直川隆久 2017年4月16日

naokawa1704

お義母さんといっしょ

          ストーリー 直川隆久
            出演 遠藤守哉

いやあ、すみません。お義母さん。
わざわざ出向いていただいて、
こんな、ご飯まで、つくっていただいちゃって。
もう、ほんと、申し訳ないです。

やっぱりお義母さんの手料理は…すごい。立派ですよね。
菜の花の…これは、辛子和えですか。あ、いいなあ。
これは…筍の、煮物ですね。
うわー、木の芽、うれしいなあ!
春!

あの…
すみません。

志穂がご厄介になってもう…3週間ですもんね。
え?「実家で、ご厄介ってのはヘン」
そりゃそうだ、そりゃそうです!
あははは。

え?
志穂から?
伝言…?
ええ。
なんでしょう。
いやあ。ちょっと想像つ…きませんけど。
志穂は、なんて。

あ、わかりました。
ご飯の後、ですね。

あ。はい!え、お義母さんは…

あ、そうですか…
じゃ…いただきまーす。
じゃ、あ、この菜の花から…
(食べる)
ぐふ。
げほっ。
げほげほっ。

こ…この菜の花の辛子和え…すごく、辛子が…
げほーっ、ごほごほ。

あ、そうですね、僕には結構…
うあ、は、は、はあっくしょーん。

え?
ええと、(鼻をかむ)あは、「どういうお考えなの」っとおっしゃいますと…

あ、今回の件ですよね。
そりゃ、そうですよね。

あのお…お義母さん、今回のことはですね。
ま、あの、確かに、僕に責任のあることではあるんですが…

いや、あの、僕に責任があります。
僕に責任があります。
その上で、その上でですよ。

ま、正直、志穂の態度もですね、どうかっていうところも…

はい。
はい。「女」って、ま、そういう…
はい。
そうです。
はい。
もちろんです。
……。

あ、はい。筍…
いただきます。
へ〜、ご親戚から、掘りたてを?
す…ごいなあ。
さすが、違いますね。はは。

う。
これは…
なんというか、舌が…
舌の中できゅわ〜っとこう…
なんでしょう?これ…
え?

アク抜くのを忘れた?

あ、アクをぬくんですね、筍って…

あ、菜の花。
ええ。
いただきます。
あの、もうちょっと後…

わかりました…今。

げほーっ。
げへっ、げへっ。
あー…

あの、お義母さん…
これは、あれですよね、いやがらせですよね?
ね(笑)いやがらせですよね。

はは。
ははは。
…親子だなあ。

いや、親子だなあって、思って。
志穂とお義母さんは、ほんと、親子だなあと。

うん。
いや、言葉どおりの意味です。
いやな親のもとでは、いやな娘が育つんだなあって。

あは。
あははは。
あははは。

あ〜。
言っちゃった。
言っちゃいました。
すみません。

いや、そんな、他意はないんです。
って、ないわけないか!あはははは!
はははは!

あー…

さあ、食べますか。
あ、お義母さんは召し上がらないんでしたね。
じゃ、いただきますね。
僕だけ。すみません。

げほーっ。
ごっほごっほごっほ。
うーん、まずい。
くっくくく。

いや、いただきます。
お義母さんのまずい手料理。
残しちゃ、もったいないですもんね。

うふふふふ。

出演者情報:遠藤守哉(フリー)

 

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直川隆久 2017年3月19日

1703naokawa

かげろう 

          ストーリー 直川隆久
            出演 遠藤守哉

なぜ、家があるんだ。

俺は動転していた。
俺の実家。
三ヶ月前、取り壊した。
もうもうと埃が舞う中、建物がばりばりと崩されるのを見た。
だが、いま、俺の目の前に、その家が、建っている。

もう二度と来るまいと思っていたこの場所に来たのは、
売却を頼んだ不動産仲介業者から、
隣家との境界にあるブロック塀の処置を相談したいという連絡が
あったからだった。一応現地を見て判断いただきたい、
と業者は固執し、渋る俺をゆるさなかった。
そして週末、重い腰をあげ、車に乗り込み、実家に・・
実家のあった土地に、向かったのだ。
こんな光景を目のあたりにするなどとは微塵も思わず。

