いわたじゅんぺい 2023年4月2日「かんな 2023春」

かんな2023 春

ストーリー いわたじゅんぺい
       出演 齋藤陽介

かんなは小学校一年生である。
素朴で素直で嘘が下手。
どこにでもいる小一の女子である。

最近一人称に
「ぼく」をよく使う。
友達の間で流行っているらしい。
ガールズトーク。
学校帰りはいつも
わちゃわちゃしている。
楽しそうで何よりである。

この前、
テレビを見ながら、
「ゆりかもめってなに?」
という話になった。

「モノレールみたいな乗り物だよ」
「ぶらさがってるやつ?」
「ん?ぶら下がってるモノレールもあるけど、ゆりかもめは違うな」
「たかいところをびゅーんっていく?」
「高いところは走ってるね」
「一人でのるもの?」
「一人でも乗るけど、みんなでも乗る」

という
ラチのあかないやりとりをした後、
スマホで画像を見せながら話を続けたところ、
かんなの想像していたゆりかもめは
スキー場の「リフト」だとわかった。

「ゆり」と「かもめ」の印象で
リフトを想像したようだ。

で、ゆりかもめが
電車みたいな乗り物だとはわかったのだが、
乗ってみたいというので、
二人でゆりかもめに乗るだけの旅に出かけた。

電車で新橋まで出て、
一本見送って
ゆりかもめの
先頭車両に乗る。
ゆりかもめは無人運転なので
運転手的な席がある。
一人席だったので、
膝の上にかんなを乗せた。
まだ膝の上に乗せても
嫌がらない。

目の前には汐留のビル。
そのうちの一つを指して
「あれパパの会社だよ。
あっちはじいじが最後に働いてたビル」
と教えてあげたら
「そうなんだ」
と言っていた。

かんなは素直なので
たいていのことは
「そうなんだ」
と受け入れる。

5つ上の兄に
何かを言った時に
否定されても、
反論せず
「そうなんだ」
と受け入れてくれるので
兄妹げんかが少なくてありがたい。

兄は価値観が基本
「勝ち負け」しかないので、
反論されるとなんでも
「ちがうよ」
と、とりあえず交戦する構えになる。

兄妹でも性格は
だいぶ違うようだ。

面白いもので、
そんな気性の荒い兄の方が、
情に厚くて、
涙もろい。

自由契約を言い渡されたプロ野球選手の
ドキュメンタリーなんかを見て
人知れず号泣していたりする。

朝、学校に行く時に玄関で見送ると、
兄はふり返って手を振ってくれるが、
かんなはふり返ることなく
すたすたと出ていってしまう。
意外とドライなのである。

話がそれたが
ゆりかもめの話に戻る。

ゆりかもめはビルの間を抜けて
竹芝方面へ進む。
途中カーブや
多少のアップダウンがあり、
ジェットコースター気分で
楽しめる。
かんなは
「つぎのえきが見えるよ」
などと言っている。

そこからは海沿いをまっすぐ。
フェリーの発着所なんかを見ながら
いくつかの駅を過ぎると、
ゆりかもめのクライマックスである
レインボーブリッジの
ぐるぐる回るところに差し掛かる。

「まわってるー」
だの
「クルマがとなりをはしってる!」
だの
「あの丸いのなに?」
とフジテレビを指さしたりと
忙しかったが、
いざレインボーブリッジを渡りはじめると
「レインボーブリッジはどこ?」
と聞いてきた。

レインボーブリッジは
渡りはじめると
見えなくなってしまう。

それどころか
薄暗い金網の中みたいなところを
走ることになる。
なんか想像してたんと違う、
というという顔をしている。

人生というものは
往々にして
叶うまでの過程の方が
楽しいものなのだ。

ゆりかもめが海を渡り、
お台場を走りはじめると、
唐突に
「パパ、やまのてせんゲームしよう」
と言い出した。
最近のマイブームらしい。
「じゃあぼくからね。うみでとれるもの。さかな」
パンパン
「いーか」
パンパン
「くじら」
パンパン
「えーび」
パンパン
「たーこ」
パンパン
「うーに」
パンパン
「ちんぼつせん」
パンパン
「え?沈没船?」
「はい、パパのまけー」
唐突な沈没船に
父の思考は停止し、
山手線ゲームは
かんなの圧勝に終わった。

