ストーリー

倉成英俊 2007年9月21日



秋について知っていること

                    
ストーリー 倉成英俊
出演 森田成一

かなり南の方の国に
赴任することになったお父さんにくっついてきて
ちょうど1年が経ったころ、
スグルがつぶやいた。

「うわあ、もう秋かあ。」

といっても
涼しくなってきたからじゃなくて、
トーニャが8月のカレンダーを破って捨てたから、
なんだけれど。

そのつぶやきは、トーニャを振り向かせて、
当然こう質問させた。

「秋って?」

秋のある国から、秋のない国に来たスグルは、
まず、秋を知らない人がいることにびっくりした。
けれども、トーニャがあんまりキラキラした目で
せまるもんだから、
それに答えなきゃと思った。

ちょっと考えて、まずは、
「夏と冬の間だよ。」
とこたえた。

トーニャは冬のことは、見たことがあった。
流氷の上の北極グマの写真。

でも、太陽が特産品、みたいなこの島と
グレーの氷の上のシロクマを足して頭の中で2で割るのは
算数の宿題よりも難しかった。

トーニャのとてつもなく難しい顔を見て
スグルはこたえを変えた。

「涼しくなってきて、虫が鳴くんだ。」と。

これならどうだと、自慢げに言ったのもつかの間、
トーニャは今度はうたがわしい顔をした。
この国で虫っていうと
まずみんなが思うのはイモムシで。
あの虫が鳴くなんて
こいつはやっぱりおかしい国からきたんだと思ったから。

そんな顔で見つめられたものだから
すっかりあわててしまって
つぎにスグルはもう
最初に頭にうかんだことをそのまま早口で言った。

「クリスマスに向けて彼氏のいない女の子が
 彼氏をゲットしようと焦り始めるんだ。」

ドラマで見たまんまの受け売りは、
クリスマスプレゼントすら知らない少年の頭の中を
さらにパニックにした。

トーニャはもうスグルの答えにたよるのをやめて、
聞きたいことを聞くことにした。

秋はなにいろか。
秋はいいにおいがするか。
秋は男か女か、大きいか小さいか
食べられるのか、どこからくるのか、かっこいいか。
などなど。

むしろ哲学的になってしまったこんな質問に
スグルが答えられるわけもなく、
ついには、うーん、とうなるしかできなくなってしまった。

ただ、
最後にひとつ、
秋についてわかっていることを言った。

「来年の秋には日本に帰んなきゃ。」

そしたらトーニャは、
自分がきいた質問のことなんかわすれて
みるみるうちに切ない顔になった。
彼が短い人生のなかでしたことのある
一番さみしい顔に。

みんなとおなじみたいに、
ずっと一緒にいられると思ってたのに。

「あ、そんな感じ。秋って、そんな感じなんだよ。」

と、スグルは言おうと思ったけど
これ以上秋のはなしをつづけたら
泣いてしまうと思ったから
なにも言うのはやめて
トーニャと同じく
生まれてこのかた秋を知らない、海の方をながめた。

*出演者情報 森田成一 03-3479-1791青二プロダクション

Photo by (c)Tomo.Yun

Tagged: , ,   |  コメントを書く ページトップへ

小野田隆雄 2007年9月14日



星 空

       
ストーリー 小野田隆雄
出演 久世星佳

ぼくがお父さんの家で、
小さな羊飼いだったころ、
ぼくは羊の番をするよりほかに
何も知らなかった。
ある日、狼が不意に来て、
いちばんきれいな小羊をころした。
けれど、ぼくの犬がそれを奪り戻し
ぼくはその皮と骨を、
しまっておいた。

雨風を防ぐため
ぼくはその皮で外套をこしらえ、
小さな尻尾を
帽子の羽かざりにした。

そして、小羊の背骨で
ぼくは一本の笛をこしらえた。
その音に合せて、美しいひとたちよ、
楡の木陰で踊れ。

この古いフランスの童謡を、母が、
女子高二年生の私に話してくれたのは、
多摩川沿いの丘に続く公園の、
桜並木だった。秋の夕暮れで、
暗く流れる川の、はるか高い空に、
西に傾く形で、白鳥座の星が、
大きく見えた。

話を聞きながら、私は
笛の音に合せて踊る、白い長袖の
ワンピースの少女たちを思い浮べた。
彼女たちは、満天の星空の下で、
豊かに実るぶどうの房を、
枝にからませた楡の木の下で、
輪になり、手をつなぎ、踊っている・・・・・

