一倉宏 2010年6月26日ライブ



 こころを2で割った答は

ストーリー 一倉宏
出演 高田聖子

ねえ…
どうしていまごろ そんなこと言うの?

まだ陽射しの残る9月の夕暮れ
あなたは青山のあの店で さよなら と言った
あれから私は… どうしたと思う?

パウダールームの鏡の前に立つと ふたりの私がいたんだ
くちびるを噛んで無表情な私と 涙をぽろぽろとこぼした私
どちらの私が ほんとうの私だと思う?

それから
石のように無表情な私は 外苑東通りを歩きはじめた
あなたの置き去りにしたものに 私は怒っていた
すべてが中途半端で 矛盾して 曖昧なままだった
結論のない 謎ときのない ミステリーのようだった
私が怒る理由は すれ違うひとの数よりも多いと思えた
あなたは確実に 犯人だった
臆病で ただ逃げまわる 情けない犯人だった

それから
涙のとまらない私は 外苑西通りを歩きはじめた
あなたの言ったことは ぜんぶ嘘に違いない
その証拠に あなたは一度も私の目を見て話さなかったから
いつもより小さな声で 真直ぐにことばを投げなかったから
だけど そんな薄弱な根拠に また涙がこぼれた
はじめて 愛している と言ってくれた記憶も
あなたは 横顔だったから

外苑東通りを歩く私は 無表情のままだった
復讐ということばさえ 胸に浮かんだ
あなたの罪状は 優柔不断のろくでなしだった

外苑西通りを歩く私は 涙がとまらなかった
どんなことでもするから 戻って欲しかった
私が死なない方法は それ以外にないと思った

外苑東通りを歩く私は くちびるを噛みつづけた
中途半端で 矛盾して 臆病な犯人に
私を共犯者にさえできなかった その弱さに

外苑西通りを歩く私は 泣きつづけていた
ぜんぶ嘘だと なんどもなんども考えた
携帯電話が鳴らないかと なんどもなんども確かめた

外苑東通りを歩く私は 怒っていた
あなたを 一生許さないと考えた
外苑西通りを歩く私は 泣いていた
死ぬまで 泣きながら待ちつづけるのだと思った

ねえ…
あれから私は どうしたと思う?
どちらの私が ほんとうの私だと思う?

それから ふたりの私は
桜田通りでタクシーを拾い 行く先を告げた

その夜 私はひとりで
怒りながら 泣きながら 
もう 決してあなたを愛していない私を 選んだ

それが… いまの私です

出演者情報:高田聖子 Village所属 http://www.village-artist.jp/

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一倉宏 2010年6月26日ライブ



できることのなかでいちばんよいことをする

ストーリー 一倉宏
出演 一倉宏  ピアノ・歌 村上ゆき

 あれは 雨の降る日曜日だった
 私は 妻とスーパーマーケットから帰ってクルマを降り
 傘を開き 荷物を下ろしたその直後…
 彼女が威勢よく閉めたドアに 指をはさまれ
 悲鳴をあげた

 その夜 私の右手中指は 一晩中泣いていた
 私もまた 怒りながら笑いながら 泣いていた

 翌朝 病院に駆け込み事情を話すと
 医者も 同情と微笑みを浮かべながら 私に訊いた
「それで 昨夜は どうされましたか?」

「とにかく とりあえず グラスに詰めた氷で冷やしました」
 と答えると 医者は うなづきながらカルテを書きながら
「そうですか それは… 
 できることのなかでいちばんいいこと を 
 されましたね」と 言ったのだった

 そうか… 
 痛みに耐えられず ほかにどうしようもなく
 ロックグラスに氷をいっぱいに詰めて 泣く指を冷やした
 あれは できることのなかでいちばんいいこと だったのか

