直川隆久 2014年10月26日

naokawa1410

川のある村からの使い

     ストーリー 直川隆久
        出演 安藤一夫

雑居ビルにある事務所のガラス窓を、強い雨がしきりに叩いている。
近頃台風が多く、大雨の日が続く。

信頼していた経理の人間の裏切りのせいで、私の会社は窮地に立たされていた。
先々月次男の浩次郎(こうじろう)が生まれ、
これから踏ん張らねばならないと思っていた矢先だった。
土砂降りの中をずぶぬれになりながら資金繰りに奔走する日が続いた。

万策つきたかと思われたある日、
疲労困憊して事務所のソファに体を沈めていると、
ドアを開けて一人の男が入って来た。
80…いや、90近いだろうか。
ジャケットにループタイというスタイルに、ソフト帽。
ズボンの裾が、濡れて黒い。
男は名を名乗らず、ただ水落村の者だとだけ言った。

水落村? …どこかで聞いたことがある。
「ご存知ありませんかな。あなたのお祖父様、それと…
お父様がお生まれになった村です」
そう言って男は来客用デスクに座り、ジャケットの内ポケットをまさぐった。
分厚い茶封筒を取り出すと「不躾かもしれませんが…」と、こちらへ差し出した。
「もし何か今お困りなのでしたら、この金をお使いください」
「はい?」
「いえ、差し上げるのです。受領書も要りません」
私は呆気にとられた。そんなものをもらういわれがない、と突き返すと男は
「あなたのお祖父様と水落村の約束があるのです。
だから、このお金はあなたのものなのです」と答えた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 
わたしは父方の祖父について多くを知らない。
わたしがごく幼い頃亡くなったし、
父が生家について話すこともあまりなかったからだ。

父は、青年期まで過ごした水落村を出た後、東京で就職した。
結婚を機に近郊の新興住宅地に家を買い、そこで私と弟の英二が生まれた。
そんな父に、一度故郷のことを尋ねたことがある。
父は、自分の弟を幼い頃なくした記憶があり、
その村のことはあまり思い出したくないのだと語った。
村の話を父としたのは、その一回きりだ。

父は、英二をとても可愛がっていた。
自分の弟を亡くした後悔がそうさせるのか、溺愛と言ってもよかった。
その英二が行方不明になったのは、わたしが小学3年生の頃だった。
ちょうど今年のように台風が全国的に猛威をふるう年だったのを覚えている。
父は半狂乱で町中を駆けまわったが、弟の姿は現れなかった。

その後、どうしたわけか我が家の家電製品がすべて新しくなり、
クルマも新車になった。
ぴかぴかと眩しく輝くモノが家の中に増えるのと相反するように
父はふさぎこみがちになり、数年後、病で亡くなった。
大学進学を機にわたしは家を出たが、父の残してくれた遺産は充分あり、
経済的には分不相応なほど恵まれた学生生活を送った。
その数年後、母は家を処分した。
弟をなくした記憶のしみつく家が消えたことで、
安堵に似た気持ちがわき起こったのを憶えている。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「いったいどんな約束がうちの祖父とあったのです」
わたしが問うと、男は懐をまさぐってショートピースの箱を取り出した。
マッチでタバコに火をつけ、きつい匂いの煙をゆっくりと吐き出してから話し始めた。
「水落村は、昔から暴れ川に悩まされてまいりました。
開墾以来…何百年でしょうな。ひとたび川の水が溢れますと、
赤くて酸のきつい泥を田畑がかぶってしまい…難渋します。
ですから、手立てを打つ必要があった。川の神を鎮めるために、犠牲を払う必要が」
「犠牲?」
「ええ。誰かがそれをやらなくてはいけないのだが、手を挙げる者はない。
しかしその中で唯一…」
男はタバコに口をつけ、もう一度煙を吐いた。
「唯一あなたのお祖父様が、
末代にまで渡ってその犠牲を払うという約束をしてくださいました。
本当に貴い申し出だった。私はまだその頃小僧でしたが、
あなたのお祖父様のご勇断を家の者から伺い、大変感銘を受けたのを憶えております」
男は、煙をすかして遠い景色を見るような目つきをした。
「ですから我々は、あなたのおうちを代々…村を挙げてお助けする義務があるのです。
取引だなどと言いたてる者もおりましたが、
そういう口さがない連中に限って、何もしないものです」
そう言って、男は茶封筒に手を添えると、こちら側へ押してよこした。
その仕草には何か有無を言わせぬ力があった。
男はタバコをもみ消し「そろそろお暇(いとま)しましょう」と立ち上がった。
「おそらく、伺うのもこれで最後になるでしょう。
 水落村の暴れ川も来年あたりようやく護岸工事が始まりそうでして…
 捧げものの必要も、ようやっとなくなりそうなのです」
男は帽子を取ると深々と一礼した。
「本当に、感謝いたしております」
男が去ったあと、茶色い封筒の横の灰皿から薄く煙が上っていた。

