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直川隆久 2013年7月13日

センセイとわたしとナイフ

      ストーリー 直川隆久
         出演 西尾まり

わたしは毎日、ナイフで鉛筆を削っている。
いまどき鉛筆。しかも、ナイフ。
わたしがつとめるK建築設計事務所ではパソコンを禁じられていて、
図面は手描きだ。そして、所員全員の製図用の鉛筆を削るのが、
わたしたち新米の仕事なのだ。

「ものづくりは、手を動かすことや。パソコンに頼るようなやつらは、
頭の中までゼロイチで奥行きがない」というのがセンセイの言い分で、
「K事務所といえば鉛筆」というのが半ばトレードマーク化している。
世間的には、反骨の建築家ゆえのポリシーということになっているのだが、
単にケチなだけではと所員達はうすうす勘づいている。

わたしたちは、センセイが有名になってからのことしか知らないのだけど、
それまではなかなかに大変な人生だったようだ。
競馬の予想屋をやりながら独学で建築を学んだものの、
学閥と縁がないので設計の仕事はなかなかできなかった。
みかねた田舎の親戚がたまに家の改装を頼んだりすると、
かやぶき屋根の家を総ガラス張りにして出入り禁止なったりしていたらしい。

うけを狙ってもいまいちぱっとしないセンセイのキャリアに転期が訪れたのは、
50代半ばだった。サイドビジネスのクワガタの養殖が大失敗し、
ドン底状態のやけくそでつくった作品――リアカーの上に、
段ボールを張ってつくった移動式住居――が
意外やヨーロッパで高く評価されてしまったのだ。
「システムとしての都市文明に対抗する運動体、
すなわち《個=ノマド》を表象している」とかなんとか。

「いや、ホームレスになってもそれで暮らせるかな思(おも)ただけで。
ついとったわ」とセンセイはよく宴会でもらしていた。
(ちなみに宴会の会費も、割り勘である。)

いざ海外から評価がえられると、エラいもので日本での評価もうなぎのぼり。
設計依頼があれよあれよと舞い込んできたらしい。
お金とか名声のにおいがするところにはますます仕事も人も寄ってくる。
まあ、わたしもその一人だったわけだ。

ここ数年のセンセイの勢いはすごかった。
段ボールが専売特許となり、段ボールハウスは段ボールメゾン、
段ボールレジデンスへと進化を遂げ、ついには段ボールシティ、
というプロジェクトまで動き出した。

事務所の仕事が増えると、センセイの仕事は段々雑になった。
アイデアスケッチをだすこともなく、所員が描いてきた図面に最後、
気合い一閃サインを入れる――というパターンが多くなった。

段ボール建築についての取材はひっきりなしだった。
火事に弱いのでは?とインタビューで問われると
「生きるということは、そもそもリスクを負うことですわ。
段ボールに住まうということは、その根源的なリスクを、
文明社会に取り戻すことを意味するんです」と
もっともらしいこと答えていたセンセイだが、
心配ごとはだいたい実現するもので、
この段ボールハウスの一軒が火事で全焼し、死傷者が出た。
基準をクリアしていたはずの耐火性能に、
そもそも計算ミスがあったことがわかったのだ。

センセイは一転犯罪者扱いされ、バッシングをあびた。
いちばんよくなかったのは、釈明しようとして開いた記者会見で、どう責任をとるのかと問い詰めてきた記者に向かって「戦後の焼け跡から復興した日本人なら大丈夫です」とわけのわからない答えをしてしまったことだ。これがダメ押しになった。

当然ながら建築依頼は激減し、事務所員も次々に逃げた。

わたし?
わたしは、出て行かなかった。なぜかと言えば、
まあ、仕事も身についていないし、
ほかで雇ってくれるところもなさそうだし。
あと、このどうしようもないセンセイの行く末を見届けたいという思いもあった。

そんなわけで、今でもわたしはセンセイと二人きりの事務所で、
誰も使わない鉛筆を削っている。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

という文を日記に書いてから何日かたった、ある朝。
小雨が降る中事務所にたどり着いたわたしがドアを開けると――
さりさり、さりさり、という音が奥から聞こえてきた。
見ると、センセイが所員のデスクで鉛筆を削っている。
真黒なクマができた顔で、わたしを見たセンセイは小さな声で
「おお。はやいやないか」
とだけ言うと、またさりさりと、鉛筆を削る。
ぱき、と音がして鉛筆の芯が折れた。
下手だ。もう何十年も自分で鉛筆なんて削っていないのがわかる。

