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直川隆久 2014年6月22日

2014年6月6日(金)

         ストーリー 直川隆久
            出演 遠藤守哉

7時32分:
起床。テレビをつけ「目ざましテレビ」を流しながら洗顔。

7時46分:
朝食。メロンパン1個と牛乳。

8時3分:
出勤間際、カバンの中に見慣れぬ茶色い皮の手帳、
すなわちこの手帳がはさまっているのを見つける。
不審に思って開く。
この手帳のダイアリーが見慣れぬ筆跡の字で埋められていることを認識する。

8時4分:
一週間ほど前の6月1日のページに見慣れた名前を見つける。
以下のような記載。

“午後10時42分、滝内絵里と会い。バー「F」に誘う。
話弾まず、終電があるとのことで滝内絵里、早々に帰宅。
一人のこされ悶々とする。”

8時5分:
手帳内のあらゆる詳細な記載がすべて自分の記憶と完全に一致すること、
そして自分以外の第三者による記述であることを認識。
監視の可能性に思いいたり、周囲を警戒するも、
不審者の存在および痕跡は発見できず。

8時6分:
本日6月6日付のページを見ようとしかけるも、あわてて手帳を閉じる。
逡巡の末、手帳を持って会社に向かう。

8時31分:
S駅行き急行に乗車。座席があいており、座る。
寝たふりをして終点まで過ごす。

8時54分:
出社。
私用メール、SNSで1時間27分過ごす。
滝内絵里からの連絡なし。

11時06分:
左の鼻の穴をほじる。

12時3分:
昼食。そば屋「長寿庵」にてカツ丼を注文し、
そのあと、注文内容を手帳とは別のメモ用紙に書き記す。

14時32分:
得意先からクレーム電話。ハタナカ産業山田から、
午前中必着の品物が届かなかったので代金をまけろという内容。
このクレーム内容と相手の名前および、“山田カスぼけ死ね”と
メモ用紙に書き記す。

16時37分:
西陽がさしこむ時間になり、汗ばみ、ネクタイをゆるめる。

17時5分:
会社を出、近くの地下街の公衆便所へ入る。
メモ用紙を取り出し、この手帳の記載と見比べる。
その日の行動があらかじめすべて正確に
手帳に書き記されていたことを発見。

17時6分:
嘔吐する。内容物は昼食のカツ丼および、缶コーヒー。

17時7分:
動転し、この手帳を便器の中につっこんで、排水レバーを押す。
何度か失敗するも、流すことに成功。

17時8分:
地下街のほうから大きな水音が聞こえるのに気づく。

17時9分少し前:
大量の糞便と水が爆発的に公衆便所の中に流れ込む。

(以下、空白)

出演者情報:遠藤守哉 青二プロダクション http://www.aoni.co.jp/

 

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川野康之 2014年6月15日

田中、明日の予定を書いとけ

     ストーリー 川野康之
     出演 地曵豪

田中がとつぜんいなくなった。

一週間前のことだった。
バンド練習が終わって、駅前のマックでコーラを飲んで、改札口で別れた。
品川方面行きの電車に乗って去っていく田中を、俺は反対側のホームから見ていた。
田中が何か言いたそうにこっちを見た。
それが最後だった。
翌日から田中は学校に来なくなった。
学校にも俺たちにも、何の連絡もなかった。
メールを送っても返信がない。
二日たっても三日たっても、田中は姿を現さなかった。
心当たりを探した。
誰も行方を知らなかった。
誰も田中を見ていない。
消えてしまったのだ。
田中はこの世の中からこつぜんと。

彼の手帳だけが見つかった。
駅のベンチに置き忘れられていたのを二年生の女の子が拾っていた。
拾ったのは、俺が最後にあいつを見た日だ。

ギターとボーカルが担当の田中は、学校のちょっとした人気者だった。
一か月後の文化祭で俺たちは演奏することになっていた。
やっと曲が決まって、練習が始まったばかりだった。

わらにもすがる思いで、Twitterで情報を求めた。
ツイートはすぐに拡散された。
何件か返信があった。
ほとんどのものがウソかイタズラだったが、一つだけ気になるのがあった。
「心当たりがあります。すぐに会いましょう。」

