一倉宏 2021年1月3日「あいうえおくりもの」

あいうえおくりもの

  ストーリー 一倉宏
    出演 西尾まり 

  1
あほらしいものですが
あやしいものではありません

いそがしいあなたに
いとおしいあなたに

うっとうしいかもしれないけれど

おいしくもない
おこがましい
おくりもの

2
かたくるしいことはぬきにして
きはずかしいものではありますが

くもゆきがあやしくなるまえに
けったいなことになるまえに

こっぱずかしいおくりもの

3
さもしいきもちはございません
しらじらしいことはもうしません

すばらしいことなど すらすらいえず
せせこましいはなしになったとしても せめて
そらぞらしくならないように
4
ただただ ただしいとおもうこと
ちゃんちゃらおかしいとはねつけられても

つつましいことばを つなげ
てきびしくかえされようとも 

とぼしいことばをふりしぼって
とぼとぼと

   5
なまやさしいことではありませんが

にがにがしくおもわれようとも
ぬすっとたけだけしいといわれようとも

ねぐるしいよるをいくつもかさね
のぞましい ことばをさがす

  6
はずかしいのはしょうちのうえで
ひとこいしいのはだれでもおなじで

ふてぶてしいことをいうようですが
ヘルシーなんてかんたんなこと

ほほえましいのがいいんです

ほら かんたん     なのに

  7
まずしいこころ 
みすぼらしいくらし

むずかしいことばかり
めずらしくもなく

もどかしく

  8
やさしい とか 
ゆかしい とか 
よろこばしい とか 

ことばがあって
いろいろあって
そのなかに ぴったりの

  9
らしい ことばを 
みつけるまでは

リズムにまかせて
る もなく
れ もなく
ろ も 
とびこして

  10
わたしからおくることば


はじめから (またくりかえす)  




出演者情報:西尾まり 03-5423-5904 シスカンパニー

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一倉宏 2020年9月13日「月と恐竜」

月と恐竜

ストーリー 一倉宏
出演 西尾まり 

すっかり忘れていたんだ
青い空に 白い月が浮かぶ
そんな日が あることも
ああ そうだった 
小学校の 校庭の鉄棒で
はじめて 逆上がりができた日の
あの放課後の あの空にも

こんな日々だから
よく散歩をする 近頃は
ほんとに 忘れてしまっていたんだ
青い空に 白い月 
そして 鳥たちが 飛び交いながら 
小言をいう 地上の人間たちに 
そんな夕暮れが あることも

あの鳥たちは 恐竜の子孫 なんだぜ
文句も言いたくなるだろう
そうだよな 
僕ら人間どもよりも ずっと
息ながく 巧みに やりくりしながら
この地上を 生きながらえたものとして

小学生だった僕らは まだ知らなかった
恐竜たちが絶滅したのは
恐竜たちのせいではない
彼らが デカすぎて ノロマすぎて
アタマが弱かったから 
ではないってことも

この日々は いろいろなことを
気付かせてくれるだろう きっと

散歩は 気持ちいい
という 当たり前のことも 
それはなぜ と 考えることも

善福寺川沿いの 遊歩道を歩いて
大宮夕日が丘広場へ
それから 武蔵野の自然林を残した
小さな山を越えて 済美山(せいびやま)運動場へ
渡るには 水道道路を越える

世田谷から杉並まで 一直線に
延びている 遠近法は
ある意味で 美しく 
けれど 人工的過ぎて
不安になる

その時
いま流行りの 大型SUVが
疾走してきたんだ 
550馬力の エンジン音を吹き鳴らし
地層から汲んだ 液体の化石を燃やしながら
通り過ぎた その横断歩道には

立ちすくんでいる 怯えながら 
120センチくらいの か細い手足の
オレンジ色の服を着た 小さな歩行者が

夕暮れの空に 飛び立てず
震えている 小鳥のように

ごめんね バカだね 人間て
なに 考えてるんだろうね
わかったような 顔をして

地球も 月も 宇宙に浮かぶ
星のひとつだと知ったのは
つい 数百年前のことで

恐竜たちが 逃げ遅れた 
マヌケな オオトカゲではない
ことを知ったのは ほんとうに 
最近のことで

僕は なんだか 
とても情けなく 
とても申し訳ないような 
気持ちになって

引き返しはじめた 帰り道の
その光は すでに 色を変えつつあり

なま暖かい 海水のようなものが
頬をつたうのを ぬぐいながら
握りしめた拳の やり場もなく

ふと立ち止まり 振り返ったとき
僕は見たのだ

夕空に傾く 大きな月と

銀色の羽毛に 魔法の光を浴びて
燃えるような オレンジ色に輝きながら
翼竜 プテラノドンが
西の空へと 
飛び去ってゆくのを

出演者情報:西尾まり 03-5423-5904 シスカンパニー

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一倉宏・晴海四方 2010年作品「蛍の想い」



蛍の想い

ストーリー 一倉宏
出演 春海四方

1945年 戦争の終わる夏
日本の各地には たくさんの蛍が飛んだ
たくさんの たくさんの たくさんの蛍が
せめてそうやって ひそかに故郷に帰りたいと願った
若者たちがいたことを 私たちは知っている

