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小野田隆雄 2007年4月20日



夏の旅、レクイエム
            

ストーリー 小野田隆雄
出演  久世星佳  

すこし長い休暇をとって、
北陸の海に来ています。
ここは、あなたが住んでいた
太平洋側の町よりも、
かえって暑い感じがいたします。
今朝早く、激しい雨の中を
直江津から乗ったディーゼルカーは、
各駅ごとに停まりながら
歩くように走っていましたが、
小さな無人駅に停車したまま、
先程から動きません。

時刻はそろそろ正午に近く
すでに雨雲は走り去って
松林の向うに海が見えるこの駅に
蝉しぐれが降ってきます。
車窓から見あげると
雨があがったばかりの
抜けるような青空が
乱れ雲のあいだにのぞいています。
駅のホームは、白い砂地。
小さな花壇には、
カンナの花が、赤く咲いて。

あなたは、つんのめるように
走り去って、いなくなってしまった。
天使の階段をのぼって、行ってしまった。
駒沢通りで起きた交通事故。
ダンプカーに正面衝突した、
あなたの真っ黒なスポーツカー。
私を自由ヶ丘まで送ってくれた夜、
私に手を振って走り始めて
それから、すぐあとに起きた事故。
あれは、ほんとうに事故だったの?
いまでも、私は、そう思ってしまう。
あの、七夕も過ぎた頃の、
なまあたたかい夜の、あなたの死。

あなたの作るテレビコマーシャルが
次から次へと大当たりして
日本中のひとが、笑いころげている時、
きっと何かが、あなたの中で
崩れ始めていたのですね。
誰にも見せなかった、ピエロの素顔。
メロスのように走り続け、
足を血に染めていたあなた。
でも、私は忘れていなかった。
去年の夏に、あなたが八ヶ岳の高原で
つぶやいた言葉を。
「いちばん美しい日本の夕日は、
日本海に沈むんだよ。」
そのつぶやきは、高原の風に
消えそうになりながら、
ヒンヤリとしたなにかが、私の白い
ブラウスの肌に触れたのです。

いま、しんとした車内には、私と、
仲むつまじそうな老夫婦しか
乗っていません。
眼を閉じていると、こころよいような
寂しさにつつまれるのを感じます。
この出すあてのない長い手紙を、
旅に出てから、ずっと書き続けています。
今夜はこの海で、美しい夕日が
見られるかもしれない。そうしたら、
私は夕焼けの海に思いきり、
石を投げようと思っています。
それから叫びたい。
弱虫、甘ったれ、バカヤローと。
もう、この白いブラウスは
着ないからね。

*出演者情報久世星佳 03-5423-5904シスカンパニー 所属

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岡本欣也 2007年4月13日



「窓のなか」

                        
ストーリー 岡本欣也
出演 坂東工

 
線路わきにたちならぶ電柱が、
つぎからつぎへと後ろに吹き飛んでいくさまは、
いつ見ても飽きない。

むくつけき男たちが高架下にいて、
テンポよくぶん投げているんだろう、とか、
ホントはぜんぶで10本くらいしかなくて、
いったん後ろに行った柱が、
急いで戻ってるんじゃないだろうか、とか、

まあ、それにしても、大人の男女とは思えない熱心さで、
新幹線の初歩的な錯覚を楽しみながら、
旅をはじめる、ぼくらであった。

窓のなかには、
いくつもの高層ビルがやって来て、
近くのものほどスピーディーに、遠くのものほどゆっくりと、
それぞれの速度を守って、
横にスクロールしながら消えていく。

おんなじ横切るにしても、電柱ほどの気迫がない、とか、
どれもたしかに立派だが、あれだけ窓がありながら、
窓が開かないというのはどうなんだろう、とか、

その昔、夢を見ながら上京したのに、
冷たくされた高層ビルに、
ついついつらく当たってしまう、ぼくらであった。
風景の主役が、
工場となり、郊外型店舗となり、
住宅となり、田畑となり、
そしてそれらがランダムに繰り返されていく。

川が見えたよ、とか、
あの山なんだろう、とか、

東京を離れれば離れるほど、
言葉からリキミのようなものが消え、
だんだんと発言内容がシンプルになっていく、
という、じつにたわいのない、ぼくらであった。

しかし、ぼくらが、
多少なりともおだやかになったのは、
風景にいやされて、人間のココロを取り戻したからではなく、
そろそろだな、と思ったからだ
そろそろ、駅弁のタイミングだなと、
ふたりして思ったからだ。

ぼくらは、つまり、待っていたのだ。
「ここでお弁当広げたらおいしいでしょう」と思える風景を。

通路をへだて、反対側に座る男女も、
おもむろに駅弁を取りだし、
ヒモをほどこうとしている。

もしかしたら、彼らも、
似たようなことを考えていたのかもしれない。
反対側の、窓のなかにあったのは、とても大きな海だった。(終)

