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福里真一 2013年1月13日

カムチャッカの若者

        ストーリー 福里真一
           出演 大川泰樹

まさか2013年の新年早々、こんな奇跡的な出来事が、
しかも日本で起こるとは思わなかった。

あの、カムチャッカの若者と、メキシコの娘が、
日本のとある神社の境内で、すれちがったのだ。

そう聞いて、
ぴんとこない人には、解説が必要だろう。

ふたりは、谷川俊太郎さんの、
「朝のリレー」という詩の中の登場人物だ。

詩の中で、きりんの夢を見ていたカムチャッカの若者は、
いまは動物園につとめていて、
現実のきりんに、ほとほとうんざりさせられているという。

詩の中で、朝もやの中でバスを待っていたメキシコの娘は、
その後、お金もちと結婚したおかげで、
もうバスを待つ必要はなくなった。
基本的に、移動はタクシーの場合が多いらしい。

このふたりが、
それぞれの事情で今年のお正月を日本で迎えることになり、
それぞれが泊まっているホテルに近い、
山王神社に初詣にやってきて、
そこで奇跡的に、すれ違うことになったのだ。

しかし、
残念ながら、そこで劇的なことは何も起こらなかった。
ふたりは、何らあいさつを交わすこともなく、ただすれ違っただけだった。
お互いが、同じ詩の中の登場人物であることを知らなかったので、
これは仕方がないことだ。

ただ、この事実を知っている我々だけが、
この奇跡に、新年早々何やら幸先のよいものを感じ、
心ひそかに、喜ぶことができるのだ。

ちなみに、
カムチャッカの若者は、自分が詩の中で、
カムチャッカの若者と呼ばれたことに、不満を抱いているらしい。
カムチャッカという言葉の響きが何となくおもしろいからというだけで、
カムチャッカの若者などと呼ばれたのではないか、という疑いを、
いまだに捨てきれないでいるのだ。
別に普通に、ロシアの若者、でもよかったのではないかと…。

もし彼が、神社の境内で、メキシコの娘に気づくことができていたら、
彼女とその話題で、ひとしきり盛りあがれたかもしれない。

出演者情報:大川泰樹 http://yasuki.seesaa.net/

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小野田隆雄 2013年1月6日

別れる言葉

          ストーリー 小野田隆雄
             出演 長野里美

ひとは別れるとき、
誰かに何かを言い残す。
黙って別れてしまって
もしも、自分がいなくなったことに
気づいてくれるひとがいなかったら
それは、とても寂しいことかもしれない。
けれど誰かが自分のことを、いつまでも
きちんと憶えていてくれたら
それは、とてもうれしいと思う。
次の文章は、もうはるかな昔、
私が美術大学の学生だった頃に、
後輩からもらった手紙である。

白いコスモスの花を
青い花瓶にいけて
もう、10日がたちました。
花びらは畳に落ちて
ひからびてしまいました。
コスモスを見つめて
どこにも出かけないで
黒いセーターを着て
日本茶ばかり飲んでいました。
フランス語の勉強は止めて
古いプレーヤーで、
シューベルトの「冬の旅」を、
ぼんやり聴き続けていました。
ある雨あがりの日、空を見て
南の町へ引っ越そうと思いました。
どこか、岬の見える南の町へ。
室戸(むろと)岬、足摺(あしずり)岬、都井(とい)岬、
佐多(さた)岬、枕崎(まくらざき)。
中学時代の学習日本地図を、
昨夜は、ずっと眺めていました。
旅立つ日、あなたに、
この手紙を出します。
短かった。けれど、とてもすてきだった日々。
でも、別れます。あなたは、まぶしすぎるんです。
すばらしい青春の思い出を、ありがとう。
大丈夫、大丈夫。私は働いて、
ときおり絵を書いて、生きていきます。
いつか、長い歳月のあとで、
お会いする日がくるかもしれません。
私のことを忘れないでください。
あなたが憶えていてくれると思うと、
そのことが強い支えになるのです。
いつも、わがままばかり言っていた私の、
これが最後のわがままです。
さようなら。

……2歳年下の彼女は、秋に咲く花のように
せつない感じの少女だった。けれど、
雨や風には折れないような、
しなやかな強さがあった。
私は、そんな彼女が好きだった。
ほかの友人たちは、それを恋と呼んでいた。
女性同士の恋であると。
けれど 私は友情だと思っていた。

思えば、彼女の手に触れたこともなかった。
ある秋の終りに、
彼女が突然に私の前から消えて、
そのまま、なんの音沙汰も無しに
数十年が過ぎてしまった。
私は結婚し、専業主婦となり、
すでに私の娘が、あの頃の
彼女の年齢になってしまった。
けれど、私は彼女を忘れていない。
そして彼女も、私のことを
憶えていると信じている。
思い出は、すべて現実から離れていく。
だから、人の心を支えてくれるのだと思う。