現れたのは、年食った大学生みたいな男だった。
俺の話を一通り聞き終わると、
男は田中の手帳を手にとってじっくりと調べた。
そしてやっぱりだといった。

「予定が、『9月16日バンド練習@部室』で終わっていますね。
手帳の予定が、ある日付までしかなくて、
その先の予定がまったく書き込まれていない場合、
まれにですが、その日付に閉じ込められることがあるのです」
俺は彼の話が理解できなかった。
「タイムトラップ。時のわなの一種です・・・。
『恋はデジャブ』という映画を見たことがありますか。
何度も何度も同じ日を繰り返し、
永遠にそこから脱出することができなくなる男の話です」
「・・・」
「最後に田中君を見たとき、彼の様子はどうでしたか?」
「何か俺に向って訴えかけているようでした」
「なるほど・・・おそらく田中君はすでに何度も何十回も
同じ日をループしていたのかもしれない。
だから君に助けを求めていたのです」
「なぜあいつは俺にそう言わなかったんだ?」
「一度その日にとった行動は変えることができないんです」

俺はあのときの田中の眼を思い出した。
助けを求める眼。-
何とかして、わなの中からやつを助けだすことはできないかと思った。
タイムマシンであの日にさかのぼって、あいつに一言言えたら・・・
「田中、明日の予定を書け!」と。

「それは無理です。時間はさかのぼることができない」
男はにべもなく言った。
田中を救い出す方法はないというのか。
永遠に田中は閉じ込められたままなのだろうか。

長い沈黙の後に、男が口を開いた。
「ひとつだけあります。確実ではありませんが・・・
誰かが彼の手帳に未来の予定を書き込むのです。
そして同じ予定を自分の手帳にも書き込み、
それをその日になったら実行するのです。
力を合わせて時をだますのです。
うまくすれば彼が現れるかもしれない」
そんな簡単なことで?と俺は思った。
「でもそれには条件があります。・・・
彼自身がその予定に十分な思い入れがあって、
自分が書いたとしてもおかしくないぐらい大切なイベントであること。
書いてなかったのが不思議なくらいで、
もしかしたら自分が書いたのかもしれないと
勘違いしてくれるようなものであること。
時をだますためには、まず田中君自身をだます必要があるのです」

俺は考えた。
俺にとっても田中にとっても大切で、
絶対に忘れてはならないイベントは何か。
田中の手帳を開き、ある予定を書き込んだ。
同じものを自分の手帳にも書いた。
そしてその日を待つことにした。
田中は来るだろうか。

一か月後。
文化祭はクライマックスにさしかかっていた。
俺たちの出番の時間だ。
俺はステージの上で待っていた。
ギターボーカルがいつまでも現れないので、
観客の生徒たちがざわめき始めた。
そのとき、ステージの袖の幕の陰から、
ひそかに一人の男がこっちを見ているのに気がついた。
俺はそいつに手帳を投げた。
「田中、明日の予定を書いとけ」

出演者情報:地曵豪 http://www.gojibiki.jp/

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磯島拓矢 2014年6月8日

「手帳」

            ストーリー 磯島拓也
               出演 大川泰樹

「部屋を引き払うので片付けていたら、古い手帳が出てきたの」
電話口の彼女は言った。
僕と付き合っているころの古い手帳で、
懐かしくなって連絡をしたのだと言う。
なぜ引っ越すのかと尋ねたら、地元に戻って、
高校の同級生と結婚すると教えてくれた。

数年ぶりに会う彼女は記憶の中より髪が伸びていた。
古い手帳で思い出すなんて「舞踏会の手帳」みたいだ、と僕は言った。
彼女はその映画を知らなかった。
「古いフランス映画でね。未亡人になったヒロインが古い手帳を頼りに、
昔舞踏会で一緒に踊った男たちを順番に訪ねていくんだ」
そう説明した僕は、余計なことを言った。
「僕は何番目かな?」
彼女はちょっと傷ついた表情を浮かべたけれど無言だった。
そういう人だった。
すぐに謝ればいいのに、僕は無言だった。そういう奴だった。

話は当然結婚相手のことになる。
彼女の地元でいくつもスーパーを経営しているという。
「すごいじゃないか」と僕は言う。
彼女は懐かしい曖昧な笑顔を浮かべる。
そして僕はまた余計なことを言う。
「東京でフリーの人間と付き合って、地元に帰って結婚。
古いフォークソングみたいだ」
彼女は怒らない。寂しそうな顔をするだけ。そういう人だった。
僕の話になるかな、と思っていた。
「付き合っている人いるの?」と聞かれたら何と答えようか。
実はずっと考えていたが、最後までその質問はなかった。
あれから誰とも付き合っていないことは、結局伝えられなかった。

2時間くらい話しただろうか。
昔よく行ったレストランがなくなってしまったとか、そういう話だ。
そういう話をする年なんだなと改めて思う。
「そろそろ行くわ」と彼女が言い、僕らは喫茶店を出た。
「新幹線の時間なの、とか言うなよ」僕はまた余計なことを言う。
曖昧に笑った彼女は「じゃ」と手を振った後にこう言った。
「部屋を片付けてたら手帳が出てきたって話、嘘よ」
そして駅へと向かっていった。

