小野田隆雄 2008年1月11日



 
紙飛行機
            

ストーリー 小野田隆雄
出演  久世星佳

 
北の国へ飛ぶ飛行機は、
南の国のおみやげを積んでいる。
声を出す鯨のおもちゃ。
ウインクするフラダンス人形。
南の国へ飛ぶ飛行機は、
北の国のおみやげを積んでいる。
雪ダルマの風船。
ゼンマイで走る、トナカイのそり。

伊豆半島のまんなかあたりに、
みかん山にかこまれた
温泉の出る小さな町がありました。
いまでも、きっとあることでしょう。
この町の小学校は、
みかん山の中腹にありました。

この小学校の、せまい校庭に立つと、
海もよく見えましたが、
大きなプロペラ飛行機が飛んでいくのが、
まい日、見えるのでした。
きっと、小学校の空の上に、
飛行機の通る道があったのでしょう。

ああ、飛行機に乗りたいなあ。
お父さんの国へ行きたいなあ。
少女は空を見あげながら
いつも、そう思うのでした。
彼女のお父さんは、
遠い東の国にいるのです。
十年ほど前に、西の国の半島で、
戦争がありました。
彼女のお父さんは、そこで戦い、
日本に来て、彼女のお母さんに
会いました。そして、
少女が生まれたのです。

けれど、きっと悲しいことが
あったのでしょう。
お父さんはひとり、東の国へ帰り、
お母さんは少女をつれて、
自分の生れた伊豆の町に
ひっそり、帰ってきたのでした。

茶色のひとみをしたその少女は、
紙飛行機をつくるようになりました。
作り方は、いとこの中学生が
教えてくれました。
少女は、紙飛行機に夢中になりました。
そこには自分が乗っているのです。
春にはヒナゲシの花の上を、
秋にはコスモスの花の上を、
夏には入道雲を追いかけ、
冬には西風に乗って、
遠く遠く、海を渡り
東の国のお父さんの所まで。

時が流れていきました。
そして、大きな飛行機が、ほとんど、
ジェットエンジンに変る頃、
少女とお母さんは神奈川県の
横須賀に引っ越して行きました。
やがて、町のひとびとは、
ふたりのことを、だんだん、
忘れていきました。

夜になると、外国の軍人さんが
よく訪れる横須賀の繁華街に、
つい、このあいだまで、
「白い紙飛行機」という名前の
カクテルのおいしいお店が
ありましたが、さて、
いまでも、あるのでしょうか。

*出演者情報:久世星佳 03-5423-5905 シスカンパニー

Tagged: , ,   |  コメントを書く ページトップへ

一倉宏 2008年1月4日



私はおもちゃ
              

ストーリー 一倉宏
出演  皆口裕子

 
私は おもちゃです

そういったら あなたはどんな私を想像しますか
愛らしさをいっぱいにつめた ぬいぐるみ
おしゃれの大好きな 着せ替え人形
それとも… どんな私を想像しますか
 
私は おもちゃです
ぬいぐるみでも 着せ替え人形でもいい
ゼンマイで走る自動車でも
あるいは 命令通りに動くロボットでもいい
私はほんとうに おもちゃなんだから

私は おもちゃです
思い出してくれましたか あなたはいつも
近くの公園や 友だちの家にも連れていってくれたし
いっぱい ハグもキスも してくれた
私は 私のすべては あなたのものだった
寝ても覚めても あなたのものだった

私は あなたのおもちゃです
そういったら あなたはどんな顔をするのでしょう
こっちを向いてください おねがいです
あなたの友だちは 友だちだと 笑っていえる
あなたの恋人なら 恋人だと 誇らしそうにいうでしょう
でも なぜ… 私は あなたのおもちゃなのに

私は おもちゃです
おもちゃだから おもちゃでいいんです
おもちゃであることに 喜びも幸せも感じてきたのだから
私とあなたの関係は いつだって祝福されて
すれちがうおとなたちは 誰だって目を細めた
ああ 私は なんて幸せなおもちゃだったでしょう

けれど あるとき 私は気づいてしまった
おもちゃ ということばの もうひとつの意味に
それは あなたのママが
あなたとウインナソーセージとの戯れを とがめたとき
「たべものを おもちゃにするんじゃありません」と
びっくりするほど つよく 叱ったとき
私は 一瞬 ウインナソーセージにも勝ったと感じ
やがて もうひとつの別の意味に 気づいた…

