佐倉康彦 2010年6月26日ライブ



保健室、という家
                           
        ストーリー さくらやすひこ
           出演 高田聖子
             

3限目がはじまって、少し経つ。
体育館からは、
ドリブル音とバスケットシューズが
床に擦れ合う音が散発的に
漏れ聞こえてくる。
普通なら青臭くさい嬌声なども混じり、
溌溂とした活気のある音のはずが
まったく覇気が感じられない。
弛緩し切った無気力な雑音にしか
聞こえてこないのは、
進学組と呼ばれるA組のヤツらの
授業だからだ。

いつものように私は、
眉の手入れをはじめる。
ムダに早い始業時間のせいで、
朝はそんなケアをする余裕などないし、
かといって通勤電車の中で
化粧をするほどのコンジョーもない。
午前中、この部屋に客が比較的、
少ない時間帯が狙い目だ。
洗い立ての白衣を着た年増のコスプレ女が
思わせぶりに脚を組んで鏡をのぞき込んでる、
ように見えなくもないか…

今のこんな姿を、
いつも何かに忙殺されている
教頭にでも見つかったら、
あのオッサンの仕事を、
また増やすことになるし、
ツマらん妄想のネタになるので、
カーテンは閉めたままだ。
その向こう側は、
今の私には強すぎる春の光が溢れてる。
ホント、眩しすぎるぜ青春。
ベッド廻りの間仕切りカーテンは
逆に引き開けられている。
ベッドは、もちろんもぬけのから。
朝礼の時にぶっ倒れた進学組のコゾーが
さっきまでマグロになっていたが、
とっとと早退していただいた。
コゾー特有の甘ったるい匂いが
シーツに残らないよう
掛け布団は剥いだままにして整えてある。

いかにも無難で退屈なおばはんバッグから
コスメポーチを取り出す。
ババくさいバックには不釣り合いなほど、
妖しくド派手なポーチは、
中国系アメリカ二世の女が
立ち上げたブランドのものだ。
この女のことが私は好きだ。
ブランドが好きというより
この女の顔が好きだ。
とくに目がいい。
上手く言えないが、
何か怨嗟を感じるというか、
硬くて冷たい意志を感じるからだ。
そんな女のつくった
アイブロウライナーを取り出し、
右側の眉にさっそく取りかかる。
我ながらうまくいったな思いながら
左の眉に取りかかろうとしたとき、
身体検査のお知らせポスターが貼られた
ドアが音もなく引き開けられる。

また、あのコだ。
私は、鏡の前で脚を組みブロウライナーを持ち
左眼をつぶり口を開けたままの状態で固まる。
まるで笑えないトーキョー者のコントだ。
そんな私を見て、
彼女は左側の口角だけを引きつるように
持ち上げ声もなく嘲笑っている。
春から、このガッコーに入った新一年生ってやつだ。
入学式から2週間、
毎日この時間になるとやって来る。
入学式の当日ですら、
式を途中で抜け出して保健室を探し回った強者だ。

「へたくそ…」
挑むように言葉を選び、
私のそばに、
ささくれだったひと言を投げ捨て遺棄する。
目は笑っていない。
この化粧品つくった女の目と同じだ。
半分だけ描かれた眉のまま私は脚を組み直す。
どんなに大人を気張ったところで、
片眉の私に勝ち目などあるわけがない。
「ベッド、空いてるよ」
彼女の方を見ずに鏡をのぞき込み
左の眉に取りかかる振りをする。
                    
彼女は黙ったままベッドへ向かい               
私を拒絶するように間仕切りのカーテンを強く引く。               
安物のベッドのスプリングが軋む音がする。
間仕切りの向こうの様子を片眉のままじっと窺う。
そんな私を見透かしたように
カーテンの向こうの彼女が喋り出す。
「おかあちゃんのせいで、
毎日、寝不足や、
なんでアンタのお弁当まで私がつくるん?
お昼なったら起こしてな!
きょうのおかずは、
ちなみに卵焼きとタコさんウインナーです」 
一気に喋り終えると、
もう、寝息らしきものが聞こえてきた。
カーテンをそっと開けると
カラダを丸めるように背を向けて眠っている。
                    
