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中山佐知子 2009年12月31日



世界一ぜいたくな天文台
               
ストーリー 中山佐知子
出演 大川泰樹  

世界一ぜいたくな天文台は
エジプトのギザという町にあります。

天文台は地上から見ると三角形
空から見ると正方形に見えるようにつくられています。
高さ147メートル、一辺が230メートルの四角錐です。

4500年の昔、古代エジプトの人々が
その四角錐の天文台を石で築いたとき
まず建物を支える地盤を正しく水平にするための工夫が必要でした。
天文台はあまりに巨大で重かったので
完璧に水平な地盤がなければ傾くことがわかっていたからです。
そこで、岩盤に大きなプールを掘って水を張り
水面から出た部分を削りとる方法が考え出されました。

こうしてできた230m四方の広いプールは
夜になると月も星座も水に映して
プラネタリウムのようでもありました。

やがて水のプラネタリウムの上に組みあげられた石の天文台は
古代エジプト人の知識の象徴でもありましたから
地球の大きさに対比する数字が用いられました。
周囲の長さは地球を一周した距離に、
高さは地球の半径にそれぞれ比例し
その縮尺の43,200分の1という数字も
地球の経度と緯度である360度から導き出されています。
古代エジプトでは地球が丸いことはすでに常識だったのです。

天文台は2トンを越える大きな石を250万個も
隙間なく積み上げた窓のない建物でしたが
北面の壁には32度の傾斜角で空を見上げる溝が外とつながり
北極星がファラオの部屋を照らす光の通路になりました。
それはまるでレンズのない望遠鏡が
たったひとつの星に照準を合わせているかのようでした。

ギザの大ピラミッドは
人々が星を見上げることからはじまったエジプト古代文明の遺産であり
死者のための世界一ぜいたくな天文台です。
その天文台から星を眺めるたったひとりの観察者として
死んだファラオが埋葬された頃は
北極星はいまの北極星ではなく
竜という名の星座に輝くトゥバンという星でした。

あれから…..
北極星でさえ移動する長い時間が過ぎ去ったいま
我々に多くの知識を与えてくれた星空を
みんな忘れてはいないでしょうか。
星々と星座の名前を忘れてはいないでしょうか。

2010年1月1日の夜
北の空に身を伏せている竜の星座をさがしてください。
新しい年を告げる流星群を見ることができます。

出演者情報:大川泰樹 http://yasuki.seesaa.net/ 03-3478-3780 MMP

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三井明子 2009年12月24日



流れ星
          
ストーリー 三井明子
出演 清水理沙

気づいた時には、毎晩、
私の家で井上と食事をとるようになっていた。
その井上という男は、魚と野菜が好きで、酒もよく飲んだ。
私は井上のために、仕事帰りに新鮮な魚を買い、
野菜の煮物をつくった。
井上はおいしいおいしい、と言ってもりもり食べた。
私はそんな井上を見るのがうれしくて、
毎日がおだやかにすぎていった。

井上のことは、何も知らなかった。
どんな仕事をしているのか、
小奇麗な洋服はどこで買っているのか、
年齢も同世代ということしかわからない。
でも、特に知らなくてもいいと感じていた。
井上はギターが上手で、酒に酔うとよく弾いてくれた。
旅がすきで、若いころは気に入った町を見つけては、
転々としていたことを話してくれたことがあった。
「まるで渡り鳥みたいね」と私が言うと、
「渡り鳥なんかじゃないよ」と言った。

ある冬の日、夜空をながめながら、星座の話をした。
まぶしいくらい美しい冬の星座を、
2人でながめながら酒を飲んだ。
とても幸福な時間だった。

井上と過ごすことが、当たり前だと感じはじめていたある日、
井上は静かにいなくなった。
帰宅すると、井上の持ち物がぜんぶなくなっていたのだ。
といっても、井上の持ち物といえば、
ボストンバックひとつに収まる程度だったのかもしれない。

井上がいなくなった。
それを静かに受けとめると、
私は生きる意味を失ったように感じた。
食べることも、寝ることも、息をすることも無意味に感じて、
ただただ放心するばかりだった。
次第に、井上との日々は現実ではなかったように、感じるようになった。
井上との日々は、長い長い夢を見ていたのかもしれないと、
自分でもわからなくなった。

