川野康之 2012年7月8日

カントクと神さま

            ストーリー 川野康之
               出演 仁科 貴

死んでしまった。
うかつだった。
いつか死ぬのはしかたがないことだが、
まさかこんな死に方をするとは思わなかった。

500円の焼肉弁当を買って、おつりの500円玉を落とし、
コロコロと道路に転がって行くのを追っかけた。
そこにトラックが走ってきたのである。

泥がついた焼肉弁当をぶら下げて、私は雲の階段を昇ってきた。

腹が減っていた。
死んでも空腹は感じるようだ。

天国とはどんな場所だろうと思っていた。
まさかこんなだとは想像もしてなかった。

カウンターがあって、椅子が5つほど並んでいる。
カウンターの向こうには痩せた男がいて、皿を拭いている。

どう見てもバーであるが、私はなぜここが天国だとわかったのだろう。
皿を拭いている男が神さまだとわかったのは、
男がその皿を(よく見ると皿ではなく輪っかだったが)
自分の頭の上10センチのところに浮かべてこっちを見たからだ。

「なにしまひょ」
神さまはなぜか関西弁だった。

「とりあえずハイボール」
つい私は言った。

言ってからすぐ後悔した。
神さまに対する一言めとしてこの言葉は果たして適切だったのだろうか。
初対面なのだからもう少し挨拶のしかたがあったのではあるまいか。
のちのち、最近の新入りは挨拶一つできないと言われるのではないか。
私はうじうじと気をもんだ。
死んでもこんなことに気を使っている自分が少し情けないような気がした。

神さまは私の前にハイボールを置いた。
泡がプチプチと弾けて、グラスの表面を水滴が滑り落ちた。

喉が渇いていた。
一口飲んだ。
冷たい泡が、舌の上を、それから喉をプチプチしながら通って行った。
神さまが私の顔を見つめている。

「どうや?」
「おいしい」
「そやろ!」
神さまが言った。
「500円」

私は自分の右手の中を見た。
命と引き換えに拾った500円玉が少し変形してそこにあった。

金を金庫にしまうと、神さまは紙切れとペンをよこした。
紙切れには「リクエスト」と書いてある。
カラオケをリクエストする紙とよく似ていた。

何をリクエストするのだろう。
しばらくもじもじしていると、神さまが言った。

「誰か会いたい人がおるんちゃう?」
「会いたい人って…?」
「一人だけやで。サービスや。その紙に書いてリクエストし」
「死んだ人でも会えるんですか?」
神さまが呆れた顔をした。
「あたりまえや。ここは天国やで。死んだ人しかいてへんがな」
「誰でもいいんですか?」
「ジョン・レノンでも尾崎豊でもボブ・ディランでも誰でもオーケーや」

そう言いながら神さまは両手でギターを弾くしぐさをした。
きっとロックが好きなんだ。
(でもボブ・ディランはまだ死んでなかったと思う。)

私は考えた。
誰に会いたいだろう。
ちょっと考えてから、カントクの名前を書いた。
10年前に突然死んでしまったカントクの名前を。

神さまはその名前を見てちょっと黙り、
それから壁の受話器を取って誰かに電話した。

ほどなくドアがあいて、カントクが入ってきた。
きっとここではみんなヒマなんだと思う。

「なんだお前か」
まったく変わっていない。
なつかしかった。
カントクは私の隣に座ると、私のハイボールのグラスを勝手に取って飲んだ。

「なんか持ってきたか」
「・・・」
「なんかあるだろ、明太子とか」
「すみません、急だったもんで」
「それは何だ?」

カントクが目ざとく見つけたのは、カウンターの上に置いた私の焼肉弁当だ。

「よこせ」
うまそうに最後まで食べた。

食べ終わってから、神さまにハイボールを注文した。
「こいつにも一杯やってくれ」
私の分も頼んでくれた。

「1000円」
神さまは私にむかって手を差し出した。
「もうお金ないんですけど」
「しょうがないなあ、つけにしとくわ」

「神さまのくせにキッチリしてるなあ」
と言ったら、神さまは怪訝な顔をした。
「神さま?ぼくが?」
「違うんですか?」

神さまはぷっと吹き出した。
「ちゃうちゃう。ぼくは神さまとちゃうよー。
神さまは、」
そう言ってカントクのほうをちらっと見た。
「え、カントク?まさか!?」
「知らんかったん?
その人、神さまやで。ずっと前からそうやったんや。この天国に来る前から」
私はびっくりしてカントクを振り返った。
カントクはもうそこにはいなかった。

