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岩田純平 2014年8月10日

けっぺいくん

      ストーリー 岩田純平
         出演 吉川純広

静かにしているな、と思ったら、
息子は絵を書いていた。
息子は3歳で、名をけっぺいと言う。

「何書いているの?」
「アンパンマンと、とりにくだよ」
「とりにく?」
「そう」
「なんでとりにく?」
「アンパンマンはとりにくが好きなんだからだよ」
「へえ・・」

初耳である。

「けっぺーくんね、英語あんまり好きじゃないの」

息子との会話は唐突に話題が変わる。
保育園での英語の時間のことを言っている。
外人の先生が来てくれる。

「先生はおもしろくしようとしてるんだけどねえ」

シニカルな評価である。

「パパ、サメのマネできる?」
「さめ?」
「けっぺーくんできるよ」

そう言って息子はパーに開いた手を額の上にのせ、
睨みをきかせたこわい顔をする。

「あはは、サメだ」

僕が写真を撮ろうとスマホを取り出すと、
息子はサメのマネをやめて、
スマホを取り上げいじりだした。

でたらめにパスワードを入力してはミスになり、
「パスワードがちがいます」
と言いながらケタケタ笑っている。

そういえば、
この前仕事中に妻から電話がかかってきた。

「けっぺいがチョコレートを見つけちゃって、
ダメだよ、って言うんだけど、
 だったらパパに聞いてごらん、っていうから電話したの。
 ・・・・あ、けっぺい、コラー」

妻が僕に電話を掛けている隙に
けっぺいはチョコレートのふたを開け、
2~3個食べてしまったそうだ。

なかなかの知能犯である。

そうこうしているうちに、
息子がいじっているスマホに電話が掛かってきた。
上司の名前が見える。

僕はあわててスマホを取り返そうとしたが、
もみ合っているうちに電話は切れた。

「あーあ」
と息子は無責任な感じで言って
スマホを返してくれた。

折り返そうとしたが、スマホは動かなかった。
パスワードの間違いすぎで
セキュリティが掛かってしまっていた。

「なぜ折り返さないんだ!」
と怒る上司の顔が浮かんだ。

息子はと言うと、
そんな父の不安に気づくはずもなく、
「ブロックで自動販売機つくろっか」
と楽しそうにブロックの箱をひっくり返した。

出演者情報:吉川純広 03-5456-3388 ヘリンボーン所属

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中山佐知子 2014年7月27日

夕日が空を青く染めて

        ストーリー 中山佐知子
           出演 大川泰樹

夕日が空を青く染めています。
酸素が増えるにしたがって
見ることが少なくなった火星の青い夕焼けです。

今日は昼間もいいお天気で、
赤い空が広がっていました。
ステーションの天気予報によると、
週の終わりには雨が降るそうです。
滅多に降らない雨を、どれだけみんなが楽しみにしているか。
砂に腹這って生きる灌木や岩に生える苔も
その雨でまた命をつなぎます。

やがて僕たちが一本の木を植えることができれば
その木がつくる酸素でもう一本の木を養える。
二本は四本になり、四本は八本になり、
そうして、森ができれば、水脈が生まれます。

テラフォーミング。
火星の地球化計画はやっとここまできました。

100年も昔に数人の学者が移住して開発がはじまり
火星は少しづつ姿を変えていきました。
地球から持ち込まれた植物は
火星の薄い空気や、赤い砂に住むバクテリアに適応して
自分を変えていったのに
人は自分を変えることができず
星そのものを変えることを選びました。

テラフォーミング
火星を地球のように変える計画は
火星を火星でなくしてしまうことです。
緑化が進んで酸素が増え、火星の空気全体が濃くなると
青い夕焼けは見られなくなります。
晴れた空の赤い色もやがて消えてしまうでしょう。

夕日が空を青く染めています。
火星で生まれた僕にとっては
なつかしいふるさとの夕焼けです。

かつて地球人が地球を滅ぼしていったように
僕もふるさとの星を滅ぼそうとしています。

出演者情報:大川泰樹(フリー) http://yasuki.seesaa.net/ 

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横澤宏一郎 2014年7月20日

オレンジ        

     ストーリー 横澤宏一郎
        出演 齋藤陽介

「夕方をなくします」
誰が言い出したかも忘れたけど、
知らないうちに世論もその意見に概ね賛成ってことになっていた。
反対する人の声は消されていった。
そして夕方はなくなった。

昼と夜の間に余計な時間はいらない、
そんな中途半端な時間があるせいで
子どもたちはダラダラ遊んでしまうし、
家にもなかなか帰ってこない。ごはんの時間も安定しない。
そしたら宿題する時間もなくなってしまうではないか。
だから夕方なんていらない。
そんな、どこぞの主婦団体の無茶苦茶な主張が発端だった。
思い出した。
それに教育団体も乗っかって、
そしたらお役所も支援とかしだして、
もう本当にそういうもんなの?なんて言えない空気すら
出来あがってしまっていた。
プロパガンダってこういうもんなんだなって、
思ったことは覚えている。
そうだそうだ、すっかり思い出した。
思い出したくないことも。