私は おもちゃです
私は あなたのおもちゃ なんですよね

思い出してしまいます あのときのことを
私とあなたとの出逢いは 稲妻が走るようでした 
あなたは突然 私の前にあらわれて
あなたの瞳は うるむように輝き 私をみつめた
そして 顔も赤くなるほど ストレートなことばで 
私を 望んだ… 
私を 欲しい と
そのまま 運命のように 結ばれた私たち

それから 夢のような 数年の後
遠い旅先のホテルの部屋に 置き忘れられた 私
私は おもちゃです

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
出演者情報:皆口裕子 青二プロダクション

Tagged: , ,   |  コメントを書く ページトップへ

中山佐知子 2007年12月28日



この星の砂の最後のひと粒
                      

ストーリー 中山佐知子
出演 大川泰樹

この星の砂の最後のひと粒まですくいとるように
残った人々をせき立てながら
最終便は出発したけれど
まだ世界のあちこちにはこぼれた砂粒が残っており
僕もそのひとりだった。

どうして乗らなかったの
女が僕にたずねた。
僕も同じことをききかえした。
あなたこそ、どうして

返事はしなかったけれど答えはわかっていた。
お互いのためでは決してない
ふたりとも、寄宿舎よりも窮屈な船で
暗い宇宙を漂うよりも
この風化していく星の広い風景の中に
消えてしまうのを選んだだけのことだ。

完成したジグソーパズルの無数のピースを
悪戯に取り去っていくように
この世界は少しづつ壊れていた。
森がひとつ、町が半分…
理由もなく、法則もなく突然に
そこにいる生き物も人も一緒に消えた。

異次元へジャンプする、とか
ブラックホールが呑み込むのだ、とか
議論をしていた人々は
真っ先に船に乗り込んで行ってしまった。

その船は目的もわからずに宇宙を漂うカプセルになった。
乗り組んだ人々は人類を保存する目的だけのために
生きなければならない。
最後の船が出発した後も
空港は夜になると灯りがともり
ライトアップされた遺跡のように巨大な存在感を示していた。
僕たちはときどき空港へやってきて
まだ動いているエスカレーターで展望台に上がっては
船が飛んで行った空を見上げた。

僕たちはお互いの手を求めることもしなかった。
明日消えてしまうかもしれない相手に心を動かすことが
いったい何になるだろう。
けれでも、ある日、僕はたずねた。

もし、あなたが先に消えたら
僕はどこを眺めればいいだろう。

目を閉じてどこも見ないでと女は答えた。
確かにそうだった。
消えるということはそういうことだった。
そしてその数日後、本当に女が消えていた。

それから僕はひとりで夕方まで過し、空港へ行った。
灯りを避けて
滑走路のはずれの草むらに寝そべって目を閉じていると
鼻の奥がツンとして目から水がこぼれるのがわかった。
その水は僕の体温と同じくらいあたたかく
そのくせヒリヒリと肌にしみた。

出演者情報:大川泰樹 http://yasuki.seesaa.net/ 03-3478-3780 MMP

*携帯の動画はこちらから http://www.my-tube.mobi/search/view.php?id=phSsxppJOHc

Tagged: , ,   |  コメントを書く ページトップへ

薄景子 2007年12月21日

MRエアターミナル
                    

ストーリー 薄景子                      
出演  坂東工

彼の名前は、レニーモンド。
世界一紳士的で、世界一誠実な空港に贈られる
MRエアターミナルに選ばれた男だ。
僕とレニーが友だちになったのは、
たまに行く小さなバーで
偶然となりあわせになったから。