鏡の前の片眉の私の目は、
眠る彼女の目にそっくりだ。
でも化粧は、圧倒的に彼女の方が上手い。
このコスメポーチも娘から誕生日に貰ったものだ。

3限目の終わりを告げるチャイムが鳴った。
あと1限でお弁当だ。

番組で放送した音声をお聴きいただけます

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一倉宏 2010年6月26日ライブ



万葉の孤悲 

ストーリー 一倉宏
出演 坂東工

いまは もう
オープンカフェで待ち合わせするには
肌寒い季節だろう。

あなたと僕が待ち合わせをしたのは
5年前のちょうどいまごろ。 
神宮前のあの店で。

はじめてだから わかりやすいように
外側のなるべく奥のテーブルと約束して。

だから 20分も遅刻してしまった僕も
すぐにあなたを見つけることができたのだけれど。

いまでも憶えている。
そのとき カーディガンを肩にかけ
本を読んでいた あなたの横顔を。

こんな場面で
若い女性が開いている本は 先入観でいうなら
村上春樹やニューヨーカー短編集などがふさわしい。

けれど あなたがしおりを挿んだその本は
夏目漱石の『草枕』だった。

さらに 僕を驚かせたのは
遅れた失礼をわびると 
さらりと微笑んで あなたが こう答えたこと。

「いいんです。
 私、こういう時間が好きだから。」

男は誰だって 自惚れで肥大して 幻想を甘やかす。
だから あなたは無防備すぎたと いうつもりはない。
あなたが 好きだといったのは
相手が誰であれ 待ち時間に本を読むこと。
その ひとりの時間。

いまでも 青山通りから新宿方面に抜けるとき
あの店の前を通る。

あなたの名誉のためにいえば 
漢字の多い やや昔の小説を読むこと以外は
あなたは若い女性として 特に変わってはいなかった。

ふたりになれば
コーヒーにケーキをつけておかわりし
そして よく笑った。

なにが幻想で なにが幻想ではなかったのか 
ほんとうは いまでもよくわからない。

元気でやっていますか。
僕らは 僕らのあいだにあったなにかを
なかなか飛び越えられなかったね。

このあいだ 昔の日本語について調べていたら
万葉集では 「恋」を 「孤悲(こひ)」
孤独の「孤」に 悲しむの「悲」で 「孤悲(こひ)」
と書いていたことを はじめて知った。
ひとり 悲しむ の「孤悲」か。
恋とは結局 ひとりの時間のことなのか。

いまも カップを片手に ひとり静かに悲しんでいる。
それが 「孤悲」の時間なら 僕もまた 
この時間が どうしようもなく 好きかもしれない。

出演者情報:坂東工 http://www.takumibando.com/

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小野田隆雄 2010年6月26日ライブ



追憶

ストーリー 小野田隆雄
出演 坂東工

ヨウシュヤマゴボウは、
いつも、ひとり。
群れたり、仲間を集めたりしない。
いつも、ひともと、高くのびて
大きな葉を茂らせて、枝を広げ、
小さな白い花をいっぱいつける。
花が散ると、黒に近い紫色の実を
山ブドウのように実らせる。
昔、子供たちは、この紫色の実を、
色水遊びの材料にした。

ヨウシュヤマゴボウの白い花が、 
サラサラと散り始めると、
夏が盛りになってくる。
そう、その頃になると
江の島電鉄の小さな車両は
潮の香りに満ちてくる。

白い麻のスーツに
コンビの靴をはき、
大きな水瓜をぶらさげて

三浦半島の油壺のおじさんが、鎌倉の
雪の下の、僕たちの家にやってくるのは
そういう季節だった。
「やあ、太郎くん、
大きくなったねえ。いくつになったの」
太郎と言うのは、僕の名前である。
両親が四十歳を過ぎて
ひょっこり、生まれた、
ひとりっこである。あの頃、
小学生になったばかりだった。