その頃は東京にだって
山手線の外側には まだ田んぼがあり小川があった
蛍たちは 水を飲んで渇きを癒し そして切なく光った
玉川上水の近くに住んでいたおばあさんは
その夜をきのうのことのように 憶えている

1960年代 オリンピックがあり 高度成長がはじまる
それでもまだ 蛍たちはいた
全国いたるところの里山に 田園に たしかにいた

やがて 川の水は汚れ
東京の用水や上水は ことごとくコンクリートの蓋をされた
だから 蛍たちは姿を消したのだという
誰もが そう信じている
だけど そうだろうか? ほんとうに?

蓋をされない玉川上水を いまも散歩するおばあさんはいう
「みんな 戦争のことを忘れたからだ」と
「戦争のことを 思い出さなくなったからだ」と
戦争で死んだ 若く 寡黙な 無念な 若者たちのことを

1960年代には まだ 戦争は語られた
思い出された若者たちの数だけ 蛍は飛んだ
くりかえし語られて 夏の闇に蛍は光った
そうじゃなかったろうか?
70年代 80年代と 戦争が語られなくなるたびに
あの蛍たちは どこかに消えたのではなかったろうか?

2010年のいま
どうしてあの戦争は 語られなくなったのだろう
どうして蛍たちは こんなに少なくなってしまったのだろう
このままだと 絶滅してしまうかもしれない
あの蛍たちは
あの若者たちの 痛恨の思い出は

それでも 東京のあちこちで
今年の夏も「ホタル観賞の夕べ」が開かれるだろう
一生懸命に 限られたわずかな環境を整え 飼育された蛍たち
私も数年前 近くの公園でそれを見た
二晩だけの限定の催し 長い列に並んで1時間待ち
7つほどの舞う光を たしかに見た
その夜 7つだけ 若者たちの魂の残光を見た
何万 何十万のうちの たった7つだけ

そして いつの日か
20XX年の日本に たくさんのたくさんの蛍の飛ぶ日が
ふたたびやってくることは あるのだろうか

私たちはそれほど 賢いだろうか?
あるいは それほど 愚かだろうか?

忘れないでください
源氏 平家の昔から 戦争で死ぬ若者たちの残した想いが
この世の蛍となることを

出演者情報:春海四方 03-5423-5904 シスカンパニー所属

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水下きよし 「ちいさな旅人」



ちいさな旅人 (水下きよし七回忌特集)
                      

ストーリー 一倉宏
出演 水下きよし

その旅は私のささやかな そして曖昧な 自慢話だ

小学5年生になる春休みに はじめて長距離のひとり旅をした
電車を乗り継いで 関東のある街から 関西のある街まで
乗り換えは 上野 東京 そして京都 の3回
新幹線を京都で降りて 無事 叔母の住む街に向かうローカル線に乗った

平日の午後 乗客はまばらとはいえ 無人のボックスはなかったのだろう
私は車内を見渡し 窓際に白髪のそのひとのいる席の向かいに座った
おそらくは ちいさな会釈をして

いま知っていることばでいえば 「気品のある老紳士」
当時に知っていることばでいえば 「ちょっとかっこいいおじいさん」は
こころよく 小学生の私を迎え入れてくれた
なんだか・・・ どこかで見たような 頭のよさそうなおじいさん

2駅めも過ぎた頃だったと思う なにかの本を読んでいた私は 
向かいの そのひとに話しかけられたのだった
「本は 好きですか?」
決して口数が多いというタイプには思えない そのひとは
線路沿いの踏切が通り過ぎるあいだに ぽつりぽつりと私に話しかけた

「学校は 楽しいですか?」

いまでは 多くの悪口をいわれる「戦後民主主義教育」だけれど
すくなくとも 私の受けた学校教育はそんなものではなかった
それは 「希望」とか「理想」とか まっすぐに語るものだったから 
私はそれを 「大好きだ」と答えたと思う

そのひとはよろこんだ そして
「どの科目が好きですか?」 と 尋ねた

私はすこし考えて そして 2つに絞った
「国語 と 理科」
そう答えたら そのひとの眼が きらりと光ったことを忘れない

「そうですか・・・
 私もこどものころから 両方好きでした
 私は ずっと理科の勉強を専門にしてきましたが・・・
 どちらも すばらしい・・・
 そして はてしない
 ・・・宇宙も ・・・ことばも」

誰だったと思う?
その 向かいの老紳士は 誰だったと思う?