 できることのなかでいちばんよいことをする

 それから私はときどき この経験を思い出すのだ
 しんみりと 雨の降る日と
 こころの 泣きたい夜には…

 上司が ただ
 威厳を示したかったのか 機嫌がわるかったのか
 誰も幸せにしない 思いつきを口にしたとき

 あるいは
 取引先の担当課長が 週末を費やしたプレゼンテーションに
「こんなところですか 検討しますよ…」と
 資料を流し見て 立ち上がったとき

「ごくろうさま」のひとこともない 上司に
「ありがとう」のひとことも言えない 取引相手に
 
 情けなくて 悔しくて 
 こころの 泣きたい夜と
 しんみりと 雨の降る日には…

 左手にカバンを持ち 右手に傘を差して
 あのときの痛みを思い出してみる

 そうだ それでも
 できることのなかでいちばんよいことをしよう  

 左手に情けなさを持ち 右手に悔しさを握りしめて
 繰り返し 思い出してみる

 だけど それでも
 できることのなかでいちばんよいことをするんだ
 絶対に 私は

 どんなに こころが泣いても…
 おたんこなす

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一倉宏 2010年6月6日

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みなさまの夏

ストーリー 一倉宏
出演 松澤一之

夏がくる
お嬢様の夏がくる
白いレースのパラソルをくるくるまわして
お嬢様の夏は お嬢サマー

王様の夏がくる
大きな銀の器に山盛りのかき氷 シロップは7色の全部かけ
王様の夏は 王サマー

お母様の夏がくる
たらいの井戸水で冷やしたスイカをさっくり割った
お母様を思い出す お母サマー

たなばた様の夏がくる
仙台にも阿佐ヶ谷にも福生にも 夏休み前の幼稚園にも
色とりどりの願いが揺れる たなばたサマー

雷様の夏がくる
どんな夏フェスの どんなバンドの爆裂ロックもかなわない
雷様の夏は 泣く子も黙る 雷サマー

上様の夏がくる
暑気払いのビヤガーデン きょうの日付で 宛名は
上様で きょうは社長に ごちそうサマー

おつかれさまの夏がくる
休日の 海へと続く道は 行きも帰りも大渋滞
やれやれ おたがいさまの夏 おつかれサマー

おてんとさまの夏がくる
だけどやっぱり夏はうれしい お出かけせずにいられない
おてんとさまの夏 おてんとサマー

お客様の夏がくる
そりゃもう書き入れ時だよ 海の家も 山の売店も
ラーメンも アイスキャンデーも とうもろこしも
お客様の押し寄せる夏は 様 サマーだね

おかげさまの夏がくる
ありがたい こうしてして無事に夏を迎えられるのも
おかげさまの夏 おかげサマー

おばあさまの夏がくる
おばあさまは100歳 はじめての夏は大正元年
今年は100回めの夏 お元気で おばあサマー

けれど どなた様かが亡くなった夏もくる 
お気の毒サマー ご愁傷サマー

そして お星様の夏がくる
ペルセウス座流星群 それはちょうどお盆の頃
0時を過ぎる頃 流れ星降る お星サマー

どこにいるのか 私の星の王子様
またどこかの星で やさしいわがままを言って 
道草してるのね 私の星の王子サマー

夏がくる 
もうすぐくる 
すぐサマー

みなさまの夏がくる

おまちどおさまの夏 
おまちどおサマー 

出演者情報 松澤一之 5423-5904 シスカンパニー

shoji.jpg  
動画制作:庄司輝秋・浜野隆幸


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一倉宏 2010年5月2日



東京にないもの
              

ストーリー 一倉宏
出演 高田聖子

むかし 高村智恵子さんは「東京には空がない」といった
いま よく晴れた日に 高層ビルの展望階に昇れば
東京の空も ずいぶんと広い
それでも 智恵子さんは「ほんとの空じゃない」というだろう
どんなによく晴れた日の どんな超高層ビルからも
彼女の ほんとうの 安達太良山の上の空は 見えない

会社の同僚の 落合咲恵さんは「東京には海がない」という
私は驚いて 彼女の顔を見る
「浜松町まで行って 5分も歩けば見えるあれは 何よ?」
「あれは湾 東京湾 海じゃない」と
九十九里育ちの 咲恵さんはいうのだ

東京には 隅田川も多摩川もある 神田川もある
しかし 神田川を 日本人には有名な川だ
有名なフォークソングに歌われていると紹介すると
エジプトのひとたちは笑うらしい
「これは川じゃない 側溝だ」と

東京にないもの
大阪生まれの吉岡部長は「東京には愛想があらへん」という
吉岡部長は 東京のたこ焼きにも 文句をいう

東京にないもの
 
同級生だった 玉村直之くんは「東京には友達がいない」といった
「直くんは ずっと地元だからね あっちが似合うし
 でも 池沢くんや 中里くんはどうなのよ」
「もう10年以上 年賀状もよこさん」
結婚する前 上京した玉村くんと 渋谷でお茶をした
「それだったら この私は? 年賀状出してるよ」
玉村くんは黙った それからこういった
「たとえ 大むかしでもな ほんのちょっとでも
 付き合った女子のこと 友達とは いいたくない」
それなら どうして・・・ 彼は私を・・・ 
呼び出したのだろう?

去年の連休は 夫の実家で過ごした
休みが終わる日 帰り支度をしていた朝
夫の祖母が畑から ごっそりと野菜を運んできてくれた
「そんなもん 
 東京には ねーもんなんか ねーだわ」
祖父が そういって笑った
「いえいえ こんなに自然な野菜 うれしい」と 私はいった
まがったキュウリ すこし小ぶりのトマト
東京にも ないわけじゃない 無農薬とか謳う店に

案の定 渋滞した高速道路
実家の 父母祖父母の前では あんなにおしゃべりで
機嫌のよかった夫が 押し黙る
ないものはない 東京に 帰る途上で
ないものなんてない 東京が 近づくにつれ

「しまった」 と 夫が舌打ちした
「何 忘れもの?」 と 私はきいた
「あした 7時から早朝会議だった 6時には出ないと
 ・・・起こしてくれよ」

東京にないもの
東京にないもの

出演者情報:高田聖子 03-5361-3031 ヴィレッジ

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一倉宏 2010年4月4日



どうぶつたちの学校

ストーリー 一倉宏
出演 西尾まり 

メダカの学校を そっとのぞいてみると
みんなで おゆうぎしている
だれが生徒で だれが先生か よくわからないけど
みんなで おゆうぎしている

ドジョウの学校は どろ遊びをしている
ドジョウのこどもは どろまみれになっても叱られない
ドジョウの校長先生は ヒゲが自慢で
酔っぱらうとかならず どじょうすくいを踊る

