アーカイブ

安藤隆 2013年6月2日

ドロドロドロンかよ

     ストーリー 安藤隆
        出演 原金太郎

 炭の煙がけむたいという話になったとき、
「煙が目にしみる」という歌が頭に浮かんで、
離れなくなった。
 煙が目にしみるって、煙突から煙が出てい
る風景をいつも思い浮かべていた。スモッグ
に覆われた街の空が、心の曇った風景と重な
って涙がでる、とかいうことかなと思ってい
た。歌詞はどうなってるんだろう。そしたら
手伝いの桜ちゃんが調べてくれた。スマート
フォンで。煙突じゃなかった。
 一番では「気持ちが燃えあがったその煙で
目がかすんでるだけさと、人は言う」
 二番では「燃えつきちまった恋の炎の煙が
目にしみるのさと、おいらは言う」
 恋の煙というわけだった。な〜んだ。
「柴田さんねえ、プラターズだもん、恋の煙
だよ」カウンターの向こうから、鳥平親父が
言っている。
「恋の煙ってなんだよ。恋は炎まででしょう。
恋と煙は結びつかないよ。ねえ中日さん」
「大将に一票だね」プロ野球スカウトの中田
さんが、にやにやしながら答えた。「とうぜ
ん恋と結びつくよ。プラターズだもん」
「恋の煙だと思った」桜ちゃんまで言う。
「返事おそいすね。あらんドロン! で決ま
りすよね」若手の滑田くんがぼそっと口にだ
した。きょうは先日の提案の結果がでるはず
で、いくらか楽観しながら、連絡を待ってい
た。
「どうせ目にしみるなら、備長炭の煙がいい
わ」滑田くんには答えないで、もともとの炭
の話にもどした。
「備長炭は、あんまり煙でないんだよ。ね大
将」中田さんが言う。
「そんなら鳥平は備長炭じゃないんだ、煙も
うもうで」とわたし。
「うちは備長炭使ってるなんて、一言も言っ
てないもん。あんなの、ニセモンばっかり」
鳥平親父が言った。
「このごろ無煙ロースターの焼き鳥屋、あり
ますよね」滑田くんが横入りする。
「多いよ」と鳥平親父。
「地元の駅前にできた焼き鳥屋、無煙ロース
ターでした。おいしかったすよ」と無煙ロー
スターなど持ちだして、話に水をさす滑田く
ん。
「煙がでないなんて、焼き鳥屋の風上にもお
けないなあ」いつも微妙に軽視されている若
手に微妙に反発する。
「だからあ、備長炭も煙はでないんだって」
と中田さん。桜ちゃんがくすっと笑った。
「なんだよビンチョウタンって。ビチョウタ
ンでいいじゃねえかよ」みんなグルのような
気がした。
「ことし中日だめだねえ」
 鳥平親父が中田さんに言っている。
「今シーズンは、負けりゃいいんです。負け
て総取っ替えすりゃ。地元選手ばっかりとっ
てるから、こういうことになる」
「テレビでみたけどベンチが暗いやね。あれ
じゃ勝てっこない。わるいけど」
 滑田くんが、携帯でなにか話しはじめた。
話しながら席を立って店の外に出る。でもぜ
んぜん別の電話かもしれないし。
「桜ちゃんは大学何年?」とわたし助平なこ
と聞いている。滑田くんが店内に戻ってきた。
「ちょっと会社もどります」鳥平親父に言う。
「どうしたの」とわたし。
「ドロドロドロンみたいっす」
 後ろも見ずに煙の向こうへヒューと消えた。
「おれも、もどるわ」わたしは言った。なに
しろドロドロドロンじゃたいへんだ。

出演者情報:原金太郎 03-3460-5858 ダックスープ所属

Tagged: , ,   |  コメントを書く ページトップへ

中山佐知子 2013年5月26日

どこでもドア

    ストーリー 中山佐知子
       出演 高田聖子

月曜日、玄関のドアとケンカになった。
古くて建て付けが悪くなったせいかドアは頑固だった。
なかなか開かないし、開いたら閉まらない。
その日は私も虫の居所が悪く、急いでいたこともあって
開かないドアに蹴りを二三発食らわしてしまったのだ。

「何すんねん。」ドアは怒った。
「あんたが悪いんやろ、この老いぼれ」
口論になったが
ドアのやつが大きな口を開けて怒鳴るので
私はその口に飛び込んで外に出ることができた。
鍵もちゃんとかけたのでドアは静かになった。

