佐倉康彦 2016年6月5日

1606sakura

夜に歩く者の朝
             
       ストーリー 佐倉康彦
         出演 石橋けい

デイウォーカーたちが、
太陽の恵みに感謝する日。
わたしたちナイトウォーカーは、
じっと息を殺している。
1年のうちで最も昼の長いその日を、
わたしは呪詛と共に遣り過ごすことになる。

あす、その日がやってくる。

サン・プロテクション・ファクター100の
日焼け止めを顔やカラダに塗りたくろうが、
日蝕を凝視するためのサングラスを掛けようが、
NASAが開発した
1着あたり1,000万ドル以上する
船外活動用のEMUを身に着けようが、
あすであろうがなかろうが、
白日のもとであれば、
わたしは、
ほろほろと解(ほど)け、くち果て、灰になる。

昼の最も長いあすを控えながら、
わたしは、
今夜のライブ「血祭り」の準備にとりかかる。
派手にキメたいし、
ハプニングも起こしたい。
もちろん、手を抜くつもりはないが、
できる限り早く切り上げようと決めていた。
もちろんアンコールは、なしだ。

美味そうな若いローディーが数名、
わたしたちの楽器やエフェクターを
ステージにセットしている。
あすのことを考えれば、
この中の誰かをつまみにしながら
長い長い昼を過ごすのも悪くない。

わたしが
ステージのために身に着けた
オーバーニーの
編み上げのロングブーツのピンヒールは、
9インチある。
その足元に誰を跪かせようか。
しばし、ステージの袖から物色し、思案する。

今夜のわたしへの供華(くげ)は、
スカルのウォレットチェーンをしている
スキンヘッドのあのコか、
背中に小さな天使の羽が彫ってある
革パンの彼にしよう。
いちばんつまみにしたかったスタッフは、
右の首筋に十字架が彫られ、
しかもTシャツにデカデカと
ダビデの子が
プリントされているので諦めた。

バスドラの重く湿った響きが、
客とスタッフの心音と同調する。
そこにスネアとハイハットが絡まり、
ベースのリフがそのうねりに乗る。
わたしの動かない心臓も、
少しだけその流れの中で震え出す。
ディレイとディストーションの
効いたギターが
そこに乱入したあたりで
客たちは最初のエレクトを感じはじめる。
あとは、
わたしのボーカルで
放出させてあげるだけだ。

ピンスポットの逆光の中、
何人ものセーショーネンが白目を剥いて
昏倒するさまを認めながら、
わたしはステージで咆哮しつづけた。

客電が点き、
ステージも客席も丸裸にする頃。
ローディーたちが
背中に羽のタトゥーを施した同僚を
捜し回っている。
「あいつ、バックレやがって」
ウォレットチェーンのスキンヘッドが、
アンプを片付けながらひとり毒づいている。
天使の羽の彼は、
若きデイウォーカーは、
わたしのヴァンの中、
つまみになるために深い眠りの中にいる。

イグニッションを回す。
コンソールパネルのメーターたちが
LEDの蒼白い光と共に点灯する。
ドライバーズクロノグラフは、
すでに午前4時を回ったことを告げていた。
日の出まで、あと十数分。
間に合うのだろうか。

いつものようにアンコールに
応えてしまったのがいけなかった。
心の中で舌打ちをする。
動かない心臓が破裂しそうなほど
焦れ込んでいるじぶんに気づき、
また、激しく動揺する。
助手席のつまみの顔が
薄明かりの中で朧気に暢気に青白く
浮かび上がる。

カーオーディオのプレイボタンを押す。
先程のライブ同様に、
不穏なバスドラの鼓動が車内に充満する。
呪術的なベースのリフが
シートの上をうねり出す。
そこにオーバードライブを効かせ過ぎた
ギターが絡み付きだしたあたり。
交差点奥の
ファッションビルと家電量販店の谷間から、
長い長い一日を宣告する
強い光が顔をのぞかせはじめた。

