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直川隆久 2021年2月21日「レインボーマン」

レインボーマン

          ストーリー 直川隆久
             出演 地曳豪

バイト先の居酒屋が閉店することになり、
従業員同士でお別れ会が開かれることになった。
チェーンのほかの店舗に移るメンバーもいたが、
だいたいの人間は明日からまたバイト先探しを始めなければならない。
そんなどんよりした会が一時間ほど進んだ頃だ。
最後の責任を果たすつもりか、チーフのカミヨシが
「よし、こうなったら、みんなで一発芸でしょ」と
余計な音頭をとった。
半沢直樹ネタとあまちゃんネタで
たいがいのメンバーがお茶をにごしたあと、
順番がタシロに回って来た。

タシロ。
バイト仲間でもいちばん、「体が動かない」と評判のタシロ。
しまった、タシロがいること忘れて出し物披露なんて始めてしまった、
と周囲に罪悪感をいだかせるほどのタシロ。
ホールを2時間でクビになり、
その後半年はひたすら皿を洗っていたタシロ。
会場の舞台にひきずりだされたタシロは、
聞きとりにくい声で、
手品をします。
と言った。
《え?あいつ、手品って言った?》
《タシロが?》
無言の声が一斉に上がる。
そんな周囲の不安をよそに、タシロが右の手のひらを前につきだし、
次にそれをぐっとにぎりしめた。
そして、ぱっとひらくと…
手のひらの上に、緑や赤の光が見える。
…虹?
え?なに?
なにやってんの?
皆がざわつく。
いや、あの、手の上の虹、という手品でして。
とタシロが申し訳なさそうに言う。
ちょっとライトが強いと見にくいんですが。
きょとんとした周囲の反応も意に介さずという感じで、
タシロは席にもどった。
さっきのざわめきはたぶん、
タシロがバイトを始めてから周囲に起こした波風の中で
一番大きかったと思う。
だけど、体育会系のバイトメンバーが
自分のブリーフを引き裂くという芸をやりはじめた瞬間、
もう誰もタシロのしたことを覚えていなかった。

帰る人間がちらほら出ると、
歯抜けになった会場はいくつかのグループに集まっていった。
タシロは、一人ぽつんとアイスクリームか何かを食べている。
わたしは、思い切って近づいてみた。
あの、さっきの虹なんだけど。
と声をかけると、タシロは、あ?という顔でわたしを見る。
あれ、もいっぺん見せてくれない?
タシロは、特にもったいをつけるでもなく、
手のひらをにぎり、ひらいた。
確かに、手のひらの上に、小さい虹がかかっている。
これ、どうやってんの?
わかんない。
わかんない?
わかんないんだ。
わかんないことないでしょ、手品なんだったら。
いや、手品じゃないんだ。
タシロがいうのには、この虹は本物で、
小学校くらいから「でる」ようになったそうだ。
でも、どういう仕組みなのかは本人にもわからないらしい。
ただ、緊張するとでやすいらしい。汗が関係してるんだろうか。

なんで手品なんて嘘つくの。
いや、どうせ、信じてもらえないし。説明すんの面倒だし。
人に見せるの久しぶりなの?
うん。まあ、こういう日だから。
みんなにも見る権利あるかなって。
タシロとしては「見せてやった」という意識だったらしい。少し驚く。
ねえ、その虹、さわるとどうなんの?
触ってみたら、とタシロは言って、
もう一度手のひらを握って、開いた。
また、虹。
その上に手をおいてみた。
虹は消えた。
かわりに、タシロのじっとりした手の平の感触がぶつかってきた。
思わず手をひっこめてしまう。
ひっこめながら、やばい、と思った。
さすがに、ちょっと悪いことした気がして、
ごめん、と言いかけてタシロの方を見る。
わたしをじっと見て、タシロは一言言った。
なんでもないよ。別に。
タシロは、それ以上なにも言わず、
会費の2500円をテーブルに置くと、
立ち上がり、そのまま出て行った。
わたし以外、誰もタシロが出て行ったことに気づかなかった。



出演者情報:地曵豪 http://www.gojibiki.jp/profile.html

 