その後も
ゆりかもめに揺られながら
実物大のガンダムや
アレグリアの青と黄色のテントなど
珍しいものを見つけるたびに
かんなは興奮し、
豊洲までの小旅行は終わった。

豊洲では
ゆりかもめの顔はめパネルで写真を撮り、
ママへのおみやげにパンと焼き鳥を買い、
バスに乗って帰宅した。

バス停からの帰り道、
「こんどリサイクルしたい」
と急に言い出した。
最近のSDGs的な教育は進んでるなあ、
と感心していたのだが、
話がどうにも噛み合わず
どうしたものかと思っていたら
自転車というヒントが出た。

「それリサイクルじゃなくてサイクリングじゃない?」
「そうだサイクリングだ。ごめんごめん」

次はサイクリングに行く約束をしながら
雨が降りそうな夕暮れを
手をつないで歩いた。
ちょっと風が出て肌寒い。
桜のつぼみはまだ固そうだった。

4月になれば、2年生になる。
将来の夢はファッションデザイナーに
なることらしい。

おみやげの焼き鳥は
レバーと砂肝以外
かんなが全部食べた。



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いわたじゅんぺい 2022年2月6日「かんな 2022 冬」

かんな 2022 冬

     ストーリー いわたじゅんぺい
       出演 齋藤陽介

かんなは6歳である。
下の前歯は4本生え変わり、
上の前歯は1本抜けている。
2021年も
コロナにかかることなく、
元気に過ごすことができた。

いま好きなことは
絵を描くことと工作。
絵本をつくったり、
スーパーマーケットごっこの
商品をつくったり、
何かと忙しくしている。
一人で遊んでくれるので
親としては楽である。
夜型なのか、
風呂から上がって
さあ寝ましょう、
という時間から
制作意欲が湧いてくるようで、
なかなか寝てくれないのは
困りものである。

白い紙を束ねて
糸やホッチキスで
冊子の形にしておくと
喜んで絵本を描く。
この前も一生懸命描いていたので
絵本のタイトルを聞いたら
「みらくるばかわらい」
だという。
なにそれ絶対読みたい、
と父は思った。

お気に入りの店は
100円ショップ。
惣菜なんかを入れる
透明のプラスチック容器を
「どのおおきさにしようかな」
と楽しそうに選んでいる。
スーパーマーケットごっこに使うのである。
6歳にして
キャラクターグッズには目もくれず、
惣菜容器を嬉々として選ぶのだから
なかなか渋い。

文字を読んだり書いたりは
だいぶできるようになってきた。
この前は
「“ちぇ”はどうかくの?」
と聞いてきて、
僕に答えを聞く前に
「ちにちいさな“や”だと“ちゃ”だし、
“よ”だと“ちょ”だし・・・」
と自問自答して、結局
「へ?」
という答えを出した
「おしい」
と僕が言うと
「け?」
と言うので
「ちょっと離れた」
と言うと
「ぺ?」
と言うのを最後に
考えるのをあきらめた。
“ちぇ”は書けなかったものの、
だいぶ高度なひらがなまで
理解できるようになってきたことに、
父はいたく感心した。

また別の日。
家に帰ると、
玄関にかんなの文字で書かれた
「こめんナさいおうう」
という張り紙が貼ってあった。
僕はかんな語が解読できるので
これは
「ごめんなさいを言う」
だと分かったのだが、
なんでそんなことを
書いたのかと聞いたら、
長男に向けての
忠告だということだった。
長男が約束を守らず
妻が怒っていたので、
そんな緊急事態を
兄に知らせるために
張り紙を貼っておいたらしい。
がさつな兄は張り紙に
全く気づかなかったらしいが、
兄の性格で
妹の発達する部分も
変わってくるんだなあ、
と思った。