「お茶でも淹れましょうか」とわたしがいっても、センセイは答えなかった。
窓の向こうの、雨で輪郭がぼやけた町をじっと見ている。

「初心に戻ったら、なんか出てくるかな、と思たけど――あかんわ」
センセイがぼそりとつぶやき、鉛筆とナイフをごとりと置いて、席を立った。
デスクの上には、コピー用紙が一枚。真っ白な紙に一行だけメモ書きが見えた。
「段ボール」という文字から矢印がひかれ、その先に「ラップの芯」と書かれている。

センセイはふらふらとドアに向かった。
ドアノブに手をかけたところで、
「ああ、そや」
と、こちらを振り返らないままで言った。
「きみ…もう、鉛筆、削らんでええで」
「いいんですか」
「そんなもん、パソコンでやったらええねや。アホやな」
そう言ってセンセイは、出て行った。
それが、わたしとセンセイが交わした最後のことばだった。

何日かはわたしも事務所に顔を出したが、センセイが帰る様子はない。
センセイが置きっぱなしにした携帯も、しばらくは鳴りまくっていたが、
やがて音をたてなくなった。わたしも事務所に行く理由がなくなってしまい、
家事手伝いの生活に戻った。
そうして今また自宅の机でこれを書いている。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

時折、あの事務所の日々が思い出される。
結局のところ、あの頃は今よりよく笑っていたような気がする。
わたしは、センセイが嫌いじゃなかったのだ。
ケチでうさんくさいおっさんなのだけど、でも、見ていて飽きない人だった。
建築なんてものに手をださず、
地道にクワガタの養殖をやっていたほうがよかったのかもしれない。
どうしているんだろう。
あの、段ボールを張ったリアカーで街をさまよっているんだろうか。
そう思うと、センセイが少し可哀想になった。

と、ここまで書いて、聴きなれたダミ声がテレビから聞こえてきた。
思わず振り向くと、「石釜ハンバーグ」という
ファミレスの新メニューのテレビコマーシャルに、
センセイが出ているではないか。
ドリフのコントみたいに顔中真っ黒に塗ったセンセイが
「とことん焼いたれ!」というきめゼリフをシャウトしていた。
わたしは持っていたコーヒーのカップを落としてしまい、
ふとももにわりと大きなやけどをした。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

さて、YouTubeの制限時間もあることなので、今日はここまで。
センセイがその後「人生丸焼け建築家」として
テレビのバラエティで華麗な復活をとげ、都知事選に勝利するまでの話は、
また別の機会に書きたいと思う。
                       

出演者情報:西尾まり 30-5423-5904 シスカンパニー

  

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照井晶博 2013年7月7日

ナイフ

        ストーリー 照井晶博
           出演 遠藤守哉

彼は焦っていた。ものすごく焦っていた。
締切をとうに過ぎているからだ。
締切をとうに過ぎておきながら、連絡すらできずにいたからだ。
「ナイフ」というテーマで6月1日締切で、と彼は言われていた。
はい、やります。と返事をしたのは彼だ。
しかし、今日は何日だ。6月21日じゃないか。
1日2日というかわいい日数ではない。
ハツカだ。ニジュウニチだ。
あぁ、なんということをしてしまったんだろう。
いや……おれだって大変だったんだ。
毎日毎日、仕事でそれはもういろんなことが起きた。
寝る時間を削りそれに対応するので精一杯だったんだ。
いや、言い訳はするまい。というか、もうかなりしてしまった。
みっともない。
彼は深いため息をついた。
ナカヤマさん、怒ってるかな。怒ってるよな……。
なんかもうあわせる顔がないよなこれ……。
と思っていたら、ナカヤマさんからメールが届いた。
彼はおおいに焦った。
メールにはいったいなんて書いてあるのだろう。
怖くて開けない……。
彼は深い深いため息をついた。
あぁ、なんてことをしてしまったのだろう。
こんなとき、どうやってお詫びをしたらいいんだろう。

切腹……。
そうだ。切腹だ。

約束をたがえた責任は、昔の人なら腹を切って詫びたのではないだろうか。
彼はさっそくウィキペディアで「切腹」を調べてみた。

「切腹」とは、
平安時代末期の武士である源為朝が
最初に行なったと言われているそうだ。
時代劇の切腹シーンでは、首をはねる介錯人が描かれるが、
戦国時代や江戸時代初期には介錯人がつかず、
腹を十文字に裂いたり、内臓を自分で引きずり出すという、
想像しただけで倒れてしまいそうなほど痛そうな切腹もあったらしい。