わたしは、
少しずつ遠のく意識の中で、
まず、瞳を焼かれた。
そして、
ステアリングを握る指先が
煙草の吸いさしの灰のようにぽろりと
もげ落ちたことを感じた。

あと数分もすれば、
デイウォーカーの誰かが
エンジンの掛かったままの車内で眠る
大量の灰にまみれた、
天使の羽を持つ若者を見つけるのだ。
そう思った。

出演者情報:石橋けい 03-5827-0632 吉住モータース

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佐倉康彦 2015年12月13日

1512sakura

灯台
           
     ストーリー 佐倉康彦
        出演 西尾まり

冬型の気圧配置がゆるみ
大陸の高気圧が北へと後ずさると、
うずくまっていた低気圧が
のそのそと西から東へ、
太平洋南岸沿いに成長しながら進みだす。
そうなると、
この街にも大雪が降ることがある。

その日も、それに近い気配があった。

こんなときわたしは、
明かりを灯す半導体の
硫化カドミウムの性質を無視して、
街の灯りを一本一本、
明るいうちから早めに
点けてまわることにしている。
これが意外と重労働なのだ。
1224本目。
さすがに嫌気がさしはじめた頃。
灯りのスイッチが自動的に入るほどの
暗さに辺りがなった時分に、
その男は、ぼおっと現れた。

男は、
スマホをなくしてしまったのだと言う。
正確に言えば、
GPSをなくしてしまったのだと言う。
それはつまり、
じぶんの
今の居場所をなくした、ということらしい。

居場所をなくした男は、
暗くよどんだ怪しい雲行きの宙と
ちかちかと点いたり消えたりを繰り返す
点灯不良の水銀灯を交互に見上げながら
ゆらりしゃべり出した。

「このあたりの街路に立つ、
いくつかの灯を頼りにしながら、
わたしは、
わたしの行き先を検索しているのです」

男の言葉は、
どこか他人事で、
それほど困っているふうでもなく、
この薄暗い街路で出くわしてしまった
白いトレンチコートの女に、
今のじぶんの身の上をどう語るべきか、
少しだけこちらの出方を
窺っているようにも見えた。

灯台守のわたしにとって、
じぶんの居場所を、
行き先を見失った男ほど気になる存在はない。
わたしは、
点灯不良の識別番号を頭の中に素早くメモした。
そして、
役場のふやけ顔の担当をどやしつける
自分の姿を想像しながら、
目の前の男に、
灯台を守る者として心から謝罪した。

「もうしわけありません。
点いたり消えたり。
これでは本当に迷ってしまわれますね」

居場所を失った男は、
明滅を繰り返す光を見上げたまま
すこし眩しそうに目をしばたたかせながら、
灯台守のわたしに向かって
微笑んだ。

「いえいえ、
このちかちかが、
わたしにとっての生命線なのです。
やっと、
わたしの居場所がわかりました。
行き先が見えてきました。
陸(おか)で時化に遭うのははじめてで。
ほんとうに、
命拾いしました」

男は、
そう謝辞を述べると、
つぎの灯りがあるであろう場所へと向かって
足早に歩き出し、
ワンブロック先の辻の角へと消えた。
思わず先回りをして灯りを点けようと思ったが、
おそらく、もう大丈夫なのだ。

ちかちか、ちかちか、ちかちか。

わたしの頭上で明滅するそれが、
先ほどから降り出した
水分を多く含んだ大粒の雪を
光が届く空間にだけ
浮かび上がらせ、
そしてまた、
闇に溶け込ませたりを繰り返している。

夜に降る雪は、いい。
闇の中で音もなくおり立ち、
淡く堆積しながら、
街の音を、
わたしのまわりの音を吸い込んでゆく。
光だけは、
やわらかに受け止めながら。

ちかちか。

わたしの足許に薄く積もった
濡れそぼった雪の下で
小さなディスプレイの光が、
GPSの明かりが
仄暗く点灯した。そんな気がした。_

出演者情報:西尾まり 30-5423-5904 シスカンパニー

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佐倉康彦 2015年6月14日

1506sakura

林を抜けて

       ストーリー 佐倉康彦
          出演 清水理沙

    橋の架かっていないところがいいと思いました。
    もちろんトンネルでつながってもいない。
    そんな島にすると決めていました。
    今のわたしには、
    本土から切り離された場所が必要でした。
    それほど気安く行き来のできない島。
    クルマでも自転車でも徒歩でも行けない、
    船でしか渡ることができない、ということが
    わたしの気持ちと立場を
    すこしだけ助けてくれるのではないかと
    勝手に思い込みながら。
    そして、
    そんな場所に向かうじぶんに軽く酔っていました。