その夜のことだった。
家に帰ってドアを開けると、いきなりトイレだった。
トイレのドアを開ける台所だった。
台所のドアを開けると外に出てしまったし
同じドアから戻るとこんどは暗くて狭かった。
わあぁ、どこや、ここは。
クロゼットの中だった。

えらいことになった。
テレビを見たいのにバスルームに入ってしまう。
もう寝たいのにパジャマのまま外に出てしまう。
家中のドアが「どこでもドア」になっていた。
しかもそのドアは好き勝手なところに私を連れて行く。

翌朝から私は用心深くなった。
一泊用のカバンを用意し、着替えと化粧道具を詰めた。
朝起きて寝室を出ると
もう一度着替えに戻れないかもしれないからだ。
風呂に入るときもバッグを持って入り
出る前に服を着ないとハダカで外に出てしまう危険があった。
トイレもめぐり会えたときに済ませることにして
部屋から部屋の移動を最小限に抑えた。

土曜日は先輩が遊びに来ることになっていた。
駅まで迎えに行って家に着くまで
「何があってもびっくりせんといてくださいね」と
何度も念を押したにもかかわらず
先輩はまわれ右してすみやかに帰って行った。
その日は玄関を開けたらいきなりバスルームで
しかもシャワーから水が出っぱなしだったのだ。
私は角(かど)まで追いかけて行って
悪気があるのはドアで私ではないと申し開きをしたのだが
先輩は凄い目で私を睨み、濡れた髪をハンカチで拭きながら
「早よう水止めんと勿体ないで」と捨て台詞を残して去った。
私は、こんな事態ではあるけれど
男のくせにそんなことを口に出す先輩がちょっとイヤだと思った。

それから家に帰って、私は窓ガラスを磨いた。
それはドアに見せつけるためだったが
窓は大喜びで私に忠誠を誓った。

月曜日、私は窓から出て仕事に行った。
戸締まりしといてやと声をかけると、窓の鍵は勝手に締まった。
夜、仕事から帰ったら玄関のドアに窓がついていた。
トイレのドアにもバスルームのドアにも必要なときは窓ができた。
「どこでも窓」の出現だった。
いや、よく考えるとそうではない。
ドアはこの家の部屋と部屋のつながりをパズルのようにしてしまうが
窓はそれを正しく戻してくれるのだ。
台所からパスタとサラダをお盆にのせて
トイレを経由せずにリビングにたどり着くってなんて幸せなんだろう。

しかしそれは長続きしなかった。
「どこでも窓」は窓拭きを忘れるとすぐに拗ねてしまう。
すると、その隙を突くように「どこでもカーテン」があらわれた。
カーテンの次は「どこでも絨毯」だった。
その絨毯にお茶をこぼして険悪になった日の夜、
会社から帰ると玄関には絨毯ではなくカーテンでもなく、
ドアが戻っていた。

「久しぶりやんか」
思わずドアに話しかけてしまった。
ドアは黙って私を通してくれた。
ドアを開けるとトイレでも寝室でもなく、ちゃんと玄関の中だった。
右にはちゃんと下駄箱もある。
私はただいま〜と大きな声を出しながら靴を脱いだ。

出演者情報:高田聖子 株式会社ヴィレッヂ所属 http://village-artist.jp/index.html

  

Tagged: , ,   |  コメントを書く ページトップへ

古川裕也 2013年5月19日

彼らは成長した

       ストーリー 古川裕也
          出演 大川泰樹

出張から帰った木下が、まず気づいたのは、
空気が少し黄色いことだった。
次に、自分に3本目の足が生えていることに気がついた。
場所は、へそのすぐ下。長さは、膝より少し下くらいまである。
おそらく生えたばかりだろう。少し青い。
歩いてみると、当然、股間の前でちょっとした棒が
ぶらぶらすることになるのだが、
歩行のリズムに合わせてぶらぶらするので、別段不都合なこともない。
両手両足の2次元のリズムより今回の3次元のリズムの方が心地よいくらいだ。
モノレールを降りて久しぶりに日本の街を歩いた木下は、
3本目の足をぶらぶらさせて、むしろとても気分がよかった。

翌日、木下と共に出張していた浅尾が帰国した。
出社した彼は顔のまんなかをエレベーターの上枠にぶつけ、
鼻血を出していた。背が伸びたのだ。
本人の申告によれば、6センチほど。彼は47歳である。
帰国する飛行機に乗るときは、気づかなかった。
3時間半ほどのフライトの間に6センチ伸びたことになる。
かっこよくなったかと言えば、残念ながらそうでもない。
伸びたうち、5センチは顔の部分なのだ。
少なくとも日本において、あまり見かけるプロポーションではない。
すれ違う人々は、3秒くらい浅尾の顔を見つめ、
そのあと2秒で全身をさっと見渡した。

