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岩田純平 2011年10月2日



ネジ

          ストーリー 岩田純平
             出演 菅原永二

祖父はネジ屋の社長だった。
正確に言えば、ネジ問屋の社長だった。

中学を卒業してから奉公に出て、
そこで何年か修行したり、
戦争に駆り出されたり、
おそらくほかにも色々とあった後、
祖父はネジ問屋を作った。

僕の知る限り、
祖父の作った会社は
規模を拡大することも縮小することもなく、
現在も律義に大阪は立売堀(いたちぼり)に建っている。
税金の払いが明瞭で何回か表彰されたことが、
祖父の社長としての自慢だった。
自慢とは言っても、
祖父自身がそんなことを口に出すことなどなく、
その話は母に聞いた。
 
中学くらいの頃、
祖父母と観覧車に乗ったことがある。
横浜港のそばにある、
当時世界一大きかった観覧車だ。
僕と祖母は窓から外を眺め、
「小さいねえ」
とか、
「綺麗だねえ」
とか普通のことを言っていたのだが、
その時祖父は窓から
支柱のボルトやナットを見つめ、
「やっぱり硬いネジ使うとるなあ」
などと呟いていた。
ボルトやナットには記号が表示されていて、
一目でその硬さが分かるのだそうだ。
こんな高い所まで来て何を見ているのだろう、
と僕は思ったが、
自然に仕事の目になってしまう祖父は
少し格好良くもあった。

足を骨折した時もそうだった。
太ももの一番太い骨を折って
けっこう大がかりな手術が必要になり、
骨をボルトだかナットだかで
固定することになったのだが、
手術前、祖父は痛みから来る脂汗を
額に浮かべながらそのネジをじっと見つめ、
「まあ、これならええやろ」
みたいなことを言い、
安心して麻酔されて手術室に入っていった。

それから十数年。
先日、祖父の葬儀があり、
火葬された後の足の骨には、
その時のボルトだかナットだかが
きっちりと埋まっていた。
とはいえ、
癌が最終的に骨に転移した祖父の骨はもろく、
手でネジを回すとぽろぽろと崩れて、
簡単に外れてしまった。
薄い骨に不相応な長いネジ。
祖父は死んだが、ネジは残った。
「硬いネジ、使うとるなあ」
僕はそのネジを指できれいに拭い、
骨壺の中にこっそりと入れた。

出演者情報:菅原永二 http://talent.yahoo.co.jp/pf/detail/pp8894

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中山佐知子 2011年9月25日



7番めの空、或いは七つの大罪

           ストーリー 中山佐知子
              出演 山田キヌヲ

7番めの空を私は持っていたの。
7番めだけではなく1番も2番3番もあって
全部で七つの空だったわ。
でもいつからか私はいつも7番めの空を眺めるようになった。
あの空の扉を開いたら上には何があるのかなって
そんなことばかり考えるようになっていたのね。

七つの空はそれぞれが天使だったの。
或いは神さま?
ひとりでは生きていけなかった私を保護し
私を養い教育してくれた。
子供だった私は、
そのお礼にいつも空をピカピカに磨いておくって約束したの。

そのたったひとつの約束が窮屈に思えてきたのは
いつのころだったかしら。
空ときたら、ああ面倒くさいって思うだけでたちまち曇って
私の身勝手や怠慢を見せつけた。
ああ、もううんざり。
私は七つの空なんかなくても生きていける。
7番めの空のもっと先で気ままに暮らしたい。

ドレミファソラ
ピアノの鍵盤をたたくように
私は次々と空のふたを叩いて開けた。

1番めと2番めの空を開けたとき
私は自分のしていることがすっごく正しいと思った。
だっておかしいでしょ。
空は私に恩恵を与えるふりをして私を縛ろうとしているんだわ。
それって絶対におかしいでしょ。
いま思うと、
暑いから太陽はいらないってわめく子供みたいだったけど
そのときは本気でそう思っていたのよ。

3番めと4番めの空を開けたときは無気力になった。
無気力で何もやる気がしないくせに
他人のことが妙に気になって妬み深くなって
そんな自分に嫌気がさしてますます落ちこんだ。

なんとかしなくちゃ。
そう思って5番めと6番めの空を開けた。
私はチカラをもらったけれど欲深い人間になった。
自分が持っていないものをすべて欲しがったし
持っているものは誰にも分けようとしなかった。
飢えてる子供がいる国の話をきいても
親が戦争ばかりしてるからでしょ、なんて言い放っていた。

そして私は七番めの空と向き合った。
ドレミファソラの次の七番めの空。
その向こうに何があるかもうわかっている。
開けないでおくこともできるかもしれないけど
こうなってしまったら開けるしかないじゃない。
いまの私はもう自分ですらない
なにか嫌なものになってしまった気がするし
ソラの次にやってくるものを止めてくれる人もいない。

でも私思うんだけど、本当に不思議に思うんだけど
七つの空に守られて、
思えばたいして不自由もなく暮らしていた私に
空の扉を開けさせたのは誰なのかしら。
扉があることを教えたのは誰なのかしら。

ドレミファソラ….