出演者情報:仁科貴 03-3478-3780 MMP

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川野康之 2011年10月10日



ネジ山くんの叫び

          ストーリー 川野康之
             出演 吉川純広

こんにちは。
はじめまして。
金山製作所のキャラクターの「ネジ山くん」です。
くんまで含めて名前です。

頭でっかちで、ちょっと見、一昔前にはやったなんとかダケに似ていますが、
いちおうキノコじゃないんで。
ネジなんで。
銀色のナイロン素材でいちおう金属の質感出してるんで。
よろしくお願いします。
頭のねじり鉢巻きはダジャレです。
ね、じ、り鉢巻き。
なくてもいいような気がします。
斜めのボーダー模様のタンクトップもどうかなとは思います。
中小企業とは言え金山製作所は良質なネジを作るということで
信頼をいただいてきました。
カナヤマのネジは狂いがない。
頑固な職人がここぞというときにはカナヤマのネジを選ぶといいます。
わかる人にはわかる。
それでいいではないですか。
どうしてゆるキャラの私なんかを作る必要があったんでしょう。
20年使い続けてきた商品カタログ。
そろそろデザインが古くなってきたというので、
広告会社を呼んでプレゼンさせたそうです。
そこがもうぶれている。
ネジのカタログなんて古いも何もないです。
質実剛健。
不器用、一徹。
油臭い、なんのその。
それがネジのブランドというものです。
しかし、広告会社の口車にうっかり乗せられてしまいました。
企業イメージが堅すぎる。
もっと親しみのあるイメージにして新たなユーザーを獲得して
ビジネスチャンスを広げましょう、とかなんとか。
私の隣に立っているおばあちゃん。
いわゆるサブキャラです。
名前は「ドライバーチャン」です。
遊園地の鬼のように大きなネジまわしをかかえているでしょう?
あれ、私の頭にさすんですよ。
さしてどうするのか。
この先は自分では言えないので、
パンフレットに書いてあるキャラクター紹介を読みます。

「ネジ山くん」はゆるくなると性格がだらしなくなります。
目がどろんとゆるみ、仕事をさぼり、ナンパに精を出します。
ナットというナットを見ると「合体しなーい?」と声をかけます。
そんな「ネジ山くん」を見つけると、
「ドライバーチャン」が襲いかかり、
頭にドライバーをさして右にねじります。
するとネジ山くんはみるみるきりっとした顔立ちになって、
仕事にもどるのだ。

どうですか?
私にはおもしろさがまったくわかりません。
ていうか、これ、ネジのブランディングとしては
逆効果じゃないかと思うんですけど。
でも意外とかわいいって子供たちには人気あるらしいです。
「ドライバーチャン」と「ネジ山くん」のケータイストラップは
セットでそこの売店で売っています。

ここなんです。
私がもっとも割り切れないのは。
かわいければいいのか。
おもしろければいいのか。
ネジの心はどこへ行った。

ネジ山くんはしゃべれないんです。
ネジ山くんがしゃべることができるのは、「ネジ」という一言だけです。
ネジネジ?、ネジ、ネジネジ。あーネジネジ。・・・
これでどうやってナットをナンパするんですか?(咳払い)

それはともかく、今日は私は一言だけ言いたい。
最後にどうしても言いたい。

ネジー?(まじー?みたいなニュアンスで)

絵と動画:糸乗健太郎
出演者情報:吉川純広 劇団ペンギンプルペイルパイルズ

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川野康之 2011年10月9日


ねじ巻きラジオ

          ストーリー 川野康之
             出演 水下きよし

キイ、キイ、キイ(ぜんまいを巻く音)

(雑音とともに聞こえてくるアナウンス)
続いて天気予報です。

季節は夏が終わり、そろそろ秋が始まります。
空が青く澄み渡り、うろこ雲がさわやかな風に乗って流れていく。
果樹は色づき、田畑は収穫のときを迎えます。
去年の今頃はそうでした。

東京地方は今日もあいかわらず厚い黒い雲に覆われています。
これまで120日間、日照ゼロの日が続いています。
気温は低く、冬のような寒さです。
午後はにわか雨が降るでしょう。

この放送は、日比谷公園放送局から自転車を利用した
自家発電システムでお送りしています。

では次のニュースです。

野犬に襲われる被害が増えています。
町には、飼い主を失った犬が群れを作って、
食料を求めてさまよっています。
桜町の田村さんは、ある朝、部屋の外に出たところ…
(途切れる)