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直川隆久 2021年2月14日「毛の生えた鍵」

毛のはえた鍵

     ストーリー 直川隆久
        出演 清水理沙

毛のはえた鍵を、拾った。
まさか、表参道で毛のはえた鍵を拾うとは思っていなかった。
拾いたいわけではなかったけど、
目があってしまったのだ。
手の中でそれはほのかなぬくみをもっていて
びち、びち、と動く。
気持ち悪いので捨てようとしたが、
鍵は、同じように毛のはえた錠前のところまで持っていけと、強く迫り、
ぎち、ぎち、と神経にさわる高い音をだす。
錠前?
道行く人にきいてみる。
「もしもし、毛の生えた錠前がどこにあるか知りませんか?」
「あなたのご質問はもっともです。
あなたはこう言いたいのでしょう――錠前はどこだ!」
「悪質な冗談はやめてください」
らちがあかないので、近くのカフェに入ってみる。
でも、毛のはえた鍵を持っている客なんて、ほかに誰もいない。
恥ずかしい。
いたたまれなくなって店を出る。
やっぱり鍵を捨てようと思って、
コンビニの前のゴミ箱に、そっと捨てようとしたら、
ランチパックと缶コーヒーを手にレジに並んでいる警官に
ぎろりと睨まれた。
この先ずっとこんなものを持って歩かないといけないのだろうか?
市役所に相談しようか。
おお、そうだ。
市役所のロビーで案内板を見ていると、中年女性に声をかけられた。
「あなた、その鍵にあう錠前さがしてるんでしょ?」
「え、はい」
「ここにあるよ」
中年女性が、ハンドバッグから毛のはえた錠前を取り出した。
鍵を、錠前にはめてみると、
あまり、きちんとはまらない。
鍵が、ぎち、ぎち、と不服そうな音をたてる。
中年女性は「ぜいたく言うんじゃない」と言いながら、
むりやりその鍵を錠前にねじ込み、わたしのほうを見てにこりと笑った。
「月水金しか持ち歩いていないからね。あんた、ついているよ」
「じゃあ、これ、お渡ししちゃっても大丈夫ですか」
「いいけど、ただというわけにはいかないねえ」
わたしは、なけなしの2万円をとられた。
しかし、この先、毛のはえた鍵を連れて生きていかなければならない
面倒さに比べれば、2万円なら安いものだ。
わたしは、せいせいして大通りに出、
喫茶店に入った。
カフェオレを注文して、汗もかいたのですこしメイクをなおそうと
トイレに向かう。
すると、ハンドバッグの中から、
ざりっ。ざりっ。
と、たくさんのねじをかきまわすような音がする。
不審に思ってバッグを開けると――
内側にびっしりと米粒ほどの大きさの毛のはえた鍵が
張り付いているのが見えた。
驚いて落としたバッグがタイルの床にぶつかると、
その鍵たちが一斉にぎちぎちぎちぎちと不平の声をあげはじめた。



出演者情報:清水理沙 アクセント所属:http://aksent.co.jp/blog/

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直川隆久 2021年2月7日「寒気」

寒気(さむけ)

   ストーリー 直川隆久
     出演 遠藤守哉

月灯りの下、森の中を4時間ばかりも歩き詰めに歩いた頃だろうか。
行く手に焚火らしい光を見つけた私は、やれ嬉しや、と
危うく大声をあげるところだった。
「西の森に入るのは昼より前に。狼と夜を迎えたくなければ」
――宿屋の主人の忠告をきかずに、市場で古書を漁ったのが災いし、
目指す城下町へ抜ける前に陽が沈んでしまった。

冬間近い夜の空気に、私の体温は容赦なく奪われていた。

私が声をかけると、火の傍に座っていた男は、びくりとし、
かなりの時間黙っていたが、しばらくするとうなずくような様子を見せた。
見ると男は頭から毛布―といっても、
ぼろぎれをつなぎあわせたようなものだったが

―をかぶり、体を小刻みに震わせている。
熱病にでも罹っているのか、と私はひるんだが、
火の温かさの魅力には抗いがたかった。
私は努めて快活に、同じ旅行者を見つけた喜びを伝えたが、
男の表情は毛布のせいで読み取れない。
一言も口をきかず、ときおり手を炎にかざし、擦り合わせているのみだった。

男の手の奇妙な質感に目がとまった。
炎が投げる光の前で男の手が動くと、
青白いその手が一瞬黒く染まったかのような
色になり、かと思うとそれが退いていくのだ。
小刻みに震える動きとあいまって、何やら男の手の肌の上を、
黒い波が這っているようにも見える。
――…は、本当に堪える。
男の声で私は、我に帰った。声にまじった、何かひゅうひゅうと
空気が漏れるような音のせいで男の声が聞き取りにくい。
――失礼。今、なんとおっしゃいましたか。
男は、しばらく息を整えている様子だった。
そして、もう一度がくがくと体を震わせた。
――この辺の寒さは、堪える。