じりじりと陽が照り、空には雲ひとつない。
住宅地は静まりかえっている。
俺は、おもいつく。
そうか、きっと俺は車でここへくる途中、事故にあったのだ。
その昏睡状態で見ている夢なのだ。
事故の瞬間を覚えていないのは・・記憶の混乱だろう。
厄介なことになった。
目覚めたとき、後遺症が残った状態になるのだろうか?
絶望的な気分になるが、
今この瞬間の肉体があまりに実感を伴っていて、
負傷した自分のイメージがわかない。
・・それにしても。
俺の家。
このリアリティはどうだ。
とても夢とは思えない。
やはり、取り壊した記憶のほうが、間違いではないのか?
門に手をかけ、開く。
聞きなれた・・何千回も聞いた、あのきしみが聞こえた。
4歩歩き、ドアの前に立つ。
ドアノブに手をかける。
鍵はかかっていない。
開けると・・中の、いくぶんひんやりとした空気が流れ出した。
暗い室内に澱んだ食べ物と埃のにおい。
靴を脱ぎ、中に進む。
廊下の右側が洗面所と風呂。左側が、俺の部屋にしていた六畳間だ。
扉を開ける。
三ヶ月前、処分したはずの荷物がすべて元どおりにあった。
小学生時代から使っていた学習机。
ビデオテープやカセットテープが入った段ボール。
退色した、スターウォーズのポスター。

背後でがたり、と音がした。
みぞおちのあたりが跳ね上がった。
振り返る。
そこに、大男が立っていた。
ものすごい筋骨隆々ぶり。革ジャンと、肩パッド。
髪はきわめて不自然な形・・・
なにか子供が描く炎のような形にカットされている。
ひ。と声があがる。
「ひさしぶりだ」
と大男が口をひらいた。声優のような、太くてよく響く声だ。 
「コウだよ」と大男は、自分の胸を親指で指した。
「おぼえてないのかい」
・・・そうだ。思い出した。
目の前にいるのは・・無敵の「アンドロメダ真拳」を操る戦士、
「アンドロメダのコウ」なのだ。

父と浮気相手を乗せた観光バスが箱根の谷底に落ちたのは、
俺が小学3年生の頃だった。
遺体確認の際、母はハンドバックで何度も父の顔を打ち付けて、
係員に制止された。
結婚以来、ひたすらつくしてきたのに。恩知らず。けだもの。
葬式なんぞしてやるものか。母は半狂乱になってそう繰り返した。
精神に失調をきたした母が療養施設に入ることになったため、
祖母が俺の家で世話をしてくれることになった。
母のいない家で、おれは「北斗の拳」を繰り返し、読んでいた。
当時連載されていたその漫画にノックアウトされた小学生は、
全国で何十万人いただろうか。
主人公の圧倒的強さ。必殺技の斬新さ。
単行本の最後のページまで読んでは1ページ目に戻る。
それを幾度繰り返したかしれない。
子どもの不安定な精神が、
強いキャラクターに自己投影することでバランスを保とうとした・・・
ということになるのだろう。
俺はその頃、「北斗の拳」を酸素のように必要としていた。
そして、その猿まねのような漫画をノートに描きはじめたのだった。 
核戦争後の、荒廃した地球。
弱肉強食だけが唯一のルールとなったその世界をサバイブする主人公!
宇宙のエネルギーを拳に集中することで相手を爆裂する
「アンドロメダ真拳」がその武器だ。
皮ジャンと肩パッドに身を包み、髪型は、炎のように逆立っている。
主人公の名前「コウ」は俺の名前、孝太郎からとった。