「どちらに進むにせよ
 ぼっちゃん がんばって勉強なさい」

そういって そのひとは 私の頭をなで 次の駅で降りた
そのひとは・・・ もしかして・・・

湯川秀樹博士 だったのではないか と思うのだ

その旅は私のささやかな そして曖昧な記憶の 自慢話だ
私の憧れが 勝手につくった思い出話でない限り

そのひとは素敵だった まっすぐに「未来」を語った

あの頃のこどもたちが みんな好きだった
「湯川博士」よ そして 「希望」よ 「理想」よ 「平和」よ
いつのまにか この時代のローカル線は・・・

どこへゆく?

*出演者情報 水下きよし 03-3709-9430 花組芝居所属

 

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一倉宏 2020年1月5日「僕はおみくじ」

僕はおみくじ

    ストーリー 一倉宏
       出演 地曵豪

ためらいがちに 手を伸ばし
君は僕を 引き寄せる
それは 偶然が必然になる瞬間
君は すこし驚く 
あっと ちいさな声をあげて

君が望んでいたのは
どんな 僕だっただろう 
ほんとうは
世界でいちばんの 大きな幸運
でなくても
中くらいの幸運 人並みでいいから
あるいは 
ささやかな幸運を 神に祈って
君は 両手を合わせたのだったか

けれども いうまでもないことに

ひとは 思いもよらぬ不運を
引き当ててしまう こともある
それもまた この世の習い
悲しみに出会うことのない人生は
この世には ないから

君を喜ばせる 僕もいれば
心配させ 不安にさせる僕もいる 
それでも わかってほしい
ただ喜ばせるために 僕はいない
そして ただ不安にさせるためだけの
僕もいない ということも

旅行には 行くといい
くれぐれも 盗難には気をつけて

転居も 考えていいだろう
そうすべき理由が あるとすれば

商売は そこそこ 欲を出さずに
相場は リスクを忘れずに

方角は 気分の明るくなる方へ
縁談は 焦らずに待って

ひとつひとつは 君への想い
せいいっぱいの メッセージ

僕は君の 勇気になりたい
僕は君の おみくじだから

そして 待ち人は まだ来ない
それが誰のことかもわからないまま
ずっと待ち続ける 君のために

出演者情報:地曵豪 http://www.gojibiki.jp/profile.html

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一倉宏 2019年1月6日「愛について」

愛について

    ストーリー 一倉宏
       出演 大川泰樹

NHK Eテレの特集で それを見た
釜ヶ崎 ドヤ街の おっちゃんたちが
詩を書き 絵を描いている

家族と生き別れてしまった おっちゃんが
とうに 大人になっているだろう
娘たちの 幼い頃の思い出を
そこにあったはずの幸せを 書いている
それは 回想なのか それとも 幻想なのか
いずれにしても 書いている

思えば 詩を書くことも
ラインやメール 電話をすることも 
嫁さんをもらうことも 離婚することも
喧嘩することも 焼酎を飲むことも
みんな 同じかもしれない

笑うことも 泣くことも 怒ることも
同じこと だったかもしれない

それらはぜんぶ 愛について

おっちゃんのノートには
こんな言葉も 書いてある

テレビのニュースを見た
5才の女の子のノートが流れた

ママ もうパパとママにいわれなくても
しっかりとじぶんから きょうよりかもっと
あしたはもっとできるようにするから
もうおねがいゆるして ゆるしてください
おねがいします

おっちゃんのノートに 
書き写された 女の子のノート それは

なんて哀しい ラブレターだろう
なんて胸えぐる ラブソングだろう

おっちゃんはいう
だって僕みたいな しょうもない人間

なんで この子は こんな 
誰も助けて あげること 
できひんかったやろかなあ・・・ と

そういって おっちゃんは泣いた 
なんていうか ごく 自然に

僕はテレビを消して 自分の部屋に行く
いつものように 眠くなるまで
お酒を飲んで 音楽を聴く

その音楽は すてきな歌で
あまいメロディに わるくない歌詞

一人称が 二人称を どれほど愛しているか
一人称が どれほどいま 幸せを感じているか

その歌は その歌詞は なかなかいいと
感じていたのだけれど いつもは

でも そんなことなど 
どうでもいいじゃないかと
思えてしかたなかったのだ その夜は

そして 亡くなった母の夢を
ひさしぶりに見た 
夢の中の 母と話した
母もまた 泣いていた

そうだよね 泣くよね 
誰だって

出演者情報:大川泰樹(フリー) http://yasuki.seesaa.net/

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