中山佐知子 2015年7月26日

1507nakayama

僕はトマトを食べなかった

     ストーリー 中山佐知子
        出演 大川泰樹

僕はトマトを食べなかった。
彼女はトマトしか食べなかった。
だから、一緒にサラダを食べるにはいい組み合わせだった。

僕はレモンとバジルの利いたドレッシングが好きで
それは彼女も同じだった。
だからひとつのサラダボウルに
彼女のトマトと僕のセロリが仲良く同居するのは
まったく差し支えがなかった。

彼女は毎日サラダをつくった。
僕の好きなセロリとアスパラガスにトマトが加わると
明るく陽気な色彩になった。

彼女はときどき僕にトマトを食べさせようとする。
トマトを食べないとカラダの酸化が進むというのが
彼女の言い分だった。
酸化はつまり老化のことで、
僕たちの星に生まれたものは
有害な酸素を呼吸しながら生きて
酸素のせいで病気になり、酸素のせいで年を取って死ぬ。

問題は酸素なのよ、と彼女は言う。
だからトマトを食べなくては、と言う。

その通りだった。問題は酸素だ。
しかし、トマトとは逆の意味だった。
この船には広い居住空間があり
一生かかっても食べきれないほどの食料が積まれているが
酸素にやや問題があった。
つまり、現在は予備の酸素発生装置を使っているという
危機的状況にあり、
老化以前の生存の問題に直面しながら
次の星の港へ全速力で向かっている最中だったのだ。

トマトを食べなさい、と、今朝も彼女は僕に言う。
僕は何も答えずにセロリを食べ、トマトを残した。

どうして僕たちのカラダは
酸素のせいで年を取って死ぬのだろう。
そのくせ、酸素を呼吸しないと生きられないのはなぜだろう。
そして、予備の酸素発生装置はどこまで持つのだろう。

次の港へ向かって全速力で飛びながら
僕は酸素にこだわりつづけ
彼女はトマトにこだわりつづけている。
今朝のドレッシングはゴルゴンゾーラチーズの味がした。

出演者情報:大川泰樹(フリー) http://yasuki.seesaa.net/

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直川隆久 2015年7月19日

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ケチャップ・マン

    ストーリー 直川隆久
       出演 齋藤陽介

ケチャップ・マン。
ケチャップ・マン。
ケチャップ・マンがやってくる。

みんな、ついておいで。
ケチャップ・マンと遊ぼうよ。
スーパー・ケチャップ・タイムの始まりだ。

甘ずっぱいトマトケチャップの
かけあいっこだ。
べとべとになるんだぜ。

最初はすこしこわくても
慣れればたちまち楽しくなる。
夢中になることうけあいさ。

街中の道路が
真っ赤になるまで。

ケチャップ・ピストル。
ケチャップ・マシンガン。
遊び道具はそろってる。

楽しいだろう?
ケチャップ・マンが笑ってる。

ママはどこ?
だれかが泣き出す。
おうちに帰りたいよ。

大切な白いシャツが
ケチャップで汚れちゃった。
ぜったいきれいにならないよ。

ケチャップ・マンは笑っていう。
ここはもう、きみの住んでいる町じゃない。
忘れたのかい、海をわたってここにきたのをさ。

おうちに帰りたいよ。

どうしてそんなことをいうんだい?
こんなに楽しいのに。

ママ。ママ。

さあ、スーパー・ケチャップ・タイムをつづけよう。
ケチャップ・ライフルは、いかが?
盛大にぶっぱなすんだ。

ケチャップ・マンはげらげら笑う。
いつでも帰れるなんて、
本当に思っていたのかい?

君の目玉の穴からケチャップが
あふれでるまで、終わらないのさ
スーパー・ケチャップ・タイムはね。

ママ。ママ。ママ。

ケチャップまみれのだれかの頭が
またひとつ地面に転がった。

出演者情報:齋藤陽介 03-5456-3388 ヘリンボーン所属

 

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一倉宏 2015年7月12日

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 トマトのひびき
       ストーリー 一倉宏
          出演 一倉宏

「詩は音楽を嫉妬する」
といった 国文学の先生がいる 

「すべての芸術は音楽を嫉妬する」
といった ニーチェのことばもあった

詩は 遠いむかし 音楽と結婚していたらしいが
文字という 独身生活の便利さを手に入れて

別れてしまった その相手を
ときどき 無性に恋しがるのだろう

ことばは 文字となって 音を離れ
音楽と別れて 美しさを 失った

ことばは それ自身で 美しい
ということはない 音楽のように

そんなことはない たとえば
「さくら」ということばは 美しいじゃないか

というひとが いるかもしれない
たしかに そのひびきは 美しくも思えるけれど

それは 「さくら」の花 だからじゃないのか
「あの客 さくらじゃないか」の「さくら」でなく

「つばき」の花も 美しいけれど
「だえき」と同類の「つばき」もある 

ちょっと アクセントは違うけれど
「花」ではない 「鼻」の下に それはある

「ことばは それ自身で いいも わるいもない
ただ つづけかたによって 詩になるだけだ」

といいきった むかしのひともいる
日本の古典文学では 神様みたいな 藤原定家だ

「のぞみ」も 「めぐみ」も 美しいことば
だとしたら 「えぐみ」は どうなんだろう

太陽の「めぐみ」 「トマト」はどうか
上から読んでも 下から読んでも

「トマト は トマト」 かわいいひびき
なんて やっぱり いいそうだけど

ほんとうに そうか そのひびきは
「にんじん」や 「しいたけ」より 美しいか

「ごぼう」は どうかな 
「だいこん」は どうなんだろう

「トマト」が 大の苦手の 遠藤くんは
そのことばを聞いただけで ぞっとするという

そういうことも あるんだ
ぼくは 「芽キャベツ」が嫌いなんだ

 

