一倉宏 2010年11月7日

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街で拾ったことばたち

                
ストーリー 一倉宏
出演 水下きよし

   
もう ずいぶん昔の話になるけれど
街にコンビニが コンビニエンスストアというものが
あらわれはじめた頃のこと
家の近所の いつもおばあちゃんが店番をしている
雑貨屋さん 洗剤やティッシュやお菓子を商ってる店の
自動ドアじゃない 木でできたガラス戸の そのガラスに 
ある日とつぜん マジックで

「コンビエスストア」

と書かれた文字を 見たことがある
残念なことに あの店はもう なくなった

それから
地下鉄の改札口に まだ 伝言板というものがあった頃
終電車に近い混み合った車両を降りて 改札を出ると

「さようなら おとうさん」
と チョークで書かれたメッセージに

それはもちろん 私と無関係なものではあるけれど 
みんなはそれを見て 笑いながら去っていったけれど
なぜか ドキリとして 涙がでそうになった こともある

そうだ
あれはどうなったのだろうか
区の公会堂が まだ建て直される前のこと
あるとき 大きな看板が出ていて

「植木等即売会」

と 堂々と書いてあったのだ
これは どう考えたって ある年齢より上の世代の
少なくとも 3人に1人は

「うえきひとしそくばいかい」

と読むはずだ 

思い出した
地下鉄千代田線が乗り入れる 常磐線松戸駅の
たしか隣の 小さな駅の ホームから

「マツド外科」

と書かれた看板が見えて カタカナの「マツド」の
その「ツ」が どう見ても小さくて
「マッド外科」としか 読めなかったこと

「うえきひとしそくばいかい」も「マッド外科」も
たくさんのひとが気づいてた だろうに
あれは 確信犯だったのか
だとしたら 日本人のユーモアも なかなかのものだ

冬のロンドンを訪ねたとき
路上の白い 白いはずのポルシェが
水垢やほこりで ほとんど灰色のポルシェになっていて
そのボディに 指で 
「 WASH ME 」
と 落書きされてるのを 見たことがある
それは ほんとにポルシェが そういってるみたいで
感心したことを 憶えている

出演者情報:水下きよし 花組芝居 http://hanagumi.ne.jp/

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一倉宏 2010年9月5日

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使わなくなった「ことば」たちは

ストーリー 一倉宏
出演 水下きよし

 まいど お騒がせしております 
 「ことば」の回収車でございます
 ご家庭で不用になった「ことば」
 使わなくなった「ことば」は ございませんか
 無料にて 無料にて お引き取りいたします

そうですね 
この仕事をはじめて5年になりますね
いちばん多いのは やっぱ
「ナウい」とか「イケイケ」とか「ボイン」とか
「シティ感覚」とか「スグレモノ」とか
そういうのですね それこそ掃いて捨てるほどで
あの レインボーブリッジから 向こう
あっちの埋め立て地には たくさん埋まってますよ
そういう「ことば」が

あと「ハマトラ」とか「ボディコン」とか
そういう ファッション系ね
ファッション系のなかには ごくまれーに
いわゆるレアもの? ありますけどね たまーに
でも めったに出ないです そういうのは

あと多いのは ギャグ系ね
「こにゃにゃちわー」とか 「そんなバナナ」とか
もう 古くて笑っちゃうやつ だけど使えない
修理しても 電池入れ替えても だめ
だけど たとえば 「ゆるしてちゃぶだい」
これなんかは 「ゆるして」を取っちゃうんです
そうすると 「ちゃぶ台」は人気ありますからね
いまの 若いひとには

 まいど お騒がせしております 
 「ことば」の回収車でございます

そうだなあ
古い住宅街 昔からのお屋敷町みたいなところをまわると
ひょっこり「無礼者」「名をなのれ」なんてのが
出てきて びっくりしますけど
そんなに古くなくても 「逢い引き」とか「接吻」
「インテリゲンチャ」とか 「愚妻」とか「豚児」とか
このあたりも どうかなあ 
アンティークというほどでもないし