プレーリードッグの学校は 礼儀正しい
「起立」「礼」「起立」
全員 起立したまま授業を受ける
宿題を忘れた生徒は もちろん廊下に立たされる

アライグマの学校では みんな手をあらう
鉄棒をしてもあらい ドッチボールをしてもあらう
アライグマの学校では 学級閉鎖がほとんどない
おまけに 給食のパンまであらう

ビーバーの学校は ダムづくりの学校だ
もてるビーバーの条件は ただひとつ
シッポさばきが巧みで ダムづくりがうまいこと
ビーバーの住民投票は 「建設賛成」が絶対多数だ

オオカミの学校は …ない
オオカミは 集団行動が苦手だから
そのかわり 通信教育が発達している
オオカミの赤ペン先生は 容赦なく赤点をつける

クジラの学校は でかい
クジラの学校のプールは 琵琶湖ほどもある
教室は 東京ドームの約300倍
クジラの学校の遠足は 地球を半周する

ウナギの学校は 長いあいだ 見つからなかった
でも最近 マリアナ海域で発見されたらしい
ウナギの学校は その海の底に寄宿舎があるのだろう
みんな細長い ウナギのベッドで眠る

スズメの学校は かなり大きなマンモス校
給食の準備もたいへん 人気メニューはやっぱり ごはん

カナリヤの学校は 音楽ばかり
放課後の部活だって コーラス部

コウモリの学校は もちろん夜間学校
先生は 黒板の文字を逆さに書く

ナマケモノの学校は 週に1日だけ
それでも欠席者が多い 休講も多い 夏休みも長い

カブトムシの学校は 腕白ぞろいの 力くらべ
セミの学校は土の中 卒業式には大合唱

ネコの学校は 昼寝45分 授業15分 また昼寝
イヌの学校は まいにち体育 教室はいらない

さて 人間たちの学校はどうだろう
人間の こどもたちの学校は ちゃんと のびのび 
たのしいですか?


shoji.jpg  
動画制作:庄司輝秋・浜野隆幸


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一倉宏 2010年3月4日



花言葉に誘われて
                  

ストーリー 一倉宏
出演 松永玲子

ほんとうかどうかはしらないけれど
花屋の店員さんたちは こっそりと 花言葉で話しているらしい
たとえば こんなぐあいだ

「うちの店長って<ヤマブキ>すぎると思わない?
 <アマリリス>があるのはいいんだけど もうちょっと
 <赤いフリージア>だったら <ツユクサ>なんだけどなあ」

これを解読すると こうなる

「うちの店長って<ヤマブキ>=気品が高、すぎると思わない?
 <アマリリス>=誇り、があるのはいいんだけど もうちょっと
 <赤いフリージア>=愛想のよい、だったら 
 <ツユクサ>=尊敬、なんだけどなあ」

ということは
酒屋の店員さんたちは こっそり 酒言葉で話しているだろうか

「うちのおやじさん <シングルモルト>だからね
 それも なんちゅうの かなり<アイレイ>入ってるし
 それにくらべると おかみさんは<チリワイン>だよなあ」

でも これは解読しやすい

「うちのおやじさん <シングルモルト>=生一本、だからね
 かなり<アイレイ>=癖の強さ、入ってる
 おかみさんは<チリワイン>=気さくで庶民的、だよなあ」

魚屋の店員さんたちの話す 魚言葉は どうだろう

「うちの若旦那 <イナダ>でしょ 養殖の
 おやじさんみたいな<マグロ>は もう<トラフグ>でね
 いくら<イクラ>だって <ウニ>だよ」

「若旦那は <イナダ>=出世魚のまだ2番目 養殖のボンボン
 おやじさんは<マグロ>=まっすぐにしか進まないひとで
 もう<トラフグ>=すぐ怒る
 いくら<イクラ>=大事な卵だって <ウニ>=痛い目にあう」

そして 文房具屋の店員さんたちの話す 文房具言葉 

「このあいだ 合コンで会った<三角定規>
 もうかなり<36色の色鉛筆>でさ おまけに<コンパス>
 結局は<消しゴム> しょせんは<カートリッジ>だった」

八百屋の店員さんたちの話す 野菜言葉 

「<ダイコン><ダイコン> そんなに<タマネギ>だって
 <ピーマン>でしょ もっと<長ネギ>で<ナス>」

これも わかる気がする なんとなく

だから やっぱり いちばんむずかしいのは 謎なのは  
花屋の店員さんたちの話すという あの 花言葉だ

どうぞ あなたの<アイリス>が 
<ラッパスイセン>でありますように

出演:松永玲子 03-3359-2561オフィスPSC

shoji.jpg  
動画制作:庄司輝秋・浜野隆幸


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