*出演者情報:坂東工

*音楽:ツネオムービープロジェクト

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一倉宏 2007年4月6日



ちいさな旅人
                      

ストーリー 一倉宏
出演 水下きよし

その旅は私のささやかな そして曖昧な 自慢話だ

小学5年生になる春休みに はじめて長距離のひとり旅をした
電車を乗り継いで 関東のある街から 関西のある街まで
乗り換えは 上野 東京 そして京都 の3回
新幹線を京都で降りて 無事 叔母の住む街に向かうローカル線に乗った

平日の午後 乗客はまばらとはいえ 無人のボックスはなかったのだろう
私は車内を見渡し 窓際に白髪のそのひとのいる席の向かいに座った
おそらくは ちいさな会釈をして

いま知っていることばでいえば 「気品のある老紳士」
当時に知っていることばでいえば 「ちょっとかっこいいおじいさん」は
こころよく 小学生の私を迎え入れてくれた
なんだか・・・ どこかで見たような 頭のよさそうなおじいさん

2駅めも過ぎた頃だったと思う なにかの本を読んでいた私は 
向かいの そのひとに話しかけられたのだった
「本は 好きですか?」
決して口数が多いというタイプには思えない そのひとは
線路沿いの踏切が通り過ぎるあいだに ぽつりぽつりと私に話しかけた

「学校は 楽しいですか?」

いまでは 多くの悪口をいわれる「戦後民主主義教育」だけれど
すくなくとも 私の受けた学校教育はそんなものではなかった
それは 「希望」とか「理想」とか まっすぐに語るものだったから 
私はそれを 「大好きだ」と答えたと思う

そのひとはよろこんだ そして
「どの科目が好きですか?」 と 尋ねた

私はすこし考えて そして 2つに絞った
「国語 と 理科」
そう答えたら そのひとの眼が きらりと光ったことを忘れない

「そうですか・・・
 私もこどものころから 両方好きでした
 私は ずっと理科の勉強を専門にしてきましたが・・・
 どちらも すばらしい・・・
 そして はてしない
 ・・・宇宙も ・・・ことばも」

誰だったと思う?
その 向かいの老紳士は 誰だったと思う?

「どちらに進むにせよ
 ぼっちゃん がんばって勉強なさい」

そういって そのひとは 私の頭をなで 次の駅で降りた
そのひとは・・・ もしかして・・・

湯川秀樹博士 だったのではないか と思うのだ

その旅は私のささやかな そして曖昧な記憶の 自慢話だ
私の憧れが 勝手につくった思い出話でない限り

そのひとは素敵だった まっすぐに「未来」を語った

あの頃のこどもたちが みんな好きだった
「湯川博士」よ そして 「希望」よ 「理想」よ 「平和」よ
いつのまにか この時代のローカル線は・・・

どこへゆく?

*出演者情報 水下きよし 03-3709-9430 花組芝居所属

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中山佐知子 2007年3月30日



桜をさがして

                  
ストーリー 中山佐知子
出演 大川泰樹

桜をさがして山を分け入ったら、桜のない里があった。

その里では山から流れ落ちる水が水路となって家々を取りまき
冷たい水にときおり桜の花びらが浮かんだ。

桜もないのに花びらの流れる不思議を尋ねると
この山の奥の奥、人の行かない滝の上に
1本だけ桜の木があるのだと年寄りが言う。
花を流して居所を訴える桜ならば
誰かを待つに違いない。
そう考えるといても立ってもいられず
ろくに足ごしらえもしないまま登りにかかった。

険しい山の中ほどまで来ると
木を切り倒して焼いている人がある。
ここらの里では春になると山に入り
焼き広げた土地を畑にして粟や稗を撒いている。
畑の場所は毎年変わるので山道の景色も違ってきて
ときに迷うこともあるが
水の流れを辿ると必ず滝に出るのだという。

その滝の、原生林を切り裂いてまっさかさまに水が落ちる滝壺には
むかし龍が棲んでいた。
里の人間は龍を恐れて滝に近づくことはなかったが
ある日照りの夏
雨と引き換えに女がひとり、送りこまれた。

龍は女を気に入り、目が離せなくなった。
たまたま霧にまかれて滝に迷いでた里人を見ると
女を連れに来たかと怯え
女が小声で歌うのを聞いても
誰に合図をするのだろうかと胸が騒いだ。
そんな息苦しい日々の中で
龍は次第に気が弱り、龍の心が曇っていった。

この滝壺から出るべきだった。
でも、それならば....
龍は女を滝のてっぺんに連れていき桜の木に変えてしまった。
これでもう、誰も女に近づくことはない。
龍はやっと心を鎮め、地に潜んで行方をくらました。

日が暮れても水の流れは白々と明るく
行くべき方角を示していた。
ざんざんざんとたぎる水音が迫ってくると
髪にも肩にも花びらが降りかかってきた。

桜が龍を呼んでいた。
そして、あの滝壺に出た。

滝壺の上はぽっかり天井が抜けたように空が広がり
中空の月が満開の桜の臈たけた姿を照らしていた。
そうだ、この桜こそむかし自分が置き去りにした女に違いない。
そう気づいたとき
女は、桜は、滝壺に身を乗り出すと
北国の雪のように惜しげもなく花を散らして泣いた。

