麻生哲朗 2007年3月9日



桜のアパート

         
ストーリー 麻生哲朗
出演    マギー

いくつか見せてもらった部屋の中から
一番古くて、一番手狭だったこのアパートを選んだのは
窓の外を眺めていた僕に、不動産屋がつまらなそうに言ったからだ。
「あぁそれですか?桜の木ですよ」
夏の終わりの、蒸し暑い日だった。
僕にはしわくちゃのまま固められたようにしか見えなかった、
二階の部屋の、窓のすぐ外に見える、たった一本の細い木は、
まだ若い、桜の木らしかった。

会社の同僚たちが、遅い引っ越し祝いにかこつけて、大挙して訪れ
缶ビールを空けながら
「もうちょっといいとこがあったろう」とか
「どうも畳がしめっぽいよ」とか、好き勝手に盛り上がる中で
ひとつ年下の、少し前に長かった髪をバサリと切った
今まであまり話しをしたことのなかった女の子が、
窓の外を眺めてぽつりと言った。
「あれ、桜の木ですよね」

それからしばらく、夏が過ぎて、冬が来ても、
僕とその彼女は普通の同僚だった。
「あの桜がそろそろ咲くよ」
会社の中ですれ違った時の
それが僕なりのせいいっぱいの一言だったけれど
彼女がその言葉を待っていたのかどうかは、よくわからなかった。

そのアパートでの始めての春に
窓の外の、一本だけの桜は確かに咲いて
彼女は、4月最初の休日に、ケーキを手に、僕の部屋へやってきた。
僕たちの付き合いは、静かに始まった。

それから何度か、僕たちは桜の季節を一緒に過ごし
満開の時も、葉桜も、ふたりでそれを窓から眺めた。

桜の季節には、桜の話しをして
桜の咲かない季節には、それ以外の話しをした。

僕たちは普通の恋人同士で
僕たちの間にも普通の恋人同士のように、普通に色々なことがあった。

2年前、僕は窓の桜を、思えば初めて、一人で眺めた。
僕たちの付き合いは、終わり方もまた、静かだった気がする。

去年、やっぱり僕は窓の桜を一人で眺めていて
その桜がすっかり散った頃、
彼女が、故郷の誰かと結婚したという話を、人づてに聞いた。

夕方、ガムテープがなくなって買い物に出ると
まだ風は冷たく、春と呼ぶには少し早かったけれど
あと3週間も経てば、また桜は咲き始める。

ひと月前に新しく決めた部屋の窓から、桜の木は見えない。
代わりに、東京タワーの先っぽだけが、雑居ビルの隙間からのぞいている。

荷造りはほとんど終わった。
荷物は思ったより少なかった。
後は明日の朝、業者のトラックが来るのを待つだけだ。
最後にカーテンを外して段ボールに入れた。
むき出しになった窓の外には、あの頃より少し立派になった
まだ咲かない桜の木があって
その、別に毎年、春など待ってはいなかったような素っ気ない姿に、
僕はなんとなく、小さく会釈をした。

*出演者情報:マギー 03-5423-5904 シスカンパニー所属

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小野田隆雄 2007年3月2日



さくらづくし

            
ストーリー 小野田隆雄
出演  久世星佳        

サクラという、美しい男性のママの店を出
ると、新宿三丁目の夜は雨だった。桜雨と言
うのだろうか、柔かく絶えまなく降ってくる。
 二~三分小走りに歩き、堀田という小料理
屋に飛び込んだ。ここの美しい女性のおかみ
は、千葉県佐倉市の出身である。佐倉は江戸
時代、堀田家の城下町だった。おかみの名前
は、うららという。
♪「桜の花の咲く頃は、
  うららうらら、みなうららー
  のうららです」(歌詞の部分はうたう)
と、自己紹介してくれたのは、三年前、初め
て行った時である。
「あらあら、ずいぶん濡れちゃって。はい、
 タオル、髪ふいたほうがいいわ」
 私は鹿児島の女子高校を出て上京し、大学
卒業後、神保町の小さな出版社に入った。も
うかれこれ二十年近く働いている。みごとに
うば桜になってしまった。
「これ、おいしく煮えたわよ」
 おかみがそう言って、タコの桜煮を出して
くれた。
「ところで今夜はひとり?葉桜君は?」
 葉桜君は、私と同い年の、まあ恋人である。
なんだかぼーっとしていて、およそ花が無い
ので、いつのまにか、そう呼ばれている。鹿
児島で市内の高校の、文芸部のサークルで知
りあった。なんだか、明治の書生が生き残っ
たような男で、ぬけているが、ひたむきなと
ころが気に入った。いまは、売れないシナリ
オライターをやっている。
 今夜は、サクラで落ち合って、堀田で桜鯛
を食べる約束だったが、二時間待ってもサク
ラに姿を現さなかった。携帯は持たない男で
ある。
「どうしたのかねえ」と、おかみ。
「いいんだ。会えなくても」と、私。
 でも、そう言ったとたん、急に体が寒くな
った。花冷えというのだろうか。クシャミと
一緒に涙も出た。
「大丈夫?あったかい桜粥でも作ろうか」
 おかみのやさしさが、しみてくる。今夜は、
ほかにお客もいない。でも、私は言った。
「もう、さくらはいいよ。ほんとが欲しいよ。
私、帰る」私は、すねていた。
 とまり木から腰をあげたとたん、ドアがけ
たたましくあく音がした。葉桜君が入ってき
た。
「すまん、すまん。
コタツで居眠りしとったもんで」
 きみとの関係、
 サクラチルにしようかなあ。

*出演者情報 久世星佳  03-5423-5904 シスカンパニー所属

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2007年3月(桜)

3月2日 小野田隆雄 & 久世星佳
3月9日 麻生哲朗 & マギー
3月16日 国井美果 & 西尾まり
3月23日 一倉宏 & 山下容莉枝
3月30日 中山佐知子 & 大川泰樹

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