男が言葉の通じる相手だったことへの安心と炎のあたたかさから、
私は急に饒舌になり、夜の道中で望外の焚火を見つけた喜びを語り、
この旅の目的――私が私財を投じて研究している錬金術に関する文献が、
めざす城下町にあるらしいこと――を語ってきかせた。
すると不意に男が、ではお前は、呪いを使うのか。と私に問うた。
私は、いや、そうではないと答えた。呪術と、連金術は別のものである。
錬金術は、物質の持つ性質を理解し操作することであり、
その術は精霊や土俗の神といったものによって媒介されるものではないのだ、
とも。
では、呪いがあることは信じるか、とさらに男は問うた。
私は、信じない、と答えた。

しばらくの沈黙ののち男は話柄を転じ、ぽつりぽつりと身の上話を語り始めた。
農村で食い詰め、昨年の冬、宿場街に仕事を求めて出てきたが、
ろくな金にはならず、
寝床も満足に確保できなかったという。

一枚の毛布さえ買う金がなく、
なるべく風の通らない場所を夜毎探して体を丸めていた、
と男は一言一言、ゆっくりと、苦いものを吐き出すように話した。
私は、ポケットの中に隠し持っていた革袋の葡萄酒を男に勧めた。
だが、男はかぶりを振って断った。

ある晩男は、寒さがどうにも耐えられなくなり、毛布がほしさに、
宿屋の裏庭の納屋を借りて住む貧しい洗濯女の家に忍び込んだのだと語った。
寝床を漁っていたときに、女が帰ってきた。女が騒ぎ出したので、
口を封じるために首に手をかけた。というところまで語ると、
男は、いったん言葉を切った。断末魔で男をにらむ女の口が、
異教の神の名前を唱えた、と。

そして、歯をむいたその顔が、まるで犬のようだったと、
何やら可笑しそうな口調で言った。

男は、話しすぎたせいか疲れ切った様子で、しばらく肩を上下させた。
ひゅうひゅうという音が一段と高くなった。
毛布の奥から、男が私の表情をうかがっているのが見えた。
無言の私に、再び男が問うた。呪いというものを信じるか、と。
男は、不意に、頭の毛布をまくった。あらわになったその顔の肌は、
錐の先で穿ったほどのうつろでびっしりと覆われていた。
その数は、何千、いや何万だろうか。
光の向きの加減ではその穴がすべて漆黒の点となり、
男の肌を覆うのだった。
そして、肉を穿った穴の奥まで光が届けば、
その底に白い骨と血管が寒々と見えた。
私は、首筋が粟立つのを感じた。
女が唱えたのは、神の名ではなかったのだろう。
それはおそらく――

おお、寒い。畜生。体の芯まで冷え切る――
そう言って男は再び毛布の中へ全身をひっこめ、力のない笑い声をあげたが、
その声は、空気の漏れるしゅうという音に飲み込まれた。



出演者情報:遠藤守哉(フリー)

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中山佐知子 2021年1月24日「こよみ」

こよみ

    ストーリー 中山佐知子
       出演 大川泰樹

古代エジプトでは、一年のはじまりが夏至の日だった。
その日は、シリウスが夜明け前の東の空に輝き
シリウスに導かれて太陽が昇った。
ひと月を30日、一年を12ヶ月と5日とするこの暦は
クレオパトラとシーザーの出会いによって
ローマに伝わり、現代の暦に発展する。

イスラムでは一年のはじまりは春分の日で
太陽が沈むときに新しい一日がはじまる。
一方、古代マヤ文明では一日の始まりは夜明けだ。
マヤには260日と365日のふたつの暦があり、
ふたつを掛け合わせると52年になった。
52年は当時の人間の一生に相当した。

ユダヤの暦は天地創造を紀元とする。
それは西暦に直すと紀元前3761年で、
今年はユダヤ暦の5782年に当たるらしい。

昔の日本の暦は太陰暦を基本にしていた。
太陰暦は月の暦なので、
毎月15日は満月、1日は必ず新月だった。
明治になるまで日本人は毎年、
月が出ない元旦を迎えていた。

暦はもっとも古い科学であり、テクノロジーだ。
暦は社会の基盤になる情報だ。
それを知りつつ、
やはりわたしはひとつの問いを抱き続けている。

人はなぜ暦をつくったのだろう。
暦がなくても季節の移ろいはわかるし、
一年の循環もわかる。
人は何のために暦をつくったのだろう。
記録か、それとも予測か。
忘れるためか、思い出すためか、未来を見出すためか。
人は暦をつくり、暦に支配されてはいないだろうか。

しかし、
カメルーン北部のサバンナで焼畑農業を営むある民族の暦は、
毎日雨が降る4月、畑の草をむしる6月、
トウモロコシ が実ったら8月、夜が寒くなったら9月。
一年を12の月に分けてはいるが、
ひと月は30日でも29日でもよく、その都度変わる。
一年が365日でなくても日々の暮らしに差し支えはない。