 ご家庭で不用になった「ことば」
 使わなくなった「ことば」は ございませんか
 無料にて 無料にて お引き取りいたします

たとえば このあいだ見つけたのは
「たゆたう」 なかなかいいでしょ これ
ていねいに磨けば まだ使えますよ 
「たゆたう」 僕は好きだなあ
あと 「ひたぶる」とか 「もの憂い」とか

ここだけの話ですけどね
この仕事してると 気がつくことがあるんです
立派なお宅の奥さんに声かけられて 
お邪魔して いろいろ拝見して 引き取って
そうするとね 
その向こうに うっすら埃をかぶって
あるんです 「ありがとう」とか 「ごめんなさい」
あ もう何年も使ってないなって わかるから 職業柄…
そっと埃だけ払って 置いてくるんですよ
そういうときは

奥さんはたいてい いいますね 最後に
ちいさな声で   …ありがとう って

出演者情報:水下きよし 花組芝居 http://hanagumi.ne.jp/

*音声のみはこちらから
使わなくなったことばたちは.mp3

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一倉宏 2010年8月1日


Photo by (c)Tomo.Yun


金魚怪談

ストーリー 一倉宏
出演 すまけい

真夏の夜には、こんな話がふさわしいだろうか。
狐狸が簡単に人をだませたような、それほど昔の話ではない。

祭り囃子のにぎわいのなか、ひとりの若者が歩いていた。
白がすりの浴衣の似合う、色白で細身の美男子だった。
その若者は、ふと気が向いて、金魚すくいの人垣をのぞいた。

「あー、惜しい」
「あれ、ねえ、あれ取って」
そんな家族づれのあいだに入って、金魚をすくう。
いちばん大きくて立派な、袴を腰高にはいたような、赤い金魚に
狙いをつけると、あっという間にすくいあげてしまった。
客たちが目を見張り、驚きの声をあげた。
その一匹だけを受け取って、若者は満足そうに立ち去った。

「ちょっと、すみません。うちの坊ちゃんが・・・」
人混みをかきわけ、追いかけてきた男が若者にいった。
「坊ちゃんが、その金魚をどうしても欲しいと」
お礼のお金はいくらでも出すと、その男は何度も頭をさげた。
若者はちょっと考えてから、あっさりこう答えた。
これは差し上げる。お礼はいらない。
自分も、つい気まぐれで手に入れたものだから。
こどものわがままを、お金で解決するのも感心しない、と。

やがて、祭り囃子も止んで、人々は家路につきはじめた。
さきほどの男が、ふたたび若者を見つけ出し、呼び止めた。
大変なご好意に感謝したい。一席もうけたのでおつきあい
いただけないかと、ご家族からの、たってのお願いである。
最初は断ったが、「とりわけ、一部始終を見ていた坊ちゃんの
おねえさまから、直接お礼が申し上げたい」とのことづてに、
若者の心が、すこし動いた。

川音の聞こえる座敷には、娘がひとりで待っていた。
素晴らしい料理と酒が運ばれ、美しい娘が酌をした。
ふたりきりだった。夢のようだった。
娘は頬を染めて、「恩人」とも「運命」ともいった。

それにしても… ふしぎな話じゃないか。
見たこともない豪勢な料理ばかりなのだが、お造りとか、
魚料理がひとつもないのもなんだか変だと、首をひねった。

若者が用を足して廊下に戻ると、障子に娘の影が映っていた。
それは。腰高に、揺れる袴は…

「き、金魚姫!?」

そう、金魚姫だった。
年に一度、お祭りの金魚すくいで、人間の世界をのぞきにくる。
めったにすくわれるへまはしないが、もしもすくわれれば、
その人間と結婚する運命となる。金魚の国で。

若者は逃げた。必死で逃げた。
屋敷のまわりは、ぐるりと川がかこみ、飛び込むしかなかった。
クロールで泳ぎ切ろうとする若者を、紙を貼った巨大な輪が、
いくつも追いかけてきては、すくいあげようとした。

やっとのことで逃げ切って、そのまま気を失った若者は…
全身ずぶ濡れで、夜明けの街に投げ出されていた。

それでもあなたは、金魚すくいで、
あの、いちばん立派な、赤い金魚を狙いますか?