おじさんは、父のいちばん上の兄で
銀行の重役だったけれど、
定年退職すると
三浦半島に引っ込んで、
お百姓さんになってしまった。
おじさんは、ひとりだった。
いつも、おしゃれだった。

「あれは、たしか
東京オリンピックの年だったねえ。
兄さんが、定年になったのは」

いつだったか、母が言っていた。

「兄さんは、女性のお友だちが多くてね。
それで忙しくて、とうとう結婚するひまが
無かったんだって。
なぜ、お百姓さんになったんですか、
ってね、聞いたことがあるの。
そしたらね、そりゃあ、あなた、
野菜はかわいい。文句をいいませんから。
だって」

僕は、おぼろにおぼえている。
せみしぐれが降ってくる、
昼さがりの縁側の、籐椅子に腰をかけて、
おじさんと父が、
ビールを飲んでいた風景を。

おじさん 「おーい、よしこさん。
 水瓜は、まだ、冷えませんか」

父 「でも、兄さん、三浦の水瓜って、
 どうも、あまり、甘くありませんな」

おじさん 「喜三郎(きさぶろう)、おまえねえ。
 水瓜なんてえものは、青くさい位が、
 ちょうどいいのさ。そういうものさ」

よしこ、というのは母。喜三郎と
いうのは父。おじさんは、
喜太朗という名前だった。

あの頃から、何年が過ぎ去ったのだろう。
父も母も、おじさんも、もういない。
僕は、ぼーっと夢みたいに生きて、
ほそぼそと、イタリア語のほん訳を
して生活している。
雪ノ下の家は手離して、
東京の白金(しろかね)のマンションにひとり。
ついこのあいだ、五十(ごじゅう)も過ぎて……

こうして、机にほおづえをついていると、
マンションの窓から、
入道雲が見える。
ああ、今年も夏になるんだなあ。
鎌倉に行ってみようか。
大町(おおまち)のお寺にある、三人のお墓に行ってみようか。
小さな丸い御影(みかげ)石が三個、
芝生に並んでいるお墓の上に、
きっと今年も、大きなヨウシュヤマゴボウが、
涼しい影を作っているのだろう。
その草の陰に、ちょっとだけ僕も、
休ませてもらおうかな。

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中山佐知子 2010年6月26日ライブ


カサカサの音をゆりかごにして
             

ストーリー 中山佐知子
出演 大川泰樹

カサカサの音をゆりかごにして
少年は幼虫の時代を過した。

夜、自動車の音が途絶えると
その茂みは同じ蝶の子供が葉っぱを食べる音で
いっぱいになる。
カサカサ カサカサ….
少年は自分にいちばん近いところから聞こえるカサカサが
とてもなつかしく思えた。
それは自分の音よりも小さくやさしい心地がした。

秋の扉が開くころ
もう食べたくないと少年は感じた。
お気に入りのカサカサも聞こえなくなっていた。
もうサナギになる時期だった。
サナギは身を守る手段を何も持たずに眠るので
蝶にとっては一度死ぬことに等しい。
少年が不安そうに葉っぱのまわりを這いまわっていたとき
カサカサのかわりに
おやすみなさい、と小さな声が聞こえた。
その翌日、少年も垣根から突き出した木の枝にぶらさがって
やすらかにサナギになった。

少年がやっとサナギから出て羽根を広げ
オオカバマダラという蝶になったのは
2週間もたってからだった。
お休みなさいと声をかけてくれたサナギはからっぽで
さがすことなどできそうになかった。

オオカバマダラは
一日ごとに南へ移動する太陽と
日に日に短くなる日照時間で渡りの時期を知る。

秋に生まれたオオカバマダラの少年も
南へ飛ぶ本能を何よりも優先させて
北からやってくる秋に追い立てられるように
移動をはじめた。

仲間は次第に増えはじめ
ときに数百万の群れに膨らんで地元の新聞の特ダネになる。
嵐の夜が明けたときには
大きな木の根元に落ちている無数の羽根が
傷ましい事件として
朝のニュースに取り上げられることもあった。

