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小野田隆雄 2008年4月18日



深い山で歌を歌った男の話

            
ストーリー 小野田隆雄
出演 久世星佳        

相撲という格闘技は、
神にささげる儀式として誕生しました。
平安時代、現代の暦で言えば八月の終りに、
帝の御前で、力士が東西に分かれて
相撲をとり、「今年は東の国と西の国と
どちらが豊作になるか」、それをうらなう
大切なまつりごとがあったのです。
ところで、その当時、
まだ、専門の力士はいませんでした。
そのために、四月の下旬になると、
宮廷から全国に使者が派遣され、
力自慢を捜し出し、京に連れてきて
力士にしたのでした。

ある年の四月の終り、
たちばなのよしとみという男が
使者をおおせつかり、
はるか東国にまで、出かけていきました。
彼は陸奥国、現代の福島県で、
力自慢を捜しましたが見つからず、
南隣(みなみどなり)の常陸国、
いまの茨城県に,
いってみようと思いました。

陸奥国から常陸国へと抜ける道に
焼山という名前の
山深い峠がありました。
よしとみは馬に乗り、
四人の部下は歩きながら、
峠道を進みました。
その道はしたたるように
若葉がおおいかぶさり、
はるか見あげると
雲ひとつない青空です。
ときおり、カモシカが
姿をみせるほか、何も動くものはありません。
風もまったく吹きません。
静かです。さびしいほどの静けさに、
よしとみは、歌をうたいたくなりました。
彼は京では評判の、のど自慢だったのです。
常陸歌という、この国の神々を
ことほぐ歌を、彼はうたいました。
筑波嶺の このもかのもに
陰はあれど 君がみかげに
ますかげはなし
筑波山のあちらこちらに、ここちよい
木陰はあるけれど、あなたの尊い御影に
よりそっているのが、最高でございます……
よしとみの声は、透きとおるように
高くひびき、青空に消えてゆきます。
すっかりよい気分になって、
彼は、くり返し くり返し歌いました。
そのときです。
「あな、おもしろ」
明るい大きな声が、山にこだまし、
谷底に、ころげ落ちるように、消えました。
そして、ポーンと手を打つ音。
よしとみは馬をとめ、
部下をふりかえり、尋ねました。
「誰そ?」
けれど、部下たちには、その声そのものが
聞えなかったのです。
よしとみは、急に髪の毛一本一本が太くなる
ような感じがしました。
冷たさが全身を走りました。
彼は、馬をいそがせ、いちもくさんに
峠をくだりました。

ようやくたどりついたその夜の宿で、
たちばなのよしとみは、
ふるえが止まらぬまま眠りましたが、
そのまま目覚めることなく、
死んでしまいました。

されば、と、古い物語の言葉は
続きます。
そのようなひとざと離れた
深い山で、
むやみに美しく歌うものではない。
山の神が、その声をめでて、
自分の世界へ、招きよせてしまうのだと。
はてさて、まことやら、いつわりやら、
今は昔の、遠いおはなしでございます。

*出演者情報久世星佳 03-5423-5904シスカンパニー 所属

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江口順也 2008年4月11日



黒髪の記憶

                      
ストーリー 江口順也
出演  片岡サチ

あなたと、ゆうべ、あんなことになって。

私にしては珍しく、こうして遅くまで朝寝しているのは、
まだ全身が重く、けだるいから。

夢だったり、しないよね?

