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坂本和加 2014年2月9日

某日日記

       ストーリー 坂本和加
          出演 西尾まり

2月某日
ひさしぶりに、本棚の整理をしようと思いたつ。
我が家の本棚は、誰にも言ったことはないが、
本のタイトルでジャンル分けされている。
右から、むしゃくしゃした気分のとき、
くじけそうになったとき、気を引き締めたいとき、などなど。
こないだ買った本「皇帝ペンギンの憂鬱」は、
少し悩んで、そっとエロスのところにしまう。

2月某日
ほっとしたくなる。
たとえば、春を探しに散歩にでるとか?
すてきな提案をしたような気分になり、外へ出る。
外は曇天で北風強く、すぐさまカフェに入る。
ふと、春の気持ちになる。
待たれているだけならまだしも、
こちらはしびれを切らして、春を探し出そうとさえしている。
春はひとつも気が休まらないことだろう。
春よ、すまなかった。そんな気分でコーヒーをすする。

2月某日
小学校からの大親友、キタッパマンが
イチゴ(とちおとめ)をもって家に遊びに来た。
しかしイチゴを持ってやってきたひとというのは、
なぜこうも誇らしげな顔をしているのだろう。
まさかイチゴを持ってくるとは思わなかったでしょう、的な。
すごく、くやしい。わたしもあんな誇らしげな顔をしたい。

2月某日
ここ数日、イチゴのことを引きずっている。
いまわたしは、負のオーラにつつまれている。
はい、そのとおりです。
そんな風には誰もいってくれない。自分でもわからない。
本棚の「気分をかえたいとき」のコーナーへ行く。
しばらくタイトルをながめて、満足する。

2月某日
そろそろ娘のひな人形を用意しなければ。
義母に、節句はどうしますか?
というメールを出そうとして、「せっ」と打ったら
かってに変換されて、セックスはどうしますか?

2月某日
娘が舌打ちをはじめた。
タン! タン! と軽快に打っている。
なんとも楽しそうな舌打ちに機嫌を良くし、
出かける当てもなく買っておいたイチゴ(とよのか)を与えてみる。
もくもくとイチゴを食べはじめた娘に、
これはあなたがはじめて食べる、イチゴという名前の果物で、
みんなが種だと思ってるそのツブツブが、
本当は実の部分なのよ! という気持ちで
「イーチーゴ!」と言う。10ヶ月の娘である。

出演者情報:西尾まり 30-5423-5904 シスカンパニー


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井田万樹子2014年2月2日

奥さんが、
このホットドックだと、しますよね?

        ストーリー 井田万樹子
           出演 池田成志

え?
いえいえ、たとえばの話ですよ。
私は医者として、できる限りわかりやすく、
患者さんや御家族に説明しようと心がけていましてね。
あ、ご主人、こちらが手術同意書ですので、サインをお願いします。
いやいや、それほど心配されなくても大丈夫です。
奥さんの手術は、本当に簡単な手術ですから。

えーっと、どこまでいったっけ?あ、そうそう、
奥さんが…このホットドックだと、しますよね?
うん、ここが奥さんの顔です、このパンの、
この、ちょっと潰れてますけどね。
で、このソーセージをはさんでるパンの、こっちが…右の腎臓、
で、こっちが、左の腎臓です、おっとっと…ケチャップかけすぎた…
あ、しまった、ムシャムシャ、食べちゃった、
いや、すみません、これね、駅前のパン屋なんですよ。
古い潰れかかったような店なんですけどね、
老夫婦が2人でやってましてね、
なかなかどうして、ムシャムシャ、うまいんですよ、
あ〜もう…じゃあ全部、食べちゃいますね。
おい!ちょっと!(口いっぱいに、ほおばりながら)
そこの袋、もってきなさい。おい、それ、それ、うん、その袋!