歌ったり踊ったりも
好きなようで、
最近は自分で作詞作曲した歌を
歌ったりしている。

一番最初に作った歌は
♪ドレミレドの音階で
「♪はむすたあ」
と歌ったものであった。

この頃から急に
かんなの中で謎の
ハムスターブームが起こり、
自分のことを
「はむちゃん」
と呼び出して
今に至っている。
家族もかんなの
「はむ呼び」には
慣れてしまったので、
外でもかんなを呼ぶ時は
「おーい、はむー」
などと普通に
「はむ」という名前の
女の子として扱っている。

話が逸れてしまったが、
歌が好きなかんなは
自分で作った歌に、
自分で振り付けをして、
夜の窓に映った自分を見ながら
真剣に歌って踊っている。
元気にサイドステップを踏みながら、
「♪ずっと遊んでばかりいても
それが運動神経につながるかも〜
それが私の運命〜」
と高らかに歌い上げていた。
ちなみにこの部分はBメロの
終わりあたりで、
曲全体は4分半くらいある。
たぶん同じ歌詞とメロディは
2度と歌えない。

そんな多才なかんなであるが、
苦手なこともあって、
右と左が壊滅的に
覚えられない。
元々左手で絵を書いたりしていたので
両利きなのかもしれない。
不意に
「右手」と言われると
右手と左手を交互に
2回ずつ上げてから
左手を上げたりする。

苦手といえば
お風呂も苦手である。
特に僕と入ると
頭からざぶざぶ
お湯をかけられるので、
やさしく洗ってくれる
妻としか入りたがらない。
ところが
この前、珍しく
「パパとおふろはいる」
と言うので
「入ろっか」
などと喜んでたら
「ぱぱっとお風呂入る」
の聞き間違いで、
いつもどおり
妻とお風呂に入っていった。

またある時。
妻が子供の頃バトンをやっていた
という話をしていたら、
「ばとんてなに?」
とかんなが話に入ってきて
「棒をクルクル回すやつ」
と妻が教えると
「あ、わかった!」
と言ってかんなが
やって見せてくれたのは
グルグルバットの動きだった。

ゴミを捨てる時は
ゴミに向かって
「いままでありがとう」
と言ってから捨てる。

ピンと伸ばして手を上げながら
横断歩道を渡る。
一台もクルマが見えてなくても。
その疑いも照れもない
凛々しい手の上げっぷりは、
純粋さの象徴のようで、
父はかんなのその姿を
いつか思い出して
泣いてしまうのではないかと思う。

月が大きかった日に
ベランダから月を見ていたら
「よるにあさあったことを
おもいだすと
なつかしいなあっておもうよね」
としみじみと言っていた。
6歳の1日は長い。
すべてが記憶に残る情景なのだろう。

大晦日に蕎麦を食べながら
長男と妻との間で
「そば湯」の話になった。
その話を聞いていたのだろう、
夜、風呂掃除をしていたら
かんなが寄ってきて
「今日はそば湯だよ」と言いにきた。
ゆず湯みたいなものだと
思ったようだ。

七夕の短冊には
「せいちょうしますように」
と書いていたが、
初詣では
「ころながおさまりますように」
と願ったそうだ。

今年もいい年になるだろう。

かんなの引いたおみくじは
「小吉」だった。



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いわたじゅんぺい 2021年4月3日「かんな 2021 春」

かんな 2021 春

     ストーリー いわたじゅんぺい
       出演 齋藤陽介

「ぶすのにおいがする」
とかんなは言った    。

かんなは5歳である。
春から保育園の年長組になる。

髪は伸び続けて、
もうおしりの下まで届く。
うんちの時は、
まくし上げないと
毛先にうんちがつく
長さである。

その長い髪を、
父は三つ編みもできないので、
朝はたいてい一本に結んで
保育園に届けるのであるが、
夕方になると、
フィッシュボーンだったり、
編み込みだったり、
三つ編みをぐるぐる巻いたお団子だったり、
立派な髪型になって戻ってくる。