僕は、MRエアターミナル受賞のニュースを見て
彼のことは一方的に知っていたので
軽く会釈をし、「おめでとうございます」と言ってグラスをかかげた。

「おめでとう?・・・ご愁傷さまだよ」
彼の返事は意外だった。
世界一紳士的なエアターミナルとは思えない、
ぶっきらぼうな言いっぷり。
レニーは、ポケットから手帳を取り出して言った。
「きょうは僕のターミナルで
いってきますを27万回、お帰りなさいを36万回聞いて
家族や恋人のHUGを48万回、別れのキスを62万回も見て
さよならを19万回、泣いている人だって11万人も見た。
それに、きょう1日で、きょう1日でだよ、
87万個の約束が交わされるのを聞いたんだ。
出会いやら、別れやら、愛やら、決意やら、
そんなだいじなことが、毎日通り過ぎていくのに。
僕はいつも置いてけぼりで、どうでもいい通過点なんだ」
レニーモンドは、目に涙を浮かべていた。
あのニュースで見た、
自信あふれるMRエアターミナルとは、全然ちがう顔。
僕は彼のことが少し好きになり、もっと知りたくなった。
「それなら、なぜあなたは、エアターミナルを続けるのですか?」

「10年間、待っている人がいる」
レニーは遠くを見ながら言った。
「恋人?」
僕の質問に、彼はしばらく黙りこんだあと、重い口をあけた。
「そんな時期もあったけど。たぶん、もう帰ってこないと思う。
でも、僕には、待たなきゃいけない宿命があるんだ」
「なんだそれ?」
僕の不躾な返しに、レニーは少しだけ紳士の顔に戻って言った。

「待っている、と約束したから」

彼の名前は、レニーモンド。
世界一紳士的で、世界一誠実な空港に贈られる
MRエアターミナルに選ばれた男。
彼が約束を守り続けるかぎり、
レニーモンド空港で交わされる愛の約束に、
けっして裏切りはないと言われている。
その伝説を守り続けるために、
彼はきょうも、帰らぬ人を待っている。

出演者情報:坂東工 http://blog.livedoor.jp/bandomusha/

Tagged: , ,   |  コメントを書く ページトップへ

小野田隆雄 2007年12月14日



   
ボラボラの島まで
            

ストーリー 小野田隆雄
出演  久世星佳

日本の広告制作のロケ隊が、
初めて南太平洋のタヒチに飛んだのは、
一九六八年の冬だった。
北半球とは季節がさかさまになる南半球で、
来年の夏の、化粧品のキャンペーンの
撮影をすることが目的だった。
このロケ隊に、この原稿を書いている私は、
コピーライターとして参加していた。
鎌倉の江の島以外、
海を渡ったことがない私の、
初めての海外旅行でもあった。

ロケ隊は、羽田空港から
ハワイのホノルルまで飛び、
そこから、ほぼ一直線に
太平洋上を南下して、
赤道を越えてタヒチに飛んだ。
タヒチのパペーテに
着陸したのは、夕暮の時刻だった。
空港の名前は、FAAAと書いて
ファアアといった。
ファアア空港という、
ねむくなるような名前の空港に降りたつと、
空気があたたかく湿り、
熱帯の花の甘い香りが
肌にまとわりつくように思えた。
車に乗って、街を走ると、
祭のある夜だったのか、
あちこちに、かがり火が明るく燃え、
ゴーギャンの絵に出てくるような女たちが、
たわむれるように、歩いていた。
ホテルは、海を見おろす丘の上にあった。
部屋に入り、ベランダに出てみると、
南十字星が見えた。
四つの明るい小さな星が、十字の形になって
口数の多い少女たちのように、
たえまなく、キラキラ、きらめいていた。

タヒチでのロケ地は、
ボラボラという名前の島だった。
パペーテに二泊したあと、
私たちは、ちいさなプロペラ飛行機に乗って、
ちいさな島の飛行場に着陸した。
この島から、自動車で
ボラボラ島(とう)まで走るのだと、
ガイドのひとが言った。
飛行機のドアがひらき、
タラップの階段を降り始めると、
熱い風がほおをなでた。
ここの飛行場は、草原だった。
風の中に草の匂いがする。
短く刈り込まれた草の滑走路の
先端のあたりを、
一本のダートコースの道路が
横切っているのが見えた。
その道路の、滑走路と接する二ヶ所には
鉄道線路のように遮断機がつき、
カァン カァン カァンと、警報のベルが
まのびした調子で鳴っていた。
一台のオープンカーが、
遮断機のあがるのを待っていた。
フランス人の若い兵士が運転席にいて、
助手席には、金髪の女性が乗っていた。