「どうしてだい」
コウが、一歩こちらへ近づいた。
ぎしりと床が鳴る。
「え」
「どうしておれのことをかいたノート、
いえをこわすときにひきあげなかったんだい」
そうだ。
「自由帳」という白の無地のノートに、
鉛筆で「アンドロメダのコウ」を描いていたのだ。
「・・忘れてたんだよ・・昔のことだから」
「うそだ」
コウが、どんと壁をたたいた。合板に黒い穴が、あいた。
「いえをこわすまえ、にもつをかたづけにきたろう。
そのとき、おまえはノートをみつけたじゃないか。
でも、それをおしいれのなかに、もどしたろう」
「それは」
「なんでそんなことをした」
「忘れたかった・・んだと思う。もう、あの頃のことは」
コウが、怪訝な顔をしてこちらを見る。
「思い出したくないんだ」
と俺は続ける。
どん、とまた大きな音がした。
「かってなことをいうな」
俺は、びくりと体を縮こまらせた。
「おれとおまえはいっしんどうたいだったじゃないか。
なぜおれだけがすてられるんだ」

学校から帰ると、ひとりで部屋にこもり、漫画を描く日々。
小学校の同級生達が、
それぞれの親から俺の家庭のことについて噂を聞いたのだろう、
「子どもらしい」残虐な言葉を投げつけてくるようになった。
俺は、ただ無言でやり過ごし、
家に帰ってからそいつらの名前をつけたキャラクターを、
コウにぶち殺してもらう。それが習慣となった。
だがその習慣は、祖母がノートを発見したことで断たれた。
こんなもの二度と描くんじゃない。
祖母の目に激しい嫌悪の色を見た俺は、
それきり漫画を描くこともなくなった。
祖母の心までが俺から離れることは耐え難かったのだ。

「許してくれ、コウ」
俺の言葉を無視し、コウは、ポーズをとった。
両腕を高くかかげ、大きな円を描くように動かす。
「わかるだろう?」とコウはつぶやいた。
これは・・そうか。アンドロメダ真拳の「究極超新星突き」のポーズだ。
これを見舞われた相手は、ひとたまりもなく木っ端微塵になり、
宇宙の塵になることが運命づけられている。
「そうだ、おまえがかんがえたひっさつわざなんだ。
おまえがかんがえた」
コウの拳が前につきでた。ごお、という空気を切る音がする。
俺の胸が真正面から、それを受け止めた。

あばらが軋み、肺の空気が押し出され、ひゅ、と乾いた音をたてた。
よろめき、目尻には涙が滲んだ。
だが、俺のからだは、爆発しなかった。
それは、せいぜい・・・少し体力のある子どものパンチ、程度だった。
コウは、うつろな顔をしてその拳をみつめていた。
見かけだけの屈強な拳。拙い想像力が生んだ、所詮は粗悪なイミテーション。
「許してくれ」と俺はもう一度いった。
おれは、もう、前だけ見ていたい。
自分の家も、家族ももったのだ。
こんなところで、引きずり戻されるわけにはいかないんだ。
コウは、目を見開いて俺を見た。
そしてその顔がぐしゃりと歪んだかと思うと、
「うえええん」
子どものように泣き始めた。
「うええええええん」
コウは崩れ落ち、頭をかかえ、泣き続ける。
俺は、コウにどんな言葉もかけることができない。

「すみません」
という背後からの声がきこえ、俺は振り返る。
するとそこは、更地だった。俺の家があった土地。
平にならされた、ただの四角い地面がそこにあった。
「お待たせしましたか」不動産仲介業者だった。
「ああ、いえ」と俺は答える。「さっき来たばかりです」

目の前の地面の上に、一瞬かげろうがたったような気がした。

出演者情報:遠藤守哉(フリー)

 

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直川隆久 2017年2月12日

naokawa1702

帳尻

    ストーリー 直川隆久
      出演 石橋けい

 こと。
 という音がして、目の前に、豆の入った小皿が置かれた。
 炒った黒豆のようだ。 
 取材で初めて訪れた街のバー。
 70くらいのママが一人でやっている。
 カウンターにはわたし一人だ。

 中途半端な時間に大阪を出ることになって、
 町についた頃にはほとんど店が開いてなかった。
 とりあえずアルコールが入れられればいいやと開き直って、飛び込んだ店。
 タラモアデューがあることに喜んで、水割りを注文した。
 ママは、豆を置くと、氷を冷蔵庫から取り出した。
 黒いセーターにつつまれた体の線はシャープで、
 ショートボブの頭には白いものがまじっているが、生えるに任せる、
 というその風情がさばさばした印象を与える。
 なかなかいい感じの店じゃないの?
 今回はB級グルメが取材目的だから少しずれるけど、
 ここは覚えておいて損はないかもしれない。