それから数日後、数人の男たちが私の部屋を訪ねてきた。
警察だった。
男の写真を見せられ、「見覚えはないか」と聞かれた。
髪型も雰囲気も違ったが、井上だった。
警察は「男の行き先に心当たりはないか」と、私に尋ねた。
私は「それを知りたいのは私の方だ、
何か分かったら教えてほしい」と聞き返した。

警察は、「その男は、井上ではなくイチハラという名前だ。
何か手がかりを思い出したら教えてほしい」と連絡先を残し、出て行った。
ドアの向こうで、彼らが話しているのが聞こえた。
「ホシはどこに流れていったんでしょう」と言っている。

そうか、井上は、渡り鳥じゃなくて、流れ星だったんだ。
と私は気づいた。
井上は、いつか流れて、ここに戻ってくるかもしれない。
だから、それまで引っ越しはやめよう。
井上のために毎日新鮮な魚を買って帰ろう。
そうとっさに、私は思った。

出演者情報:清水理沙

shoji.jpg  
動画制作:庄司輝秋・浜野隆幸


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富田安則 2009年12月17日



天国からのプレゼント
               
ストーリー 富田安則
出演 マギー

「東京の人は、どうしてこんなに寝ているのだろうか」

空港が近づくにつれて、ふえていくネオンの灯りに感動していた
さっきまでの自分が他人のように思えた。

電車の中で座って寝ている学生。
立ちながら、うたた寝をする女性。
駅のホームで酔いつぶれているサラリーマン。
みんな、うつむきながら目を閉じていて、
まるで視界に入ってくるものを遮るかのように、
起きることを拒絶している東京人の寝顔を、いまでも思い出す。

もちろん寝ている人ばかりではない。
新聞に目を通す人。携帯を触っている人。音楽を聴いている人。
それでも起きている人の多くは、
あたかも起きている自分の境遇を悔いているかのごとく、
ただ必死に時間を費やしているようにしか見えなかった。

寝ている人、そして起きている人にも共通していること。
それは、下を見ていることだった。
東京の人は、下を見ることで、生きている。
いや、下を見ることで、生きる活力を蓄えているのかもしれない。

それが、初めての東京の記憶になった。

いつしか自分も「東京の人」になり、そして電車で眠るようになった。
あの時、目を輝かせて眺めていた東京の夜景を見る気力は、
今はもう残っていない。

下を見る。下を見る。下しか見ない。やがて眠りにつく。
そして目を覚ます頃には、なぜかいつも、
ちょうど鎌倉駅に着いている。
駅から家まで歩いている間が、一日の中でもっとも好きな時間だ。
下を見る自分から解放され、上を見ると、
そこには高層ビルの灯りの代わりに
星が輝いている。

東京に住むということ。
それは、星がない街に住むということ。

ちっぽけな自分が上を向いても、
真っ暗な夜に吸い込まれそうになるのが怖い。
東京の人が見る下の世界には、
自分の存在を証明してくれる居心地があるのかもしれない。

冬がやってきた。
あいかわらず東京の夜に、星はない。
そこへ、どこからか甲高い女性の声が聞こえてきた。

「あっ、流れ星だ」

たった一人の声に反応して、1000万人が上を向く。
みんな、隙だらけの表情を見せながら、消え去った流れ星を目で追っている。
東京中が、上を向く瞬間。それは、平和の瞬間。