そのときボクは結婚の約束までしていた彼女と別れたばっかりで、
人生で初めて仕事もずっと休んでしまっていた。
友達に会うこともなく、ひとり家にこもって
飲んだこともなかったウイスキーを
無理矢理飲んでは吐くという毎日だった。
なにが言いたいかというと、
そのときのボクの記憶は曖昧だってことだ。
まあそもそも忘れやすいのだけど。
でもいま思い出した。なんでだろう。

話を戻す。
その年の7月1日に夕方がなくなった。
午後6時が昼と夜の境として決められた。
7月なんて夏の6時は、いままではまだまだ明るかったけど、
その日は急に暗くなった。これには正直ビックリした。
回覧板でも七月一日から夕方がなくなりますって
ちゃんと告知されてたけど
半信半疑でいたから、誰もいない部屋で、
国もやるなあって口にしながら、
夜になったしとウイスキーの瓶に手を伸ばした。
あの日はなぜか全然酔えなかった。
あれ、完全に思い出したな。

でも、すぐに夕方は帰ってきた。
それもビックリするくらいあっさりと。
昼と夜だけでは何かが足りないとみんな気づいたからだ。
ボクは最初から反対だった。
だって、あのオレンジ色に染まる空がなくなってしまうんだから。

やっぱり人間っていいな。
ベランダで、夕方を楽しみながらグラスを傾けた。

出演者情報:齋藤陽介 03-5456-3388 ヘリンボーン所属


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直川隆久 2014年7月13日

香水

         ストーリー 直川隆久
          出演 地曵豪

奥さん。
あなたの夫の汗をあつめて、
わたしはポポンSの空き瓶に溜めています。
いっぱいになったら、それを香水のかわりに首筋と耳の後ろにつけて
お店に出ようと思います。

奥さん。あなたは気づくでしょうか。
わたしが中華丼やタンメンを運びながら
お店の中にまき散らしているのは、自分の夫の匂いだと。
でも、やっぱり気付かないかな。
その夫は、今まさにあなたの隣で中華鍋を振っているのだもの。

夕焼けの赤い光が差し込む時間になって
わたしの部屋の中に立ちこめる、
むっとむせるような、あの人の汗の匂い。
あなたも、この匂いが好きなんじゃないかと思うの。
その意味では、あなたとわたしは気があうのかもしれませんね?
いちど、二人だけでどうでもいい会話をしてみたい気がする。

あなたはいつ気付くのでしょう。
定休日のたびに、
パチンコに行くと嘘を言ってでていったあなたの夫の汗を、
わたしが自分のアパートで集めていることを。

それを考えると、ほんとうに、震えるほどに興奮するのです。
ああ、一度、あなたとどうでもいい会話がしてみたい。
そして、何もかもぶちまけてすべてを台無しにする欲求に、
身をこがしていたい。

ポポンSの空き瓶がいっぱいになる、その日まで。         
                       

出演者情報:地曵豪 http://www.gojibiki.jp/

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安藤隆 2014年7月5日

ファーストタイム

     ストーリー 安藤隆
        出演 大川泰樹

原っぱの定義はむずかしい。空き地というだけでは足りない。
原っぱというからには、まず草が全面的に生えている、
かつ浅く生えているのがよい。あまり草深くてもいけない。
それでは子供が自由に遊べない。これはだいじな点だ。
つぎに所有者を示す立て看板や柵がない。
誰でも出入り自由である。むしろ人を誘いこむ風情がある。
もうひとつ肝心なことは、都市にあるということだ。
都市との釣り合い、もしくは不釣り合いのなかに
原っぱは浮かんでいる。

そんな諸条件を、その原っぱは満たしていた。
正しい原っぱであった。
ちなみに住所は、南豊島郡内藤新宿町大字内藤新宿三丁目である。

草は大葉子(おおばこ)に馬肥(うまごやし)が生えている。
遠巻きに羊蹄(ぎしぎし)と酸模(すかんぽ)も生えている。

三人の少年が遊んでいる。みたことのない遊びをしている。
じつは当の少年たちも、その遊びのほんとの名前を知らない。
なんでも近ごろ外国からきた遊びらしかった。
「林(りん)さん、ここですよー、ここ!」
そう声を張りあげたのは、棒を担いだ少年である。
その棒で「ここ、ここ」と体の前を指し示す。
竹の棒のようだ。地面に当たると竹の音がする。

少年の名前は升(のぼる)。
林(りん)さんと呼ばれた少年は、年長の林太郎(りんたろう)。
林太郎は手に、なにやらお手玉のようなものを握っている。
白い布(きれ)はしが、手からちょびっと垂れている。
それを升(のぼる)の言うとおり、山なりに放(ほう)る。
待ち構えた升が竹の棒でぶつ。
林太郎の後方に、隠れるように、もうひとり小柄な少年がいて、
あちこち転がるお手玉を拾う。
小柄な少年は金之助(きんのすけ)。