 水割りを待ちながら、豆を噛む。
 あ。
 おいしい。
 なんというか、黒豆の香りが、いい姿勢で立ち上がってくる感じ。
 
 「あの、このお豆、おいしいですね」
 「あら、そうですか?よかった」
 「ふつうのと違うんですか」
 「わたしの知人がね、篠山の方で畑をやっていて。
 農薬はむろん、肥料も使わない農法で育てた豆を、
 時季になると送ってくれるんです」
 「へえ」
 「お口にあいましたか」
 「すごく」

 うん。なかなかの「趣味のよさ」…
 しかも、おしつけがましくなく、さらりと言うところが
 また上級者という感じだ。
 と。
 と音がして、革製のコースターの上に水割のグラスが置かれる。
 お。
 黒の江戸切子のグラスだ。淡い水色と透明なガラスのパターンが楽しい。
 一口飲む。
 うん。少しだけ濃いめ。好みの感じだ。
 当たりだわ。
 
 と、メールの着信音が鳴った。
 見ると編集部からで、記事広告の修正案を大至急送れという。
 タイアップ先のガス会社の担当者が明日から休暇なので、
 今日中にOKを貰わないと、というのだ。
 わたしは、心の中で盛大な舌打ちをして、鞄からパソコンを取り出した。
 「すみません」とママに一礼してから、急いでワードのファイルと格闘をする。
 アルコールが頭に回りきる前でよかった。
 30分ほども使ってしまっただろうか。ようやく形が整ったので、
 メールに添付する。
 メール本文には「お疲れ様です」の一言を入れず、要件だけ。
 あなたに気遣いしている余裕はこちとらありませんよ。
 という無言のアピール。
 送信ボタンを押したとき、ママの声が聞こえた。
 「氷が融けちゃいましたよ」
 あ、と気づき、すみませんと言いながらグラスに手を伸ばしたその瞬間。
 ママの手がすっとわたしの視界に入ったかと思うと、グラスを取り上げ、
 そのまま流しにじゃっと中身をあけてしまった。
 え、ええっ?
 わたしが目を丸くしていると、ママはグラスを洗いながら早口に言う。
 「ごめんなさいね。でも、氷で薄まった水割りって、まずいから…」
 いや、そうかもしれないんですが…あの、怒ってません?怒ってますよね。
 「つくりなおしますからね」
 「あ、いや、でも」
 「いいの、サービス」

 そうか。たしかに、サービスなら、いいのかもしれない。
 ん?いい…のか?
 わたしは妙な気分だった。怒ったほうがいいのか、喜んだほうがいいのか。
 これは、人によって反応が違うだろうなと思った。
 勝手にグラスの中身を捨てられて激怒する客もいれば、
 新しい酒がただで飲めて嬉しいという人もいるだろう。
 確かなことは、わたしが水割を放置したことを、
 彼女は「失礼」だと思っている。
 それは確かだ。
 でも、そこまでしなくてもいいのではと思っているわたしがいる。

 と、ふと、いつも考えていたこととつながった気がした。
 (わたし含めて)小さい人間は、いつも心の中で「期待」と「見返り」の
 帳尻を合わせながら生きている。と思う。
 おはよう、という。これは、相手があとで「おはよう」という返事を
 返してくれることを期待している。
 で、実際に相手から「おはよう」と返ってくる。
 気分がいい。なぜなら、帳尻があうからだ。 
 逆に、ラインでメッセージをだしても、返事がないようなとき。
 これは、期待にみあった見返りがない。帳尻があわない。だから怒る。 
 この帳尻合わせを、頻繁にしないと気がすまない人と、
 わりと長いスパンの最後の最後に合っていればいいや、という人がいる。
 この時間感覚はみんなバラバラで、
 かつ、各々が自分の感覚をスタンダードだと思っている。
 人間どうしの齟齬とか行き違いって、
 ほとんどこれが原因で起こっているんじゃないかと思うくらいだ。
 (ついでに言うと、この帳尻をあまり頻繁に考えない人のほうが、幸せそうだ。)

