中山佐知子 2019年8月25日「18時20分に出た火は」

18時20分に出た火は

    ストーリー 中山佐知子
       出演 大川泰樹

18時20分に出た火は屋根に広がり
19時53分には高さ96メートルの塔の先端が
炎に呑み込まれて崩れ落ちた。
リラの花咲く春のパリでの出来事だ。
火が出たのは800年の歴史を持つ
ノートルダム大聖堂だった。

20時8分、屋根が焼け落ちた。
20時42分、太陽が沈むと
骨格だけになった屋根が炎にライトアップされ
その全貌をさらした。

消火活動は火事の拡大を阻止することと
文化財の保護に限らざるを得なかった。
たとえば空中消火の手段を使って空から何トンもの水を落とすと
建物全体が崩落しかねないからだ。
消防車の他に消防船も出動し、
建物の強さと水圧を計算しながらセーヌ川の水をかけていた。

火事の火は赤く、ときにはオレンジに輝き
またピンクや紫になった。
炎のありとあらゆる色が集まったかのようだった。
それは爆撃のようでもあり、花火のようにも見えた。

集まって火事を見守る市民の中から最初の歌声が聞こえた。
ボーイソプラノだった。
歌詞からアヴェマリアという言葉が聞き取れた。
そうだ、この大聖堂の名前はノートル・ダム。
その意味は我らが貴婦人という
聖母マリアをあらわす言葉だと気づいた。
歌はやがて大勢のコーラスになった。
指揮をする人とともに歌うコーラス隊もあらわれた。
祈っていた人も泣いていた人も
いっとき歌に加わった。
パリはこうして燃え上がる聖母マリアを見守っていた。

火災発生からおよそ9時間経った午前3時半、
火事はほぼおさまったと発表があった。

中心部の屋根は燃えてしまったが
正面の部分と北の塔は残り
文化財のほとんどが無事と報道された。
燃えた屋根の30メートル下で飼育されていた
18万匹のミツバチも
火事のときはうまく退避したらしく
無事に巣箱に戻った。

あのとき市民がうたった歌のなかで
ひとつだけ聞き覚えがある歌があった。
フランスの修道士が作曲した教会音楽で
聖母マリアを祝福する歌だった。
その歌の最後は
「アーメンアーメン、ハレルヤ」と
いつも通り締めくくられている。

火事が消えた朝、夜明け前から鳥が賑やかに鳴いた。
やがてバラ色の夜明けが来ても
放水はまだ続いていた。
             

出演者情報:大川泰樹(フリー) http://yasuki.seesaa.net/

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直川隆久 2019年8月18日「撃つ」

撃つ

         ストーリー 直川隆久
            出演 遠藤守哉

ええ。
いや、電話かけてこられた理由は、わかってますよ。
次の出稿、どうするかってんでしょ。
いや、まさにねえ、どうしようかなあ、
と思ってるんですよね。
こないだは、ちょっと…注目率がね。
不満だったよね。
あんまり、戦略的に重要な局面じゃなかったし。
しかもさ、けっこう高度の高いとこで、迎撃されちゃったでしょ。
うちの社名ロゴ、しっかり見えなかったよね。
撃ち損だったよね。あれは。
そんなこともあってさ、
次はもっとデジタルに予算割けっていう突き上げがさ、
きつくなっちゃって。
社内説得の材料が、もちょっとないとさあ。

え?なに?
次は、初めての…なに?
陸地?
え、マジ?
初の、陸地?
国境、超えちゃうんだ?
あらー…、それは…。
マジですか。
テレビ中継は?
ある?生?
特番?
えー、マジか。
それは、注目度高いよね。
え、なに?
もう、手、挙がってるとこがある?
一社提供で?
どこよ。
どこ。
教えてよ。
…え。
またまたー。
カマかけてんじゃないの?
いや、だって、おかしいもの。
あそこ、いま、キャンペーンやるような新商品、ないはずだよ?
え。
マジで?
うーん。
…。
そうか。
(独り言)うちも、「オカカちゃん」で、
秋のおにぎりキャンペーンやるんだよな…
あ、ごめん、ごめん、ちょっと考えちゃって。
うん、なに?
もうひとつ初めて?
ほう。何。
あ、一社提供だと、ネーミングライツも、ついてくるんだ。
あ、うちが好きな名前つけていいんだ。
うーん、いや、それ聞くとちょっと…ぐらついちゃうなあ。
でもさ、でもさ。
…あの。
着弾地って、もう決まってるの?どの辺かって。
…。
え、マジ?
なんか、それ、聞いたことあるよ。
イッテQか、ふしぎ発見かで見たと思うけど。
そこは、人、いないわけ?
「統計上は、人口ゼロ地帯」…?
そうなんだ。
あの、それさ、信じていいのね?
だって、後になってさ、人住んでました、っていうことになったら、
炎上ですまないからね。
爆発だからね。
(笑)ほんとですね、じゃないよ。
(笑)お願いしますよ。