 そのとき、携帯が鳴った。
出ると、妻の震える声が耳に切りこんできた。
「こうちゃんがいないの。窓際のベビーベットに寝かせていたら…
 窓が割れてて……こうちゃんが…こうちゃんが…」
窓ガラスをさらに猛烈な雨が叩き始め、轟音が電話のむこうの妻の声をかき消した。

出演者情報:安藤一夫 TEL:045-562-4907 アニマエージェンシー所属

 

Tagged: , ,   |  コメントを書く ページトップへ

小野麻利江 2014年10月19日

ono1410

「川まで食べて。」

      ストーリー 小野麻利江
         出演 平間美貴

「川まで食べられます」
って、メールで誤変換した。
皮を剥くほうじゃなくて、
riverの「川」のほう。
先輩が家を建てたお祝いに
ぶどうを持って行って、
「ちなみにそのぶどうは、
皮まで食べられるやつです」って、
帰ったあとメールで
追伸しようとした時のこと。

流れてる川、飲むならともかく、
食べちゃってどーすんだ。
そう独りツッコミを入れながら、
おなじ頭で、多摩川は食べにくそう。
最後のほう、砂利おおそうだし。
って考えてる自分がいた。

利根川は関東ローム層多め。
なんか口のなか、「渋-っ!」てなりそう。
神田川沿い・御茶ノ水あたりの緑色の水って、
子どものころ、本当のお茶だと勘違いしてたけど、
食べたら実際、抹茶だったらいいのに。
隅田川を食べたら、
屋形船をスイカのタネみたく、
ペッ、ペッ、と吐き出さなきゃだね。
上流の荒川は、
土手を残したらダメかしら。

四万十川はところてんみたいに、
すきとおっていそうだね。
安倍川を食べつくしたら、
「安倍川餅」は
ただの「餅」になっちゃうね。
長良川はいちど食べた後、
鵜みたいに吐き出さなきゃかな。
石狩川。シャケも、シャケを捕るクマも、丸呑みだ。

「川の食べ方」なんてハウツー本が出るのも、
時間の問題かもしれない。
「川ソムリエ」を名乗る奴も現れて、
「30年ものの鴨川、置いてます。」
「今年の富士川は、ここ10年で1番の出来」
なんて、きっとドヤ顔で語りだすんだ。
川の養殖も、盛んになるだろうな。
日本じゅうが、何かの川の養殖場。
増えまくった川を宇宙ステーションから見て、
「日本は青かった。」なんてセリフ、
誰かが言いだすね。100%言いだす。
そうこうするうちに、日本最長の信濃川を
ノドにつまらせる事件が多発して、
川をまるごと食べるのは危ない!
みたいな空気になって、
ひと口サイズの川が、店頭に並んだりして。
もはやそれ、川じゃないけどね。

出演者情報:平間美貴 03-5456-3388 ヘリンボーン所属

Tagged: , ,   |  コメントを書く ページトップへ

赤松隆一郎 2014年10月12日

akamatsu1410

      ストーリー 赤松隆一郎
         出演 地曵豪

父が骨になるのを待っている間
空を見ていた。
空を見ているのに
海のことを思い出した。
青かったからか。

父と海へ行った時のことだ。
それがいくつの時のことだったのかは思い出せない。
父が僕の手を引いていた記憶があるから
まだ小さかったはずだ。
波打ち際まで歩き、そこにしゃがみ込んで
寄せる波にちょん、と指先をつけた父を見て、
僕も同じことをした。
父は海水のついた指をちょいと舐めた。
僕も舐めた。
しょっぱい、と僕が言うと
この味、何かに似てないか? と父が聞いた。
答えがわからない僕に、
ヒント。お前の身体からも、ときどき流れ出てるものだよ、と
父が言うのを聞いて、答えがわかった。

涙。
そう僕が答えると、
そう、涙だ、海の水はぜんぶ涙なんだ、
海は川からやってくる水が流れ込んでできている、
そりゃもうたくさんの川が、
世界中のいろんなところから流れ込んでるんだ
その川のひとつひとつを、どんどんどんどん、
上の方へ上の方へと登っていくと
やがて川は細く、細くなっていく。
どんなに大きな川でも、最初は細い1本の水の筋なんだ、
じゃあその水の筋はどこから出てるのかっていうと、

川の始まる場所に座って泣いている
女の人の目から出てるんだな、
毎日毎日、いっぱいいっぱい、ずっとずっと泣き続けている
女の人の目から流れた涙なんだ、
涙の筋なんだよ、
その細い涙の筋が流れて流れて、いつしか大きな川になって
また流れて集まって、それがまた流れ込んで
やがて海になってるわけだ
海がこうしてここにあるってことは
川も流れ続けているってことだから
今もずっとその女の人は泣き続けているんだろうな、
そして海の水はずっとしょっぱいままなんだろうな、