    フェリーから見える瀬戸内の海は、
    少しも悲壮感がなくて
    穏やかで温かくて。
    擦り切れささくれ立ったわたしのなかのなにかを
    静かに撫でてくれているような、
    そっと手当をしてくれているような感じで…
    期待していた結界となるような強さも、拒絶もなく、
    どちらかと言えば
    曖昧に甘くひらけたやさしさばかりでした。

    同じフェリーに乗り込んだ観光客たちも
    一様に目を細め
    僅かに笑みを湛えながら、
    閉じた海を遠い目で眺めては、
    スマホの電子的なシャッター音を響かせ
    ときおり満足げに空などを
    見上げたりしていました。
    そんな風景の中にわたしも溶け込んでいるのかと思うと
    それも存外、悪くはないのかもしれないと考えました。

    乗船する前から、
    わたしの左手をギュッと強く握りしめたままの
    小さな右手は、
    少し汗ばみながら
    石塊のように硬く閉じられたままでした。
    その小さな手と同じように、
    かたくなに結ばれた口元は、
    唇が白くなるほど真一文字に閉ざされ
    一切の言葉も発することはありませんでした。
    そして、
    その小さなふたつの瞳は、
    海面が照り返すいくつもの光の粒を
    怒ったように凝視したまま
    けっしてわたしを見つめることは
    ありませんでした。
    もう一方の腕で抱きかかえられた
    手足の長い薄汚れたゴム人形の瞳だけが
    キラキラとわたしを見上げ、
    その口元は小さく微笑みを投げ掛けてくるのでした。

    わたしの手を
    痺れるほど強く握りしめ、
    怒気を孕んだ瞳で光の海を凝視する

    柔らかくて甘い匂いのする
    もうひとりの小さなわたし。
    この子は、
    今のじぶんの境遇を
    どう思っているのかということは、
    わたしの左手が痛いほど感じていました。

    あと数分で島に接岸するというときのことでした。
    フェリー乗り場の少し先に、
    山というよりは小高い丘のようなものが
    見えてきたときのことでした。
    固くにぎられた小さな掌から力がふっと抜けました。
    わたしは、
    そっとちいさな横顔をのぞき込みました。
    その丘の緑のせいなのか、
    ちいさなふたつの瞳にあった刺々しさが
    ほろほろと抜け落ちて行くようでした。
    わたしの瞳からも
    なにかが流れて落ちてゆきました。

    わたしは、
    あの丘の近くに部屋を借りようと思いました。
    丘に至るまでのあの林の道を抜けて
    この子と手をつないで
    ずっといっしょに昇っていこうと決めていました。

    その淡い淡いみどりいろのオリーブの林の先にある
    なにかを探しに。
                       了

出演者情報:清水理沙 アクセント所属:http://aksent.co.jp/blog/

 

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佐倉康彦 2014年11月16日

1411sakura

すべての亀は、台風を待っている

           ストーリー 佐倉康彦
         出演 石橋けい

キミは、
逃げました。
キミは、流れていってしまいました。

いつもなら
アタシとキミとの間には、
互いの力学の中でミシミシと拮抗し、
ぐいぐいと圧を掛け合って
身動きすることさえできない
「コリオリのちから」が働いているはずでした。
だから大きな渦なんて
激烈な波風なんて立つはずもなかったのでした。
なのにキミはやすやすとそれに乗って
流れていってしまいました。
アタシの前から、
キミは、矢庭に消えました。

時節を外した
反時計回りの大きな渦のせいで。

アタシとキミの時間は、
とても強い偏西風に煽られ
あっという間に
ふたつに引き剥がされ、毟り取られ、
キミだけが、
上へ上へと、
北へ北へともってゆかれたようでした。
ようやくふたりで、
下って堕ちて辿り着いたこの大きな街から
また、キミだけが、
あの小さな小さな芥子粒のような集落へと
逆行してゆくのでした。
北上してゆくのでした。