いつかある日、誰でもみんな
愛する人たちに別れのあいさつをする。
「もう、私のことは忘れておくれ、
ありがとう、楽しい人生だった。
さようなら」、と。

出演者情報:長野里美 株式会社 融合事務所所属:http://www.yougooffice.com/

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一倉宏 2012年1月1日

 なかなかうまくいかない

       ストーリー 一倉宏
          出演 地曵豪

それでどうなの さいきん 
と きいたら
それが やっぱり
と きみはこたえた

なかなか 
うまくいかないものですね

そうだね
なかなかうまくいかないよね

で なにがうまくいかないの
って きいたら

いろいろと

そうだ
そのとおりだ

けさも しんぶんをひらいたら
せかいは
なかなかうまくいかない
ことだらけだったし

だれかさんの めんせつも
だれかさんの プレゼンも
だれかさんの こいも

ほんやのいりぐちにならぶ
なんでもうまくいくほうほう
なんて よむなよ
  
そんなほんばかりが 
うれるこのごろ
なかなかうまくいかない と
こころある へんしゅうしゃも
なげいていた

おそらく
せかいは
なかなかうまくいかない
ことで できているのだろう
かくごしよう
あきらめずに

それでも

きみは
なかなかうまいカレーだったら
つくることができるし
なかなかうまいうただったら
うたうことができる

おやすみ

みんな
なかなかうまくいかない
いちにちをだいて
ねむれ

出演者情報:地曵豪 http://www.gojibiki.jp/profile.html

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古居利康 2012年12月31日

虹を見下ろして    

       ストーリー 古居 利康
          出演 西尾まり

まんまるの虹を見たことがある。

いまはもう滅びてしまった
ソヴィエト連邦という国は、
他国の飛行機が自国の領空を飛ぶのを
ひどく好まなかった。
それで、日本からヨーロッパに向かう
飛行機は、アラスカのアンカレッジまで
迂回しなければならなかった。

いったん地面に下りた飛行機が
給油しているあいだ、乗客たちは、
空港内のうどん屋に駆け込む。
乗客のひとりだったわたしも、
つられてうどんをすすり込む。
やがて飛行機は、すこしばかり気合いを
入れて、北極圏上空をめざす。

飛行機の窓にちいさな雪の結晶が
はりつくのをぼんやり見ていたわたしは、
ふと、眼下に広がる風景がくっきり
見えるのに気がついた。
低空飛行しているわけでもないのに、
地面が妙に近かった。地面と言っても、
氷に覆われたほぼ白一色の世界だったから、
遠近感が狂っていたのかもしれない。

その白い地面の上に、
なにかまぁるい白っぽいものが
浮かんでいたのだ。雲かと思ったら、
よく見るとそれは白ではなくて
淡くうっすら色がついており、
数えようによっては、七色に見えなくも
なかったし、なにより、ドーナツみたいに
まんなかに穴があいている。

虹だ。
そう思った。あれは雲じゃない。
どう見ても、虹。

だけどこれ、どこかで見たことある。
これとおなじもの。確かに、どこかで、
見たことがある。って、すぐ思った。

そうだ、こどものころ、
うちの物干し台の上から見たあれって、
まあるい虹だったのかも。
まだちっちゃかったから、真下に見える
地面がすごく遠かったけど、
こわいもの見たさでわたしはよく
物干し台に昇って地面を見下ろしていた。
道を通るひとはわたしが見ていることに
ぜんぜん気がつかないまま歩いてる。
ひとのひみつを覗きこんでいるみたいな、
ほんの少しの罪悪感を覚えながら、
わたしは地面を見下ろしていたんだ。

そのときは、向かいの家のおじさんが、
鉢植えに水をやっていた。
あかるい陽の光がおじさんの頭の
てっぺんに反射して光っていた。
水に濡れた鉢植えの緑もキラキラしていて、
道の真ん中へんに、なにかまぁるいものが
浮かんでた。七色のちいさな円を描いて、
それはぼーっと浮かんでた。
狭い道幅にちょうどおさまるような
サイズだったし、まんまるだったから、
それを虹と結びつける知恵は、
ちいさなわたしにはまだなかった。

路地の奥にあった二階建ての家。
車一台通れるか通れないかくらいの
狭い通りに向き合って、おんなじつくりの
おうちがひしめきあっていて、
玄関先の道にはみでるように置かれた
鉢植えの色や大きさや数が、
それぞれの家の個性になっていた。
狭い土地なので庭も何もなく、洗濯ものは
屋根の上に張り出した物干し台に干す。
玄関の目と鼻の先にお向かいさんがあって、
その反対側の裏手はまた路地がつづいていた。

あのとき見たあれは、虹だったんだ。
北極海の上を飛ぶ飛行機の中でそう思って、
なにか得した気持ちになった。
上空から覗かれるのをひどく嫌う国の
おかげで、迂回しなければならないけれど、
遠回りには遠回りのおまけがついてくる。