しかし、江戸時代中期には切腹も形式化され、
短刀ではなく、扇子や木刀が使われたのだという。
扇子や木刀を短刀に見立て、扇子や木刀に手をかけようとした瞬間に、
介錯人に首を切られる…ということだったそうだ。
赤穂浪士の切腹も、身分が高かった大石内蔵助ら数人以外は、
扇子や木刀を使用したらしい。
自分で自分の腹に刀を突き立て、
尋常じゃない痛みに耐えながら切り裂かなくていいのは
ありがたい気もするのだが、
後ろから首を日本刀で切られるわけだからものすごく痛いに違いない。

ナイフで指先をちょっと切っただけでも痛いというのに、
自分で自分の腹をぐいぐい切らなきゃいけなかった昔の人は
なんて大変だったんだろう。

彼はため息をつく。しかし、そのため息は、さっきまでのものと違う。

あぁ、いまが昔じゃなくて本当によかった。
いまが2013年で本当によかった。
彼は、心からそう思う。

切腹をすることでけじめをつけていった昔の人々のことを思いながら、
でも、自分はこの時代でよかったと心から思う。

なんていい時代に生まれたんだろう。
なんていい時代に生きているんだろう。

ラジオをお聞きのみなさん、
わたしたちはいま、昔から見たらとてもしあわせな時代に
生きているんですよね。

出演者情報:遠藤守哉 青二プロダクション http://www.aoni.co.jp/

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中山佐知子 2013年6月30日

不老不死

        ストーリー 中山佐知子
           出演 大川泰樹

帝は不老不死の薬を何度も手に取ったが
それを使おうとはなさらなかった。

帝は一天万乗の君であり
女人に関しては望めばかなうお立場であったので
恋というものをしたことがなかったし
またそんな煩わしいことをする必要もなかった。
したがって、これは初めての恋であり
初めての失恋だと思われた。

三年前、たったひと目見ただけの姫君に魂を奪われ
それから文のやりとりだけを生き甲斐になさって
他の女人を近づけることもなく孤独に過ごして来られたのだったが
いまその恋しい人は月という途方もなく遠いところへ去ってしまい
文をお届けするすべさえもはやない。

かの姫君が去り際に残した不老不死の薬を飲めば
再びめぐり会うときまで生きられるのか、と帝はお思いになる。
いや、それは望むべくもない。
不老不死になればこの悲しみが永遠につづくだけのことだ。

そうしてしばらくは食もすすまず
病みついたようになっておられたが
ある日、大臣をはじめとする臣下を召しておたずねがあった。

この国でもっとも天に近い山はどれか。

ある人が駿河の国にある山のことを奏した。
帝はお使いに不老不死の薬を持たせ
また恋しい歌をしたためた文を持たせ
その山の頂で燃やすようにお命じになった。

やがてものものしい武具に身をかためた一団が山を登り
頂上に達すると
帝がお命じになった通り不老不死の薬に火をつけて燃やした。
山は冨士の山と呼ばれ、長く煙を天に昇らせていた。

国の頂点に立つ権力者は言うまでもなく
科学者から哲学者、詩人に至るまで
洋の東西を問わず不老不死をさがし、研究をした記録は
枚挙にいとまがない。
けれども、日本の竹取物語には不老不死を望まない帝の姿が
描かれている。
いったん不老不死の薬を手にしながらそれを手放し
悲しみを心に沈ませて限りある生を選ぶ帝のおわす国を
しみじみ美しいと思う。

秦の始皇帝は不老不死の願いにとりつかれ、
不老不死の薬をつくらせていたが
皇帝の命を受けた研究者たちがつくりだしたものは水銀だった。
始皇帝はそれを飲み、命を縮めている。

出演者情報:大川泰樹(フリー) http://yasuki.seesaa.net/

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藤本宗将 2013年6月29日

殺生石異聞

         ストーリー 藤本宗将
            出演 地曵豪

下野国那須郡の寒村に、源翁(げんのう)という名の僧がいた。
法力に優れ修行のために諸国を巡っていたが、
ここ一年ばかりはこの地にとどまっていたのだった。

春も終わりに近づいたある日、
いつものように山で修行に励んでいた源翁は
異様な光景を目にして思わず立ちすくんだ。
こんな山奥には不似合いの若い女が、
山ツツジの繁みにもたれるように座っていたのである。
肌は透き通るように白く、髪は日差しを浴びてきらきらと金色に輝いている。
そしてその顔立ちは、この世のものとは思えぬほど美しかった。
さらにただごとでないのは、女が矢傷を負っていたことだった。
衣は血に染まり、ツツジの花よりも鮮やかな赤が
妖艶さをいっそう際立たせている。