ああ、なぜ彼女は、なぜ女というものは、大切なことを最後に言うのだろう。
男ががんばってがんばって諦めという気持ちを手にしたときに、
それを無にするようなことを言うのだろう。
その夜は深酒をした。でも吐くほどは飲まない。
そういう年になっていた。

出演者情報:大川泰樹(フリー) http://yasuki.seesaa.net/


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中山佐知子 2014年6月1日

ペテロは天国の鍵をもらう前に

        ストーリー 中山佐知子
           出演 大川泰樹

ペテロは天国の鍵をもらう前に
師が何と言ったかを思い出そうとしていた。

そうだ、師はまず「おまえはペテロだ」とおっしゃったのだ。

確かに俺はペテロだよ、とペテロは思った。
しかし、もともとはシモンという名前があったのだ。
なのに、師は俺にペテロという名前をつけた。
いや、違う。師が俺を呼ぶときは「ケファ」だった。
ケファはユダヤで岩という意味だ。
ペテロはギリシャ語の岩だ。
要するに、師は俺のことを岩ちゃんと呼びたかったのだろう。
でもなぜ岩なのか??
ペテロはその続きを少し思い出してみることにした。

師はそれからおっしゃったのだ。
「わたしはこの岩の上に教会を建てよう」

まずい…ペテロは動揺した。
岩の上ということは俺の上ってことか?
俺の上に教会を建てる?
いやいやいや、無理でしょそれ。
岩って名前だけだし。
実際のところ掘立て小屋も支えるの無理なくらい
非力なんだよ、俺は。

ペテロはいつもそこで記憶を封じ込める。
いつもそうだ。教会を建てるくだりになると
もうその先を考えるのがイヤになってしまうのだ。

信仰を支えるだけでも責任重いのに
教会なんて、あんな物理的に重い建築物を支えるなんて
もうぜったいにイヤだかんね。

しかし、実際には
初代法皇であるペテロの墓はバチカンにあり
その墓の上には世界最大級のカトリック教会が建っている。
信仰を支えて逆さ磔になったペテロは
死んで後やっぱり巨大な石の建造物を支える羽目になった。
教会の名前はサン・ピエトロ寺院、
聖なる岩ちゃん教会だ。

しかし、棺に眠るペテロはそのことを知らない。
すでに自分の上に教会が建っていることを知らない。

もしペテロがそのことを知ったら
ペテロは続きを思い出す努力をするだろうか。
師はペテロにこう告げたのだ。

「おまえに天国の鍵を授けよう」

ペテロは思い出さない方がいいのかもしれない。
信仰と教会を背負った上に
天国の責任まで押しつけるのは気の毒だ。
天国の鍵らしきものは未だに発見されていない。

出演者情報:大川泰樹(フリー) http://yasuki.seesaa.net/

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廣瀬大 2014年5月25日

「鍵を落とした日のこと」   

       ストーリー 廣瀬大
          出演 内田慈
                          
鍵を落とした日のことを、
今でも思い出す。

小学4年生、
黄色いお気に入りのTシャツを
着ていたことを覚えているので
きっと夏の始まりだったと思う。
あの頃、母はよく体調を崩し、
病院に通っていた。
母が家にいないことが多かったため、
わたしは家の鍵を紐にむすび、
首からかけていた。
二階に父と母とわたしが住み、
一階に祖父母が住む二世帯住宅。
一階と二階で表札も玄関もポストも違う。
祖父母に世話になることもできたが、
母はそれを極端に嫌った。

その日、学校から帰り、玄関のドアを開けようとすると
首からかけているはずの紐がない。もちろん鍵もない。
ポケットの中を探しても、
ランドセルの中を探しても、
給食袋の中を探してもどこにもないのだ。
結び目がいつの間にかほどけ、
鍵を落としてしまったらしい。
わたしは一階のドアベルを鳴らし、
祖母に鍵をなくしたことを言った。
やさしい祖母はだいじょうぶ、
一緒に探せば見つかるよと言ってくれた。
わたしたちは学校への道を、地面を見つめながら歩いた。
信じられないくらい、ぽたぽたと汗が落ちた。
その汗が暑さから流れたものか、それとも鍵を落とした動揺から
流れたものか、わたしにはわからなかった。