 脇道が長くなったけど…要するに、このママは帳尻合わせをものすごく
 頻繁にしないと気がすまないタイプなのでは、と思ったのだった。
 ケチなわけではない。
 相手への投げかけは、ちゃんとした品質のものを差し出す。手はぬかない。
 そこには「これだけの投げかけにはきちんと反応してよ」という高い期待も込みだ。
 だから、というべきか。
 その期待が裏切られたかどうかという判断も、すごく早い。
 ある、理想の店主、という役を演じたからには、客も理想の客であって当然だ。
 と考えるタイプの人なのだろう。でも、わたしはそうでなかった。
 だから、見切りをつけ、グラスの中身を捨てたのだ。
 「恩知らず」と言わんばかりに。
 
 と。
 と音がして、目の前に次のグラスが置かれた。
 これを飲んで帰るべきか。
 それともグラスには口をつけないまま席を立ち、
 ママに「貸し」をつくるべきか。
 わたしは、しばし答えを出しあぐねた。
 ママが、カウンターにこぼれた豆の粉を布巾で拭くのが見える。

出演者情報:石橋けい 03-5827-0632 吉住モータース

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直川隆久 2016年9月18日

naokawa160918

ファン

          ストーリー 直川隆久
            出演 遠藤守哉

はい、はい、品川までね。
第一京浜でね。はい。

あ、ラジオ、うるさいですかね?
大丈夫?
あはは、いや、ツバペッペの日本代表が今日、世界大会の予選で。
え?いま、8対2。
オーストラリア相手に。
そうなんです、すごいんですよ。
攻めに攻めてる。

オフェンスの山下がねえ、4点きめましたから。

相手の目に入ったからね。
しかも両目同時。えらいもんだ。

山下のツバはね、なんていうか、ストロークがいいんだよね。
余計なしぶきが飛ばない。
相手に向かって、弾丸みたいに・・・(ツバを吐く音)
・・・とこう、ね?まっつぐ飛んでいくもの。

でもねえ、わたし、山下選手ってほんと尊敬しますよ。
ファンですね。大山下ファン。
今年40だよ?日本の、ていうか
世界のツバペッペを引っ張ってきた選手だよ。

もともと、口の中が乾きやすい体質なんだってね。
それで、若い頃は、梅干しで、ツバ増やしてたんだって。
そしたらさ、世界の統一ルールが変わっちゃったじゃないですか。
試合中の梅干し禁止って。
日本でうまれたスポーツだってのにさ、
ほんと勝手なことしやがるよね、外人の連中は。

これからってときですよ。選手として、
心身ともにね、充実しきってた時期にそれだから。不運だよ。ねえ。
一時は、選手生命が断たれたんじゃないかって言われたでしょ、
でも復活したんだよ。
どうやってか知ってます?

ほら、この舌をべろっとまくりあげると、舌の裏側と、ね、
下顎の間に、膜みたいな、水かきみたいなとこあるじゃん。
ここを指でぎゅっとこう・・
(実際にやりながら)お客さんも、やってみてくださいよ

いててて・・・ほら、痛いのよこれ。
痛くてさ、ツバがいっぱいでてくるでしょう。
これ見つけてから、山下選手は復活したんだよね。

でも、それだけじゃなかったわけ。
山下はね、その思うようにツバがでない苦しい時期に、
ある発見をしてたんですよ。
ツバが少ないとさ、ほそく出さざるをえないわけですよ。
ツバを。ね?ほそおく、線みたいに。
すると、空気抵抗が少なくなって、まっすぐ飛ぶんだってことに気づいたわけ。
自分の弱点を強みに変えるこのアイディア。
そこへ、さっきの、ベロの裏つまみ。これが一緒になった。
鬼に、金棒ですよ。
山下無敵時代の到来!

思うんですけどね。
人間、いくつになってもあきらめちゃいけないね。
わたしもね、これまで会社二つ潰して・・

ああっ!
お客さん、きめた!きめた!
山下がきめた!