失礼、…えーっと、…もう一回やりますね。
あった、あった、これならわかりやすい。

ほら、
…すごいでしょう?
いまどき、こんな大きな豚肉が入ってるやきそばパンはないですよ。

これ、駅前のパン屋なんですけどね、
老夫婦が2人でやってましてね、
あ、さっき言いました?…失礼、失礼。
このパンが、奥さんの腎臓だとしますよね?
こっちが右の腎臓、こっちが左の腎臓、
で、この、やきそばが…奥さんの尿管だとする。
この、やきそばのここ、ここらへんにね、
これくらいの大きさの、豚肉が…
いや、違った、
石だ、石があるんですよ、
ちょっと大きすぎるな…
あー、もう1回、やり直すか。

あれ?なんですか?
…そんな怖い顔して。
…え?なぜ、やきそばで?
説明するのか?
あ、やっぱり?
…キャベツのほうがいいですか?
え、ちがう?
キャベツも嫌?
だったら、あとは…紅ショウガか、青のり…
ちょっと、ちょっと、そんな!
病院で大きな声を出さないでくださいよ。
わかりました、わかりました!わかりましたよ!

イチゴにしましょう。

イチゴならいいでしょ?
奥さんが、イチゴだとする。
ね?
おーい!
いちごクリームサンド、持ってきなさい!

出演者情報:池田成志 03-5827-0632 吉住モータース

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中山佐知子 2014年1月26日

秋山郷のマタギは

        ストーリー 中山佐知子
           出演 大川泰樹

秋山郷のマタギは秋田に端を発する。
秋田の北にあるマタギの集落から山また山を越え
1000km近い旅をするマタギのひとりが
秋山郷のある家に婿入りをした。
200年近い昔のことだった。

すると秋田から
婿入りしたマタギをたずねてきた男があった。
男はマタギの息子だと名乗った。
息子も秋山郷の家に婿入りをし
これによって秋山郷にマタギの血脈が生まれ、
同時にマタギの道具、マタギの言葉、
マタギのしきたりも伝わったのだった。

秋山郷は山また山に囲まれ、熊やウサギ
昔はカモシカなどの獲物が多かったが
村の人々は山の斜面を耕しては
粟や稗をつくって暮らしていた。
山の獣を殺すことがあっても
それは畑を荒らす害獣として罠を仕掛けた結果だったので
狩猟のプロであるマタギが村に住み着くのは
大いに歓迎されたに違いなかった。

さて、秋田のマタギの息子から数えて三代めに
山田文五郎という人があった。
生まれついてのマタギと誰もが言う人で
熊を撃つ名人だったが
大正三年の大雨のとき山から鉄砲水がきて家を流され
新しい家を建てるための借金をすることになった。

借金を頼まれた人は文五郎にたずねた。
「貸してもいいが、どうやって返す」
文五郎は、猟で返すと答え、
その冬から雪を押し分けて毎日山へ入った。
そうして1年もしない間に
借りた金の倍も稼いでしまったのである。

粟や稗で食うや食わずの暮らしをしている人々は
驚きの目でそれを眺め、
やがて文五郎の弟子になる人があらわれはじめた。

マタギは本来山を神と崇め、
山の王である熊に尊敬と愛情を抱いている。
だから自分が暮らせるだけの獲物を獲ったら銃を置く。
しかし、その冬
文五郎は借金を返すためにいつもの何倍も獲物を撃った。
山の神さまはマタギの天才にそれを許したのだろうか。
秋山郷の人々がマタギの文化を習うようになったのは
この事件がきっかけといえるからだ。

秋山郷では猟のために山に入ることを
「山をさわぐ」という。
山の神さまのお膝元を荒らしているという考えだ。
山さわぎをして熊を仕留めるとこれを村まで曳いてきて、
一片の肉も無駄にすることなく解体する。
村人が集まり、熊まつりが行われる。
人々は祝いを述べ、熊の内臓の汁をふるまわれる。
山の神さまには餅をまつって祈りを捧げる。