いまどきそんな
長い髪の子もいないので
保育園の先生も
楽しんでくれているのだろう。
ありがたい。

朝は僕が保育園に届けるのだが、
朝のかんなは眠くて動きが緩慢なので、
抱っこでマンションのエレベーターに乗る。
それはささやかな
父と娘のふれあいの時間だったのだが、
先日エレベーターで同じくらいの歳の子に
「だっこしてる」
と揶揄されたことから、
抱っこを嫌がるようになってしまった。
いまでは朝から自分で歩く。
成長といえば成長なのだが、
こうやって父と娘の距離は
できていくのだろうなあ、
と思ったものだ。

かんなが最近好きなのは
「鬼滅の刃」である。
テレビでやっていたのを録画して
何度も見ている。
柱の名前も全員言える。
もちろん漢字は読めないのだが、
この前、
コロナ禍の「禍」の字を見て、
「このじ、禰豆子の『禰』じゃない?」   ネズコ
と興奮していた。
ひらがなもまだ怪しいのに、
漢字の雰囲気がわかるくらい
鬼滅の刃を何度も見ている。

同じように、
「天気の子」も
録画して何度も見ている。
主題歌も覚えていて、
「ぼくーにでーきるーことーは まーだあーるかい」
と歌っていたので、
僕が真似して
「パパーにでーきるーことーは まーだあーるかい」
と歌ってみたところ
「ない」
と冷たくあしらわれた。
「なんかあるでしょ?」
と食い下がったが、
「じゃあハッピーターンかってきて」
とかなり実務的なことを言いつけられた。

かんなは料理番組も好きで、
「大人になったら料理するの?」
と聞いたら
「うん。おかあさんになるからね」
と言ったあと、
「でもおなかきるのこわいな」
と言った。
「お腹切るの?」
「ぽちきすでぽちぽちとめるのこわいな」
「ホッチキスで?」
と僕が混乱していると、妻が
「帝王切開のこと言ってるのよ。
最近の縫合はホッチキスでやるから」
と教えてくれた。
うーん、描写がリアルだ。

テレビの話でいうと、
お金持ちのお宅訪問みたいな番組を見ていた時、
「これうちのとおなじだよ!」
と喜んでいたので、
同じ家具でもあるのかと思ったら、
ジップロックだった。
お金持ちもジップロックは使うようだ。

大相撲を見ていた時は、
「こんなばんぐみやだ!
おすもうさんが
たたかってるだけ!」
と怒っていた。

ひらがなはそれなりに
読めるようになってきて、
絵本を先生のように
みんなに読み聞かせるスタイルで
読んでくれるのだが、
その読み方が
「あ・さ・に・な・り・ま・し・た・く・ま・さ・ん・は※」
(※注:「わ」ではなく「は」で読んでください)
という感じで、
一音一音処理するのに時間がかかっていてかわいい。
まるで初期のAIのようである。
何を読んでも脅迫状のようで、
不穏な話に聞こえる。

この前は絵本を見て
「さ・わ・や・か」
と読んでいたので
「さわやかってどんな意味かわかる?」
と聞いたら、
ちょっと考えてから
「あおいのみもののんだあとにいうことば?」
と言っていた。
青い飲み物のイメージ戦略すごい。
ちなみに青い飲み物とは
サイダーのことらしいのだが、
娘はまだ炭酸は飲めない。

お店屋さんごっこをしていた時は、
「かってくれたひとには
ただでおかねをあげますよー」
と言っていて、
すごい売り文句だと感心した。
やってることはただの割引なのに、
ものすごい大盤振る舞い感。
政府も
「旅行に行った人には無料でお金をあげますよー」
って言えばよかったのに。

絵を描くのも好きで、
最近は絵の具も使う。
僕が
「何の絵?」
と聞くと、
「ぱぱにはおしえない」
と娘。
「何してるところ?」
と聞いても
「ぱぱにはおしえない」
の一点張り。
「教えてよ」
と食い下がると
「だからぱぱにはおしえないをしているところ」
と教えてくれた。
「パパには教えない」
というタイトルの絵だったようだ。
なんか深い。
ちなみにピンク色の人に
黒い影がついた
ムンクの心理描写のような絵であった。