口移しパスが、4人!口移し4人!からの、ダブルペッペだよ!
すげえや!
こんなの、きいたことないよ!
お客さん、明日の朝刊、楽しみだねえ!

出演者情報:遠藤守哉 青二プロダクション http://www.aoni.co.jp/

 

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直川隆久 2016年8月21日

1608naokawa

おかえり

          ストーリー 直川隆久
            出演 遠藤守哉

死んでみると、「三途の川」が本当にあった。
イメージしていたような、暗くて不吉な風景ではない。山奥のせせらぎだ。
木々の葉を揺らす風もなく、さらさらと水の音だけが心地よく耳に届く。
脱衣婆とか鬼とかいった恐ろしげなものもいない。
晴れ渡った空からあたたかな陽光がふりそそいでいる。
水は透明で、手をひたしてみると心地よくぬるんでいる。

この川に流されていったらどうなるのかとふと思った。

じゃぼんと川の水に身をまかせる。おれの体は、ゆるゆると動き始めた。
仰向けに浮かぶ。
真上を見あげるおれの前で、青空がスクロールしていく。

気持ちいいなあ。
いやあ、気持ちいい。
これは、たぶん、おれでなくても流されたくなる。

しばらく下って、川の合流地点にさしかかる。すると、
向こうの流れの水面に、
黒い大きな丸いものがぽかりと突き出ているのが見えた。
熊。熊の頭だ。
だが熊はこちら側には関心をしめさず、
平和な顔つきで水の流れに身を委ねているように見える。

川の幅がだんだんと広くなっていく。
小さな流れが集まっていくにしたがい、
そこからいろいろな生き物が流れ込んでいるのが見えた。
見渡す限り川の水になる。
流れはとてもゆるやかで、なめらかな水面は、空の青色を貼り付けたようだ。
豚。馬。鹿もいる。人もいた。
テレビで見たガンジス河を思い出す。

平泳ぎで流されている女がいて、仰向けに流れているおれと目があった。
あ、それがラクか、と思ったのだろう。女も同じ姿勢になった。

さらにさらに下っていく。
ふと自分の足を見ると、見慣れない爬虫類のような足にかわっている。
まわりで流されている動物たちも、
トカゲなのかなんなのかわからない生き物になっている
。図鑑で見たことのある、古代生物だと気づく。

そういうことか。
おれは時間をさかのぼっているのか。

水はあたたかく、
おれは自分の輪郭が溶けていくような気持ちよさに包まれている。
これは死ぬのもわるくないなと、あらためて思う。

さらにさらに下る。
何億年分戻ったのだろう。
おれの輪郭はほどけ、バラバラになって、
バクテリアみたいなものになっている。
心地よくぬるんだ水の中は、バクテリアでいっぱいの、
スープのようになっている。ラーメンを思い出す。

流れは、ついに終結点にたどりつく。
この世界で死んだ生命たち、そのすべてをとかしこんだスープが、
深い深い淵へと注ぐ。

40億ぶりに戻る生命の始原の時間。
その淵に、おれたちは流れ落ちていった。

ああ、ただいま。

出演者情報:遠藤守哉 青二プロダクション http://www.aoni.co.jp/

 

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直川隆久 2016年7月17日

1607naokawa

ある助監督 

          ストーリー 直川隆久
            出演 遠藤守哉

 冬の日。
 大岩和道は、通い慣れた本屋の映画関連書コーナーで、真新しい「シネマ芸
術」増刊号を手にとる。表紙にはタバコをくわえた精悍な男の顔と、「野口征太
郎・没後10年記念特集」の文字。
 校了前にゲラを送ると編集者は言っていたが、そういえば連絡がなかったこ
とを大岩は思い出す。
 口絵部分に、大岩が提供した写真が使用されている。大岩が初めて野口の現
場に助監督としてついた作品、そのクランクアップ時の記念写真だった。画面中央、
髭面の野口がディレクターズチェアに身を沈めている。端っこに、ぎこちなくたたず
む若い大岩の姿があった。髪は、まだ豊かで黒い。
 ページを手繰り、自分のインタビュー記事を探す。だが、数日かけておこなわれ
たその内容は随分と簡略化され、1ページにまとめられていた。そのかわり、野口
の遺作の主演女優のインタビューが8ページにわたり掲載されている。大岩が編集
者に語った「いまだ評論家が指摘しない野口作品に通底するテーマ」が、寸分たが
わずその女優の言葉として収録されていた。
 大岩は、並んでいるだけの「シネマ芸術」を買い込み、本屋を後にした。冷たい風
にさらされた手は、紙袋の重みで、なお痺れた。