キイ、キイ、キイ(ぜんまいを巻く音)

気がついたらまわりは犬に囲まれていました。
犬は牙をむき、うなっていました。
正面にひときわ凶暴な顔をした白い犬がいました。
その犬がボスのようでした。
田村さんはじっとみつめるしかなかったそうです。
やがて白い犬は牙をおさめ、悲しそうに鳴いたと思うと、
くるりと後ろを向いて去って行きました。

助けに来た人に田村さんは泣きながらいいました。
「サスケだった。あの日、置き去りにしたサスケだったんだ。
生きていたんだ。」

(途切れる)

キイ、キイ、キイ(ぜんまいを巻く音)

川上町の萩野さんからのお便りです。

春も寒く、夏も寒く、真っ暗で、
季節の移り変わりはもうなくなってしまったけれど、
それでも地球は回っているんですね。
もうすぐ私の誕生日がやってきます。
毎年この時期は、窓を開ければいつもすがすがしい風が吹いて、
外に出ると頭の上に青空があるのがあたりまえのように思っていたけど
いまはそれがなんて贅沢だったんだって思います。
でもね、地球は動いているんです。
いつかきっとまた四季が帰ってくるって信じたいと思うんです。
その日まで自分の心の中に残るあの美しい空の色を
忘れないようにしようと思います。

お知らせです。
ねじ巻きラジオ、新しく6台作りました。
放送局まで取りに来られる人は来てください。
近くにご年配の人や、希望を失いかけている人がいたら、
その人たちのために取りに来てください。

なお一時間以上の外出は控えてください。
雨には濡れないようにしてください。
(途切れる)

出演者情報:水下きよし 花組芝居 http://hanagumi.ne.jp/

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川野康之さんの掟破りの一件

覚えておいていただきたいのですが
Tokyo Copywriters’ Street の原稿にはいくつかのルールがあります。
これは最初から決めたわけではなく
予算0円という条件の経験値から生まれたルールです。

1.基本はナレータ−ひとり
2.BGMとナレーションのみ、効果音なし
3.youtubeにアップできる尺であること
4.さらにスタジオではないのでナレータ−の集中力にも限度があるため
 長過ぎない原稿であること

いままでにもナレータ−ふたりの掛け合いで書いた人はいるのですが
川野康之さんは「効果音」を書き込んできました。
ネジ巻きの音とラジオのチューニングノイズです。
うむ、このくらいならネットにアップされているタダの効果音で
いけるかもしれない…
しかし、意外とねじ巻きの音が難航しました。
タダの効果音にはやはり限度があります。
でも、私も川野さんもねじ巻きの目覚ましを持っていたので
それを当日持参して現場で音を録ればいいじゃん…と
考えていたわけなのですが
録音の前日、時計をさがしてみるとなくなっていました。
ふたりともでした。
長年あると信じていたものが実はなかった…
驚きました。捨てられやすいんですね、ねじ巻き時計って。
これはこれでショックな出来事でした。

捨てられた時計に代わるものとして
私はストップウォッチ、川野さんはオルゴールを持参しました。
オルゴールを採用しました。
ふ〜〜、やれやれ。

ラジオのチューニングノイズとプチプチノイズはネットにありました。
現場の手間を減らそうと自宅でBGMを編集し、
貧弱なねじ巻きラジオの雰囲気を出すために
プチプチノイズものっけておきました。

これが川野さんの原稿Aです。
これは10月9日に放送されます。

さて、川野さんは原稿を2本書いてきました。
その2本は同じアイデアのAとBではなく
南極と北極ほどの差のあるものでした。
「2本、ダメですか」
と言われたらダメとはいえない。
それならいっそ10月9日と10日で川野康之2連発にしよう。
しかも川野さんの原稿Bは川野さんチームが動画をつくることに
なりました。
収録日にはネジキャラも出来上がっていました。
ネジ山くんという奇妙なキャラクターです。
信じられないナナメのストライプTシャツを着たキノコのようです。
うわ〜、すげ〜、なんじゃこりゃ。
これをどうやって動かすんだろう…楽しみです。

そんなわけで、川野康之さんの掟破りのおかげで
10月はちょっと目新しいものができました。
掟破りを承認するとやたらと手間がかかるので
いつも破られたらタイヘンですが
まあ、たまにはいいかくらいの許容量を持ちたいと思います。
(なかやま)

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