古田彰一 2010年6月26日ライブ


『月とコピーライター』

ストーリー 古田彰一
出演 坂東工

月が明るい。

と書けば、何が伝わるのだろう。
月が明るいことはもちろん、
そこに書かれてないことまでも人は読み取る。

たとえば時間は夜であること。
雲が月を覆い隠してない天気であること。
明るいというからには、
もしかしたら満月かそれに近いカタチであること。
そして今日は月が明るいと感じている「人」がそこにいること。

月を見上げているのが、山間(やまあい)の村の人であれば、
夜は墨を流したように暗く、それで煌々と眩しく感じるのかもしれない。
反対に、ビルの谷間であれば、都会の明かりに負けそうになりながらも、
けなげに輝いて見えるのかもしれない。

遠く離れた人のことを想う、その心をおぼろに照らす月明かりもある。
仕事帰りのささやかな開放感を、ほっと照らす月明かりもある。

月が明るい。
という一行はただの情報だけど、読んだ人がいる場所や、気持ちによっては
それ以上の意味が与えられる。

そう。何かを書くということは、書かなかった部分を読む人と共有することなのだ。
書き手が「行」を書き、読み手が「行間」を読むことなのだ。

「アイ・ラブ・ユー」と言わずに愛を伝える、
その奥ゆかしさと美しさを忘れたくない。
1行の言葉ですべてを語り尽くそうとする、
コピーライターという職業が、いまふたたび、尊い。

出演者情報:坂東工 http://www.takumibando.com/

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富田安則 2010年6月26日ライブ



「定義」

ストーリー 富田安則
出演 坂東工

6月になると、梅雨がやってくる。
梅雨とは、雨が多く降る季節。
ろくに雨が降らなくても、梅雨を梅雨と呼ぶ。
気象学上の定義は、きっとある。
それでも、月に何日以上、雨が降れば、梅雨といえるのだろうか。
そんな「普通」を、いったい誰が決めたのだろう。
人間の生活には、あらゆる「普通」が付きまとっている。
その「普通」を、気付けば誰も疑うことをしなくなっていく。
でも「普通」って、なに?
「普通」の幸せって、どんなカタチ?
結婚して、子供を育て、おだやかに年老いていく。
父や母の時代に、みんなが「普通」だと思っていた幸せが、
いまや「普通」に手に入れることはできない夢となっている。
やがて梅雨は明け、夏が「普通」にやってくる。
それは、とても「普通」のことだけど、
その夏は本当に「普通」の夏だと定義できるだろうか。

出演者情報:坂東工 http://www.takumibando.com/

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日下慶太 2010年6月26日ライブ



病室会話集

           
ストーリー 日下慶太
出演 大川泰樹高田聖子

明日から入院しても大丈夫。
病室のルームメイトとすぐにうちとけられる病院会話集。

今日から入院するクサカといいます。 よろしくお願いします。
今日から入院するクサカといいます。 よろしくお願いします。

どこが悪いのですか?
どこが悪いのですか?

わたしは腎臓が悪いです
わたしは腎臓が悪いです。

どれぐらい入院しているのですか?
どれぐらい入院しているのですか?

私はあと1ヶ月、入院しそうです。
私はあと1ヶ月、入院しそうです。

ごはんが来ましたね。
ごはんが来ましたね。

薄味ですね。
薄味ですね。

とんこつラーメンが食べたいですね。
とんこつラーメンが食べたいですね。

タバコが吸いたいですね
タバコが吸いたいですね

いびきがうるさかったらごめんなさい。
いびきがうるさかったらごめんなさい。

それでは、おやすみなさい。
それでは、おやすみなさい。

出演者情報:大川泰樹 03-3478-3780 MMP・高田聖子 03-5361-3031 ヴィレッヂ

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細田高広 2010年6月26日ライブ


変な奴

ストーリー 細田高広
出演 坂東工

変わった友人がいる。
愛読書は時刻表。いわゆる「鉄オタ」だ。

その彼と旅をした。列車に揺られて3時間。
辿りついたのは、聞いたこともない小さな駅。
電車を降りると、友人は早速シャッターを押し始めた。
こんな何もない駅の、何もない風景の、何が面白いのか。
つくづく変な奴だ。
退屈の予感がして、僕は旅を後悔した。

ところが、だ。1時間もして見えてきたのだ。
ぼろぼろの駅舎。駅長室の古い電話。
古びたレール。キラキラ光る水田。遠くには、霞む山々。

なぜ僕には見えてなかったのだろう。
旅行ガイドにある風景だけが、見る価値のあるもの。
そう思ってなかったか。

友人は飽きずにシャッターを押している。
変な奴・・・。それは、
この風景を「何もない」と言った、僕の方かもしれない。

出演者情報:坂東工 http://www.takumibando.com/

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小野田隆雄 2010年6月13日



ケシの花

ストーリー 小野田隆雄
出演  坂東工    

一年で、いちばん昼間(ひるま)の長い日を、
夏至(げし)と言う。その日は、毎年(まいとし)、
六月下旬に訪れる。そしてまた、
六月の下旬になると、ケシの花が散り、
そのあとに青い実が出来る。
この青い実から、麻薬のアヘンは作られる。
ケシの花は美しい。けれど、
花を見るためであっても、栽培することは
法律で禁じられている。
ただし、自由に栽培できた時代もあって、
その名残(なごり)で、いまも、古い村や町で、
ひっそりと咲いていることがある。
赤や白やむらさきや、
その花は、ヒナゲシよりも、大人びている。
四枚の花びらは、朝に咲き、夕べには散ってしまう。