出演者情報:山田キヌヲ 03-5728-6966 株式会社ノックアウト所属

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小山佳奈 2011年9月18日


photo by toureiff1219

pH7の女の子
            ストーリー 小山佳奈
               出演 三坂知絵子

「金魚は中性の水を好みます」

水槽をひゅるんと泳ぐ金魚を見ながら
昔好きだった魚の図鑑に書かれていたその言葉を
私は声に出して唱えてみる。

「金魚は中性の水を好みます」

酸性でもなくてアルカリ性でもなくて中性。
青色のリトマス試験紙は青色のままで
赤色のリトマス試験紙は赤色のまま。

ユカちゃんと私は同じ女子高に通っている。
中学から一緒だからもう5年目。
ユカちゃんと私は親友だ。

朝、駅で待ち合わせして学校に行って
昼、お弁当を一緒に食べて
帰りに、マックに寄っておしゃべりして
夜、電話でおしゃべりする。

髪が長くて唇のあつぼったいユカちゃんは
じゃがりこと声の高いアイドルが好きで
数学が苦手で水泳が得意。

ユカちゃんと私はただの親友だ。

そんなユカちゃんがあるとき
興奮しながら電話をかけてきた。

「わたしショウタとしちゃった」

照れながらでもうれしそうにユカちゃんは言った。
うるんだ空気がもれてきた気がして
私は思わずケータイの耳の部分をふさぐ。

ショウタっていうのは
こないだカラオケでナンパしてきた高校生のうちの一人で
あの人かっこいいねってユカちゃんは言ってたけど
私にはできそこないのアイドルにしか見えなかった。

好きなのって聞いたら好きかもって言ってた。
つきあうのって聞いたらつきあうかもって言ってた。

それから私は
レモンを毎日10個食べた。
家にあるアジシオを一瓶飲んだ。
雨の日も傘をささなかったし
おしっこを飲んでみたりもした。

でも私は男の子にも女の子にもなれなかった。
酸性でもなくアルカリ性でもなく中性だった。

ユカちゃんを守らなくちゃ。
ユカちゃんを顔だけのバカでつまらない男から守らなくちゃ。
そうだ。
ユカちゃんを金魚にしてしまおう。
水泳の得意なユカちゃんだからきっと大丈夫。

そして私は学校から帰る途中
河原でユカちゃんを突き落とした。

いま私の目の前で
水槽をひゅるんと泳ぐ金魚は
じゃがりこをあげると勢いよく食べる。

「金魚は中性の水を好みます」

出演者情報:三坂知絵子 http://www.studio-2-neo.com/

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小松洋支 2011年9月11日


スノーホワイト

          ストーリー  小松洋支
             出演 大川泰樹

容疑者が入ってきた。
ひどく小柄な男で、耳までかくれる帽子をかぶり、
季節はずれのマントにブーツをはいている。
革製の大きな袋を肩にかついでいる。
よじ登るように椅子にすわると、上目遣いに刑事を見た。

「まず住所、氏名、年齢を聞こうか」
男は黙っている。

「黙秘かね。まあいい、続けよう。
きみの容疑は、こうだ。
家出少女をマンションの一室に誘いこみ、数週間にわたって監禁した」
男は黙っている。

「しかるのち、ブラックアップルと呼ばれる薬物を大量に服用させ、
少女を昏睡状態に陥らせた。
眠った状態のままバイヤーに売り渡される少年少女はあとを絶たない。
バイヤーは闇ルートで彼らの体を金に替える。
おそらくは臓器を抜き取って外国の薬品会社にでも売るんだろう。
その金目当てできみは少女を眠らせた」

「・・・違う」
ひとりごとのように男がつぶやいた。

「ほう。口をきいたな。
どこがどう違うというんだ?」
刑事は数センチの距離まで顔を近づけて、男の目をのぞきこんだ。

「たしかにオレは、スノーホワイトにブラックアップルを飲ませた。」
喉から絞り出すような低い声で男は話し始めた。
「女友達を使ってダイエットに効く薬だと信じ込ませたんだ。
だが、金のためなんかじゃない。
やつらから彼女を守って、オレだけのものにするためだ」

「やつらとは誰のことだ?」
刑事は苛立たしげに眉をひそめた。

男は真っ青な顔で立ち上がると、革袋の紐をほどき、
手をつっこんで首をひとつ取り出した。
「こいつは卑怯なやつだった」
床に転がし、次の首を取り出す。
「こいつは冷酷なやつだった」
「こいつは嘘つき」 「こいつは金の亡者」
「こいつは淫乱」 「こいつはサディスト」
首は全部で6つあった。