出演者情報:すまけい 03-3352-1616 J.CLIP所属

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一倉宏 2010年7月4日



蛍の想い

ストーリー 一倉宏
出演 春海四方

1945年 戦争の終わる夏
日本の各地には たくさんの蛍が飛んだ
たくさんの たくさんの たくさんの蛍が
せめてそうやって ひそかに故郷に帰りたいと願った
若者たちがいたことを 私たちは知っている

その頃は東京にだって
山手線の外側には まだ田んぼがあり小川があった
蛍たちは 水を飲んで渇きを癒し そして切なく光った
玉川上水の近くに住んでいたおばあさんは
その夜をきのうのことのように 憶えている

1960年代 オリンピックがあり 高度成長がはじまる
それでもまだ 蛍たちはいた
全国いたるところの里山に 田園に たしかにいた

やがて 川の水は汚れ
東京の用水や上水は ことごとくコンクリートの蓋をされた
だから 蛍たちは姿を消したのだという
誰もが そう信じている
だけど そうだろうか? ほんとうに?

蓋をされない玉川上水を いまも散歩するおばあさんはいう
「みんな 戦争のことを忘れたからだ」と
「戦争のことを 思い出さなくなったからだ」と
戦争で死んだ 若く 寡黙な 無念な 若者たちのことを

1960年代には まだ 戦争は語られた
思い出された若者たちの数だけ 蛍は飛んだ
くりかえし語られて 夏の闇に蛍は光った
そうじゃなかったろうか?
70年代 80年代と 戦争が語られなくなるたびに
あの蛍たちは どこかに消えたのではなかったろうか?

2010年のいま
どうしてあの戦争は 語られなくなったのだろう
どうして蛍たちは こんなに少なくなってしまったのだろう
このままだと 絶滅してしまうかもしれない
あの蛍たちは
あの若者たちの 痛恨の思い出は

それでも 東京のあちこちで
今年の夏も「ホタル観賞の夕べ」が開かれるだろう
一生懸命に 限られたわずかな環境を整え 飼育された蛍たち
私も数年前 近くの公園でそれを見た
二晩だけの限定の催し 長い列に並んで1時間待ち
7つほどの舞う光を たしかに見た
その夜 7つだけ 若者たちの魂の残光を見た
何万 何十万のうちの たった7つだけ

そして いつの日か
20XX年の日本に たくさんのたくさんの蛍の飛ぶ日が
ふたたびやってくることは あるのだろうか

私たちはそれほど 賢いだろうか?
あるいは それほど 愚かだろうか?

忘れないでください
源氏 平家の昔から 戦争で死ぬ若者たちの残した想いが
この世の蛍となることを

出演者情報:春海四方 03-5423-5904 シスカンパニー所属

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一倉宏 2010年6月26日ライブ


ちいさなトラネコの肉球は  (〜 NEW VERSION 〜)

                  一倉宏

(大) おとこ   

  ちいさなトラネコの肉球は
  ゴールキーパーの黒いグローブのようで
  転がるボールをみごとにセーブする

  ナイスなやつだ

  ちいさなオスのトラネコは
  タマタマの先っちょの毛も黒い

(聖) おんなのこ  

  すてきななまえをもっているのに
  おんなのこは もうひとつのなまえを
  じぶんにつけたりします

(坂) しょっき  

  食器洗い機があって洗濯機のない
  ぼくの独身生活を きみは笑いころげた
  だって 
  食器はコインランドリーで洗えないんだぜ?