それでも少年は運良くリオグランテを越え
あくびをしているメキシコ湾のなかほどまで飛んで
熱帯の花が咲くチャンパヤン湖で
まぶしい季節を過した。

暦が春を告げるころ
オオカバマダラは北へ飛びたくなってくる。
もう命も尽きようとしているのに
どうしても、どうしようもなく
楽園で死ぬことを本能が拒否してしまうのだ。

少年はもう少年ではなく
羽根も破れてくたびれ果てていたが
こんどはメキシコ湾の海岸沿いに北の湖をめざした。

突風にあおられてイバラの茂みに落ちたのは
一瞬のことだった。
羽根が折れ、
もう一度飛ぶことはできそうになかった。

少年がしげみでじっとしていると
カサカサとなつかしい音がした。
先に落ちた蝶が蟻に抵抗して
羽根をうごかしているのだった。
それは卵を生み終えて命を使い果たした雌の蝶だった。

蟻は地面に蝶を見つけると生きたまま胴体を切り分けて
自分たちの巣に運ぶ。

カサカサの音のあとに
おやすみなさいと小さな声が聞こえ
それからもう一度、カサカサと最後の音がした。

少年はそのカサカサの音を揺りかごにして
静かに目と羽根を閉じた。

太陽がいちばん高く昇る6月
春に生まれたオオカバマダラの子供たちは
まだ北をめざす旅の途中にある。

出演者情報:大川泰樹 http://yasuki.seesaa.net/  03-3478-3780 MMP

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小野田隆雄 2010年6月26日ライブ



九十九里の、アジのひらき

ストーリー 小野田隆雄
出演 小野田隆雄

千葉県の九十九里町は、嵐になると
一日中、海が町の上から降ってくる。

あの日、六月の終わりに近い頃、
梅雨前線の影響で、
コマーシャルの撮影は中止になった。
スタッフのひとりだった私は、
正午に近い時刻に、砂浜まで
海の様子を見に行った。
雨は止んでいたが、風は強く、
雲は早く流れ、前線は逃げるように
九十九里から離れつつあるようだった。
けれど、まだまだ、海は灰色だった。
あとからあとから、高波が押し寄せる。
遊泳禁止の赤い旗が、
海岸線にずらりと、並び立てられ、
その旗が、ときおりのぞく太陽に、
キラキラ、キラキラ、はためいている。

砂浜に近い、小さなおみやげ屋さんに
おじいさんがひとりいた。
アジのひらきを売っていた。
私と目が合うと、房総なまりの言葉で言った。
「もう梅雨もしまいだべ」
私はそのアジのひらきを買い求めた。
「新しいよ」おじいさんは、そう言ったが、
旅館に帰って、よく点検してみると
どうやら、冷凍物のようでもあった。

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山本高史 2010年6月26日ライブ



タケシ

ストーリー 山本高史
出演 山本高史

                     
 両親はきちんと見えてるようだから、オレが生まれつき目が見えないというのは何かのはずみだ。な-んにも見たことがない。そうして17年間生きてきた。
「不自由な思いをさせて」と親に悲しそうな声で泣かれたりしてきた。もちろんオレが自由だとは思わない。でも自分のできることはすべてできる。ギターも弾けるしね。チャーハンくらいならひとりで作れる。いいことと悪いことを自分なりに判断もできる。自分のできないことが多いことを不自由と呼ぶのならば、ぼくもそうだが目の見える人も不自由ってことだろう。同じだ。目は見えないが耳や鼻はその分優秀らしい。小学2年生のとき友達の家のかすかなガス漏れに気づいたこともある。自分としてはお利口な犬のお手柄みたいでちょっと嫌だったが、命拾いした仲間たちにはそれからしばらく「ゴッド」と呼ばれた。目が見えなくて耳と鼻が少しいい人生がどういうことか、他人の人生と比較のしようがないのでオレにはわからない。いいも悪いもオレにはこれしかないんだから、満足も不満足もない。もしオレの目が見えていても、きっとそういうことだろう。