「オレは、こいつらからスノーホワイトを守って、
このオレだけのものにするために、彼女を眠りの中に封印した」

壁際まで後ずさりした刑事は、怯えた表情で男を見ていた。
男はゆっくり刑事に歩み寄ると、足元からその目を睨みあげた。
「いいか。スノーホワイトはオレだけのものだ」

ゴトンと音がしてその手から革の袋が床に落ち、
袋の口から血のついた金髪の王子の首がのぞいた。

出演者情報:大川泰樹 http://yasuki.seesaa.net/  03-3478-3780 MMP

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岡野草平 2011年9月4日



7番アイアン

              ストーリー 岡野草平
                 出演 瀬川亮

こないだオレ、死んじゃって。
で、閻魔様のところで、来世は何になりたいかときかれて、
ゴルフが三度の飯より好きだったから、
迷わず「タイガーウッズ」と答えたら
まだ生きてるし無理だと。
まあ、そうだよなと。

ちょっと考えて、しょうもない人間に生まれ変わるぐらいなら
いっそと「タイガーウッズの9番アイアン」
って言ったら
意外とあっさりオーケーが出て、
そんなわけで、新しい人生、というかアイアン生がはじまった。

これが想像以上に楽しくて、
まず、アイアンなんで四六時中ゴルフなわけ。
で、打つのはタイガーなもんで、曲がらないわ飛ぶわで、
自分でゴルフやるより、全然いいなと。
むしろ、打ってるのはタイガーだけど、
球に当たってるのは、オレなんだから、
オレ凄くない?って思えちゃう。

あこがれだったオーガスタにもセントアンドリュースにも
毎年のように行けるし、こりゃ最高だ。
ずっとこのままでいられればな、
って思ってたんだ。

そんなある日、事件は起こった。
みなさんご存知の例のアレ。
タイガーの浮気だよ。
ブチ切れた奥さんは、オレを振り回して
タイガーを何度も殴って、
タイガーは前歯が2本折れたけど、オレも折れてしまった。

で、気がついたときには、また閻魔様の前にいて、
来世は何になりたいかときかれたから、
ちょっと迷って答えた。
「タイガーウッズの7番アイアン」

出演者情報:瀬川亮 http://www.weblio.jp/content/瀬川亮

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中山佐知子 2011年8月28日



トラキアの東の風の国

           ストーリー 中山佐知子
              出演 瀬川亮

トラキアの東の風の国から
久しぶりに西を旅したとき
かわいい人間の女の子に出会った。

僕はひと目で恋に落ちた。
彼女はアテネの王女だったが
僕だって星空を支配する巨人族の父と
暁の女神の母から生まれた神の一族なんだから
彼女は喜んで結婚してくれると思っていた。

ところが、なのだった。
彼女は、いやアテネの王女は
僕の背中に羽根が生えているのが気に食わないとか
若いのに髭なんか生やして年寄りじみているのが嫌いだとか
年寄りじみた格好をしているくせに
口のききかたがアタマ悪そうとか
いろいろ難癖をつけては首を縦に振らない。

おまけに、むかし僕が馬に化けて遊びまくっていたときに
美人の雌馬に片っ端から子供を産ませたことまで調べ上げている。
しかもその子供というのが神でも人でもなく
12頭の子馬だったことまで知っていて
結婚する気もないくせにやたらと怒りまくった。

プツン
僕のなかでなにかがぶち切れた。
下手に出ればどこまでもいい気になって…

僕は彼女がケチをつけた黄金の羽根でトラキアの山の頂から舞い降りて
川のほとりでノーテンキに踊っていた彼女をさらった。

彼女はあんなに泣き叫んでいたくせに
トラキアの東の風の国で僕の子供をころころと4人も産んだ。
子供のうち男の子ふたりには羽根が生えていたけれど
僕の羽根にはあんなにケチをつけたくせに
子供の羽根はむしろ誇りに思っているそぶりを見せた。

やれやれ…と、僕は思った。
やっと落ち着いて暮らせるぞ。
もともと僕は北の風を支配する武闘派の神さまなんだけど
手下の雪や霜や霰に大人しくしてろと言い聞かせ
しばらくは子育てに専念することにした。

確か紀元前492年だったと思う。
アテネから一通の手紙が舞い込んできた。
手紙はおごそかにはじまっていた。

アテネの義理の息子よ
ペルシャから我らを守りたまえ

なんだこれは…
俺はおまえらの息子じゃねえよ!
彼女と結婚するときはあれほど冷たかったアテネの連中に
いまさら用はない。

そう思ったけれど
願いを聞き届けたら神殿を建ててくれると書いてあるのを
彼女が見つけてしまった。
僕は結局ペルシャ戦争に荷担し、
ギリシャに攻め入ったペルシャの船を400隻ほど吹き飛ばして沈めた。
アテネの市民は、約束を守って
彼女がよく遊んでいた川のほとりに神殿を建ててくれたので
僕たちは風の国を出てほとんどそこで暮らすようになった。

トラキアの東の風の国はもうない。
たぶん自分の土地を捨てて人が用意した神殿に住み、
人に手なづけられ
人に都合のいい願いを受け入れるようになって
神々は滅びの道をたどっているのだと思う。

そして神がいなくなったとき
山はただの山になり、水もただの水になり
風も木も星々も
存在する喜びのようなものが消えるんじゃないかなと
僕はぼんやり考えている。

出演者情報:瀬川亮 http://www.weblio.jp/content/瀬川亮

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