工作も好きで
夜10時を過ぎると突然
目がさえ出して
毎日のように工作をはじめるのだが、
この前、
「キューテープどこ?」
と聞かれて
「?」と思っていたら、
セロテープのことだった。
小さいセロテープの
テープカッターを縦にすると
数字の「9」に見えるから
そう呼んでいるらしい。

世の中はコロナだなんだと
落ち着かないけれども、
子どもは元気に成長している。

そういえば、
この前、散歩をしていた時に突然
「ぶすのにおいがする」
と言い出して、
周囲に女性がいないかと慌てたが
「どぶのにおい」
の言い間違いだった。

運河が流れる街なので、
暖かくなると
ドブのにおいがするのだ。

「もうすぐ春だね」
と言うと
「はるってなに?」
と言っていた。

ぶすのにおいは
春のにおい。

今年の桜は、
早いかもしれない。



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いわたじゅんぺい 2019年12月8日「かんな 2019冬」

かんな2019冬

     ストーリー いわたじゅんぺい
       出演 齋藤陽介

娘のかんなは4歳になった。

生まれた時は、
ほこりかな?
というくらいしか
生えてなかった髪も
肩甲骨が隠れるくらいまで伸びて、
もう完全な女子だ。

食事の時に
エプロンをつけてあげると、
両手で後ろの髪を
ふぁさっと外に出す。
ネックレスを止めた後に
髪を外に出すように。
教えてもないのに、
こんな仕草どこで覚えるのだろうか。

将来OLになったら、
無駄に長い会議の時なんかに、
無意識に髪を結んだりほどいたりして
男子の目線を集めたりするのだろう。

娘は自分なりに理解した言葉で
物事を伝えようとする。

たとえば、
ゆでたまごのことは
「おててでむいてたべるたまご」
と言う。
娘にとっての
ゆでたまごの独自性は、
ゆでていることでも、
そのつるんとした形状でもなくて、
カラを手で剥いて食べる、
という食べ方なのだ。
すでにつけられている
「ゆでたまご」というネーミングで
覚えてしまった大人には
なかなかない発想である。
娘は正しい。

アラジンのアニメを見ていた時、
実写版アラジンの広告を見て
「にんげんのあらじん」
と言っていた。
たしかに絵じゃなくて
人間のアラジンだ。
娘は正しい。

僕が夜遅く帰った翌朝。
「ぱぱきのうはなにしてたの」
と聞かれ、
「送別会だよ」
と答えると
「なにそれ?」
と言うので
「一緒にお仕事していた人が
いなくなっちゃうからご飯食べたりするの」
と教えてあげた。
娘はふーんという顔で
「ひとりで?」
と聞いてきた。
ひとりで。
たしかに僕は
「みんなでご飯を食べた」
とは言わなかった。
娘は正しい。

夜なかなか寝ないので、
「夜遅くまで起きてると
おばけにたべられるよ」
と教えていたら、
ある日、
「よるにさんぽするひとは
ころされてもいいひと」
と言いだした。
間違った価値観を与えてしまった。
娘は悪くない。

神社で
「おとなになるように」
とお願いしていたり。

「えーかいた」
と言うので
絵を描いたのかと思ったら
アルファベットの
Aを書いていたり。

魔法のステッキ的なものを
手に入れた時は、
ママに
「おこらなくなあれ」
と言って怒られたり。

はじめての飛行機で
安定飛行に入ったとき
「おりていいの?」
と言いだしたり。

寝言が
「パパヤダ、ママがいい!」
だったり。

「おうまさんになって」
というので馬になったら
ずっとブラッシングされていて、
「なにその遊び。乗らないの?」
と思ったり。

息子と娘と三人でバスに乗った時、
息子は一人でいちばん前の席に座ったので、
僕と娘は後ろの方の
二人がけの席に座ったのだが、
娘は兄がいなくなったと思い、
「おにいちゃんは?」
と言うので、
「前の方に座ってるよ」
と教えてあげたら、
「うんてんしてるの?」
と真顔で聞いてきた。
極端だなあ。
そこまで前の席じゃない。

