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山本高史 2010年5月23日



地平線。

ストーリー 山本高史
出演 毬谷友子

つまらないわね、地平線。
いいよ、広大だよ、感動するよ、って聞いてたのよ。
だから、地平線という「ブツ」があると思ってたの。
その「ブツ」が私に何か素晴らしい体験をさせてくれる。
「ブツ」じゃないのね、線なのね、まあ、線ってついてるけど、
まさか線だけとはね。

でね、私これ、線ですらないと思うの。
空があって地面があって、それでその継ぎ目が結果的に線になってるだけでしょ?
神様は積極的にそこに線を引こうと思ったんじゃないと思うの。
神様は空と地面をつくってそこで気が済んでどこか次の場所に行っちゃって、
それを見た人間が、お、空だ、お、地面だ、おいおいあそこに線だべ、
フムフムなるほど線に見えるだべ、っていきさつだったと思うの。
地球黎明期のこぼれ話。

ま、成り立ちはどうであれ、とりあえずコヤツは線である、としましょ。
でね、線、おもしろい?線に感動する?
感動するって言ってたお友達、もともとセンスのない人だなと思ってたんだけど、
パープルにブルー合わせたりね、あの人の感覚こそ感動ね。
「街で暮らしてたら一生出逢えないから!」って涙目で言ってたけど、
出逢えるわよ、って言うか、描けるわよ、私。線だもん。
ちょっと気がついたことがあるので逆に教えてあげたいんだけど、
地平線がある=(イコール)何もない、ということなのね。
シャネルも、ヴィトンもないし、ディーン&デルーカもマクドナルドもない。
あらま、後ろ側も地平線。
シャネルも、ヴィトンもないし、ディーン&デルーカもマクドナルドもない。
あの人、こんなことも言ってたわ。
「地平線を眺めながら、その向こうに何があるか思いを馳せるんだ」
それを聞いたときの私の想像力によると、
まず地平線という恐ろしく感動的な「ブツ」があり、
地平線の手前からはその先は見えないが、
そこについてるドアを開けて向こうに行くと、
あらまこんなところに「ほにゃらら」が!ってことだったのよ。
あの人には何が見えたか聞かなかったけど、
今の私にはコーラの自動販売機くらいしか思い浮かばないわ。

ケータイ、圏外じゃない。i-phoneだから?
タクシー呼べないじゃない。さっき返さなきゃよかった。
この際だからバスでもいいわよ。バス停はどこ?バス停「地平線前」。

出演者情報:毬谷友子 J.CLIP http://www.j-clip.co.jp/

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動画制作:庄司輝秋・浜野隆幸


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小山佳奈 2010年5月16日



「地平線の向こう側、あるいは、そのこちら側」

ストーリー 小山佳奈
出演 三坂知絵子

私は
あんたたちより顔もいいし 
あんたたちより頭もいいし
あんたたちよりスタイルもいいし

だからあんたたちがたかだか教科書見せてくれないくらいで
私はあんたたちを恨んだりもしないし泣いたりもしない

私の教科書は「ニューホライズン」
あんたたちの教科書は「サンシャイン」

だから何?

窓の外にはバカみたく葉を生い茂らせる木々と
バカみたくはしゃいでる校庭の男子たちと
そんな男子を見てもっとバカみたくはしゃいでる女子たち

それを見てる私もバカみたい
今日も英語の授業はたんたんと進んでいく
何ページなのかもとうにわからないけど

隣の女の子は妹に似ている
いつも周りに取り入ってへらへら生きてる妹
私はこんどの学校でもうまくやってる妹が
正直にくくてたまらない

音読する順番がまわってくる
でも私には教科書がないから読めない

せっかく「わたなべ」って名字に変わったのに
わ行マジックもこれで終わり
たしかに新学期になって1カ月もたてば
名簿だって一巡する

ほんの少し離れたところからやってきただけなのに
ほんの少し「ありがと」のイントネーションが違うだけなのに

あぁあゲームセットノーサイド
こんなことならサボればよかった
この街に来なきゃよかった
お父さんについていけばよかった

「私はいじめられています」

立ち上がろうとしたその瞬間
すっと隣から差し出されたのは
いっぱい線が引いてある
27ページ目のサンシャインだった

「3行目」

隣の子はまっすぐ前を向いてそう言ったきり
こちらを見向きもしない

私は言われるがまま必死で読んだ
ケンだかマイクだかが今度の週末のパーティーに女の子を誘おうとしてるみたいな
そんなどうでもいい英文を必死で読んだ

気づいたら授業は何事もなかったように進んでいた
あぶら汗でにじんだ手のひらには
自分で立てた爪のあとがくっきり残る
窓の外には青葉が太陽に遊ばれて影を揺らしている