わたしはこんな国で暮らしたい。

出演者情報:大川泰樹(フリー) http://yasuki.seesaa.net/

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福里真一 2021年1月17日「2021年がはじまっても」

2021年がはじまっても 

   ストーリー 福里真一
       出演 遠藤守哉

7月24日は、
気が遠くなるほどの長い年月を、
ごく普通の日として生きてきた。

祝日でもなければ、
大きな歴史的事件が起きた日でもない。

ゴロがいいわけでも、
切りがいいわけでもない。

ただひたすら平凡な、7月24日。

7月24日本人は、
その日が谷崎潤一郎の誕生日であることを、
ひそかな誇りにしていたが、
いかんせん地味すぎる…。

そんな7月24日の運命が、
ある日、とつぜん、変わった。

東京で行われる、
4年に1度の世界的なスポーツ大会の、
開会式の日に選ばれたのだ。

どうしてこんな、なんの変哲もない日が選ばれたのか。

それに東京の夏は、
スポーツをするには、暑すぎるというのに。

しかし、
7月24日は、あれよあれよという間に、
特別な日になった。
ニュース番組やスポーツ番組で、
繰り返しその名が呼ばれた。
特別措置法により、
急きょ、国民の祝日になることも、決定した。

7月24日は、
その間も、ずっと冷静さを装っていたが、
内心は違った。
ふわふわと、常に3センチぐらい宙に浮いているような気持ち。
と同時に、こんなことが起きるはずがない、
きっと最後にはどんでん返しのようなことが待っているに違いない、
という予感も持っていた。
彼にはあまりにも長い間の、「普通の日根性」が、染みついていた。

そして、それは起こった。

スポーツ大会が、1年後に延期されることになったのだ。

延期された開会式は、
2021年の、
………7月23日に、決定した。

7月24日は、
気がつくと、また普通の日に、もどっていた。
あまりにもあっさりと。
彼には、なんだかもてあそばれたような気分が、
残った。

2021年がはじまっても、
いまひとつやる気がでないらしい7月24日に、
いま、1月4日が、
どんななぐさめの言葉をかけようか、迷っている。

君はもう、決して普通の日なんかじゃない。
本当は開会式が行われるはずだった日
なんて、なんだかドラマチックだよ。
一生話せるネタができたじゃないか。

あるいは、

僕も1月4日という、
1年の最初の普通の日として、
長年生きてきたけど、
普通の日こそ味わい深いものだと思うよ。
おせちは、ずっと食べているとあきるけど、
普通の日にはあきがこないからね。

7月24日には、
どちらのなぐさめの言葉が効果的なのか。
1月4日は、まだ迷いつづけている。(おわり)



出演者情報:遠藤守哉(フリー)

 

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田中真輝 2021年1月10日「先端」

「先端」

   ストーリー 田中真輝
      出演 清水理沙

(全編小さな声でマイク近くで話すイメージ)
しーっ。静かに。声を出さないで。音を立てないで。耳を澄まして。
いま、生まれようとしている。始まろうとしている。
耳が痛くなるほどの静寂の中に、みなぎる始まりの気配。

老いた芸術家が真っ白なキャンバスに今、初めのひとふでをおろす。
そのひとふでの前には、これまで重ねられてきた、
数えきれない筆あとが連なっている。
その先端で、おろされる、新しいひとふで。

若い宇宙飛行士が、真空の月面に今、初めの一歩を踏み出す。
その一歩の前には、太古の昔から続く、
空への思いと技術のたゆまぬ進歩が連なっている。
その先端で、踏み出される、新しい一歩。

母親の子宮から生まれ落ちた赤子が今、初めの一息を吸う。
その一息の前には、星の起源から、連綿と続く命の営みが連なっている。
その先端で、吸い込まれ、吐き出される、新しい一息。

はじまりは、ただぽつんと突然、はじまりはしない。
海面を漂う氷山が、水面下に巨大な体積を隠しているように、
小さな芽吹きが、地下に細かな根を張り巡らしているように、
はじまりのその背後には、そこ至るまでの膨大な時間と無限の営みが
連なっている。

しーっ。静かに。耳を澄ませて。あなたの中にみなぎる気配に。
いま、あなたの中で、何かが始まろうとしている、そのかすかな予感は
ただ、どこからともなく、ふわりと舞い降りた花びらの一片ではなく、
永遠に積み重ねられてきた膨大な力が、鋭く研ぎ澄まされ、
この世に突き出ようとする、その円錐の、小さな先端なのだ。

ためらうことなく、その力に身をゆだねて、
押し出されるように踏み出せばいい。
その一歩は、必然なのだから。



出演者情報:清水理沙 アクセント所属:http://aksent.co.jp/blog/

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