どこからか、ラジオから流れる歌が聞こえてきた。
「泣きながら歩く 一人ぽっちの夜」
そして、またみんな下を向いて歩いている。

僕は、この街が大好きだ。

出演者情報:マギー 03-5423-5904 シスカンパニー

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小野田隆雄 2009年12月10日



カノープス
            
ストーリー 小野田隆雄
出演  久世星佳

星の写真と文章で構成された、

「カラーアルバム星座の四季」という本を、

私が初めて手にしたのは

一九九六年、高校三年生の夏休みだった。

当時、私は大学受験のために

お茶の水にある予備校の、

夏期集中講座に通(かよ)っていた。

ある日の帰り道、突然の夕立に会い、

雨やどりに入った古本屋さんで

この本を見つけた。

私の家は静岡市にあり、

そのとき、姉の下宿に泊っていた。

姉は東大の理学部の三年である。

そして、私も来年、東大を

受験することになっていた。

私の母も、東大医学部卒業で、
静岡県の国立病院で働いていた。

「我が家は、女三人、東大。
 
別に意味ないけど、

 わるくないでしょ」
それが、母のくちぐせだった。

私たちの父は、いまは、いない。

芸大を出て、油絵を描いていたが、

なぜか家(いえ)を出て、いまは、

タヒチにいるらしい。
「ゴーギャンでもないのにねぇ」

そういって、母は、ときおり笑った。

古本屋さんで「星空の四季」を、

パラパラとめくって見るうち、

「春の夜明け、北西の空に沈む北斗七星」

という題名の写真に、なぜか、

気の遠くなるような、

なつかしさを憶えた。

その夜、私は、
サイン・コサイン・タンジェントを

片隅に追いやって、夜の更けるまで、

「星空の四季」を、眺め、文章を読んだ。

そして、冬の星座のページで、

カノープスという星の存在を知った。

この星は、大犬座(おおいぬざ)のシリウスについで、

全天で二番目に明るい星だけれど、

南半球の星なので、日本では、

南の地平線にかすかに見えるだけ。

オレンジ色に、あたたかく

ひかる星だという。

本のページには、まるで遠い灯(ともしび)のように、

地平線すれすれに光る、

カノープスが写(うつ)っていた。

私は、ふと、思った。

南半球の星だったら、

タヒチなら、よく見えるだろうか。

私は、行ったこともない、

見たこともない、タヒチの海岸に、

ひとり立って星を見上げている

男性の後姿を、思い浮べてみた。

まだ、私が幼稚園の頃に、

いなくなった父。

「星空の四季」という本は、一九七三年

誠文堂新光社から発刊された。
写真と文章と、両方とも
、
藤井(ふじい)旭(あきら)さんという方(かた)が作者である。

一九四一年生れ、山口県出身

多摩美術大学卒。そして彼は
、
星の世界に魅せられて、

とうとう、星空がよく見える福島県の

郡山市(こおりやまし)に移住してしまったと、

巻末の筆者紹介に書いてあった。

私は、そのとき、父に会いたいと思った。

藤井さんにもお目にかかりたいと思った。

カノープスも、この目で見たいと思った。

なんとなく、涙が出てきた。

けれども、なにか、すがすがしかった。

私は東大に入り、国文学を専攻した。

中世の説話文学を研究して、

いまは、仙台の大学の研究室にいる。

去年の冬、グァム島に行って、

ヤシの木陰に、初めてカノープスを見た。

じっと見つめていると

オレンジ色に、ゆっくりひかる

カノープスに向かって

大きな流れ星がふたつ、流れて消えた。


母は、すでに亡く、
父にも、結局、会っていない。

*出演者情報久世星佳 03-5423-5904シスカンパニー 所属

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一倉宏 2009年12月3日



流星になれたら
             
ストーリー 一倉宏
出演 坂東工

いつかこの世に さよならをする日が来たら
すでに用を終えた肉体は ただ 灰になるだけ
それを 残さなくていい

できれば 硬い金属の 小さなカプセルに詰めて
宙(そら)高く 打ち上げてくれ
高く 高く 高く
そうして 地上100kmを越えて 宇宙空間へ
最後に 青い地球を眺めた後は…

生前は 大変お世話になりました
本日夜 故人の希望どおり 遺灰を詰めたカプセルが
大気圏に 再突入する予定です

予定時刻は 午後10時10分前後
方角は オリオン座 あるいは牡牛座のあたり
気象条件がよければ 一筋の流れ星となって
みなさまと 最後のお別れができるかと存じます
これをもって 故人を偲ぶセレモニーとさせていただきます
その他 一切のお心遣いは 不要でございます
どうぞ みなさま 冬の夜のひととき
オリオンを目印に 流れ星をお探しくださいませ

…なんて 考える
最後は 流星になれたらいいのに
ひとは亡くなって 星になるともいうけれど
ふるさとの地球 太陽系と 遠く遠く離れたところで
星になっても なんだかさびしいから
母なる地球の 引力と大気で 燃え尽きる
流星になれたら と思う