昔はうちもさ、花火のスポンサーとかやってたけど、
ま、あれは、その場で見てる人だけのためのものだもんね、基本。
ミサイルはさ、やっぱり日本人みんなの心をひとつにするもんね。
おれもね、それは理解してるんだよ。
いや、マジで(笑)
おたくに、さんざん洗脳されてきたから(笑)
え、そりゃ想像しちゃいますよ。
わが大東亜食品の「オカカちゃん」のロゴをね、
あしらったミサイルが飛んでいく姿。
たまらないねえ。
1社提供なら、ミサイルのどてっぱらに、単独でどーん、でしょ?
「日本の夢を乗せて飛んでいく、オカカちゃん1号!
さあ、感動はもう目の前だ!
たのんだぞ、オカカちゃん1号!
がんばれ、オカカちゃん1号!
オカカちゃん1号、今!
みごとに!
着弾!
着だーーーーん!!
どーーーーーーーーーん!!
秋の行楽のおにぎりに、
ごはんにまぜるだけ『オカカちゃん」をどうぞーーーー!」
…(荒い息遣い)
あー…ごめん、ごめん。
興奮しちゃってつい(笑)。

あー、でもなー。
あんたも知ってるように、新しい部長は、アナログ懐疑派だから。
あんたの顔を立ててあげたいのは、やまやまなんだけどさ。
…うん。
え、なに?
今日、銀座で?
いやあ、今日はちょっとなあ、忙しくて…
いや、うん。
いや、うん。
うん。うん。
うん。
…まあ、そこまで言われちゃあなあ。
7時?に、じゃあ、いつもの寿司兵衛でね。
あ、いい、いい。
私、予約とっときますから。
じゃあ、7時に。
あ、でもね、こういう接待で発注決めるほど、俺、甘くないからね。
「わかってます」って…もう、あんたがしつこいからだよ、ほんと(笑)
はい、じゃ、失礼しまーす。
…あ、ごめん、でさ、帰り、タク券は大丈夫?
あ、はい、了解でーす。



出演者情報:遠藤守哉(フリー)

 

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細川美和子 2019年8月11日「花火の火花」

「花火の火花」

    ストーリー 細川美和子
      出演 大川泰樹

江戸時代になり、戦争がなくなり、
使い道がなくなったとき
武器に使われていた火薬は花火に姿を変えた。
不浄なものを払い、
暗闇を照らす火を打ち上げることで、
厄を祓い、死者を悼む、鎮魂の意味をこめて。
そうやって、日本最古の花火大会である
隅田川花火大会が始まった。

やっと平和になったと思ったら
大飢饉と疫病で多数の死者が出て
人々に絶望が広がっていた時代。
倹約を唱えていた徳川吉宗が
両国川で水神祭を開き、慰霊と悪霊退散を祈り、
二十発の花火を贅沢に打ち上げた。

お盆の送り火や迎え火のように
その火は今まで生きてきた人たちと、
これから生きていく人たちの心を
照らしたんだろう。

今でも日本の各地で、
空襲や災害で亡くなってしまった人たちの
霊を悼むために開催されている花火大会がある。

長岡の大空襲で亡くなった人たちの
霊を弔う花火大会を、ビール片手に
打ち上げの真下から見たときには、
音と火花が同時に降りかかってきて、
煙にまみれ、美しいのか恐ろしいのか、
自分がいまどの場所にいるのか、
一瞬わからなくなった。
世界はなんて紙一重なんだろう。

家族や友達と連れ立って、
屋台でりんご飴を買ってもらい、
ワクワクして見上げるはずの花火大会を
子供の頃からどこかいたたまれないような、
物哀しいような気持ちで過ごしていたのは、
そんな由来を感じ取っていたのかもしれない。
花火大会が終わると、町中が緩んだような
ほっとしたような気配に包まれる。