人だかりは商店街へと差し掛かる交差点にできていた。
横断歩道に男の子が倒れている。
すぐ横にぐにゃっと変な風に曲がった自転車がある。
男の子はぴくりとも動かない。
母親だろう。必死で声をかけ、男の子をゆすっている。
車にはねられたのだ。
車を運転していたらしいおじさんは、
真っ青な顔でそれを茫然と眺めていた。
そんなものを見たことはないけれど、
青い土のようだと思った。
わたしは何を言おうとしたのだろうか。
後ろにいた祖母に、話しかけようと振り返ると、
祖母に頬をひっぱたかれた。
「こんなときに笑うんじゃない!」
普段穏やかな祖母に突然叱られ、
わたしの顔は引きつった。
そして、わたしは気づいた。
事故を眺めるわたしの顔は笑っていたのだ。
引きつった顔は、余計にゆがんだ笑顔になった。
笑うのをやめよう、やめようと思っているのに、
顔は不思議なぐらい頑固に、ゆがんだ笑顔を保った。

結局、鍵が見つかったのかどうか。
わたしは覚えていない。
ただ、病院から帰ってきた母に祖母は
「事故を見て楽しそうなあの子を叱りました」と言った。
わたしが母に、今日の出来事を
報告することに先手を打つようだった。
そういうところのある人でもあった。
夜になって、母は叩かなくてもいいでしょうに、
と憎々しげに言った。

お葬式でみなが泣いているのに、
祖母だけ周りを気にすることなく
ニコニコと笑っているので
「こんなときに笑うんじゃない!」と
心の中で毒づいてみた
笑っているのは遺影の中の祖母だった。
まだ62歳だった。
お葬式で当の本人だけが笑っていた。
わたしは大学生になっていた。

あの日以来、
わたしは自分の顔が、無自覚に
笑っていやしないか。
極端に気をつけるようになった。
場合によっては、
わざわざガラスに映る自分の顔を
確かめることさえする。
悲しいことが起きたとき。
誰かと傷つけあったとき。
でも、顔を確認する度に、
わたしは気づく。
本当はその深刻な顔の下で、
わたしは笑っているのである。

出演者情報:内田慈 03-5827-0632 吉住モータース


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直川隆久 2014年5月18日

毛のはえた鍵

     ストーリー 直川隆久
        出演 平間美貴

毛のはえた鍵を、拾った。
まさか、表参道で毛のはえた鍵を拾うとは思っていなかった。
拾いたいわけではなかったけど、
目があってしまったのだ。

手の中でそれはほのかなぬくみをもっていて
びち、びち、と動く。
気持ち悪いので捨てようとしたが、
鍵は、同じように毛のはえた錠前のところまで持っていけと、強く迫り、
ぎち、ぎち、と神経にさわる高い音をだす。
錠前?

道行く人にきいてみる。

「もしもし、毛の生えた錠前がどこにあるか知りませんか?」
「あなたのご質問はもっともです。
あなたはこう言いたいのでしょう――錠前はどこだ!」
「悪質な冗談はやめてください」

らちがあかないので、近くのカフェに入ってみる。
でも、毛のはえた鍵を持っている客なんて、ほかに誰もいない。
恥ずかしい。
いたたまれなくなって店を出る。

やっぱり鍵を捨てようと思って、
コンビニの前のゴミ箱に、そっと捨てようとしたら、
ランチパックと缶コーヒーを手にレジに並んでいる警官に
ぎろりと睨まれた。

この先ずっとこんなものを持って歩かないといけないのだろうか?
市役所に相談しようか。
おお、そうだ。

市役所のロビーで案内板を見ていると、中年女性に声をかけられた。
「あなた、その鍵にあう錠前さがしてるんでしょ?」
「え、はい」
「ここにあるよ」
中年女性が、ハンドバッグから毛のはえた錠前を取り出した。

鍵を、錠前にはめてみると、
あまり、きちんとはまらない。
鍵が、ぎち、ぎち、と不服そうな音をたてる。
中年女性は「ぜいたく言うんじゃない」と言いながら、
むりやりその鍵を錠前にねじ込み、わたしのほうを見てにこりと笑った。
「月水金しか持ち歩いていないからね。あんた、ついているよ」
「じゃあ、これ、お渡ししちゃっても大丈夫ですか」
「いいけど、ただというわけにはいかないねえ」
わたしは、なけなしの2万円をとられた。
しかし、この先、毛のはえた鍵を連れて生きていかなければならない
面倒さに比べれば、2万円なら安いものだ。

わたしは、せいせいして大通りに出、
喫茶店に入った。
カフェオレを注文して、汗もかいたのですこしメイクをなおそうと
トイレに向かう。
すると、ハンドバッグの中から、

ざりっ。ざりっ。

と、たくさんのねじをかきまわすような音がする。

不審に思ってバッグを開けると――
内側にびっしりと米粒ほどの大きさの毛のはえた鍵が
張り付いているのが見えた。
驚いて落としたバッグがタイルの床にぶつかると、
その鍵たちが一斉にぎちぎちぎちぎちと不平の声をあげはじめた。

出演者情報:平間美貴 03-5456-3388 ヘリンボーン所属

 

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