“ニューホライズン”から“サンシャイン”
新しい地平線からやっと日が出ました

って アハハ 私 サムい

そして私は無性に言いたくなった

「ありがと」

隣の子は見向きもせず言った

「へんなイントネーション」

出演者情報:三坂知絵子 http://www.studio-2-neo.com/

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動画制作:庄司輝秋・浜野隆幸


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小野田隆雄 2010年5月9日

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ホライズン

ストーリー 小野田隆雄
出演  久世星佳

地平線のことを英語ではホライズンと言う。

水平線のこともホライズンと言う。
「ですから、ザ・サン・ライジズ・

アバブ・ザ・ホライズン。

という文章は、この一行だけでは、

太陽が地平線に昇ってくるのか、

水平線に昇ってくるのか、

ほんとうはわかりません。」

五月の中旬、よく晴れた風のある日。

月曜日の午後の、英語の授業。

いつも黒いスーツを着て

ちょっと謎めいて美しい人、

英語の松島めぐみ先生が、

よくとおる声で話している。

「でも、ここに書いてあるのは、

スコットランドの草原のお話ですから、

このホライズンは、地平線ですね」

そして、この声を聞きながら、宮下順子は

いつのまにか、眠ってしまった。

太平洋に向かって砂浜が続く、

茨城県の大洗(おおあらい)海岸にほど近い、小さな町で、
順子は、この春、中学二年生になった。

その日、学校が終って、その帰り道、

順子は、ひとり歩いている。
町の北側を、海に向かって流れる川の

土手の上にまっすぐ続く、

ソメイヨシノの桜並木の道である。

桜並木は、すっかり葉桜になって

その葉陰から、風が吹くたび、

パラパラ、パラパラ、

ちいさなソメイヨシノのサクランボが

落ちてくる。でも、このサクランボを

たわむれに口に含んだりすると、

びっくりするほど苦い。

そのことに彼女が気づいたのは、

小学二年生の頃だった。
桜並木を歩きながら、順子は思った。

「水平線と地平線が同じ言葉だなんて

なぜなんだろう。

小さな島に生まれ、一生そこに住む人は、

水平線しか知らないのかな。

大きな大陸の真(ま)ん中(なか)に生まれ、

ずーっと、そこに生きる人は、

地平線しか知らないのかな。

この町では、いつも太陽は、
水平線に昇り、地平線に沈むのに。」

そんなことを、順子は思った。

はるか遠い草原(そうげん)の地平線から

恋する男が裸(はだか)馬(うま)に乗って、走ってくる。

草原のこちら側から、恋する若い女が

やはり裸馬に乗って、

若い男に向かって走っていく。

そして、誰もいない草原で

ふたりは馬の上で抱き合い、

そのまま、抱き合ったまま、草原に落ちる。

そうやって、チンギスハーンの国では、

愛を誓いあったそうだ。

そういう話を、

東京で大学の先生をしている

母の弟にあたるおじさんが、

今年のお正月にお酒に酔って、

大きな声で話してくれた。

「まあ、子供のまえで」、と

母に言われながら。


真紅(まっか)な太陽が地平線に沈む。

その光の中で、抱き合っているふたり。
桜並木が終り、海に近づくあたり、
川には長い橋がかかっている。

橋の向こうに広がる海の色は、

そろそろ深い色に沈み始めて、

カモメが白く飛んでいる。

その橋の上に、海に向かって立っている、

ひとりの女性の姿があった。

黒いスーツの、その後姿に、

もしかしたら、松島先生かなと思った。

海をみつめているのだろうか。それとも、

誰かを待っているのだろうか。

そのとき、順子は、

そこに太陽が沈むはずはないのに、

水平線の空のあたりが、

真紅(まっか)に染まっていくのを見た。

*出演者情報久世星佳 03-5423-5904シスカンパニー 所属

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動画制作:庄司輝秋・浜野隆幸


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一倉宏 2010年5月2日



東京にないもの
              

ストーリー 一倉宏
出演 高田聖子

むかし 高村智恵子さんは「東京には空がない」といった
いま よく晴れた日に 高層ビルの展望階に昇れば
東京の空も ずいぶんと広い
それでも 智恵子さんは「ほんとの空じゃない」というだろう
どんなによく晴れた日の どんな超高層ビルからも
彼女の ほんとうの 安達太良山の上の空は 見えない

会社の同僚の 落合咲恵さんは「東京には海がない」という
私は驚いて 彼女の顔を見る
「浜松町まで行って 5分も歩けば見えるあれは 何よ?」
「あれは湾 東京湾 海じゃない」と
九十九里育ちの 咲恵さんはいうのだ