スパシーバ、ソヴィエトれんぽう。
わたしはそっとつぶやいた。

出演者情報:西尾まり 30-5423-5904 シスカンパニー

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中山佐知子 2012年12月30日

ROG

            ストーリー 中山佐知子
               出演 大川泰樹

ROGと呼ばれる一帯は
天の川とアンドロメダが衝突して合体した楕円型銀河のはずれにある。
ROG、つまりロォジという呼び名の通り
星と星が混み合い、さらに濃厚なダークマターのなかで
新しい星が生まれては共鳴しあって軌道が不安定になっている地域だ。

昔、調査隊が何度か訪れたことがあったが
生命反応はなかったし
いまでも生命反応ゼロという報告書を私は書き続けている。

確かにこの一帯の星に生命反応はない。
しかしここは無邪気でハンパな連中の遊び場になっていて
やっとワープができるようになった初心者のボートがやってきては
重力の隙間を縫って飛ぶテクニックに挑戦したり
仲間を見つけてはつるんだりケンカをしたり
小さな衛星に着陸しようとして事故を起こしたり
ありとあらゆる禁止された行為を思うがままにやっている。

このロォジのどこかに
ブラックホールの出口が存在するとか
1億と1千万年前に星の重力に捕獲されて衛星軌道をまわる船に
まだ生命反応が残っているとか
彼らの間でささやかれる伝説はあまりにロマンティックで
私は笑いをこらえながら真剣に聞くふりをする。

彼らはまだこの宇宙の答を知らない。

ビッグバンから200億年ほどたったとき
この宇宙を形成する最小物質が発見され
同時に宇宙の秘密も解き明かされてしまった。

それはあらゆる科学のゴールであり
「我々はどこから来てどこへ行くのか」という
聖書に記された究極の問いに対する答えだった。
そしてそれを知ることは
生物としてのステージが上がることを意味したが
同時に生物としてのエネルギーは微弱になり、
たとえて言えば石ころに近い存在になってしまうことが多い。

端的な短い言葉と数式で無慈悲にあらわされる宇宙の答は
知的生物と認められた種族なら誰でも
一人前になる儀式として教えられてしまう。

ロォジを飛びまわる連中は
まだその答を知らされていない。
だから活発で騒々しく、涙もろくてやさしくて乱暴で
生物エネルギーにあふれており
私は花火を見るようにそれを眺めて楽しんでいる。

「ROG、生物反応なし」
今日も私は同じ報告書を送る。

出演者情報:大川泰樹 http://yasuki.seesaa.net/

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丸原孝紀 2012年12月23日

路地への旅路

    ストーリー 丸原孝紀
       出演 大川泰樹

日常を忘れるには、旅がいちばん。
でも、本当に忘れたい日常に追われていると、
旅に行く余裕などない。

そんなとき、私は歩く。
行き先は決めない。とにかく歩く。

目的があるとすれば、迷子になることだ。

道から道へ。
できれば道は、
大きな通りよりも小さな路地のほうがいい。

この坂を登れば何が見えるんだろう。
あの角を曲がればどこに行きつくんだろう。
好奇心をそそられるままに、足を進める。

やがて好奇心もなくなり、
ただひたすら、歩くだけになる。
路地に導かれるままに、足に運ばれるままに。
ただただ、歩く。

路地は、曲がるたびに表情を変える。
小さな植物園のように並べられた植木。
細かい部品をつくっているような工場。
哲学者のような顔でこちらを見つめる猫。
どこかで見たような風景に、
忘れていた記憶がよみがえる。

目に映るのは、
いま歩いている路地ではなく、
心の片隅に残っている面影だ。

道に迷い、記憶に迷うときが始まる。
母と手をつないで歩いた昼下がり。
はじめてのおつかい。
好きな子に手紙を届けた夏休み。

もちろん、いい記憶ばかりではない。
友だちとケンカして泣きながらの帰り道。
家を追い出された寒い日。
壊れた自転車をひきずって歩いた夜。

道に迷えば迷うほど、いろいろな感情に出会う。

あのときみたいな気持ちを取り戻したいなぁ。
あのときああすればよかったなぁ。
あの人にもう一度会いたいなぁ。
あの人に、心から謝りたいなぁ。

逃げたいばかりだった日常には、
やりたいことがいっぱいだったんだ。

ここはどこだろう。もう帰ろうかな。
思い出すように疲れを感じはじめる頃、
どこからともなく、甘いような、
しょっぱいような匂いがしてくる。

ああ、お腹空いた。
ほんの少しの生きる勇気を取り戻して、
少し、力強く、再び歩き出す。

さあ、いつものあの顔に会いに行こう。
いつものあれで、いつもの一杯をやろう。

足取りが早くなる。
路地から大通りに出る。
今日という日に戻ってきた。
さあ、歩こう。行き先は、明日だ。

出演者情報:大川泰樹 http://yasuki.seesaa.net/ 

 

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