私は女を抱き取るために一度滝壺に沈み
それから龍の姿になって駆け上がった。

出演者情報:大川泰樹 03-3478-3780 MMP

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一倉宏 2007年3月23日



国語の先生がしてくれた「桜」の話

                      
ストーリー  一倉 宏
出演     山下容莉枝

もうすぐ卒業するみなさん おめでとう
もうすぐ この学校とも先生たちとも
さよならをする日が来ます

そしてその日 校門を出れば あのバス通りの交差点が
みなさんの 最初の別れ道になるでしょう
信号を渡るひと 待つひと 駅へと曲がるひと
どんなに名残惜しくても そこはもう別れの道です

3年前 新入生のみなさんを迎えたのは 
校庭の桜の 花吹雪でしたね
あの桜は 今年みなさんを見送るために
咲き急いでいるかもしれません

最後に贈る言葉として
「桜」の話をしようと考えました

国語の授業のあるときに
日本の古典文学で ただ「花」とあることばは
「桜」のことを指していると 
お話したのを憶えていますか
「花」といえば「桜」 は 暗黙の了解でした

それほど 
日本人は「桜の花を愛してきた」といえます
しかし この「愛する」ということばを
ただの「大好きな気持ち」とは考えないでください

きょうは その話をしたかったのです

日本の昔のひとのつくった詩 歌を読むと
「桜」という花を 単純に「好きだ」ということはなく
むしろ「悔しい」とか「悲しい」「切ない」
という気持ちで 表現しています
「桜の花」は美しいけれど あまりに短い時間で散ってゆく
そのことに「胸を痛める」歌ばかりなのです

先生は これが「愛する」ということばの
ほんとうの意味ではないかと思います

桜の花は 咲いて散るまで わずか数週間
けれど 私たちのいのちだって やはり
限りあるものです

日本人が 桜の花からもらったものは
そんないのちの いま生きている時間の
かけがえのなさ 愛おしさ 
だったのではないでしょうか

もうすぐ卒業式 別れの時
ちいさな翼のはえはじめたその肩を 
桜色のまぶしい風が押すでしょう

そのいのちを 大切に
卒業 おめでとう

出演者情報:山下容莉枝 03-5423-5904 シスカンパニー

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国井美果 2007年3月16日



赤ちゃん警察     
                      

ストーリー 国井美果
出演    西尾まり

西暦20XX(にせんえっくす)年、
政府は、生まれたばかりの赤ちゃんが持つその特別な脳力を、
国家の治安維持に役立てるべく研究を重ね、
桜田門の警視庁本部の地下に「赤ちゃん警察」という極秘の組織を発足していた。

赤ちゃんが、並外れた嗅覚を持っていたり、
双子をひとめで見分けたり、という
以前から分かっていたこと以上につぎつぎと驚愕の能力が判明し、
その能力は難解な事件を解決へと導いていった。

そんな赤ちゃん警察の悩みは、人材確保だった。
赤ちゃんが1歳を過ぎると特別な能力はだんだん消えてしまう。
しかし新人赤ちゃんを採用したくても、出生率の低下のため、
赤ちゃんの存在は貴重なものになっていた。

・・・と、まあそんなことを、平凡な一市民の私が知るはずもなく。
私は、ついさっき、はじめての子を5時間かけて産みおとし、
真夜中の産院のベッドでひとり、ウトウトしていた。
そこへ、その男はやってきた。

「こんばんは」
「はいっ・・・あれ?あなた誰ですか?」
「私は、政府の特命で参りました。こういう者です」

というと、ピンクの手帳を軽く掲げた。
赤ちゃん警察という文字と、桜のマークが見えた。

「突然ですが、あなたの赤ちゃんの能力を、国家の役に立ててください」
男は無表情で言った。私が助産師さんを呼ぼうとすると、
「院長の許可は得ています」
私は、不思議と恐怖はなく、ただ無性に腹がたった。
「どんな任務だか知らないけど、お引き取りください。大声だしますよ」
すると男は、冷たく光る目で「そんなことしたら」と言った。
「国家反逆罪ですよ」
あーあ。たぶんこれ、夢なんだ。
いや、マタニティブルー?それともドッキリ?
にぶい意識の反対側で、フルスピードで考える。
ただ、自分の本能の方が、もっと速かった。

傍にあったケータイやデジカメやペットボトルを
片っ端からその男めがけて投げつけ、
「ざけんなテメエ!」
と、男の目をチョキで突いたところまでは覚えている。
あとはまったく思い出せないが、気がつくと朝のまぶしい光があふれ、
助産師さんが明るく力強い笑顔で部屋に入ってきた。
どうせ誰に言っても、ホルモンの仕業だねえ。
と同情されるだけなので、黙っていた。

あれから、桜が咲くたびに、あのピンクの手帳を思い出す。
あれは何だったのか。あの男は本当にいたのか。
とっくに赤ちゃんじゃなくなったコドモは、10メートル先で飛び跳ねている。

夢だったのかどうか、じきにわかるだろう。
私は、予定日間近のはち切れそうなお腹を撫でながら、
満開のソメイヨシノを見上げた。

*出演者情報 西尾まり  03-5423-5904 シスカンパニー

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