夏の帰省ラッシュの頃、
渋滞しているクルマを見ながら、
「このクルマどこにいくんだとおもう?」
と問題を出してきた。
「どこかなあ。
おじいちゃんおばあちゃんの家かなあ」
と答えたら、
「ちがうよ!ちゅうしゃじょうだよ!」
と教えてくれた。
それはそうだ。
娘は正しい。

そんなこんなで、
娘はすくすく育っている。

同じくらい、
父親である僕も、
日々教えられている。

ちなみに
兄である息子も
ちゃんと育っていて、
もう8歳である。

「おねだん以上ニトリ」のことを
値札に書いてある値段以上のお金を
レジで請求されると勘違いして
「ニトリには行かない方がいい」
と言っていたり。

「英語を子供の頃にやっておくとずっと忘れない」
と教えてくれた祖父に
「でも認知症になったら忘れるんでしょ?」
と答えていたり。

8歳なりに
いろいろ考えながら
生きているようである。

さて、
ことしも気がつけば
もうクリスマス。

最近かんなは、
サンタの真似をして
「ほーっほっほっほ」
と言いながら
僕の足元にゴミを置いていく。

5度目の
サンタクロースは
ちゃんとプレゼントを持って
来てくれるのだろうか。



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いわたじゅんぺい 2018年4月1日「かんな 2018春」

かんな 2018春

     ストーリー いわたじゅんぺい
       出演 齋藤陽介

娘のかんなは2歳になる。
奈良美智が描く少女によく似た
元気な女の子だ。

もう
イヤイヤ期は峠を越し、
いまは
パパヤメテ期がはじまっている。

何かとキーキー怒っていた娘も
いまは冷静に
「パパヤメテ」の一言で
あしらってくれる。

そんな女子感満載の娘は、
男子である父には想像もつかない
女子目線があることを教えてくれる。

たとえば、娘は
ドラえもんののび太のことを
「のび太さん」と呼ぶ。
ドラえもんを
しずかちゃん目線で見ているのだ。
父は人生を43年生きてきて、
のび太のことを
のび太さんと
呼ぼうと思ったこともないし、
その選択肢があることに
気づきもしなかった。

想像力の限界を知る、
という話である。

ちなみに7歳になった息子は
「スモールライトがあったら
ガリバートンネルはいらない」
ということに気づいてしまい、
ドラえもんから夢を奪いつつある。

映画でよく、ドラえもんが
どこでもドアを置き忘れてしまう、
というシーンがあるが、
どこでもドアを置いてきたら、
取り寄せバッグで取り寄せればいい、
ということに気づくのも
時間の問題であろう。

ドラえもんが好きな娘であるが、
アンパンマンだと
バイキンマンが好きらしい。

この前歯みがきをしようとしたら、
「アンパンの歯ブラシやだ」
と言いだし、
じゃあ何がいいのかと聞くと
「バイキンマンがいい」
と言う。
仕方なくバイキンマンの
歯ブラシを買ってやったのだが、
ばい菌のついた歯ブラシで
歯を磨くという矛盾が、
しっかり商品化されているのも
なかなかの商売根性だなあ、
と感心した。

そんなこんなで
土日の午前中はたいてい娘を連れて
近所の西友に買い物に行くわけだが、
この前買い物から帰って
玄関を開けると、
娘が
「なりしぇんしぇのにおいがするー」
と言った。

なり先生というのは
娘の保育園の男の先生なのだが、
父と娘が留守の間に妻と娘の先生が・・・
という
まるで昼顔のワンシーンの
ようであった。
もちろん、なり先生が
うちに来ていた事実はなく、
平穏な日々を送っている。

最近はいろいろ知恵もつき、
なんでも自分でやりたがる娘だが、
この前勝手にiPhoneをいじっていて
ホームボタンをポチポチ押してたら
Siriが動きはじめ、
「ゴヨウケンヲドウゾ」
みたいなことを話しだし、
それまでおとなしかったiPhoneが
急にしゃべりはじめたことに
娘は恐怖を覚え、
半ばパニックになって
「なんかおかしい、なんかおかしい」
言いだしたのだが、
siriはその言葉を
「うんこ開始、うんこ開始」
と聞き取り、
冷静に「うんこ開始」を
ネットで検索しはじめた。