マタギは獲物を苦しませて殺してはいけない。
それが山の神さまへの礼儀なのだという。

出演者情報:大川泰樹(フリー) http://yasuki.seesaa.net/

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中島英太 2014年1月19日

大きな山

      ストーリー 中島英太
         出演 地曵豪

今回この原稿を書くにあたって、いただいたテーマが「山」。
山、山、うーん、なんかないかなあ、山。
ということで、
「中山さん」の話をひとつ書きたいと思います。

この東京コピーライターズストリートの主催者であり、
演出もされている中山さん。中山佐知子さん。
僕なんかが語るのがおこがましいくらいの、
ラジオの巨匠ですね。
それこそ山です。

以前、取材を兼ねて、
中山さんとウイスキーの蒸溜所へごいっしょしたことがあります。

そこでは、元ブレンダーだった方がつきっきりで、
ウイスキーづくりのいろはを教えてくださいました。
僕たちは、蒸溜所の中をまわりながら、
いろんなウイスキーを試飲させていただきました。
10年物。20年物。30年物。

それだけでも感激ものですが、
最後になんと一樽ウン千万円という貴重なお酒を
いただいたんです。
街のバーで飲んだら、えらいことになります。
たぶん一生飲むことはないですが。

ほろ酔い気分の僕は、
ああ本当にいい経験をさせてもらったなと
しみじみしていました。

そしたら。
中山さんが蒸溜所の方に言ったんです。

「やいやい、もっといいの、隠してるんだろー」って。
ニヤリと笑いながら。
私の眼はごまかされないぞーって。

僕は、この人、なんて大胆なこと言うんだろうと、
一瞬酔いも覚めました。

そしたら、言われた方、ギョッとした顔をした後に、
「いやあ、参りました!」
と笑いながら、奥のほうからラベルのないウイスキーを持ってきて。
特別ですよ、と言いながら、飲ませてくれたんです。
最高でした。

その後も、みんなでいろいろ飲みました。
蒸溜所の方もニコニコして、
裏話なんかも聞かせてもらえました。

すごく勉強になりました。
取材って、こういうことなんだと。
ふつうの、ちょっと先に、宝物は隠れている。
そこまで掴み取って、はじめて取材だと。仕事だと。
そこまでやるから、いい企画の種になる。
自分は全然ぬるかった。

そんな中山さんのお話でした。
中山さんは、やっぱり、大きな山です。

ところが。

以上のような原稿を中山さんに送ったところ、
僕のまったくの勘違いだったことが判明。

どんなモルトを飲んでみたいですか、
という蒸溜所の方の問いかけに、中山さんは、
「あなたがいちばん好きなモルトを飲みたい」
とお答えになったのでした。
そして出てきたのが、先ほどの超絶ウイスキーだったわけです。

ものすごく失礼な勘違いをしてしまいました。
普通なら激怒されても仕方ない間違いです。

でも、中山さんは、やさしく指摘された後に、
ほらほら、これ見て思いだして、と
その時の写真を何枚か送ってくださいました。
そして、
素晴らしいウイスキーでした、まだ味を覚えてますもんね、
とおっしゃるのでした。

中山さんは、やっぱり、大きな山です。

出演者情報:地曵豪 http://www.gojibiki.jp/

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福里真一 2014年1月13日

外国からのお客さまのために

        ストーリー 福里真一
           出演 大川泰樹

東京が、他の海外の大都市と似たような近代都市だと、
外国から来たお客さまが、
がっかりするのではないか。
という議論は、
すごい勢いで、盛り上がりを見せた。

2014年、江戸復活法案、可決。

多額の国家予算をつぎこんで、
東京に、江戸の街並みを大規模に復元することが、決まった。

6年後に向けて、
急ピッチで、ビルが倒され、高速道路が破壊された。

まるで、戦後の焼け跡のように、
何もなくなった東京に、
今度は、木造の江戸の町が、
信じられないスピードで復元されていく。

もちろん、各競技場は、超現代的なデザインだったから、
背の低い家が立ち並ぶ江戸の街並みと、
突然ところどころで姿を現す、巨大競技場の対比は新鮮で、
これなら、外国からのお客さまたちも、
感嘆の声をあげてくれるだろう、と思われた。

