中島英太 2023年5月7日「不審者情報」

「不審者情報」

   ストーリー 中島英太
      出演 遠藤守哉

先生からみなさんに大事なお話があります。
最近この学校の近くに不審者が出没しています。
気をつけてください。

中年の男性です。
決まって天気のいい日に現れ、
このあたりをのったりのったりと歩いています。
そして時折足を止めると、
空を見上げたり、道端の草花を眺めたりしているのです。
しばらくぼーっとした後、またのったりのったりと歩いていきます。
様子がおかしいので先生、声をかけました。どこかお出かけですかと。
すると、特に行き先も決めず、はっきりとした目的もなく、
ただぶらぶらしているだけだと答えるではありませんか。
きわめて無駄、無意味な行為です。
わざわざ身体を動かしているのに、生産性ゼロです。
健康のため?それならしっかりとした運動をすべきです。
効率が悪すぎます。
気分がよくなる?そんなものはまやかしです。
気分なんかよりデータで、物事は考えるべきです。

なんの生産性もなく、なんの役にも立たず、
ただ時間を浪費している不審者を見て、先生は思いました。
生徒諸君。君たちは目的地をしっかり設定し、ビジョンを持ち、
まっすぐ進んでいってほしい。
脇目もふらず、自分のゴールに向かって一直線に行こう。
無駄を排除しよう。効率を上げていこう。他人を追い抜こう。
そうすればきっと成功をつかめます。
先生、信じてます。

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出演者情報:遠藤守哉

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中島英太 2022年2月27日「長い冬の終わり」

長い冬の終わり

  ストーリー 中島英太
     出演 大川泰樹

日本には、冬の寒さを利用してつくられる食べ物が数多くある。
中でも味噌や醤油、日本酒といった発酵食品は、
寒い時期に仕込むとゆっくりと発酵がすすみ、おいしくなる。
これを「寒造り」あるいは「寒仕込み」と呼ぶ。

ある酒蔵では、仕込み中の酒にクラシック音楽を聴かせる。
原理はわからないが、実際味がよくなるという。
酵母も生き物だ。いい音楽を聴くことで気分良く発酵するのかもしれない。

ところが。
それと正反対の酒蔵があるのをご存知だろうか。
名前や所在地は明らかにできないが、その蔵では素敵な音楽ではなく、
酒に「駄洒落」を聞かせるのだ。

冬の間中、蔵で働く人々は酵母に向かって語りかける。
「今月もお金がない。おっかねー」
「トイレに行っといれ」
「ゴミを捨ててごみん」
寒い。
この上なく寒い。

そう、それこそが狙いであった。
駄洒落を聴かせることで、蔵をさらに寒くする。
繰り返すが酵母も生き物だ。
物理的な冬の寒さと、精神的に寒い駄洒落。
究極の寒仕込みである。

この風変わりなやり方がいつはじまったかは定かでないが、
蔵の人々はごく当たり前に受け入れている。
ただひとり、跡継ぎ息子の次郎(仮名)を除いて。

次郎は幼い頃から駄洒落の修得に明け暮れた。
本当はサッカーをやりたかったのだが、蔵の伝統が許さなかった。
この蔵に生まれたからには、
寒い駄洒落を自由自在に扱えないといけない。
スポーツなどやっている暇はないのだ。

中学に上がると、大人に混じっての特訓がはじまった。
駄洒落100本ノック。月に一度の駄洒落スピーキングテスト。
かっこつけたい年頃である。
思春期の少年にとってそれは地獄の日々だった。

うちも駄洒落じゃなくクラシック音楽とか聴かせようよ。
そう訴えたこともあったが、親は激怒。朝ごはん抜きの刑に処された。
その時次郎の口から自然に飛び出た言葉は、
「チョーショック!」だった。
自分がすっかり駄洒落人間になってしまったことに、
次郎はチョーショックを受けた。

好きな子の前で駄洒落を連発してしまい、フラれたこともある。
彼女に着信拒否された次郎はただ「電話に出んわ…」とつぶやいたという。

高校卒業後、蔵で働きはじめた次郎は、
最も冷える深夜、酵母に駄洒落を聞かせる係になった。
眠気と寒気と羞恥心と戦いながら、蔵でひとり駄洒落を繰り出す日々。
こんな馬鹿げた伝統いつかぶち壊してやる。
そして本当に美味い酒をつくるんだ。
酒造りへの情熱だけが、彼を支えていた。

そんなある日のこと。
次郎が蔵でウトウトしていると、小さな声が聞こえた。
(寒い…寒くて敵わん…)
誰だろう。声は酒を仕込んでいる桶の方からだ。
(寒い洒落はよしなしゃれ…いや、やめて…)
なんと声の主は、酵母であった。
蔵に百年以上住み着いている酵母が、次郎の頭の中に直接語りかけてきたのだ。