 大岩は助監督として、野口征太郎のキャリア後期の代表作をささえ続けた。撮影
の段取り、気難しい俳優のケア、撮影部・照明部・美術部との折衝…そのすべて。野
口が好んだ無許可のゲリラ撮影のあと、警察にしょっぴかれるのはいつも大岩の役
目だった。ブタ箱を喰らいこんだ翌日撮影現場に戻っても、野口からは一度も労い
の言葉はなかった。「そういうものだ」と大岩も思っていた。
 仕事は、映画の現場に止まらなかった。ある時期は、野口の愛人を車で迎えにい
くのが、大岩の役目だった。撮影用の車両を一台借り出し、渋谷のマンション前で女
を拾い、野口が投宿している新宿のホテルまで運ぶ。「なんでもするのねえ、助監督
さんって」窓の外を見ながら女がつぶやいたことを、大岩は今でも思い出す。

 大岩が野口のもとでの5度目の現場を終えた年、野口が肺ガンの診断を受けた。
ソメイヨシノの花びらが風に舞う時季、野口は身を隠すように療養生活に入った。そ
のときも世話を名乗り出たのは大岩だった。病状は急速に進んだ。大岩は病院に泊
まりこみ、介護を行った。監督にはご家族がいませんから、と、撮影所の人間が見舞
いに訪れるたび大岩は繰り返した。床ずれができないように野口の体をさすり、排便
の処理をした。まるで、ほかの誰かに触らせまいとするかのように。
 夏の終わり、最後の作品の公開を待たず、野口は息をひきとった。
葬儀の日は、折しも接近する台風のせいで雨であった。大岩は傘もささず、葬儀会場
入り口から動こうとしなかった。次々に乗り付けるハイヤーから姿を現す大物俳優に、
報道陣が群がる。それをよそに、大岩は弔問客に頭を下げ続けた。
 ほどなくして、撮影所は人員整理を行い、大岩は現場から総務セクションへと異動
になったのだった。

※        ※        ※

 大岩は、撮影所に戻り、デスクに雑誌の入った紙袋をどさりと置く。
「大岩」
 背後で声がした。同期の島田だった。
「話しておきたいことが、あって」
「なに。役員じきじきに」と笑いながら大岩は、隣のデスクの椅子を勧めた。
「野口監督の没後10年てことで、ちょいとした企画があってね。野口監督の伝記映画
を撮ろうっていう…公開先は劇場じゃなくて、衛星テレビなんだけど」
「ふうん」
「で、それの監督を…誰にやってもらおうか、という話になって」
 大岩は、島田のほうを見ず、タバコをくわえた。火がうまくつかない。
「おれは、君を推したんだ。君は監督作こそないけれど、なんといっても、野口監督をい
ちばん知ってるのは君だし…」
 島田は、次の言葉が固形物でもあるかのように口をもぐもぐとさせてから、ようやくそ
れを吐き出した。「でも、取締役連中は、森山に、やらせたほうが…と…」
「だれって?」大岩ははじめて島田の目を覗き込んだ。
「…森山。森山順」
「ああ。森山くん」
 と大岩は大きくうなずき、まばらになった髪をかきあげた。頼りなげな感触が指を伝う。
「適任だ。去年のホラーものは30億いったんだろ?構成力も確かで…なにより若い」
「いやあ、おれは反対だ。彼は経験が少ないし」
 と言う島田の顔に安堵の色が広がるのを大岩は見逃さなかった。
「森山くんが、適任だ」
 大岩はそう言って、椅子を回しパソコンに向かった。
「すまない」と頭を下げる島田に大岩が「こちらこそすまなかったな」と付け加えた。
「失笑買ったろう。助監督経験しかない、おれの名前なぞだして」
 一瞬の間の後、そんなことはないさ、と言いながら島田は席を立った。