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安藤隆 2015年7月5日

1507ando

甘いトマトはよけい嫌

     ストーリー 安藤隆
        出演 内田慈

 ミナさんは、川のこちら側の町に住んでいます。坂と
並木の多い町です。町中のこぎれいなマーケットには、
外国の食べ物や果物が並んでいます。
 町のどの坂も、くだると、川に突きあたります。おお
きな橋を渡ると、川向こうの町です。このごろは、毎日
川向こうの町を訪れます。きょうも、じぶんの黄色い軽
自動車で、橋を渡って川向こうへ来ています。いつもお
昼まえです。
 こちらは坂のない、平べったい町です。橋を渡ると、
じきに、広く明るい住宅展示場があります。世界各国の
小旗を、ひもに吊ったのが、空を飾っています。熊の人
形が、旗を持った機械仕掛けの腕を上下に動かして、
人々を呼びこんでいます。
 住宅展示場の先に、パチンコ屋「百歳の孤独」があり
ます。黄色い壁にパチンコ、スロット、ジャックポット
と英語で書いてあります。駐車場に、開店したときのの
ぼりが、色あせたままはためいているのが、通りからみ
えます。以前はこうした風景を、恐ろしく感じていまし
たが、このごろはむしろ惹かれています。駐車場に入っ
て、ちょっとだけいて、店には入らず出ていったら、
怒られるのかなと思って、どきどきします。
 パチンコ屋をすぎると、平べったい大きなスーパーが
あります。ミナさんはスーパーの駐車場へ入ってゆきま
す‥。わたしってあまりにも平凡かなと、ときどき、た
まに思います。
 スーパーでは晩ごはんのおかずとお昼の弁当と、ワイ
ンと日本酒と焼酎を買って帰ります。買い物の最後に、
トマトの売り場にやってきます。
 ミナさんは、母親が人見知りで、たぶんそのせいで、
小さいときトマトを食べたことがありませんでした。初
めて食べたのは、お兄ちゃんに連れられて、トマトの畑
へ盗みに行ったときです。お兄ちゃんは、友達といっし
ょに、盗み食いをよくしていたようです。
 畑にふたりでしゃがんで隠れて‥お兄ちゃんが、トマ
トを、大人みたいにもいだのでびっくりしました。一口
かじって食べやすくしてくれたのを、どきどきして口に
入れました。厚い皮の中の、どろっとした実を食べて‥
ぎょっとして、吐きだしました。想像とは違う、ただた
だ気味の悪い味がしました。お兄ちゃんは怒って、ミナ
さんの口をこじあけました‥。
 ミナさんは、いまもトマトは嫌いですが、いまではた
いしたことではありません。食べることもできます。生
のトマトも、料理したトマトも、ミナさんには同じ味が
します。つまり、あの畑の味がします。嫌いですが、食
べられます。ただフルーツトマトは、普通のトマトより、
もうちょっと嫌いです。甘いとか、小さいとか、フルー
ツとかいう噓をついているからです。
 ミナさんは夫のことも、ちょっと嫌いです。夫はトマ
トが好きで、トマトのおいしさを説きます。夫とセック
スしたとき、ふとトマトの生臭さがしたので、それ以来
しません。
 ミナさんは売り場のトマトに、内緒の儀式をします。
ほんとにどっちでもいいようなことです。トマトのヘタ
って、ありますね‥ヒトデか、大きな蜘蛛みたいに、頭
にへばりついているあれ。トマトの気味悪さのあらわれ
です。そのヘタを、ほんの先っぽだけちぎるのです。1
ミリか、5ミリくらい。ちいさなことだけど、とてもど
きどきします。破裂しそうです。ミナさんは見つからな
いように、体で隠して、親指と人差し指をのばします。
 片手だけの作業なので、かなり難儀します。二本の爪
の先でキキキッとこすって、切りにかかります。視線は
あらぬ方へ向けて。でも心はヘタにあるので、目にはな
にも映りません。するうち、やっと先端のちぎれた手応
えがあります。盗みみると、たしかにちぎれています。
皮に傷がついて、汁が滲んでいます。
 ミナさんは、その場をすばやく離れます。
「婆さん、なにしたんだよ」と言うような声が、近くで
したような気がします。でもわかりません。ミナさんは、
聞こえない振りをして急ぎます。
「婆ぁ、待てよ」の声が、こんどはたしかに、後ろから
追いかけてきます。

出演者情報:内田慈 03-5827-0632 吉住モータース

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