暗がりのなかで過ごした夜がどこか信じられなくて、
からだのあちこちに尋ねてみる。

両房の胸も、乾いた唇も、あなたと絡めたはずの指からも、返事はない。

まるで一夜の出来事を隠し立てするかのように、
冷たく押し黙っている。

ひとりで考えなさい。何だか、そう突き放されたようだった。

そんなことを思いながら鏡を見ると、
乱れた髪の自分が映る。

あ。

朝の日を受けて、だらしなく光る黒髪だけが、
かけがえのない一晩を記憶していた。

よかった・・・ あなたは確かに、ここにいたんだ。

愛を重ね終え、うち伏せた私の頭を、そっと撫で付けてくれた指使い。
髪が、覚えている。

次はいつ、あんな風に激しく、私の髪をかきやってくれるだろう。

恥ずかしい、私、もう次を期待しているなんて。

あなたの服に焚き染められた香りが、
この部屋に、まだこんなに残っているのに。

乱れているのは、髪よりも、心の方。

めんどくさいですか。こんなふうに待たれるのは。

ほんとはメールしちゃいたい。
ケータイを鳴らして、留守電でもいい。声が聞きたい。

でも今は、平安時代。

女は、待つことしかできないから。
恋しさも、恥ずかしさも、ただ歌にのせて。

黒髪のみだれも知らずうちふせば
まづかきやりし人ぞこひしき

私の名前は、和泉式部。

一千年前の、この国で。

恋をわずらう、ふつうの女。

出演者情報:片岡サチ 03-5423-5904 シスカンパニー

Photo by (c)Tomo.Yun http://www.yunphoto.net

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一倉宏 2008年4月4日



君のために 僕のかわりに

                    
ストーリー 一倉宏
出演 鈴木浩介

もしも 君が ひどく落ち込んだときには
サイモンとガーファンクルが  ” Bridge over troubled water ”
” 逆巻く水を越えて 架ける橋に 僕はなろう ” という歌を
歌ってくれるから

たとえば 君が 失敗して湿っぽいときには
ボブ・デュランという詩人が  ” Don’t think twice ”
” くよくよするなよ ” つまり ” 同じことを二度考えるな ” と
教えてくれるから

もしかして 君が 不意に涙をこぼしたりしたら
あのエリック・クラプトンが ” No reason to cry ”
” 泣くべき理由はない ” という名の アルバムで
なぐさめてくれるから

君のために 僕のかわりに

あるとき 君が 人生をとても重たく感じたとしたら
イーグルスというオジサンたちが ” Take it easy ”
” 気楽にいこうよ ” と カリフォルニアの太陽のように
微笑んでくれるから

またあるとき 君が 人生を思い通りにならないと思ったら
” Que sela sela, whatever will be, will be ”
” あらゆることは なるようになるだけ ” と 
歌う歌もあるし

いいかい 君が 不安でしかたないときにも
あのビートルズが ” Let it be ” を 歌ってくれる
” あるがままに なるがままに ” と やさしく
君のすべてを 肯定してくれるから

君のために 僕のかわりに
いつだって ひとりでいるときの 君が心配だ
J・D・サウザーというシンガーが ” You are only lonely ”
” 君はただ さびしいだけなんだ ” と 肩をたたくように
歌いかけるだろう

もしも 君が 心を曇らせてしまうときには
スティービー・ワンダーの ” I just called to say I love you ”
その意味は 照れくさいから 訳さないけれど
わかるだろう

それでも 君が 孤独を感じてしまう夜には
まだ子どもだったマイケル・ジャクソンが  ” I’ll be there ”
” いつでも君のそばにいるよ ” と 心をこめて
歌ってくれるから

君のために 僕のかわりに

わかってほしい 僕がどんなに 君のことを考えているか
エルトン・ジョンが歌う ” Your song ” のように
それはぜんぶ 君に捧げる 僕の歌

君のために 僕のかわりに

それらはぜんぶ 君に捧げる 僕の歌

出演者情報 鈴木浩介 03-5423-5904 シスカンパニー

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中山佐知子 2008年3月28日



死んだ女の右腕と

                   
ストーリー 中山佐知子                      
出演 大川泰樹

死んだ女の右腕と男は暮らしていた。
女の腕は風を読むことができた。
それは季節を知ることであり、魚の群れを見つけることであり
鹿や猪の居場所を知り木の実の落ちる時期を知ることでもあった。
それは、男の単純な暮らしのすべてともいえた。
毎年、女の腕は誰よりも早く春を聞きつけ
ヒューッと口笛のような声で歌った。
それがどんなに寒い夜でも
何日か過ぎると本当に南の風が吹きはじめた。
男はその風に乗って
黒い川の流れを超えようと思っていた。
男の島をとりまく海には
遠い沖に黒潮が川のように流れ
晴れた日に丘に登ると
水平線を縁取るようにキラキラと光の帯になった。
光の帯の遥か向こうには小さな島があり
そこでは黒い石がとれる。
黒い石はたいへん貴重なもので
鋭いナイフになり、獲物をひといきで仕留める矢じりになったが
この島で黒い石を持つものは数えるほどもいなかった。
あの海に流れる黒い川を超えて
黒い石の島に渡り、望み通りの石を持って帰れたら、と
男は言った。
一日で三日分の獲物を仕留めることができる。
たとえ雨や風の機嫌が悪い日があっても…
雨や風の機嫌が悪い日があっても、と女の右腕も考えていた。
男はもう自分を必要としないだろう。
そうして、女の腕が春の歌をうたった数日後
男は本当に黒い川を渡って行ってしまった。
黒潮は北赤道海流からはじまり
伊豆七島では八丈島の沖を通過する。
黒潮は幅100kmに及ぶ海の大河であり
一秒に5000万トンの海水を運ぶ激流でもある。
黒潮にのって漁をする漁船は
現在でも強い風に遭うと八丈の港に避難する。
その春は南の風が吹いたかと思うと北風にもどり
やっと男が島にもどったのは花も終わろうとする時期だった。
女の腕は黒い石を自慢する男に言った。
石に頼るものは風の歌を聴くことはない。
男は答えた。
それでもいま自分は両方手に入れている。
女の腕は、男の話をききながら
しばらく黒い石をなでまわしていたが
やがて石をナイフの形に割ると、春の歌をうたいながら
ひと息に男の胸を刺して殺してしまった。
その女の腕は1977年、
八丈島の縄文の遺跡の中から発見されている。