昔、ローマやプロヴァンス地方では
ぶどうを栽培するとき、
そのつるを、楡の木にからませることが
多かったと、父が言っていたのを、
そのとき、私は思いだしていた。

あの日、母と私は、
田園調布の古いレストランで
夕食をとった。
母は、ぶどう酒を飲み、
私も、ほんのすこし、唇を濡らした。
あの日の夜は、
フランスに旅立つ母を送る、前日の夜だった。

母と、私が小学六年生の時に
亡くなった父は、
ある私立大学の、フランス文学部の
助教授だった。そして、母が再婚する
ことになった、マルセイユ生れの
フランス人も、同じ大学の講師だった。
私にもやさしい、小柄なフランス人だった。
母と、その男性は恋をした。
男がフランスに帰ることになり、
母も同行することになった。
私は東京に残り、叔母の家で生活する。
高校を卒業したら、フランスに行く。
母と私は、そういう約束をした。

けれど、私は、結局、日本で大学を卒業し、
甲府盆地の、食品会社に就職した。
ぶどう畑の中の道を、
モーターバイクで通勤する日が続いた。
何年かたった、ある秋の夕暮、
星空の美しさに、思わず、バイクを止めた。
ぶどう畑から見あげると、白鳥座が
あのときの空のように、
西に傾きながら、空いっぱいに
飛んでいた。

「ひとが死んだら、星になるんだよ。
だから、おまえを、いつまでも、
父さんは、見つめているよ」
病の床で、死んでいく数日前に、
父が私に言った言葉。
その言葉を、星を見ながら、
ぶどう畑の中で、噛みしめているうちに、
私は思った。
来年の春になったら、
フランスに行こう、と。

*出演者情報:久世星佳 03-5423-5905 シスカンパニー

Tagged: , ,   |  コメントを書く ページトップへ

一倉宏 2007年9月7日



熱海の秋

                    
ストーリー 一倉宏
出演  森山周一郎

ある日のこと。
 4次元テレビで「西暦2007年」のチャンネルを観ていた
 夏目漱石と森鴎外は、こんなシーンに目を丸くした。

 欧米人のように髪を金色に染め、アフリカ奥地の少数民族のように
 首飾りを重ねた、東京の若い娘の、こんな話に。

 「私の誕生日のイブにー、超高層ビルのー、超高級レストラン、
  予約してくれてー、12時ちょうどに、プロポーズされたわけー。
  超、ロマンチックじゃない?」

 ロマンチック?
 いま、このお嬢さんは、どのような意味で「ロマンチック」という
 ことばを口にしたのだろう?
 夏目漱石も、森鴎外も、同じ驚きに、たがいの顔を見合わせた。

 「察するに・・・」と、漱石は言った。
 「この男女には、越えられぬ壁、たとえば階層の障壁があり、
  実らぬ恋を予感して言っているのでしょうか」

 「いや、そうではありますまい」と、鴎外は冷静に言う。
 「娘の顔は、困惑も逡巡もしていません」

 「たしかに。竹竿でも叩いたように笑っている」

 「案ずるならば・・・
  西暦2千何年には、<ロマンチック>とは、
  金銭的なる尺度に変わる、ということではないですか・・・」
 
 「金がロマン? べらぼうな!」と、江戸っ子の漱石は憤慨する。
 「ロマンが、金貨に魂を売ってたまるか!」

 陸軍軍医総監、医学者でもある鴎外は、あくまで冷静だ。
 「尾崎さんの描いた『金色夜叉』が、世を席捲するのだろう。
  憐れな貫一は、もはや、月を涙で曇らすこともかなわぬ。
  ほら、ごらんなさい・・・
  ダイヤモンドの大きさを、こんなに喜んでいる。
  このお宮は、どう見ても確信犯だ・・・」

 「それにしたって、世俗の富を
  <ロマンチック>と呼ぶ法がありますか!」

 「・・・夏目さん。
  末世のことに腹を立てても、お体に障ります」

 「西暦2007年」の4次元テレビは、やがて次の番組へ移った。

 「ロマンチックな秋の旅! 
  熱海日帰り、海の幸食べ放題、温泉入り放題、
  おみやげ付きで、5800円!」

 「なんだか、頭が痛くなってきた。胃も痛む・・・」と、
 漱石は、みぞおちに手を当てた。
  
 鴎外もまた、テレビから目をそむけ、
 「薬を処方しましょうか」と、傍らの鞄に手を延ばした。

出演者情報: 森山周一郎 03-5562-0421 オールアウト

Tagged: , ,   |  コメントを書く ページトップへ

門田陽 2007年8月31日



七つの自問自答男
            

ストーリー 門田陽           
出演 森田成一

どうしてボクはふるさとに帰らないのですか?