この遊びを言い出したのは升(のぼる)だった。
升は学校で先生から、横浜で流行(はや)る外国の遊びと聞いた。
外国と聞いて血が騒いだ。
白い玉を母親にせがんで作ってもらった。
中味をかちかちに詰めたお手玉のまわりを手ぬぐいで包み、
糸を固く何重にも巻き、外側を白いふんどしで二重に包んで縫った。
升さん、どうせよごすだけならば使い古しで我慢なさいと、
黄色まじりの白玉(しろだま)ができた。
そんな白玉と竹の棒であっても、
道具を持ってきた升が、いちばん面白そうな役をやるのを、
金之助も林太郎も承知するしかなかった。

 升(のぼる)は玉を力一杯ぶたないように我慢していた。
コワレテシマッタラタイヘン困ル。
だけど我慢の掛金がそのときふいにはずれた。
律儀だがそそることのない林太郎の放る玉が、珍しくそそってきた。
升は思わず我を忘れて思いきりぶった。
玉は金之助の頭上はるか、
原っぱの周りの鬱蒼たる叢(くさむら)まで飛んだ。
そのへんの草は背が高く、性悪(しょうわる)である。
玉を探しに分け入った金之助は、当然のように見失った。
升も、しまいには年上の林太郎もきて、手伝ったが、
玉はどこかに隠された。

 そのときだった。三人より年端(としは)のいかない、
汚いなりをした男の子供が、
髪文字草(かもじぐさ)のあいだからぬっと顔を出した。
「これ‥」と、玉を差し出した。
心底たまげたことへの照れかくしで、
升は奪うように玉をとりあげ、点検した。
玉は傷んでほどけていたが、でも無事だ。
「おまえ、名前はなんという?」林太郎が言った。
「公之(ひろゆき)‥」

その怯えた様子からも、汚いなりからも、
このあたりのいかがわしい家の子供だろうと三人は思った。
「みつけてくれたのだ。礼をいうべきである」
林太郎が率先して「ありがとう」と言った。
ありがとうはハイカラすぎると思いながら、他の二人も追随した。
子供が照れたように笑った。歯は白かった。

「林(りん)さん、この遊びの感想はいかが?」
升が林太郎に言った。
玉を拾ってばかりですこしも面白くない、と金之助は思った。
なのに林太郎は「うむ、欧米的の面白みがある」と答えた。
林太郎だって私よりよほど面白いに違いないのだ、
あんな真ん中で玉を放るんだもの、と金之助は気づいた。
「キンちゃんは、どうだい?」
升が金之助に向き直った。
升はいつになく強い目をしていた。
その目に気圧されて金之助は「私も面白い‥」と答えてしまった。

「よし、決まった」升が叫んだ。
「明日もやる! 公之(ひろゆき)、おまえもきていい!」

いつのまにか夕暮れである。西の空に夕焼けが広がっている。
夏の盛りとみえるのに、空には秋(あき)茜(あかね)が舞っている。
秋茜の寂しい朱色(あかいろ)は、夕焼けを染めた朱色である。
「ぜんたい、この遊びはなんという名前だ?」
と林太郎が言った。
野原で玉遊びだから野玉(のだま)だ、と升はひそかに考えていたが、
まだ黙っていた。
その考えは明日言おう、と思った。

出演者情報:大川泰樹(フリー) http://yasuki.seesaa.net/

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中山佐知子 2014年6月29日

子供が眠っている間に

        ストーリー 中山佐知子
           出演 大川泰樹

子供が眠っている間にエネルギーを補充する。
毎晩その量を手帳に書き込む。
子供はまだ何も気づかず
食べたご飯やおやつで自分は育っているのだと思っている。

私も食事のたびに言う。
好き嫌いをいうといい大人になれないよ。
人参、牛蒡、蓮根。
子供は根菜類が好きではない。
それとピーマン。
自分の小さいころに似ている。
そんなはずがないことをつい考えてしまう。

眠っている間に補充したエネルギーを
手帳に書き込む。
データはセンターに転送され、
毎年お誕生日と称する日に
どの子供も
1年分の消費エネルギーに見合った新しい躰を手に入れる。
今年のお誕生日、子供は7センチ背が伸びて
体重は5kg増える予定だ。
たぶん新しい靴が必要になるだろう。

いままでに研究所で生産される子供の数は
世界の子供の8割を占めるに至っている。
彼らはアンドロイドやヒューマノイドではなく
第4の人種と呼ばれ、
やがて研究が進むと、成長も子孫を残すことも
人と同じようにできるようになると期待されていた。

いずれこの星の未来は第4の人種が支えていくのだが
彼らの子供時代を養育できるのは
現在この星に生き残る人間の大人たちだけだった。
子供たちは強さのDNAはプログラミングされているが
生き物の弱さは、人が暮らしのなかで教えるしか方法がない。

いまベッドで眠っている子供は
7センチ背が伸びる日が近づいても
ピーマンを見ると下を向いて涙ぐんでしまう。
そんな日は消費されたエネルギーが少し多いから
手帳の余白に「ピーマン」というメモを書き込んでおく。

手帳を閉じて寝顔を見る。
かわいい小さなわたしの娘。

出演者情報:大川泰樹(フリー) http://yasuki.seesaa.net/ 

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