邪気こそ感じなかったが、ただならぬ気配に源翁も言葉が出ない。
これは、いったい何者か。いぶかしんでいると、
女はまるで心が読めるかのように口をひらいた。

「そのむかし唐の国におりましたころ、私は皇帝の妃でございました」

突拍子もない言葉に源翁は大いに混乱したが、
女は取り乱しているのでもなければ、騙そうとしているようでもない。
黙ってこの女の身の上話を聞くことにした。

「皇帝は私を寵愛しましたが、たいそうひどい暴君でした。
狩りで鳥や獣を殺し、豪奢な宮殿のために樹を伐り、戦で野原を焼きました。
食べるためではなく、快楽のために多くのいのちを奪う。
私にはそれがどうしても許せませんでした。
だから皇帝を操り、人間同士で殺し合うよう仕向け、国を傾かせてやったのです。

そのつぎは天竺、さらには海を渡りこの国へ来ましたが、
どこへ行っても人間は自らのことしか考えぬ
恐ろしい生きものでございました。
都では宮中に入り、院のおそばに仕えながら
人の世を滅ぼす機会を伺っておりましたが、
阿倍なにがしという陰陽師にわが正体を見破られてしまい、
命を狙われてここまで逃げてきたというわけです」

そう語り終えたとき、女はいつの間にか狐の姿に変わっていた。
金色の毛並み。九つに割れた尾。
それがさきごろ都を騒がせたという
白面金毛九尾の狐(はくめんこんもうきゅうびのきつね)であると、
ようやく源翁は理解した。

「私はただ、生きものたちの暮らす場所を守りたかった。
けれど、その願いはもはや果たせそうにありません。
国じゅうの山も野原も、いずれ人間どもの戦で荒れ果てるのでしょう。
ただ、せめてここに咲く美しいツツジは、人に踏みにじらせたくないものです」

そう言うと狐はよろよろと立ち上がり、
源翁を残して山を下りていった。
そして麓近くで力尽きた狐は、巨大な石へと姿を変えた。

石からは毒気をはらんだ煙がもうもうと立ち上り、
あたりには草木も生えなくなった。
気味悪がった村人たちは石を捨てようとしたが
煙を吸った者はばたばたと倒れてしまう。
いつしか石は「殺生石(せっしょうせき)」と呼ばれ、
山には誰も近寄らなくなった。

ただひとり源翁だけは近くに小さな庵をむすび、狐の魂を弔った。
狐と人と、どちらがひどい殺生をしたのか。
ずっと考えてみたが、とうとうわからなかった。

出演者情報:地曵豪 http://www.gojibiki.jp/

 

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張間純一 2013年6月23日

「狼煙の上げ方」

      ストーリー 張間純一
         出演 大川泰樹

狼煙は、とりあえずなんでも物を焼き不完全燃焼を起こして
煙を空へと立ち上らせれば上げることができます。

ただし、より緊急度が高い場合は狼煙の漢字のとおり、
狼のフンを焼きましょう。より黒く濃い煙を風がある日でも
まっすぐに立ち上らせることができます。

一方、反対に極端に緊急度の低い「ひまだわ〜」とかの
合図の狼煙を上げたい場合は、パンダのフンを焼きましょう。
白と黒との混じった煙が風のない日でも
にょろにょろうだうだ立ち上り、
見るからにヒマそうな狼煙を上げることができます。

金魚のフンは、しつこくずっとお願いをするような狼煙を
上げたい時に向いています。
長—くしつこい感じの煙が出ます。
ただし金魚のフンは一度に取れる量が限られているため、
集めるときからしつこい粘着質の気質が要求されます。

機械式時計などに使われている歯車も、まれにフンをします。
そのフンを焼いて狼煙を上げるとかなり相手は驚きます。
驚くどころか、歯車のフンだけに、ギヤ、フン、ぎゃふんと
言うでしょう。

うちわのもめ事を知らせる際の狼煙には、
なにもないところに火をつけ焼くのが適しています。
ないもの燃やしても実際なにも煙は立ち上らないのではないかと
思うでしょうが、なにしろナイフンですから。