ところで私は、その花を写真で見る以外、
長い間、見る機会にめぐまれなかった。
「菜の花畑に入日(いりひ)薄(うす)れ、
見わたす山の端(は)、霞(かすみ)深し」
この二行で始まる、
文部省唱歌(しょうか)「朧月夜(おぼろづきよ)」の詞(し)を作ったのは、
高野辰之(たかのたつゆき)である。
彼は、明治九年に、
長野県下水内郡(しもみのちぐん)永田村(ながたむら)に誕生した。
その地には、いま、彼の記念館が建っている。
私は、自分の生れ育った北関東の風景が
この歌に登場する風景に、
どこか似ていると、いつも、思っていた。
彼の、この歌が好きだった。
その高野辰之の、晩年に住んでいた家(いえ)が、
野沢温泉村(のざわおんせんむら)に、残っていると知ったのは、
二十年ほど前の六月下旬だった。
たまたま、その日、長野市で、
広告関係の小さな集まりがあり、
その席で、教えてもらったのである。
その家を訪れるために
長野電鉄の野沢温泉駅で、
下車したのだと思う。
けれど、もしかすると、JR飯山線の
戸狩野沢(とがりのざわ)温泉駅であったかもしれない。
ともかく、梅雨(つゆ)の合(あ)い間(ま)の午後の、
日射しのまぶしい日だった。

私は刈り取られた麦畑のあいだに
曲がりくねって続く道を、
はるか丘の上にあると教(おそ)わった
彼の家をめざして、
歩いたことを、記憶している。
ようやく、たどりついた家は、
つつましい瓦屋根(かわらやね)の平屋(ひらや)建(だ)てだった。
低い生垣(いけがき)をめぐらした小さな門(もん)に、
「高野辰之(たかのたつゆき) 晩年(ばんねん)の家(いえ)」と墨筆(ぼくひつ)で書かれた
めだたない看板がついているだけで、
見学はお断り、のようだった。
庭に面した部屋の、
雪見(ゆきみ)障子(しょうじ)のガラス窓から、
ほのかに室内が望まれた。
畳(たたみ)の上に置かれた白いベッドに
おじいさんが寝ている。
病(やまい)にふせっているらしく
酸素吸入器を使用して、眠っていた。
高野家にゆかりある人なのだろう。
のぞき見したことに、私はなんとなく、
ごめんなさいと思った。そして、
帰ろうとして、視線を動かした時、
庭の片隅に、赤い花が咲いているのを見た。
私は生垣に沿って、その花に近づいた。
その花は、初めて見るケシの花だった。
思いがけない女性に、出会ったようなときめき。
静かに、ケシの花は笑っているようだった。

帰り道、ゆっくりと丘の道をくだりながら、
南から西に、一面に広がる
刈り取られた麦畑の風景は
もしもいま、春の夕暮れで、
菜の花がどこまでも咲いていたら、
そのまま、「朧月夜」の風景になると思った。
そして、故郷(ふるさと)を離れて、東京に行った、
高野辰之の、はるか遠い時代の青春を想像した。
赤い花のような恋も、あったのだろうか。
いつか、そのことを調べてみよう。
太陽が少しずつ、西に傾き始めていた。
メモしておいた、長野行きの
列車の時刻を見るために、
私は、手帳を取り出した。
そして、その六月下旬の日付の横に
青いインキで小さく、夏至(げし)と、
印刷されているのに気づいた。

出演者情報:坂東工 http://blog.livedoor.jp/bandomusha/

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一倉宏 2010年2月20日ライブ



   夢を話せば
            ストーリー 一倉宏
               出演 坂東工西尾まり

<男>
君だって 夢みていただろう いつもいっていた
夢のない男はいやだ 夢をもてない男に興味はない

<女>
その夢から 何年が経ったと思う?
あなたは いまも夢の話ばかり いいえ 夢のような話ばかり

<男>
夢なんて 食べられないっていうんだろ
そのとおり 夢を食べられるのはバクだけだよな
飲みにいこうよ 「夢の扉」という あのBARへ
僕の夢をグラスに おかわり自由の夢を いくらでも

<女>
そうやってまた 夢の話をするんだ
私は あなたの夢に 酔いすぎていた
それ以上に あなたはあなたの夢に 酔いすぎてしまう

<男>
あの日 君に出会えたことは 夢のようだった
それでもいい足りない 夢の中でみる 夢のようだった

<女>
だとすれば この私は 夢の中の夢の女
あなたが話すことは いつも 夢のまた夢

<男>
夢から覚めても それでもまだ 夢があるから
そしてずっと 君は夢の女だ 僕にとって 

<女>
私の夢は あなたがもう 夢から覚めること
そうしてもういちど ふたりの夢をみること 

<男>
僕はみるべきだろうか 君のみる その夢を
夢を捨てる僕を 僕の夢を捨てて叶える 君の夢を

<女>
私は決して 夢のような日々を 夢みてはいない
夢ではない夢をみたい ただそれだけ
それでも夢だというの こんなにもささやかな夢を

<男>
僕の夢は 僕のみる夢を 君とみることだ
君のみる夢を 僕もみることだ
それが 僕らの夢だったじゃないか

<女>
あなたが夢をみているあいだに なんども朝がやってきた
あなたの夢を覚まさないよう いつもそっと出ていった
夢をみているあなたの寝顔が 私の幸せだったとしても

<男>
君の横顔は 夢のように美しい いまも

<女>
涙がでてきた 
涙で曇って もうみえない 夢は

<男>
今夜は帰ろう 僕の夢の中へ

<女>
夢なら覚めて おねがい この夢は長すぎる

<男>
帰ろう 夢の中へ

<女>
こうして いつまでも私は 夢みつづけていくのか
この長すぎる夢から 覚める朝を

<男>
信じないのか 僕らの夢を

<女>
信じてる 夢ではない あなたなら 

出演者情報:坂東工西尾まり

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