それは帰らないというよりも帰れないのです。
ずいぶん大きなことを言って出てきたから。
ほんとはお正月には帰りたいです。
ほんとはお盆にも帰りたいです。
あと鼻にピアスをあけたのもちょっと帰りにくい理由のひとつ。
ばあちゃんはきっと鼻を見て腰を抜かします。

ふるさとは遠くにありて思うものですか?

どうでしょう。
確かにあまり近くだとふるさとっぽくはないけれど、
ただふるさとって、あの場所のことじゃなくて
あの時代のことなのではないでしょうか。

初恋の人は?

同級生です。つまり今もどこかで同じ歳。
というか、たぶんふるさとで齢を重ね暮らしているはず。
旧姓は小柳さん。今の名前は知りません。

自慢ですか?ふるさとの?

何もないです。何もないのが自慢なくらい何もないです。
誰も来ません。
たまにブームを過ぎ去った歌手やお笑いの人が来るくらいです。
あ、水はおいしいです。
コンビニで売れそうな水が蛇口から出ます。
その水でみんな洗車もします。
だからどの家も車はピカピカです。

甲子園はどこを応援しますか?

フシギですね。あんなに都会に憧れて出てきたのに、
ふるさとに近い学校ばかり応援してます。
満員だとふるさとの人口よりも多いんですよ甲子園って。

総務課の立花さんのことですか?

よくわかりましたね、ボクが気になってることが。
そりゃわかるわよって、あなたは誰ですか?
ふるさとにある山の名前と同じなんですよ、立花山。
遠足では毎年登ってました。
だから総務課の立花さんを見るたびに懐かしい気持ちになるのです。

最後です。そんなボクがどうして突然ふるさとに帰るのですか?

それはふるさとはやっぱり帰るとこだから。
このままずっと都会で暮らしても
やっぱりふるさとは行くところではなくて
帰るところであってほしいから。
あ、でも駅に着いたら鼻のピアスははずしますね。
ばあちゃんには長生きしてほしいから。  

*出演者情報:森田成一 03-3479-1791青二プロダクション

Tagged: , ,   |  コメントを書く ページトップへ

中山佐知子 2007年8月24日



ふるさとを走る列車が
                  

ストーリー 中山佐知子
    出演 大川泰樹

                   
ふるさとを走る列車が汽笛を鳴らすと
汽笛は山と山にはね返り
堂々とした音になって耳に達する。

だから、ふるさとの村の人たちは
2両編成のディーゼルカーの
貧弱な汽笛の真実をまだ聴いたことがない。

ふるさとの列車は谷に沿って走り
ときに切り立つ崖に張り出した足場の上に
やっと線路がのっているが
谷が響かせる列車の音はオーケストラのようで
ちっとも危なさを感じさせない。

去年の冬は大雪で
何番めかの鉄橋が落ちてしまい
春まで列車が通らなかった。
それでも、ふるさとの人々が
列車に寄せる信頼は揺るがない。

ふるさとはまだ夢の中にいる。

春に山菜を採りいって
熊に出会った民宿の女将さんは
今日も山へ行っている。
入り口でおまじないの笛を一度だけ鳴らしておくと
山の神さまも生き物も、
熊だって悪さをしないのだという。

ふるさとはいまも夢の中にいる。

山はブナの森で夏でも涼しく
土も腐葉土でふかふかしている。
雨が降るとブナの森はダムのように大量の水を溜め
そのほんの一部が
ミネラルたっぷりの湧き水になって谷にそそぐ。

その谷を流れる川は
ふるさとの村のはずれで
巨大なコンクリートのダムに塞き止められ
青い湖になっている。
その湖を見物しに集まってくる人たちは
ダムの底に36軒の家が沈んでいる事実を知らない。

むかし、ダムをつくっていた建築会社の若い人が
36軒の家のひとつに
ときどき猫が帰ってくるのを見つけた。
そういえば
あの家のおばあちゃんは
泣きながら山の上の家に移っていき
お嫁さんはその引っ越しの前に
どうせ水の底で泥まみれになる家の柱を
ピカピカに磨いていたんだったな。