東京には 隅田川も多摩川もある 神田川もある
しかし 神田川を 日本人には有名な川だ
有名なフォークソングに歌われていると紹介すると
エジプトのひとたちは笑うらしい
「これは川じゃない 側溝だ」と

東京にないもの
大阪生まれの吉岡部長は「東京には愛想があらへん」という
吉岡部長は 東京のたこ焼きにも 文句をいう

東京にないもの
 
同級生だった 玉村直之くんは「東京には友達がいない」といった
「直くんは ずっと地元だからね あっちが似合うし
 でも 池沢くんや 中里くんはどうなのよ」
「もう10年以上 年賀状もよこさん」
結婚する前 上京した玉村くんと 渋谷でお茶をした
「それだったら この私は? 年賀状出してるよ」
玉村くんは黙った それからこういった
「たとえ 大むかしでもな ほんのちょっとでも
 付き合った女子のこと 友達とは いいたくない」
それなら どうして・・・ 彼は私を・・・ 
呼び出したのだろう?

去年の連休は 夫の実家で過ごした
休みが終わる日 帰り支度をしていた朝
夫の祖母が畑から ごっそりと野菜を運んできてくれた
「そんなもん 
 東京には ねーもんなんか ねーだわ」
祖父が そういって笑った
「いえいえ こんなに自然な野菜 うれしい」と 私はいった
まがったキュウリ すこし小ぶりのトマト
東京にも ないわけじゃない 無農薬とか謳う店に

案の定 渋滞した高速道路
実家の 父母祖父母の前では あんなにおしゃべりで
機嫌のよかった夫が 押し黙る
ないものはない 東京に 帰る途上で
ないものなんてない 東京が 近づくにつれ

「しまった」 と 夫が舌打ちした
「何 忘れもの?」 と 私はきいた
「あした 7時から早朝会議だった 6時には出ないと
 ・・・起こしてくれよ」

東京にないもの
東京にないもの

出演者情報:高田聖子 03-5361-3031 ヴィレッジ

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中山佐知子 2010年4月25日



犬の学校の優等生は

ストーリー 中山佐知子
出演 大川泰樹

  
犬の学校の優等生は「巻き毛ちゃん」と呼ばれていた女の子だった。
小柄でおとなしく、忍耐強い性格だった。
犬の学校で学ぶことはふたつだけだった。
どんなときでも落ち着いていること。
そして、運命に従うこと。

路地裏でお腹を空かせていた孤児の犬が集められ
食べものと家をもらったのだから
誰だって先生のいうことをききそうなものだけど
ケンカをする犬もいたし、逃げ出す犬もいた。
けれども巻き毛の女の子だけは争いに加わったことがない。

学校では犬に宇宙飛行士の訓練をしていた。
ロケットを操縦することができなくても
医学や力学を学ぶことができなくても、
宇宙というものの存在を知らなくても、
狭いカプセルでじっとしている忍耐と落ち着きがあれば
宇宙へ行くことができるらしかった。

どうして犬なのだろう。
僕はいまでもときどき考えることがある。
どうして、地球の生き物のなかで
犬が最初の宇宙飛行士に選ばれたのだろう。

きっと、犬は人間の家族だからだ。
路地裏の孤児に食べ物を与え、
頭を撫でてかわいがっていた人たちは
きっと自分の家族を送り出す気持でロケットに乗せたに違いない。
そして家族だから、こんなことをしても許してもらえると
思ったに違いない。

犬の学校の優等生が乗った人工衛星スプートニク2号は
灯油と液体酸素を燃料にしたロケットで運ばれて
1957年の11月3日の日の出のころに
赤紫に染まった空に昇っていった。

それは、無重力の宇宙で
地球の生物が生きられるかどうかの実験だったから
「巻き毛ちゃん」のカラダはところどころ毛を剃られて
呼吸や脈拍を測るセンサーが埋め込まれていた。
そのセンサーは、打ち上げの日の太陽がまだ沈まないうちに
「巻き毛ちゃん」が死んだことを伝えたけれど
その原因が無重力のせいでないとわかって
先生たちはきっと安心したと思う。
犬の学校の優等生だった「巻き毛ちゃん」は
人工衛星の断熱材が剥がれた暑さのなかで死んだのだ。