一度も息を継ぐことすらなく、
そこまで一気に喋った父は、急に黙り込んで海を見た。
それまで聞こえていなかった波の音が
僕の耳に飛び込んで来た。

でもそれはおかしいよ、
海へ流れる、その途中の
川の水はしょっぱくないもの、
女の人が泣いているというのはおかしいよ、
そう言おうとして父の方を見て
僕はそれを口に出すのを止めた。
じっと海を見ている父の横顔から
今の彼にとって
そんなことはどうでもいいことなんだということが
子供の僕にも伝わったからだ。
それは、何の説明も、推測も必要としない
必要十分な伝わり方だった。
そしてその時初めて、僕は気づいたのだった。
今日の海に、母が来ていないということに。

       
父が骨になるのを待っている間
空を見ている。
空を見ているのに
海のことを思っている。
父も母もいない、海のことを。

出演者情報:地曵豪 http://www.gojibiki.jp/


Tagged: , ,   |  コメントを書く ページトップへ

2014年10月(川)

kawa

中山佐知子 & 遠藤守哉
赤松隆一郎 & 地曵豪
小野麻利江 & 平間美貴
直川隆久 & 安藤一夫

Tagged:   |  コメントを書く ページトップへ

中山佐知子 2014年10月5日

nakayama1410

むかしお世話になった家

     ストーリー 中山佐知子
        出演 遠藤守哉

むかしお世話になった家は
谷川に沿った道を登った山の村にありました。

木を伐ったり炭を焼いて稼ぐ人が多い村で
山林の恵みが豊かだったのでしょう、
食べるのに困っている人はいなかったと思います。

この山一帯の炭焼きをたばねる親方の家には
立派な門があって
その門の前で遊ぶ子供の数をかぞえていた婆ちゃんが
何度数えてもひとり多いことに気づき
ひええと腰を抜かしたかと思うと、
次の瞬間には躍り上がって駆けまわり、小豆のご飯を炊きました。
ええ、そのひとり多いのが私です。
大人の目には私は見えないはずなんですが、
子供の数をかぞえるとなぜかひとり多くなるらしいです。
不思議ですねえ、人間って。

その親方の家ではずいぶんお世話になりました。
婆ちゃんは日に日に小豆飯を炊いてくれるし
アヤとアッパに「きかねえわらし」と叱られている孫娘とは
よく一緒に悪さをしたもんです。

月日はあっという間に過ぎ
何代めかの親方のとき、私はとうとう出て行くことになりました。
私に対する理解が乏しくなったこともありますし、
たまに「怖い」と言われて傷つくこともありました。

村を出るときに気づいたんですが
山を開いたらしく、田んぼや畑が増えていました。
あぜ道には彼岸花が咲いていました。
山で稼ぐ人たちは、山の宝を取り尽くさずによそへ移って行くものです。
人がいなくなると山にはまた木が茂り、豊かな山林が復活します。
でも、彼岸花を持ち込んで植えたということは
その土地にしがみつこうという意思のあらわれです。
彼岸花は飢饉で食べ物がなくなったときの最後の食料になりますから。
そんな備えをしてまで、この土地にしがみつこうとするのは
なにか間違っていないかなあと思ったものです。

その村が滅びたという噂をきいたのは100年もたったころでしょうか。。
木を伐りすぎた山から鉄砲水が襲い
それをきっかけに、毎年のように村から人が出て行ったという話です。
親方の家ももうありません。

あるとき、村をたずねたことがあったんですよ。
あまりに久しぶりだったので
谷川に沿った道を登りながら、
この道だったかな、大丈夫かなとだんだん心配になってきたとき
川に沿ってずうっと上の方まで彼岸花が咲いているのが見えました。
ああ、ここだって思いました。
あのあぜ道の彼岸花が水に流されて川沿いに根付いたんですね。
昔、この川の上流には確かに村があったんだ。
自分はそこでずいぶんお世話になったんだ。
もう村はなくなって、親方の家もつぶれ、
小豆飯を炊いてくれた婆ちゃんのお墓も流されているに違いないけれど、
彼岸花の赤い道をどんどん登っていきました。
ちょっと涙がこぼれました。ええ。

え?私ですか。
ええその、私は不肖ザシキワラシと呼ばれているものでして。
ともかく何百年もザシキワラシやってるもんで
見かけは子供ですが中身おっさんですみませんね。

出演者情報:遠藤守哉 青二プロダクション http://www.aoni.co.jp/

Tagged: , ,   |  コメントを書く ページトップへ