ダジャレはちょっと飽きてきたぞ、ということを知らせる狼煙には、
水洗式トイレを流したところから取ったフンを焼きましょう。
水洗式は詰まらないので「つまらない」というメッセージが伝わります。
問題は、これすらもダジャレというところにあります。

バフンウニは焼くのもいいですが、刺身で食べる方が個人的に好きです。
というようなことは狼煙で知らせるのもいいですが、
面倒なのとできるだけ美味しいものを独り占めした方がいいので、
狼煙は上げない、ということをオススメします。

なに?狼煙の上げ方とか言っておいて、
テキトーなことばっかり言うなって?
強い憤りを感じたら、
もう手当たりしだい何のでも良いですからフンを
焼きましょう。 クソッ。 です。

出演者情報:大川泰樹(フリー)http://yasuki.seesaa.net/

  

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直川隆久 2013年6月16日

すわせろ!
 
         ストーリー 直川隆久
            出演 遠藤守哉

いやあ、タバコも高くなったねえ。今、2万円でしょ。一箱。
むちゃくちゃだよね。
だから最近はこれですよ。第3のタバコっていうんですか。
なんか原料は街路樹の落ち葉とかでつくってるらしいけどね。
まあ、意外とこれが、慣れるといけるんだよね。
しゅぼっ。
ま、タバコの快感って、要は酸欠だから。
すーっ…ぱは~…うん。効く効く。
…ちゅうことで煙を吸うことが大事なんであってね。
タバコの葉っぱじゃなくてもよかった…
ここに気付いたってのはまあ、我々たばこのみにとっての、
コペルニクス的転回でしたわな。

知ってます?
ノンニコチン・ノンタールで今売れてる「メビウスゼロ」って、
あれ、紙だからね。中身。100パー。うん。
いちど、バラしたことがあるのね。
そうしたら、メモ用紙を丸めたのが入ってた。
あれで一箱800円とるんだから、マーケティングってなぁえらいもんだよね。2万円の横にあったら、そりゃ800円なんて安く見えるもの。
タバコ売場に置くだけで、ただのメモ用紙がねえ、
800円になるんだから。

そうそう。街にもね、いろんな煙を吸わせる店が出てきたよね。
表参道あたりじゃ、煙バーってのができたって。
そこはね、高級葉巻とかもあるんだけど、
そういうのはもはや「クール」じゃないんだってさ。
で、なに吸ってるかっていうと、サンマの煙とかウナギの煙とからしいね。
サンマを焼いてさ、その煙をこう、すぱ~…っと。
そりゃ、モノにはこだわってるみたいですよ。
ウナギは天然モノじゃなきゃいけないとか。
いや、中身は食っても食わなくてもいいんだけど、
大事なのは煙なんだって。
まったく、金持ちってのは妙な事考えるよな。
その店にはさ、その日の気分でどんな煙がいいか
アドバイスしてくれる人がいて、それをケムリエって言うんだってさ。
…なんだ、そのダジャレが言いたいだけなんじゃないのかって、
気もするけどね。

でも、なんか一部でさあ、
マニアックつうかアブノーマルなやつもでてきてるみたいだね。
ほら、こないだ某有名俳優がなくなったその火葬場で、
煙突にビニール袋をかぶせて逮捕された奴がいるでしょ。
あれね、そういう煙をさばくルートがあるらしいんですよ。
そういう……ってのは、まあ、あれですよ。
有名人の、亡骸を燃やした時のナニを…
まあ、アレするってことらしいんだけどね。
いやあ、まあ、えらい時代になりましたよ。

あ、そうそう。
私の知り合いでねえ、
大麻の葉っぱをアパートに大量に隠し持ってたやつがいてね。
たくさん持ってる癖に、仲間内にもなかなか回そうとしないヤな野郎でさ。
で、そいつ、部屋で一服きめてうっとりしてる間に火事出しちゃって
焼け死んだんだけどね。アパート全焼。
葉っぱごと。そんときゃみんな感謝したね。
町中、いい匂いの煙でいっぱいだったもの。
みんな、とにかく鼻の穴全開で煙吸いこみながら、
手ぇあわせておがんでたよ。ああ、ありがたいってね。
私もまぁ、死ぬときゃそんなふうに逝きたいもんですよね、
生きてる間はせいぜい煙たがられてもね、
死んで煙になったら嬉々として吸われたい…なんてね、
シャレになっちゃいましたけど。

出演者情報:遠藤守哉 青二プロダクション http://www.aoni.co.jp/

  

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