 ある日大ニュースがあった。オレの目が見えるようになるらしい。医学の輝かしい進歩だ。両親はオレの手をとって、泣いていた。オレは生まれつきのことだから慣れっこになっていたのか、もしくはこれはこれで問題もなかったので見えることを激しく望んだことはなかった。しかしいいニュースに違いない。わくわくもする。これを喜ばなければ何を喜ぶべきか、って感じ。入院して手術して成功した。あっけなかった。手術前は「怖くないですよ」とか「痛くないですよ」と吉田先生や看護師の岡本さんにむしろ脅された。目の中にメスという名の刃物を入れるらしい。しかしオレはメスというへんな名前のヤツはおろか自分の目ん玉も見たことはないのだ。見たことないもの同士で彼らの言う恐怖をどう組み立てていいのかも想像もつかない。そんな感じも含めて手術はあっけなく終わった。岡本さんが言うには、吉田先生は名医で経過は順調だということだった。岡本さんは可愛い声の人で、ハタチだと言っていた。オレはまだ17だから働いている女の人がみんな年上なのはしょうがない。体温とか血圧とかでカラダを触られると、正直どきどきした。包帯というヤツで目の回りはぐるぐる巻きだったが、病院の中を普通にあちこちうろうろもできたし、もともと見えないからね、入院生活もイヤな感じじゃなかった。

 そしてメインイベントにしてクライマックス、目の包帯を取る日がやってきた。オレとしては何が見えるということよりも、見えるという感覚はどういうものなんだろということでアタマがいっぱいで、でも想像してみたところでわかるわけなくまあい
いか程度の気分でいたが、母親や岡本さんのほうが興奮していることは声のトーンでわかった。テレビの感動ドキュメンタリ-にありそうな話なのだ。そのうちオレのまわりで、オレが最初に見るべきものは何であるかということが議論が始まり、オヤジが「やっぱり自分の姿だろう、自分の存在をはっきり自覚できるから」と言い、なんだよちょっと待てよオレはそもそもここに存在しているではないかということを口にしようとしたが、まわりの連中は一気に納得したみたいでオヤジは満足げに咳払いをした。「じゃあ始めます」とカウントダウンしかねないようなウキウキした声で岡本さんがオレの包帯を取った。「さあゆっくり目を開けてだいじょうぶだよ」という吉田先生の声でオレが自分の目で生まれて最初に見たものは、壁にかかった板だ。つるんとしている。これが鏡というヤツか。ものや人を映すものと聞いたことはあるがもちろん見るのは初めてだ。映すとはこういうことか。そしてつまりその鏡という板にへばりついているヤツがオレということになる。これが鼻か。穴はこういうふうに開いていたのか。以前から目と鼻の位置関係はほぼつかんではいたものの、正確にはこういうふうになっているのか。試しに口を開いてみた。なんだこの肉の色。なるほどそうかこういうのを色というのだな。その奥は見えない穴だ。こんなところに食べ物を放り込んでいたのか。食べ物ってのは何なのかね。何だったのかね。固かったり軟らかかったり乾いていたり濡れていたり。そう思いながら、オレはガッカリしたし疲れた。オレは自分がこんなに物体だとは思わなかった。食べ物と同じ物体だ。固かったり軟らかかったり乾いていたり濡れていたり、何なのかねオレ。外の世界のないオレには想像力しかなかったから、でも想像力は無限につながっていってオレを飽きさせることはなかったから、自分は大きいも小さいも固いも柔らかいもなく表わしようもないくらいとてつもないものだと思い込んでいたけど、目の前のこの物体じゃあなあ。…醒める。タケシという名前はコイツこの物体につけられた名前だ。オレじゃない。それにしても鏡。おまえ何映してんだ?ほんとおまえつまらねえヤツだな。オレは鏡を叩き割りたい衝動を押さえるように目を閉じた。すっごく落ち着いた。

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