忘れられていたのは、
江戸の名物は、火事だ、ということ。

2020年、世界的イベントを半年後に控えた、
2月のある日、
一軒の家の火の不始末から燃え広がった火事は、
おりからの北西の風にのって、
瞬く間に、
新しい江戸の町を、焼き払った。

その翌日、
黒こげになり、
何もなくなった、東京、あるいは、江戸の町の向こうには、
富士山が、
かつてないほど、くっきりと見えたという。(おわり)

出演者情報:大川泰樹(フリー) http://yasuki.seesaa.net/

  

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小野田隆雄 2014年1月12日

名月、赤城山
     
      ストーリー 小野田隆雄
         出演 水下きよし

20代の終り頃、古い街道を歩くことを趣味にしていた。
9月の終りに、赤城山の見える宿場町の小さな民宿に泊った。
二階の部屋だった。
妙に暑い日で、夜になっても、やけに蚊が多かった。

寝る前に冷や酒を注文して飲んでいた。
つまみはカラシ菜という、ほろ苦い葉で、
ゆでてカツオブシがかけてあった。
おぼろ月夜で、ガラス戸の外には赤城山の大きなシルエットが
青く見えた。

そのとき、民宿のおカミさんが階段を昇ってやって来た。
そして言った。
「カヤでもつろうかね」
そして白いカヤをつり始めた。
私は窓ぎわに茶ぶ台を寄せて飲んでいた。
カヤをつりながら、おカミさんが言った。
「このカヤは、バカな息子が使っていてね。
 いまは、池袋にいるんだけど、さっぱり帰ってこない。
 ヤクザなんだ。マツバ会に入ったとか、組を出たとか、
 そんな噂ばかりさ。ほら、カヤつったからカヤの中で飲みな。
 セガレも、そうやって飲んでたよ」

茶ぶ台をカヤの中に移して、また飲んでいると、
おカミさんが、もう一本トックリを持ってきてくれた。
そして言った。
「昔、国定忠治が赤城山でつかまって、藤丸かごに乗せられてさ、
 この街道を通ったのさ。
 そのとき、うちの祖先が忠治に、水を飲ませてやったんだけどね
 実は水じゃなくて酒だったんだ。
 そのせいかねえ、この頃、セガレの夢を見るのさ。
 セガレが藤丸かごに乗せられて、
 両手をしばられて家に帰ってくるんだよ。変な夢だねえ」

私はおカミさんに、一緒に飲みませんかと言ってみた。
おカミさんはアハハと笑って階段を降りていったが、
しばらくすると、トックリをもう一本と、
ヤマメを焼いたのを持って昇ってきた。

それから二人でカヤの中で、酒盛りをした。
「明りを消してさ、月明りで飲もうかね。いいもんだよ。
セガレもそうやっていた」
それで、電燈を消して、月明りで飲んだ。
ガラス戸の外に赤城山が、月の光のせいか、
ものすごく近く見えるようになった。
「ほら、いいもんだろう?」
とおカミさんが言った。
茶ぶ台をはさんで、差し向かい。
おカミさんは、かっぽう着から、
長袖の白いワンピースに着替えていた。
「さあ、飲んだ、飲んだ。おしゃくするよ」
おかみさんが言った。

そのとき、ガラス戸の外で、五位さぎという鳥が、
「ギエッ、ギエッ」と鳴いて飛んでいく声が聞えてきた。

出演者情報:水下きよし 花組芝居 http://hanagumi.ne.jp/


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