最大風速120ノット。
カテゴリー4の強い風が
アタシのキミを
スッカラカンに攫って(さらって)いきました。
300ミリぽっち
ペットボトル一本分にも満たない
一時間の降水量が、
アタシの黄ばんだ思いを
あらかた漂白していました。
!
キミが逃げていった、
こんなひどい朝なのに
空気はとても澄んでいて
透明な朝陽が差し込むベランダからは、
いつもよりも華奢に遠くを
見通すことができました。
ベランダで竦む(すく)
アタシの足元に蹲(うずくま)っている
蝦蛄葉(じゃこば)サボテンは、
きのうの強い雨と風のせいで
赤く染まりながら小さくうなだれていました。
アタシもうなだれたまま、
キミのいた場所を見つめました。
キミが眼を閉じ
太陽と向かい合っていたそこを。
今夜からアタシは、
何を見つめればよいのかと
軽く途方に暮れているところでした。
下を向いた蝦蛄葉サボテンも、
いずれ朽ちるだろうと思いました。

キミは、もう、
あそこに流れ着いた頃だと思いました。
逃げ帰ったキミを
アタシは責めはしないだろうと予感しました。
ただ、
そろそろ、身体も、その内側も痺れるような
季節がはじまるころだから
小さく心配しました。
けれども、
キミにとって冬は、
キミ自身なのだという思いに至りました。

キミは、北のものでした。
キミに巻き付いたアタシがここに居残り、
キミから離れていなくなっても
キミは、
北のものなのだと信じました。
北は、
その宙(そら)は、明るい星がなく黒い星ばかりでした。
黒服のキミは、
そこにしかいることができないキミでした。

アタシは、
蝦蛄葉サボテンといっしょに
キミが守護する北のほうを見通しながら
にょろりにょろりと
這いずり回ることしかできませんでした。
じきに玄冬(げんとう)でした。
ベランダには、
水場と陸場をつくったそれには、
もうなにもいませんでした。

出演者情報:石橋けい 03-5827-0632 吉住モータース

 

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佐倉康彦 2014年9月14日

sakura1409

お伽

      ストーリー 佐倉康彦
         出演 石橋けい

母が私の胸の裡(うち)に、
今もヒヤリと遺していったものは、
王子様、という存在だった。
いつか私を迎えに来る、それらしきなにか。

幼い頃、
私にとって夜は鍵穴のような存在だった。
穴のむこうに広がる
薄墨(うすずみ)色の寝惚(ねぼ)けた闇のようなものと
その穴から、
こちら側にいる私をのぞき込む誰かの視線。
その眼差しに慄(おののい)いていたのか。
それとも、
別の何かを感じていたのか。
目を固く瞑(つむ)れば瞑るほど、
その鍵穴が
私の中のあちらこちらの隙間に拡がっていく。
そうなると、
母がつくってくれる
ぬるめのホットミルクを
どんなにいっしょうけんめいに
こくこくと飲んでも、
眠ることができなかった。
そう思っていた。

そんな夜に
母が必ず私の枕元で語ってくれた
数え切れないほどのお伽話。
そこには、
いつも最後のほうで王子様が現れた。
どんなに不条理で
辻褄が合わない話の筋でも
必ずそれは登場し、
すべてを丸く収めた。
私を見つめる鍵穴のせいで
固く凍った幼い私の胸の裡も
母の甘い声に乗って登場する
王子様によって
瞬く間に溶けていき、
蕩(とろ)けるように眠りにつけた。
そして、彼が、王子様が、
翌日の光り輝く朝へと
深い眠りと共に私を連れて行ってくれる。
と、思い込んでいた。

朝まで王子様と過ごした私は、
幸せな気分でベッドから抜けだし、
母のいるキッチンへ向かった。
そこで私は、
いつも同じ光景を目にした。
ダイニングテーブルの片隅で
背中を丸めて朝食の支度を調える母は、
幼い私の目にも
明らかに深く憔悴しているように見えた。
今、思えば、
私以上に眠れなかったのは
母のほうだったのではないだろうか。

眠れない私のためのお伽話。
それは、
寝室にいる父の相手をすることが
適(かな)わなかった母の、
偽りの「伽」だったのかもしれない。

いけ好かない
ストレートパートの口髭を生やし、
いつも机に向かって
ペンを走らせていた父のような男。
その指先から生み堕とされた
手袋をはめたネズミで
世界中を魅了してしまった父のよう男。
彼もまた、
王子様の存在とその万能を信じ続けた
裸の王だったのではないか。と、今は思う。

