上田浩和 2006年12月1日



ウール     

                      
ストーリー 上田浩和
出演 清水理沙

ある街のはずれの病院で、
男の子が産まれました。 

その男の子は両腕が不自由だったので
不憫に思った両親は、
特別なマフラーをプレゼントしました。
えんじ色の長いマフラー。
何が特別かと言うと、
それにはお母さんの右腕の神経とお父さんの
左腕の神経が縫いこんであるのです。

それを首の周りにくるっと巻き、
両端を肩からさげてやると、
マフラーは男の子の腕になり、
先端のひらひらのフリンジは指になりました。

ウールと名付けられた男の子の、
そのマフラーの手は大きな栄誉をつかみました。
物心ついたときからはじめたピアノは、
ウール100パーセントのタッチと賞賛され、
若き天才ピアニストとして世界にその名を轟かせるまでになったのです。

恋もしました。
相手は、ある国のコンサートホールの売店で働く
カシミヤという名の女の子。
その恋にウールは作戦を練りに練りました。
カシミヤの手をとり、なんて素敵な手なんだと大袈裟になでまわしながら、
その小指の爪に、自分のマフラーをひっかける。
そのあとじゃあねと言って別れ、
ふたりがお互いの家に着くころには、
ウールのマフラーの手はほどけ、毛糸が一本かろうじて残っている。
あとは彼女に電話するだけ。
「ぼくと君は赤い糸でつながっているみたいだ」
「赤ではなくてえんじ色なんですけど」
「それは深い赤色だよ。深い愛ということさ」
そしてふたりは、毛糸の指輪を交換し、結婚しました。

ウールはまさに人生でもっとも輝くときを迎えようとしていました。
しかし、不幸とはこういう幸せの絶頂期にしばしば訪れるものです。
それはこのウールとカシミヤの場合にもあてはまります。

ある晩、やかんがピーっとなりました。
子供の頃からの約束でウールは火に近づくことを禁じられていましたが、
ちょうどそのときカシミヤはウールの腕の毛玉とりに夢中でした。
仕方なく伸ばしたウールの左腕は、またたくまに灰になってしまいました。

奇跡のマフラーピアニスト、絶頂期の左腕焼失!

それから何年かたって......
スポットライトのなか、ステージの上に現れたウールは、
観客にむかって高々と左手のマフラーをあげました。
ウールの見つめるその先にいるのは、カシミヤでした。
ウールの左腕には、カシミヤの左腕の神経が縫い付けてあるのです。

ウールの演奏は、以前よりもあたたかく見事なものでした。
それもそのはずです。
ウール50パーセントカシミヤ50パーセントの音色なのですから。

*出演者情報:清水理沙

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