出演者情報:大川泰樹 03-3478-3780 MMP

Photo by (c)Tomo.Yun http://www.yunphoto.net

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古川裕也 2008年3月21日



僕には君がわからなかった

                 
ストーリー 古川裕也
出演  片岡孝太郎

春になると、君は僕の耳元で、突然ヴィトゲンシュタインと3回ささやいた。
何日かそれをくりかえすと、今度は、エイゼンシュテインと3回ささやいた。
その完璧にコントロールされた吐息の質と量に僕は君の思惑通り興奮した。と
いうか、僕が興奮するまで君はそれをやめなかった。やがて僕の方がそれを期
待するようにさえなった。ルビンシュタインとささやかれたら興奮するだろう
か。ストラヴィンスキーだとどんな感じだろうかと。今となっては無邪気な思
い出だけれど、間違いなく言えるのは、君が僕が出会った中で飛びぬけて不思
議な女の子だったということだ。

春になると、僕たちはよくけんかをした。細かいことはいちいち覚えていな
いけれど、いちばん深刻なけんかの原因は、確か、八重洲ブックセンターの5
色あるしおりのうち、ふたりがいちばん好きなムラサキ色が一枚しかなくて、
それを取り合ったことだと記憶している。今から考えてもお互い譲れない問題
だったと思う。とくにその本が長編小説である場合、それは読後感に決定的な
意味を持つ。ジョイスを読んでるのにトルストイを読んでるような感じになる
ことすらある。それはよくない。喧嘩の決着がつかないと、君は必ず街の時計
台のいちばん上に登って降りてこなかった。春とはいっても、そこは寒い。た
ぶん。君は、またたくまに風邪をひいた。咳をしては、その振動で時計を3分
遅らせ、洟をかんでは7分、くしゃみをしては11分遅らせた。これは、街のヒ
トみんなの迷惑のみならず、僕たちが喧嘩をしていることを街中に知らせるこ
とも意味した。今となっては無邪気な思い出だけれど、間違いなく言えるのは、
君が僕が出会った中で飛びぬけて不思議な女の子だったということだ。

春になると、僕たちはよく散歩に出かけた。そうしてみると僕たちはそれな
りに似合いのカップルだったと思う。セーヌ河沿いも散歩したし、テムズ河沿
いも、テベレ河沿いも、ガンジス河沿いも、チグリスユーフラテス河沿いも、
黄河沿いも、多摩川沿いも。君は気持ちのいい春の空気に触れると必ず僕の耳
に噛付いた。しかもちぎれるまでやめなかった。ちぎった僕の耳をくわえる君
の顔には残忍さなど微塵もなく、むしろ愛情にあふれていて、僕はうれしかっ
たけれど、正直ちょっと痛かった。もういちど耳が生えてくるまで2週間くら
いかかったし。今となっては無邪気な思い出だけれど、間違いなく言えるのは、
君が僕が出会った中で飛びぬけて不思議な女の子だったということだ。