娘もsiriも
どっちもどっちだなあ、
と思いながら、
娘の知能がsiriを追い抜く日も
そう遠くはないのだろうと思うと
それはそれでさびしくなった。

人の成長には
うれしさとせつなさが
混在する。

まあ、
その後またsiriに抜かれる日が
来るのかもしれないけれども。
AIも娘も進化の途中なのである。

まだまだ
書きたいことは山ほどあるのだが、
そろそろいい潮時なので
今年はこの辺で。

また来年、
かんな2019でお会いしましょう。



出演者情報:齋藤陽介 03-5456-3388 ヘリンボーン所属

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いわたじゅんぺい 2017年6月4日「かんな 2017夏」

1706iwata

かんな 2017夏

     ストーリー いわたじゅんぺい
       出演 齋藤陽介

娘のかんなは
もうすぐ2歳になる。
カレンダーには
盛大な誕生日の印が付いている。

もう喋る。よく喋る。
何を言っているか
わからないことは多いが、
ずっと一人で喋っている。
ひとしきり喋ったあと、
「ね、ぱーぱ」
と同意を求めてくる。
女子なのだ。

最近覚えた言葉は「待ってて」。
「まーてーて」と発音する。
今までおおむね何でも
素直に言うことを
聞いてくれていたのに、
「まーてーて」を覚えたことで、
何を提案しても「まーてーて」と
返されるのでらちがあかない。

「これ食べようね」
「まーてーて」
「靴履こうね」
「まーてーて」
「うんち替えようね」
「まーてーて」

うんちをすると、
「んちでた」と
教えてくれる。
最近は出す前に「んち」と
うんちをすることを教えてくれる。
トイレに連れて行くと、
トイレの便座に手を置き、
反省する猿のような体勢で
「んち」をする。
幼児用便座に座ってはくれない。
きばっている姿を見ていると、
「みないで」と言って怒る。
女子なのだ。

さらに最近は
「んちでた」と言いながら
自分でズボンを脱ぐようになった。
一度そのままオムツまで
脱がれてしまい、
ころころした「んち」が
トイレや廊下に転がった。
かんなはうれしそうに
うんちを指差して
「んーち、んーち」と教えてくれた。

「ぱぱ、まま」を除けば、
かんなが最初に覚えた言葉は
「ばいばい」だった。
長男は「ぶーぶ」だった。
女子はやっぱり
コミュニケーションの
生き物なんだなあ、
と思ったものだ。
「はいどーぞ」
という言葉を覚えるのも早かった。
何かをあげる時、
「はいどーぞ」
と言って渡していたから
自然と覚えたのだろう。

抱っこして欲しい時も、
「だっこ」とは言わず、
両手を差し出しながら
上目遣いでこちらを見て
「はいどーぞ」と言う。

そんなこと言われたら、
どんなに疲れていても、
たとえかんながうんちまみれでも、
「はいどーも」と言って
喜んで抱っこしてしまう。

将来かんなに好きな人ができて、
彼にはその気が無かったとしても、
上目遣いで「はいどーぞ」
とか言われたら
誰だって抱いてしまうだろう。
危険な技を
生まれながらにして
身につけている。
それが女子なのだ。

どうでもいいことだが、
パソコンでこの原稿を書いている時、
「うんち」と入力すると、
「うんち」の下に赤い波線が引かれる。
うんちとか書いちゃってるけど
あんた大丈夫?と言わんばかりに。
パソコンにたしなめられながら、
パパはこの原稿を書き上げたのだよ。

かんな。
いつかきっとパパの名前を検索して
この原稿を読むことになるだろう。

しめきりが今日だったんだ。
ごめん。
かんなのうんちの話で
パパは何とか今日を乗り切ったよ。

かんな。
ありがとう。

かんな。
愛してるよ。

出演者情報:齋藤陽介 03-5456-3388 ヘリンボーン所属

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