飛行場からの道は、
浅いサンゴ礁の海へ続いていた。
エメラルドグリーンの海の真ん中に、
まっ白なサンゴ礁の破片で固めた道が、
一直線に、ボラボラ島まで続いている。
雲ひとつない空は、あくまで青く、
海もまぶしく青くひかり、
ひともとの白い道は、
影ひとつなく明るかった。
なんだか、もったいなくて、
私は、サングラスをかけなかった。
エメラルドグリーンとコバルトブルーと、
白い道。熱い空気。走り続ける車の中で、
私の耳に、あの空港の警報機の音が、
のんびりと、よみがえってきた。
カァン カァン カァン、カァン カァン カァン。
人生って、いいだろう?
誰かが、そんなことを言っているように
あのときの私には思えた。

タヒチには、そのあと、二度ほど
訪れた。けれど、あの空港のことも、
白い道のことも、最初の時しか
記憶の中にない。あれは、本当だったのか。
いまでも、なぜか、冬が近づくと、
そのことを考える。

出演者情報:久世星佳

*携帯の動画はこちらから http://www.my-tube.mobi/search/view.php?id=bLupfcQ2zoY

Tagged: , ,   |  コメントを書く ページトップへ

一倉宏 2007年12月7日



クリスマスのワライカワセミ
                

ストーリー  一倉宏
出演   松澤一之

羽田発 21時45分 いまから出れば まだまにあう

はい それにつきましては 当方の手違いでしたので
ご迷惑のかからぬよう しっかり対応させていただきます
まことに申し訳ありません
社長からも くれぐれもと… はい 万全を尽くすようにと
言いつかっておりますので そのように できる限りの手だては…

羽田発 21時45分 いまから出れば まだまにあう

中村さんからのご指示では 最初はパンダがメインということで
パンダを強調しつつ サブとして ウサギとアライグマ
はい それがおとといのミーティングの時点で やっぱり
アライグマはやめようと ですよね… それは聞きました
アライグマは気が荒いからやめるという方向で
そのかわりに ヒツジはどうかということで ご検討いただいて
あ その連絡いってません? はい そうです…

羽田発 21時45分 いまから出れば まだまにあう

はいはい わかりました ええ そうなんです
ヒツジはいいアイデアだとしても 若干 ウサギとかぶるかなと
そのように 山田部長のほうからご懸念が出たということで
その場では たとえば えーと ウサギがヒップホップ系で
ヒツジがパンク系 でしたよね たしか…
ウサギのヒップホップ系はともかく ヒツジのパンク系は
無理があるかなあと 部長がおっしゃったということで…

羽田発 21時45分 いまから出れば まだまにあうだろう

それから 中村さんのアドバイスで 山田部長はハツカネズミだと…
ハツカネズミがお好きではないかということで
こちらもさっそく その方向で何点かお送りしているはずです
ええ きのうです え ちょっと待ってください… はい
たしかに きのうの午前中 パンク系と マッチョなアスリート系
押さえとしてアイドル系も… そうですそうです 
目のキラキラッとした ウルウルッとした…
でしょ? 似てますよね たしかに… (笑)
なに笑ってんだ 俺… いまから出れば まだまにあうのに!
でも クリスマスの時期に それはないでしょう…
はい もちろん こちらとしても検討はしましたけど
それに ウサギもヒツジも キャラクターが暗いってことは…
そのためのヒップホップ系でもありますし
それに アイドル系のハツカネズミってこと自体 どうかなと
わかってますわかってます それはもちろん はい
では ワライカワセミってことで 進めてよろしいんですね?

羽田発 21時45分 いまから出れば まだまにあったのに

それでは 踊るパンダがメイン 目がクリクリのハツカネズミ
笑いころげるワライカワセミ ということで 承知しました
いえいえ そんなことございません おもしろいと思います
おもしろくておもしろくて 涙がでるくらいです
いいえ そんな意味じゃ… わかってますわかってます
ですけど… 私が思うには… ほんとうはどうかな と
それでいいのか この時期 ほんとうに伝わるのかな と
クリスマスを待ち望む恋人たち 忙しい年末 渋滞する道
たとえば やっと取れたチケット…

羽田発 21時45分 いまから出ても… もう…

ところで ワライカワセミは なぜ笑いころげているんですか?

出演者情報 松澤一之 5423-5904 シスカンパニー

Tagged: , ,   |  コメントを書く ページトップへ