  いまでも 食器洗いは嫌いだ
  洗濯しながらマンガを読むのが好きだ

(聖) まくら  

  じぶんの においがする

(大) たおる  

  いちばんしていい贅沢は バスタオルだ
  真っ白で大きくてふかふかの バスタオル
  この幸福感のねだんは あんがい安い

  だけど 
  おなかをすかせたアフリカのこどもたちへの募金
  きょう ポケットに手を入れかけて やめた

(聖) ぽんちょ  

まだ さゆうのあしを じょうずにうごかせない
このこのために

せかいは へいわでなければならない

(板) じーんず

  たまにムカツクこともあるけれど
  世界は おおむねオッケーだと思う
  とくに よく晴れた日なら

  友だちが
  おまえ ユウウツって漢字で書けるか と聞く
  書けるわけないだろ

(聖) ばっぐ  

  がーん しまった 携帯わすれた
  わすれなぐさは 春の季語

  わたし
  なんでこんなこと憶えてるんだろう?

(大) くつ  

  
  あるく あるく あるく
  あるく あるく あるく あるく
  とまる あるく あるく あるく

  あるくのが好きだ  


(聖) すかーと

  こどもが 眠る
  ときどき トラネコも眠る

  わたしも すこし眠る

  特技 すこしだけ眠って元気をだす

(坂) とけい

(聖) とけい

(大) とけい

    6月26日の日没になります。
    本日はありがとうございました。

出演者情報:大川泰樹 http://yasuki.seesaa.net/  03-3478-3780 MMP
      坂東工 http://blog.livedoor.jp/bandomusha/
      高田聖子 Village所属 http://www.village-artist.jp/

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一倉宏 2010年6月26日ライブ



万葉の孤悲 

ストーリー 一倉宏
出演 坂東工

いまは もう
オープンカフェで待ち合わせするには
肌寒い季節だろう。

あなたと僕が待ち合わせをしたのは
5年前のちょうどいまごろ。 
神宮前のあの店で。

はじめてだから わかりやすいように
外側のなるべく奥のテーブルと約束して。

だから 20分も遅刻してしまった僕も
すぐにあなたを見つけることができたのだけれど。

いまでも憶えている。
そのとき カーディガンを肩にかけ
本を読んでいた あなたの横顔を。

こんな場面で
若い女性が開いている本は 先入観でいうなら
村上春樹やニューヨーカー短編集などがふさわしい。

けれど あなたがしおりを挿んだその本は
夏目漱石の『草枕』だった。

さらに 僕を驚かせたのは
遅れた失礼をわびると 
さらりと微笑んで あなたが こう答えたこと。

「いいんです。
 私、こういう時間が好きだから。」

男は誰だって 自惚れで肥大して 幻想を甘やかす。
だから あなたは無防備すぎたと いうつもりはない。
あなたが 好きだといったのは
相手が誰であれ 待ち時間に本を読むこと。
その ひとりの時間。

いまでも 青山通りから新宿方面に抜けるとき
あの店の前を通る。

あなたの名誉のためにいえば 
漢字の多い やや昔の小説を読むこと以外は
あなたは若い女性として 特に変わってはいなかった。

ふたりになれば
コーヒーにケーキをつけておかわりし
そして よく笑った。

なにが幻想で なにが幻想ではなかったのか 
ほんとうは いまでもよくわからない。

元気でやっていますか。
僕らは 僕らのあいだにあったなにかを
なかなか飛び越えられなかったね。

このあいだ 昔の日本語について調べていたら
万葉集では 「恋」を 「孤悲(こひ)」
孤独の「孤」に 悲しむの「悲」で 「孤悲(こひ)」
と書いていたことを はじめて知った。
ひとり 悲しむ の「孤悲」か。
恋とは結局 ひとりの時間のことなのか。

いまも カップを片手に ひとり静かに悲しんでいる。
それが 「孤悲」の時間なら 僕もまた 
この時間が どうしようもなく 好きかもしれない。

出演者情報:坂東工 http://www.takumibando.com/

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