その翌日、島田が帰国した。木下、浅尾と同じ出張先だった。
島田は、腰の少し下くらいまで、髪の毛が伸びていた。
とてもきれいに。レゲエ的ではなく、シャンプーのCM的に。
彼は、久しぶりの出社を気持ちいいものにするために、
とっておきの濃紺のアルマーニのスーツを着ていた。
頭部が急激に重くなり、少しだけ歩きにくそうだったけれど。

島田は営業である。当然すぐ床屋に行った。
だが、無駄だった。翌朝目覚めると、
彼の髪は、帰国直後とほぼ同じ長さになっていた。
営業として、島田には試練の日々が続くだろう。

彼ら3人は、出張中、ほぼ同じものを食べていた。
いちばんおいしくて、いちばん印象に残ったのは、
北京ダックだったと、3人とも言う。
日本で食べるのとは全然ちがって、本格的な味だったと口を揃える。

残念ながら、その味の違いは、
高級な材料だったからでも料理の仕方によるのでもなかった。
3人が食べた鶏には、成長ホルモンが注入されていたのだ。
とてもとても強力で、すごくすごく大量のそれが。

彼ら3人は、今、会社のなかの秘密の部署にいる。
半透明の扉の向こうにデスクを与えられ、
人目に触れずにすむ仕事を黙々とこなしている。

出演者情報:大川泰樹(フリー)http://yasuki.seesaa.net/

  

Tagged: , ,   |  コメントを書く ページトップへ

直川隆久 2013年5月12日

最後のマナー

       ストーリー 直川隆久
          出演 水下きよし
       
最後に言いたいこと…そうですな。
 
ま、この期に及んでこんなお話で大変、恐縮なのですがね。
前から、疑問に思っていることがあるんですな。
よろしいでしょうかな?

ほら、あの、ビルの入り口なんかで、ガラス扉、ありますな。
手で押したり引いたりするもの。
あれでときどき非常に困るのです。
いや、押しても引いてもよい、いわゆる両開きドアならよいのです。
問題は、どちらか一方にしか開かないドアで、
しかも、こっちから押さなければならないときですな。
困るでしょう。
 
…分かりませんか?
つまりね、私がドアの前に立ち、今まさにドアを押そう…というときに、
向こう側に誰かが立っていることがある。
まさにそれが見えるわけです。ガラスですからな。
そのとき、マナーに適ったふるまいとは如何なるものなのか…
これが私の長年の疑問でして。
イメージしていただきたい。私が相手のためにドアを開けるとですね…
相手としては、ドアが目の前にわっと、こう、迫ってくるので、
いったん後ろへ下がらなければいけませんね。
じゃあ、私が開けないとしたら。
私がそこでドアにかけた手を下ろしたら、どうなります?
「お前が開けろ」という意思表示になりますね、これは。明らかに。
しかも、ドアのまん前に突っ立っておれば相手とぶつかりますから、
一歩下がることになる。
「さあ、待ってるぞ、お前が開けるのを」という感じですね。
これは、尊大ではありませんか。
特に、鉢合わせの相手が妙齢の女性でしかもドアが重たかったりすると、
この問題が先鋭化しますな。
男性としてはハラスメントに当たらないのかと。

ガラスの向こうの相手に声をかける…それも考えたことがあります。
ですが、ガラス扉というやつは意外に防音性が高くてですな。
相手に聴きとらせるためには、むやみに大声をあげなければいけない。
これはなんというか…トゥーマッチですな。
行きずりの見ず知らずの相手に、そんな大声をかけるというのが
どうも洗練された振る舞いに思えませんし、
またガラスの向こうの相手も、
至近距離で妙に力まれると却って気まずいでしょう。

いやはや。
これは、ガラス扉というものがなかった時代には
ありえなかった問題ですね。
――本当に、生きるということは些末な悩み事で満ち溢れています。

神父様、いかがですか。
どのようなふるまいが正しいのでしょうな。

考えてみれば、このことを口にだして誰かに相談したのは、初めてです。
答えが知りたいですな。

そこに並んでいる、遺族の方々の中にもご存知の方は…
いらっしゃいませんか。

ええ。
そうですな、少し喋りすぎたようです。
目隠しは…いや、やめておきましょう。
 
神父様。
天国の扉は、両開きであってほしいものですな。

 
出演者情報:水下きよし 花組芝居 http://hanagumi.ne.jp/

 