どっちにしても人工衛星は地球に帰って来れないのだから
何日もかけて死ぬよりも数時間で死んだ方が
ラクだったかもかもしれない。

打ち上げから5ヶ月と1日たった春の日に
カリブ海で目撃された大きな流れ星が
犬の学校の優等生とその子を乗せた人工衛星が
地球に落ちて燃えた姿だったそうだ。

出演者情報:大川泰樹 http://yasuki.seesaa.net/  03-3478-3780 MMP

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佐倉康彦 2010年4月18日



保健室、という家

                           
ストーリー さくらやすひこ
出演 高田聖子

3限目がはじまって、少し経つ。
体育館からは、
ドリブル音とバスケットシューズが
床に擦れ合う音が散発的に
漏れ聞こえてくる。
普通なら青臭くさい嬌声なども混じり、
溌溂とした活気のある音のはずが
まったく覇気が感じられないない。
弛緩し切った無気力な雑音にしか
聞こえてこないのは、
進学組と呼ばれるA組のヤツらの
授業だからだ。

いつものように私は、
眉の手入れをはじめる。
ムダに早い始業時間のせいで、
朝はそんなケアをする余裕などないし、
かといって通勤電車の中で
化粧をするほどのコンジョーもない。
午前中、この部屋に客が比較的、
少ない時間帯が狙い目だ。
洗い立ての白衣を着た年増のコスプレ女が
思わせぶりに脚を組んで鏡をのぞき込んでる、
ように見えなくもないか…

今のこんな姿を、
いつも何かに忙殺されている
教頭にでも見つかったら、
あのオッサンの仕事を、
また増やすことになるし、
ツマらん妄想のネタになるので、
カーテンは閉めたままだ。
その向こう側は、
今の私には強すぎる春の光が溢れてる。
ホント、眩しすぎるぜ青春。
ベッド廻りの間仕切りカーテンは
逆に引き開けられている。
ベッドは、もちろんもぬけのから。
朝礼の時にぶっ倒れた進学組のコゾーが
さっきまでマグロになっていたが、
とっとと早退していただいた。
コゾー特有の甘ったるい匂いが
シーツに残らないよう
掛け布団は剥いだままにして整えてある。

いかにも無難で退屈なおばはんバッグから
コスメポーチを取り出す。
ババくさいバックには不釣り合いなほど、
妖しくド派手なポーチは、
中国系アメリカ二世の女が
立ち上げたブランドのものだ。
この女のことが私は好きだ。
ブランドが好きというより
この女の顔が好きだ。
とくに目がいい。
上手く言えないが、
何か怨嗟を感じるというか、
硬くて冷たい意志を感じるからだ。
そんな女のつくった
アイブロウライナーを取り出し、
右側の眉にさっそく取りかかる。
我ながらうまくいったな思いながら
左の眉に取りかかろうとしたとき、
身体検査のお知らせポスターが貼られた
ドアが音もなく引き開けられる。

また、あのコだ。
私は、鏡の前で脚を組みブロウライナーを持ち
左眼をつぶり口を開けたままの状態で固まる。
まるで笑えないトーキョー者のコントだ。
そんな私を見て、
彼女は左側の口角だけを引きつるように
持ち上げ声もなく嘲笑っている。
春から、このガッコーに入った新一年生ってやつだ。
入学式から2週間、
毎日この時間になるとやって来る。
入学式の当日ですら、
式を途中で抜け出して保健室を探し回った強者だ。

「へたくそ…」
挑むように言葉を選び、
私のそばに、
ささくれだったひと言を投げ捨て遺棄する。
目は笑っていない。
この化粧品つくった女の目と同じだ。
半分だけ描かれた眉のまま私は脚を組み直す。
どんなに大人を気張ったところで、
片眉の私に勝ち目などあるわけがない。
「ベッド、空いてるよ」
彼女の方を見ずに鏡をのぞき込み
左の眉に取りかかる振りをする。
                    
彼女は黙ったままベッドへ向かい               
私を拒絶するように間仕切りのカーテンを強く引く。             
安物のベッドのスプリングが軋む音がする。
間仕切りの向こうの様子を片眉のままじっと窺う。
そんな私を見透かしたように
カーテンの向こうの彼女が喋り出す。
「おかあちゃんのせいで、
毎日、寝不足や、
なんでアンタのお弁当まで私がつくるん?
お昼なったら起こしてな!
きょうのおかずは、
ちなみに卵焼きとタコさんウインナーです」 
一気に喋り終えると、
もう、寝息らしきものが聞こえてきた。
カーテンをそっと開けると
カラダを丸めるように背を向けて眠っている。
                    
鏡の前の片眉の私の目は、
眠る彼女の目にそっくりだ。
でも化粧は、圧倒的に彼女の方が上手い。
このコスメポーチも娘から誕生日に貰ったものだ。

3限目の終わりを告げるチャイムが鳴った。
あと1限でお弁当だ。

出演者情報:高田聖子 Village所属 http://www.village-artist.jp/

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