自分は人の役に立つダムを作っていると
建築会社の人は信じていたけれど
藁葺き屋根の古い家に名残を惜しみに来る猫を見るたびに
帰る場所をなくしてしまった子供のような
泣きたい気持ちになったので
その人はせっかく入った建築会社を
とうとう辞めてしまった。

それからその人は
ふるさとの村に引っ越してきて
家族をつくって年を取り
いまはボランティアで山の案内人をしている。

僕はそんな話を、夢のようなふるさとの
熊に出会った民宿の女将さんに聞かされた。

*出演者情報 大川泰樹 03-3478-3780 MMP

*只見線の写真は汽車電車1971~からお借りしました

Tagged: , ,   |  コメントを書く ページトップへ

門田陽 2007年8月24日-1



帰り道

                       
ストーリー 門田陽
出演 岡本マミ

あ~、もう少しなのにやっぱり混んできちゃった。
だから電車にしようって言ったのに。
人口が増えてきたのよ、この町も。
アレ、なくなってるよ、そこの右。ビルが建ってる。
何がって、映画館だったでしょ。
私たちが高校のときはじめてデートした場所。
覚えてないの?あなたそこではじめて私の手をつないだのよ。
そうだっけって、そうよ。
人前ではいやがるくせに、ふたりになると
すぐ手をつなぐのよね、あなた。
あ、そこの交差点は忘れてないわよね。
そう。あの頃の待ち合わせ場所。
いつも角の銀行であなたはお金をおろしてからデートするのよ。
何かイヤだったのよね。
今日の私はいくらかなみたいな感じで。
そういえばあの銀行、あれから2度も名前が変わった。
コロコロとあなたみたい。
何がって、そうでしょ。あ、黙るんだ。

人って変わる。
この前、同窓会で5年ぶりにひとみに会ったの。
あ、あなた私の前にひとみにコクッたんだってね。
また黙った。
そのとき、「お互い変わらないわねー」って言いあったんだけど
ウソよね、アレ。ヘンシンってくらい変わってるわよ。
見た目からして倍くらいなってるのに、何が「変わらないねー」よ。

あなたも私もいっぱい変わった。
早いわよね、10年なんて。あの頃あなたはロン毛でした。
どこにいったのよ、あの髪の毛。
結婚するまであなたは私の前でオナラしなかった。
そりゃ私もしなかったわよ。
子どもができて体型変わって、あなたは会社を何度も変わって、
趣味はコレクションだからってヘンなものを次から次に集めてきて、
今あなた、おわび記事のスクラップをしてるでしょ。
あれは何の参考にしようとしてるの?

世の中もどんどん変わったわ。
冥王星なんて、今じゃ惑星じゃないんだもん。
お、今村食堂だ。ここは変わりません。
「築50年です」って、何の自慢なんだろうね。
去年帰ったときもチャンポン食べに行って
「この店は変わりませんね」っていったら、
「はい、昔から味は同じ、値段しか変えてません」って
正直だよね、あそこのご主人。

あ、見えてきたよ私の実家。もうすぐあなたには他人の家。
きのう裕太が下の名前は新しくしなくていいの?って
聞いてきたからそれは同じだよって言ったら
ちょっと安心した顔してた。

あのときの渋滞はひどかったよね。
お正月だったもん。大事な日なのに3時間も遅れて
出前のお寿司ひからびちゃって。あなた緊張して
「娘さんをお父さんにください」とかいって。
きょうは間違えずに言うんだよ。
でもあの日楽しかったよね。みんなで朝まで酔っ払って。
お父さん、笑いながら泣いてた。
きょうは笑いはないと思うよ。

あー、今度のお正月から帰省するとき別々なんだ私たち。
私はこの町、あなたは隣町。
高校のときと一緒になったね。え、違うって?そっか。
この前の合併で隣町じゃなくて今は同じ町なんだね。
ふーん、あ、もう着くね。

出演者情報 岡本マミ 連絡先 03-5456-3388 ヘリンボーン
                      
*音楽:ツネオムービープロジェクト
*「帰り道」は、当時Tokyo Coywriters’ Street の番組スポンサーによって
 放送を却下され、番組ブログにのみ掲載されました。

Tagged: , ,   |  コメントを書く ページトップへ