大岩の脳裏に、ある夏の日の光景が浮かんだ。野口のガンが発見されるよりも何
年も前のことだ。冷房の壊れた会議室で大汗をかきながらロケハン資料を整理し
ているところへ、野口がいきなりドアを開けた。
「こんどやる原作ものの監督を、さがしてるらしい。やらんか」
 そういいながら、刷りたての台本を投げてよこした。
 大岩は、あやうく落としそうになりながらそれを受け取る。
「監督…ですか」
「うん」
「…公開はいつですか」
「…?」野口は意外だという表情を見せ「スケジュールによって変わるのか?返事が」
「今準備してるシャシンと、ぶつからないかなと思いまして」
「正月」
「来年の?」
「ああ」
「それじゃあ…」
 大岩は一呼吸おいて続ける。
「完全に、重なるじゃないですか」
「だから?」
「監督の現場は…だれが助監やるんですか」
 その質問に野口はこたえず
「おまえ何歳になった」
 と訊いた。
「34です」
「やれるときにやっておけよ監督は」
「…」
 何秒かの沈黙ののち、大岩が口を開く。
「いえ、俺…まだ演出のほう力不足なんで…監督の現場でもうすこし勉強させ
てください」
「やりたくないのか」と野口がさらに訊いた。
 大岩は驚いた。野口が、ここまで大岩と言葉のやりとりを重ねることは珍し
かったからだ。
「そんな。やりたくないなんてことは…」
「こわいのか」
 図星ではあった。ただ、大岩が恐れたのは、「野口監督の優秀な右腕」とい
う自分の地位を失うことだった。さらにいうなら、ほかの誰かがその地位に滑り
こんでくることだった。
 「…」
 野口はやや脱力したように、そうか、とだけ言って踵を返し部屋を出た。それ
以来、この映画の話題が二人の間にのぼることはなかった。
 後年、大岩に監督をさせようと発案したのはほかならぬ野口であり、プロデュ
ーサーを強引に説き伏せた上で台本を持ってきたことを、大岩は知った。

※        ※        ※

 大岩は、積み上がった「シネマ芸術」の一冊を手にとり、デスクの上に広げると、
野口の顔のアップが載った表紙以外、すべてのページをカッターで切り裂いていっ
た。一冊、また一冊。ゆっくりとその作業は続き、2時間ほどたったころ、大岩のデス
クの上には、紙片のうず高い山ができた。
 感情の炎が大岩を焼いていた。
 島田が監督候補として自分の名をあげるのではと一瞬期待したことへの羞恥。
森山への嫉妬。そして何より、定年を間近に控えたこの年になって、いまだこのよう
な自意識を捨てきれぬ情けなさ。

大岩は考えた。
映画人なら、こんなときには映画から答えを導くべきだ。映画の登場人物、あるいは
映画作者−−−本当に映画を愛しているなら、ほかならぬその映画が、大岩を答えへ
と導いてくれるはずだ。そう思い、大岩はこれまでの人生で見てきた膨大な映画達
を、次々と頭の中で再生してみた。だが、野口と現場を共にした映画達以外は、どれ
も、大岩の心を素通りした。なんらの切迫感ももたらさない、スクリーンの表面を漂う
光の明滅だった。
 結局、確認したにすぎなかった。大岩が愛していたのは、映画などではなく、野口
いう男だけだったことを。
 
 すると…なぜか、笑いめいたものが大岩の顔の表面を伝った。
灰皿の向こうからこちらを見る野口と、目が合った。

 大岩は、携帯で島田の番号を表示した。
 −−−−さっきの映画の助監、もう決まってるのか。
 口の中でこれから言う言葉を反芻し、携帯の発信ボタンを押した。
                         
     (終)

出演者情報:遠藤守哉 青二プロダクション http://www.aoni.co.jp/

 

 

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