福里真一 2009年11月19日



伝説のトンネル掘り
                    
ストーリー 福里真一
出演  瀬川亮

私の父の名前は、山田伝兵衛。その業界では、
「伝説のトンネル掘り」と呼ばれている。
彼は、その生涯に、三〇本以上のトンネル工事にかかわった。

彼の理論は、若い頃から、明快だった。

「そこにトンネルがない時、人々は山の向こうには行けない。
そこにトンネルがあれば、人々は山の向こうに行ける。
な、トンネルって、すごいだろ」

それは、子供だった私の目から見ても、少し明快すぎるようだった。

「でも、トンネルができるまでは、人々は山のこちら側で、
けっこう満足して暮らしてたんでしょ。
山の向こうになんて行きたくない人だって、いたんじゃないかな」

その私の疑問に対する答えもまた、明快だった。

「人間というのは、そういう生き物じゃないんだ。
おまえはまだ子供だからわからないかもしれないが、
人の一生というのは、いま自分がいる場所から、
ちがう場所に移動したいと願ったり、
それを実行したりすることの連続で成り立っているものなんだ。
だから、トンネルを喜ばない人なんて、いないんだよ」

父の自信に満ちた言葉を前に、私は、うなずくしかなかった。

その頃、私たち家族は、父がつくったトンネルが完成すると、
休みをとっては、そのトンネルをくぐりに出かけた。
ある時は電車で、ある時は車で、またある時は歩いて、
私たちは、父のトンネルをくぐった。

日本には無数の山があり、
父が掘るべきトンネルもまた、無数にあるようだった。

父と私の関係がギクシャクしはじめたのは、私が大学に入った頃からだった。
私が、山岳部に入部したことについて、父は、過剰なまでに反応した。

「木を切るために山に登る。それは、わかる。
山菜やなんかを採るために山に登る。それも、わかる。
でも、ただ山に登って、そして、下りてくるだけなんて、
おれには理解できないな」

私は、答える。

「そんなに難しく考える必要ないだろ。山の上って、気持ちがいいんだよ。
空気もきれいだし」

何度かの、かみ合わない言葉の応酬の後で、
父は、それまで見たこともない恐い顔で、言った。

「おれは、命がけで、トンネルを掘ってる」

それは事実だった。父はその時までに、右手の小指を切断していたし、
左脚も、少しびっこをひいていた。

「おれが、命がけでトンネルを掘った、その山の上で、
おまえは、ヤッホーなんて、叫べるのか?」

私は、ぐっと踏みこたえた。

「お父さんがトンネルを掘った山には、絶対に登らない。
それに、いまどきの山岳部は、ヤッホーなんて、言わないよ」

私がそう言うと、父はもう、何も言わなかった。

父はその後も、何本ものトンネルを掘ったし、
私はごく普通の会社に就職し、サラリーマンになってからも、
時々休みをとっては、山登りを続けた。

なぜ、山に登るのか。それは、自分でも、よくわからなかった。
ただ、一つの山に登り終えてしばらく経つと、
また必ず、次の山に登りたくなった。
でも、どの山に登った時も、決して、ヤッホーとは、叫ばなかった。

父と私は、次第に疎遠になり、
何年も顔を合わせない時期もあったが、
それが、お互いの年齢や生活環境からくる、自然な流れだったのか、
それとも、やはりどこかにわだかまりがあったのか、
それは、私にもわからない。

ただ、驚くほどのスピードで、月日は過ぎていった。

今年の春、私は、父を、入院先の病院に見舞いに行った。
父を見るのは、三年ぶりだった。
「伝説のトンネル掘り」と呼ばれた迫力は、そこかしこに、
まだちゃんと残っていた。
ただ、意識がないだけだ。

私は、眠る父に向って、話しかけた。

「こんどおれ、春の人事異動で、子会社の社長になったんだ。
で、その会社なんだけど、ここだけの話し、
親会社が税金対策のためにつくった、トンネル会社なんだ。
…おれもとうとう、トンネル関係の仕事に、ついちゃったよ」

私がそう言うと、父がニヤリと笑った、
…気がした。

(おわり)

出演:瀬川亮 03-6416-9903 吉住モータース

shoji.jpg  
動画制作:庄司輝秋


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山本渉 2008年8月1日



ある夏の日の出来事

                 
ストーリー 山本渉
出演 瀬川亮

それは気が狂いそうになるほど、暑い、暑い夏の日のことだった。

カーステレオから聴こえてくるラジオがCMに入ったとき、
営業車の古いカローラはゆっくりと踏み切りに入った。
前を進む自転車のタイヤが溝にとられるのを
眺めているうちに、遮断機が降り、行く手を遮った。
カンカンカン、というけたたましい音とともに。
ことの重大さに気づいたのは、猛スピードで迫り来る列車が、
助手席側のウインドウの先にはっきりと見えてからだ。
その瞬間、目の前に巨大なザリガニが現れて、遮断機をその真っ赤な
ハサミで二つに切り落とした。

なんとか踏み切りから抜け出した僕に、
そのザリガニは、ゆっくりとした口調で話しはじめた。
「私をお忘れですか?」
呆然とする僕に彼女は続けた。
「あの時、逃がしてくれたザリガニです。20年前ひょうたん池で。」

ひょうたん池。
それは子供のころ夏休みになると、みんなでザリガニ吊りに行った場所。
ひょうたんの形をしたその池の北側に、小川が流れ込むその場所が、
最もザリガニが集まる場所だと子供達は知っていた。
同級生はみんな捕まえた獲物を学校に持ち帰り、大きさ自慢をし合っていた中、
ただ純粋に昆虫と触れ合うのが好きだった僕は、捕まえて、形を確認すると
逃がしていた気がする。

「あなたの側にいて、あの時のお礼がしたいのです」
彼女の言葉とともに、僕達の奇妙な生活が始まった。
僕は彼女をザリエと呼び、一緒に買い物をしたり、誕生日にはレストランで祝ったり、
それは普通のカップルとなんら変わらぬ関係だった。
ザリエは、外ではすましているけど、家では甘えてくる。
いわゆるツンデレというやつだった。
そんな彼女が、僕は、ただただ、いとおしかった。
この生活がいつまでも続けばいいのに、そう思っていた。

二人の再会が突然であったように、
別れも突然やってきた。
ある日家に帰ると、ウォークインクロゼットの横に座り、
一枚の写真を握り締めザリエは泣いていた。

それは、数年前付き合っていた彼女と行った、御宿の伊勢海老祭りの写真。
笑顔で生の伊勢海老を頬張る僕の姿が映っていた。
付き合う前の事だという言い訳を始めたが、僕はそれを途中でやめた。
彼女の前で、それ以上言葉を発することはできなかった。

ザリエが家を出て、もう数年が経つ。
今でも街で、赤いコートの女性を見かけると、
彼女を思い出す。

そんなある日、
大量のダンボールを営業所に運んでいると、
底が抜けて商品が道に崩れ落ちた。
慌てている僕の前に、一匹の巨大メスクワガタが現れ、運ぶのを助けてくれた。
「私のことお忘れですか?」
彼女は、ゆっくりとした口調で話しはじめた。

それは、気が狂いそうになるほど、暑い、暑い夏の日のことだった。

出演:瀬川亮 http://www.y-motors.net/actor/segawa.html吉住モータース 

*2008年8月はオリンピック中継のため。番組は2回のみになります。

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