Tagged: , ,   |  コメントを書く ページトップへ

篠原誠 2013年5月6日

トビラは二つ

       ストーリー 篠原誠
          出演 地曵豪

男:もしもし、鈴木です。お疲れ様です~。
  今、大丈夫ですか?
…私ですか?わたしは、今ちょうど、別件終わりまして、
  そちらに合流できるかなと…
  もうじき、会社のゲートを出るかなといいながら……いま、出ました!
  そちらは、どんな感じでしょうか。 
  …あ、その感じは、今、話しづらい状態ですね。
…まだフロア?てことは、課長が前でいる感じですね。
…あ、課長は、帰った感じですか。
…はい、あ、そちらももう終われる感じですね。
はいはい。
……あれ?
  え、なんだよ。え、もうフロアでたの?
  …エレベーター乗ったの?電話してていいの?あ、一人?
  …こっちは、もう外、駅に向かってるけど。
  …いや、駅で待ち合わせようよ、まだ会社の人が
  周りにいっぱいいるし、二人で帰ったら怪しまれるでしょ。
  …今日、どうする?映画でも見る?
  それとも、さくっとご飯食べて、俺ん家にくる? 
  ……え、別に、そういう意味じゃなくて、
  でも、最近、やってないし。
  …え~、ちょっとイチャつきたいわけよ。普段できないからさ~。
  …泊れるんでしょ。
……え、明日休日出勤?
  …え、マジで?どんだけ働かされてるんだよ。
  …また課長と!?ちょっとぉ~、なんか怪しいんじゃないの~。
  この前も一緒に大阪出張いってたじゃん。それも、同室だったんだろ?
…いや、コスト削減でも、それはやりすぎだろ。課長も狙ってんじゃないの~。
……結婚しててもわかんないよ~。そんな人いっぱいいるし。
…ごめんごめん、ちょっと、言いたかっただけだよ。
…もちろん、信じてるし。
…俺?俺と課長の方が、怪しい!?
…あり得ないって、俺、無理。生理的に無理だわ。それだったら部長の方がいいよ。
…ウソウソ。あ、おれ、もう駅ついたから、改札のとこで待ってるね。
  じゃあね、ヒロシ、待ってるからね。

出演者情報:地曵豪(フリー)http://www.gojibiki.jp/

Tagged: , ,   |  コメントを書く ページトップへ

井田万樹子 2013年5月5日

「天国への扉」

         ストーリー 井田万樹子
            出演 高田聖子

想像してください。
そこには国境がありません。
宗教もない。
投獄される恐怖もなければ、
戦争の悲しみも、
飢えに苦しむこともないのです。
色とりどりの花がどこまでも広がり、
あまりあるほどの食べ物があり、水があります。

想像してください。
そこでは肌の色も人種も年齢も異なる人たちが笑い、歌い、踊っています。
ワイングラスを傾けくつろいでいる2人の男がいます。
かっぷくのいい初老の白人の男、
彼はアメリカで巨額の富を築きあげた実業家です。
大笑いしている若い男は北アフリカの兵士です。
彼は長い国内紛争で戦闘しかしたことがありません。
ここでは誰もが、過去にとらわれることなく、
相手をあるがままに受け入れ、自分と異なる人間を愛するのです。

楽しそうにダンスを踊っているあの女性、
彼女は今まで一度もダンスなんて踊ったことはなかったんです。
中国の貧しい農村で生まれ、子供を4人産み育て、
畑を耕し、薪を割り、片時も休まずに働いてきました。
ここでは誰かの視線を気にして、自分をおさえこむこともありません。
誰もが自由に踊り、好きなだけ歌うのです。

想像してください。
目をつぶって。耳をすまして。
ほら、聞こえてくるでしょう?
たくさんのおしゃべりや
笑い声が。

え?英語ですよ、もちろん。

当然です、英会話は必須です。
何を言ってるんですか、あなた。
当たり前でしょう?国境がないんですから。
英語ができずに、どうやって異文化の人たちを理解するんですか?

大丈夫です、まだ間に合います。
こちらがテキストと、リスニング用のCD5枚。
それに睡眠学習用のヘッドフォン。
全部セットで17万円ポッキリです。
ポックリじゃないですよ、うふふ。
安いもんでしょう?楽しい死後のためには。

出演者情報:高田聖子 株式会社ヴィレッヂ所属 http://village-artist.jp/UserArtist/Detail/10

Tagged: , ,   |  コメントを書く ページトップへ