 春になると、とても悲しいことが起こる。君の17歳の妹が死んだのだ。葬儀
で妹のために自作の詩を読んだ君は美しく気高かった。今回の神様の行いを咎
める詩だった。“神様、あなたはときどきまちがえる”というような題の。美し
い喪服姿の君は葬儀が終わると僕の手をぐいぐい引っ張って行った。ある種興
奮してる様子だったので、僕のアタマの中には、エロスとタナトスとかジョル
ジュ・バタイユなどの単語が浮かんでいた。立ち止まった瞬間、ヴィトゲンシ
ュタインと耳元でささやかれると思っていたのだ。けれど、着いた先はなんの
変哲もない中華料理屋。僕がビールと餃子と焼きそばを食べてる間、君は、餃
子8人前はじめ店のメニュー全部平らげた。“悲しいときがいちばんおなかがす
くという真実を知ったわ”とか言いながら。喪服をラー油だらけにして。この
できごとで、僕はますます君を好きになった。今となっては無邪気な思い出だ
けれど、間違いなく言えるのは、君が僕が出会った中で飛びぬけて不思議な女
の子だったということだ。

僕には君がわからなかった。
こうして墓の下にいるとますますそう思う。

そして最後の春、なぜ君は僕を殺したんだろう。
あの日、あの時刻、たまたま気温が殺人に最適の19.4度になったから。
君がほんとうは猫であることに僕が気付いたから。
セックスではなく死を前にした男の耳に、
ヴィトゲンシュタインとささやいてみたかったから。
この3つのどれかの理由にちがいないと僕は思う。

出演者情報:片岡孝太郎 応援サイトはこちら http://www009.upp.so-net.ne.jp/konohana/

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小野田隆雄 2008年3月14日



花盗人 
            

ストーリー 小野田隆雄
出演  久世星佳        

 
ひな菊と呼ばれる花があります。
ひなは、おひなさまのひなで
花の姿が、かわいらしいので
こう呼ばれるのだそうです。
春になると、菊の花の形をした
小さな花を咲かせます。
この花を
英語では、デージーと呼びます。

さて、テレビがモノクロだった頃の
お話です。

北関東の赤城山が見える小さな町の、
麦畑や竹やぶが続く
町はずれに
「お花病院」と呼ばれる病院がありました。
このお医者さまの庭には、
いつも季節の花が
こぼれるように咲いているのです。
周囲は白いペンキ塗りの板べいに囲まれ、
西洋ふうの二階建てで、
赤レンガの屋根には
かわいい風見鶏がついていました。

四月の、ある日曜日の午後、
男の子がひとり、
白いペンキ塗りの、板べいの
ふし穴から、じっと、
病院の庭をのぞいていました。
視線の先には、ピンクや白い
ひな菊の花が、
おしゃべりするように
咲いています。
彼は、じっと花をみつめています。
小学校三年生の彼は
花が大好きでした。
チャンバラごっこや竹馬よりも、
花を植えたり育てたりするほうが、
ずっと好きでした。
彼は、よく、この板べいのふし穴から
庭をのぞいていたのです。
でも、今日、ひな菊を
みつめているうち、
「あの花が欲しい」と
急に、思ってしまいました。

白いペンキ塗りの板べいの一ヵ所に
門がついていて、
「本日休診」の札がかかっています。
でも、鍵はかかっていません。
建物の中は、ひっそりしていて
ひとの気配もないようです。
屋根の上で、風見鶏が、風を受けて、
カラカラ、カラカラ、鳴っています。
少年は、息をころして
その門からしのびこみました。
はうようにして、ひな菊に近づき、
むしり取るように、盗みました。
それから、後もふりかえらずに
竹やぶの陰に向かって走りました。
竹やぶの中に入り、少年は、
ほっと息をつきました。
両手でつつむように、持っていた
ちいさなひと株のひな菊は、
まるで小鳥のように
息づいているようでした。
少年の爪のあいだには、
黒い土が、びっしりつまっていました。

少年は、ひな菊を、
自分の家のせまい花壇のすみに
ひっそりと植えました。
でも、ひな菊は、根づきませんでした。
一週間もすると、しおれていき、
五月になる頃には、枯れました。
ごめんよ、と少年はつぶやきました。
花を盗んだということは、
あまり、悪いとは思いませんでした。
枯らしてしまったことが、
とても、かわいそうに思えたのです。
その日から、少年は、
「お花病院」のお花畑を
覗き見ることを
やめてしまったのでした。
そして、いつのまにか花を見ることより、
野球が好きな少年に
なったのでした。

*出演者情報久世星佳 03-5423-5904シスカンパニー 所属

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