まります。
空が青く澄み渡り、うろこ雲がさわやかな風に乗って流れていく。
果樹は色づき、田畑は収穫のときを迎えます。
去年の今頃はそうでした。

東京地方は今日もあいかわらず厚い黒い雲に覆われています。
これまで120日間、日照ゼロの日が続いています。
気温は低く、冬のような寒さです。
午後はにわか雨が降るでしょう。

この放送は、日比谷公園放送局から自転車を利用した
自家発電システムでお送りしています。

では次のニュースです。

野犬に襲われる被害が増えています。
町には、飼い主を失った犬が群れを作って、
食料を求めてさまよっています。
桜町の田村さんは、ある朝、部屋の外に出たところ…
(途切れる)

キイ、キイ、キイ(ぜんまいを巻く音)

気がついたらまわりは犬に囲まれていました。
犬は牙をむき、うなっていました。
正面にひときわ凶暴な顔をした白い犬がいました。
その犬がボスのようでした。
田村さんはじっとみつめるしかなかったそうです。
やがて白い犬は牙をおさめ、悲しそうに鳴いたと思うと、
くるりと後ろを向いて去って行きました。

助けに来た人に田村さんは泣きながらいいました。
「サスケだった。あの日、置き去りにしたサスケだったんだ。
生きていたんだ。」

(途切れる)

キイ、キイ、キイ(ぜんまいを巻く音)

川上町の萩野さんからのお便りです。

春も寒く、夏も寒く、真っ暗で、
季節の移り変わりはもうなくなってしまったけれど、
それでも地球は回っているんですね。
もうすぐ私の誕生日がやってきます。
毎年この時期は、窓を開ければいつもすがすがしい風が吹いて、
外に出ると頭の上に青空があるのがあたりまえのように思っていたけど
いまはそれがなんて贅沢だったんだって思います。
でもね、地球は動いているんです。
いつかきっとまた四季が帰ってくるって信じたいと思うんです。
その日まで自分の心の中に残るあの美しい空の色を
忘れないようにしようと思います。

お知らせです。
ねじ巻きラジオ、新しく6台作りました。
放送局まで取りに来られる人は来てください。
近くにご年配の人や、希望を失いかけている人がいたら、
その人たちのために取りに来てください。

なお一時間以上の外出は控えてください。
雨には濡れないようにしてください。
(途切れる)

出演者情報:水下きよし 花組芝居 http://hanagumi.ne.jp/

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岩田純平 2011年10月2日



ネジ

          ストーリー 岩田純平
             出演 菅原永二

祖父はネジ屋の社長だった。
正確に言えば、ネジ問屋の社長だった。

中学を卒業してから奉公に出て、
そこで何年か修行したり、
戦争に駆り出されたり、
おそらくほかにも色々とあった後、
祖父はネジ問屋を作った。

僕の知る限り、
祖父の作った会社は
規模を拡大することも縮小することもなく、
現在も律義に大阪は立売堀(いたちぼり)に建っている。
税金の払いが明瞭で何回か表彰されたことが、
祖父の社長としての自慢だった。
自慢とは言っても、
祖父自身がそんなことを口に出すことなどなく、
その話は母に聞いた。
 
中学くらいの頃、
祖父母と観覧車に乗ったことがある。
横浜港のそばにある、
当時世界一大きかった観覧車だ。
僕と祖母は窓から外を眺め、
「小さいねえ」
とか、
「綺麗だねえ」
とか普通のことを言っていたのだが、
その時祖父は窓から
支柱のボルトやナットを見つめ、
「やっぱり硬いネジ使うとるなあ」
などと呟いていた。
ボルトやナットには記号が表示されていて、
一目でその硬さが分かるのだそうだ。
こんな高い所まで来て何を見ているのだろう、
と僕は思ったが、
自然に仕事の目になってしまう祖父は
少し格好良くもあった。

足を骨折した時もそうだった。
太ももの一番太い骨を折って
けっこう大がかりな手術が必要になり、
骨をボルトだかナットだかで
固定することになったのだが、
手術前、祖父は痛みから来る脂汗を
額に浮かべながらそのネジをじっと見つめ、
「まあ、これならええやろ」
みたいなことを言い、
安心して麻酔されて手術室に入っていった。

それから十数年。
先日、祖父の葬儀があり、
火葬された後の足の骨には、
その時のボルトだかナットだかが
きっちりと埋まっていた。
とはいえ、
癌が最終的に骨に転移した祖父の骨はもろく、
手でネジを回すとぽろぽろと崩れて、
簡単に外れてしまった。
薄い骨に不相応な長いネジ。
祖父は死んだが、ネジは残った。
「硬いネジ、使うとるなあ」
僕はそのネジを指できれいに拭い、
骨壺の中にこっそりと入れた。

出演者情報:菅原永二 http://talent.yahoo.co.jp/pf/detail/pp8894

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