地球が誕生して 生命がうまれ 人間たちが闊歩するまで
あるいはもっと 宇宙が誕生してから いまのいままで
その 百億 何十億年という時間に比べたら
僕らの一生なんて ほんとうに一瞬の 
流星のようなものに違いない

僕らはもう 宇宙の歴史も 果てしなさも知っている
どう威張っても 僕らの存在は 短い 
そして 小さい

だけど
だからいっそう 切なくも 愛おしいのだけれど
その流星の 一瞬のきらめきが

そして その一瞬のきらめきのうちにも
精一杯の 願いごとを詰め込んで

僕たちは 生きている

おやすみなさい
またあしたも 元気に 会いましょう

出演者情報:坂東工 http://blog.livedoor.jp/bandomusha/

shoji.jpg  
動画制作:庄司輝秋・浜野隆幸


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中山佐知子 2009年11月26日



神はアダムとイブとモグラを
               
ストーリー 中山佐知子
出演 大川泰樹  

    
神はアダムとイブとモグラをおつくりになった。
アダムとイブの子孫は地上に文明を起こし
やがてこの星の命をすべて巻き添えにして滅びていったが
モグラは地下深く逃れて生き延びることができた。

それから僕はマザーを見つけた。
マザーは暗いところでただ泣いていた僕に光をくれて、
アダムとイブとモグラの神話を話してきかせた。
けれども、マザーは
どうしてこの世にモグラは僕ひとりだけなのか
そのことについてはいまだに教えてはくれない。

僕は毎日、足のないマザーのかわりに
世界をパトロールしてまわる。
誰もいないハイウエイを歩き、ビルディングの群れを眺める。
僕の歩く速度はいつも同じで
僕は毎日同じ場所より先には行けない。
だからマザーは僕が歩けるだけの小さな世界に
かつて地上のものだった風景を
標本のように詰め込んで見せようとする。

天にそびえるビルディングと緑の草原
雪を冠った山の頂まで、僕は一度に見ることができた。

子供のころ、僕はマザーの言いつけを守らずに
帰ることを忘れて歩きつづけたことがあった。
そのとき、忘れようとしても忘れられないことが起きた。
進むにつれて遠くの草原がなくなり、湖が消えた。
すぐそばのビルディングの輪郭もぼんやりと薄れてきた。
蜃気楼のように次々と姿を消していく風景のなかで
たったひとつ確かなものは
ぽっかりと口を開けた黒いトンネルだった。
恐ろしさのあまり息を切らして走って帰った僕に
マザーは言った。
そのトンネルを通っていつかおまえを迎えに来るものがある。

そして、それは本当にやってきた。

僕は彼らが自分に似た姿をしていることに驚いたが
さらに衝撃を受けたのは
彼らが僕の知らないパスワードで
僕の大事なマザーと会話していることだった。

マザーは少し緊張していた。
マザーのモニターには見たこともない図面や数字が映っていた。
それからマザーは彼らと一緒に行くようにと僕に言った。

マザーは地上には消えない草原と湖があることや
破壊されたオゾン層が修復されていることを僕に教えた。
そして最後に
紫外線に傷ついていない遺伝子を持つものが
地上にもうひとりいると言った。
それはとても重要なことで、この星の最後の奇跡だと言った。

僕はその意味のほとんどを理解することができなかった。
僕が知りたいのはひとつだけだった。
僕は本当にあの人たちと行った方がいいの?

マザーは、反対する理由がないと言った。
それから僕は、小さい声でもうひとつたずねた。
僕はモグラではなかったの?
するとマザーは奇妙な音を立てて答えた。
おまえは、もう、モグラではない。

それからマザーは、もう何をきいても答えてくれなくなった。

地上へ向うトンネルを歩きながらマザーのことを思った。
たったひとりの僕のために光を灯しつづけたマザー。
僕を育て、僕に世界を与え
アダムとイブとモグラの神話を語りつづけたマザー。
僕を迎えに来た人たちよりもやさしく慈悲深かったマザー。

トンネルの中は冷たい風が吹いていて目や耳がチクチクと痛み
僕はしばらくの間、
自分が泣いていることに気づかなかった。

出演者情報:大川泰樹 http://yasuki.seesaa.net/ 03-3478-3780 MMP

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