王子様を期待し、
自ら眠れない夜を求め彷徨(さまよ)った幼き日々。
私のベッドと並んであった
お揃いのステンシルで型染めされた
もうひとつのベッドには、
ぐっすりと眠る姉がいた。
いつもは背中を向けて眠る彼女が
眠れない私の方に向きなおりながら、
そっとふわり呟く。
「王子様なんて、
いないんだからね…」
お伽話がはじまる前、
母が私たちの閨(ねや)にやって来る寸でのところで
私を
このあとはじまる母の呪文から解き放つために
あらかじめ用意され、
私の胸の裡にまぶされることば。

ありのままに生きる姉の視線は、
いつも私を自由にしてくれたように思う。
私にまぶされるそのことばと
姉という存在がまさに鍵穴だった。
姉が、ことばが、
幼い私の中に
深く静かに拡がってゆく。
しかも、
それは冷たくなどなかったのだ。
とてもとても温かなものだったのだ。
私の胸の裡を凍らせることなどありえなかったのだ。

今、私の王子様は
自らからの冷たさのせいで結晶した
厚い厚い氷の中に閉じ込められたまま、
ピクリとも動きはしない。

母は、
ライトアップされた居丈高なお城の中で、
王子様と共にきっと眠ったままだろう。

姉と私は、
浦安に聳(そび)え立つ
あのお城には、
未だ行ったことがない。

出演者情報:石橋けい 03-5827-0632 吉住モータース


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佐倉康彦 2013年12月22日

群青

      ストーリー 佐倉康彦
         出演 皆戸麻衣

うみとそらのいろは、あお。
たいようは、あか。
くちびるも、あか。
つちは、くろ。じゃない。

そのひとは、
そのおとこは、
せびろを、あいしていた。
むねからおなかにかけて
ふたつ、ぼたんがついていた。
しゅっと、していた。
つめたえりは、ふとかった。
そのえりもとには、
なにも、おまけは、つけてなかった。
えらくないんだよ
どこにもしょぞくしていないんだよ
きみどりいろのこえで
わらいながら
そういっていた。
でも
せびろが、
ぎんいろに、
くびを、よこにふっていた。

よくわらう、ひとだった。
よくわらう、おとこだった。

ふと、だまる、にんげんだった。

そのひとの
かみがたも、
つむじも、
めも、
くちも、
まゆげも、
はなも、
はなのあなも、
はなげも、
あごも、
おでこも、
わすれた。

みみたぶのかたちは、
すこし、おぼえている。
ぜんたいも、
ところどころも、
おおむね、わすれた。

でも、せびろをきていた。
それだけは
わすれない。

せびろは、あお。

うまれたばかりの
はなは、ももいろ。
はなを、ささえる、はっぱは、
みどり。
ねこは、ちゃいろ。
ごはんは、しろ。
なみだは、うみとそらとおなじ、あお。
うみに、ふる、ゆきは
しろ。

うみに、おちた、しろは
すぐに、あおに、なる。
なみだに、なる。

こえは、あお。
いきは、しろにちかいあお。
においは、とうめいなあお。
ゆびは、すこし、あかいあお。
かみのけは、かすれたあお。
うでは、すじくれだったあお。
むねは、なみうつあお。
おなかは、しずかなあお。
おしりは、つよいあお。
ふとももは、にぎやかなあお。
ひざは、かたいあお。
すねは、くるしいあお。
ふくらはぎは、よく、わらうあお。
あきれすけんは、ぬれたあお。

あお。

その、あおは、かぞくの、あお。

その、あおは、せびろの、あお。

その、あおは、ねくたいの、あお。

その、あおは、おかあさんが、すきだった、あお。

その、あおは、うまれたばかりの、
やっと、めがあいた、こねこの、めだまの、あお。

その、あおは、よくわらう、どこにもぞくさない、
えらくない、おとこの、こえの、あお。

その、あおは、あおを、あつめた、あお。

その、あおは、とうめいな、あお。

その、あおは、とても、かたい、あお。
その、あおは、いし。

たいようは、あか。
くちびるも、あか。
つちは、くろ。じゃない。
つちは、いしを、つくる。
とても、かたい、いしを、つくる。

いしは、あお。

せびろは、あお。
あおが、あおが、あおが、あおが、あおが、あおが。
あおが、むれをなして、ひとつだけ。

うみとそらのいろは、あお。
うみとそらは、ひとつだけ。

そのひとは、あお。
そのおとこは、ひとりだけ。

あかいあかい、たいようが、
あおを。

出演者情報:皆戸麻衣(フリー)

 

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