それでも、今年の夏もまた
花火を観にいくんだろう。
終わってくれたことにどこか、
安心するんだろう。

出演者情報:大川泰樹(フリー) http://yasuki.seesaa.net/

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田中真輝 2019年8月4日『花火と火花』

『花火と火花』

   ストーリー 田中真輝
      出演 西尾まり

一瞬、消えたかと思うほど小さくなった火は、
すぐに勢いを取り戻し、震えながら花開く。

細い線香の先に灯る火球(かきゅう)は頼りないようでいて、
無数の腕を伸ばして闇を押し返そうとするように力強くもある。

飛び散った火花はやがてそのひとつひとつの先に、
新しい火花を開いていく。

呆けたように見つめる子供。
その目に赤々と映る火の花、
から飛び出した光の粒子が、
子供の目に飛び込み、
眼球のガラス体を通り抜ける。

反転する世界。

網膜が受け止めた粒子が、子供の視神経を刺激すると、
刺激された神経細胞が励起(れいき)し、発火する。

それは隣へと燃え移り、
次々に神経細胞を発火させていく。
脳内に張り巡らされた千数百億とも言われる
神経細胞のネットワークを、
火花が飛び回り、駆け巡る。

初めて花火を見る子供の頭の中で、
電気信号の火花が散る。
牡丹のように、松葉のように、
柳のように、散る菊のように。

頭蓋の中を駆け巡る火花の間から
「美しい」という意識が生まれてくるのだとするならば、
飛び散る線香花火の火花の間から
「美しい」という意識が
生まれてきてもいいのではないか。

花火を見つめる子供を、花火もまた見つめている。

出演者情報:西尾まり 30-5423-5904 シスカンパニー

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2013年8月(花火)

8月4日(日)磯島拓矢 & 地曵豪
8月11日(日)中村直史 & 遠藤守哉
8月18日(日) 直川隆久 & 吉川純広
8月25日(日)中山佐知子 & 大川泰樹

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中山佐知子 2013年8月25日

ミサトさんが僕と結婚するにあたって

        ストーリー 中山佐知子
           出演 大川泰樹

ミサトさんが僕と結婚するにあたって
まずはっきりさせておきたいと言ったのは花火の一件だった。

花火というのはあの川っぷちのチンケな花火大会だ。
いかにもご近所だけの花火という雰囲気を漂わせているので
これならミサトさんを誘っても
「わざわざ」とか「あらたまって」という感じはしない。
単に近所に住む幼なじみが連れだって
ちょっとそこまで花火を見に行くだけなのだから
ミサトさんは警戒心をあまり抱かないだろうし
防御力も弱くなっていると思ったのだった。

案の定、ミサトさんは油断していた。
青味の強い藍染めに大きな葡萄の葉を白く抜き出した浴衣に
白っぽい帯を文庫ではなく貝の口に締めて
いつも通りのキリリとした姿だったが
顔はすっぴんだったし、帯の間にハンカチと小銭入れと
千円札を何枚か挟んだ以外は手ぶらだったからだ。

僕は女の人が化粧をしないとこれだけ持ち物が減るのかと
驚きながらミサトさんを眺めていたが
ミサトさんの右の眉毛が釣り上がったのを見て、あわてて歩き出した。

どーん、どーんと音がして夜空に大きな花がいくつも咲いた。
今年の呼び物は
駅前のショッピングセンターが提供する尺玉10連発で
尺玉10発と二尺玉1発の値段がほぼ同じだというので
どちらにするかずいぶん揉めたときいている。
その尺玉10連発の打ち上げの最中、
どーんどーんの音と観客の声が最高潮に達したとき
僕はミサトさんの耳元に近づいて
可能な限りの早口で結婚を申し込んでみた。

もちろん僕の小さな声はミサトさんの耳の奥まで達していなかった。
しかしそんなことは問題ではない。
僕はちゃんと申し込んだのだし、多少曖昧な表情だったとはいえ
そのときミサトさんは僕に笑顔を向けたのだ。

ミサトさんの両親は早くから僕の申し込みを待っていたので
それからはコトが迅速に進んだ。
僕はミサトさんが留守のときにミサトさんの両親に報告をし
仲人を選び結納の日を決めた。
ミサトさんは男らしい性格なので、たとえ自分の結婚とはいえ
ここまで事態が進展してしまったからには腹をくくるだろうし、
よもやあのときよく聞こえないまま笑ったなんて白状するくらいなら
舌を噛み切って死んだ方がマシだと思うに決まっている。
そこが僕の作戦だった。

ただ、ミサトさんは
あの花火のときに結婚を申し込まれたとは思わなかったし、
承諾した覚えもないといまでも主張している。
僕としても、結婚が決まったいまとなっては、
それを認めるのにやぶさかではない。

出演者情報:大川泰樹(フリー) http://yasuki.seesaa.net/

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