(わしはもう駄洒落には耐えられない…)
聞けば、長年居候している手前ずっと我慢してきたが、もう限界だということ。
これまで何度も訴えてきたが、耳を傾けたのは次郎が初めてということ。
酵母は思いの丈をぶつけてきた。
次郎もまた、理不尽な伝統への怒り、そして酒造りへの思いを酵母へぶつけた。
青年と酵母は、意気投合した。

酵母は言った。
春になったら、わしといっしょに旅立とう。
新しい場所で酒をつくろう。お前のやり方でお前の酒をつくるんだ。 
駄洒落でもクラシック音楽でもない。
新しい人間だけがつくれるものがきっとある。
お前ならきっとできる。

次郎の目にみるみる涙が浮かんだ。
世代と生物の垣根を越え、ついに仲間が現れたのだ。
若者は照れ隠しに元気よく酵母へ返事した。
「オッケー牧場!」

長く寒い冬が、もうすぐ明けようとしていた。

出演者情報:大川泰樹 03-3478-3780 MMP所属

 

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中島英太 2014年1月19日

大きな山

      ストーリー 中島英太
         出演 地曵豪

今回この原稿を書くにあたって、いただいたテーマが「山」。
山、山、うーん、なんかないかなあ、山。
ということで、
「中山さん」の話をひとつ書きたいと思います。

この東京コピーライターズストリートの主催者であり、
演出もされている中山さん。中山佐知子さん。
僕なんかが語るのがおこがましいくらいの、
ラジオの巨匠ですね。
それこそ山です。

以前、取材を兼ねて、
中山さんとウイスキーの蒸溜所へごいっしょしたことがあります。

そこでは、元ブレンダーだった方がつきっきりで、
ウイスキーづくりのいろはを教えてくださいました。
僕たちは、蒸溜所の中をまわりながら、
いろんなウイスキーを試飲させていただきました。
10年物。20年物。30年物。

それだけでも感激ものですが、
最後になんと一樽ウン千万円という貴重なお酒を
いただいたんです。
街のバーで飲んだら、えらいことになります。
たぶん一生飲むことはないですが。

ほろ酔い気分の僕は、
ああ本当にいい経験をさせてもらったなと
しみじみしていました。

そしたら。
中山さんが蒸溜所の方に言ったんです。

「やいやい、もっといいの、隠してるんだろー」って。
ニヤリと笑いながら。
私の眼はごまかされないぞーって。

僕は、この人、なんて大胆なこと言うんだろうと、
一瞬酔いも覚めました。

そしたら、言われた方、ギョッとした顔をした後に、
「いやあ、参りました!」
と笑いながら、奥のほうからラベルのないウイスキーを持ってきて。
特別ですよ、と言いながら、飲ませてくれたんです。
最高でした。

その後も、みんなでいろいろ飲みました。
蒸溜所の方もニコニコして、
裏話なんかも聞かせてもらえました。

すごく勉強になりました。
取材って、こういうことなんだと。
ふつうの、ちょっと先に、宝物は隠れている。
そこまで掴み取って、はじめて取材だと。仕事だと。
そこまでやるから、いい企画の種になる。
自分は全然ぬるかった。

そんな中山さんのお話でした。
中山さんは、やっぱり、大きな山です。

ところが。

以上のような原稿を中山さんに送ったところ、
僕のまったくの勘違いだったことが判明。

どんなモルトを飲んでみたいですか、
という蒸溜所の方の問いかけに、中山さんは、
「あなたがいちばん好きなモルトを飲みたい」
とお答えになったのでした。
そして出てきたのが、先ほどの超絶ウイスキーだったわけです。

ものすごく失礼な勘違いをしてしまいました。
普通なら激怒されても仕方ない間違いです。

でも、中山さんは、やさしく指摘された後に、
ほらほら、これ見て思いだして、と
その時の写真を何枚か送ってくださいました。
そして、
素晴らしいウイスキーでした、まだ味を覚えてますもんね、
とおっしゃるのでした。

中山さんは、やっぱり、大きな山です。

出演者情報:地曵豪 http://www.gojibiki.jp/

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中島英太 2012年6月10日

アンテナショップ

         ストーリー 中島英太
            出演 大川泰樹

4月
また部長に激怒された。
なんでお前はそんなに鈍いのか。
言われたってわからない。
彼女にも同じことを言われた。

5月
お前のココはからっぽかと頭を叩かれた。
部長を殺してやりたいと思った。
でも、彼女にそう言ったら、頭を叩かれた。
悲しい。

6月
会社の帰り道、見知らぬ店ができていた。
アンテナショップと書いてある。
中をのぞいたら、たくさんのアンテナが売っていた。
へんなの。

7月
部長のやつ、ほんとに許せない。
いくら僕がぼんやりしてるからって、
人前であんなに罵倒しやがって。
落ち込んでいたら、
アンテナショップの店員に声をかけられた。
「アンテナ、無料でサービス中です」
要りません。

8月
彼女にふられた。
鈍い男は嫌いとのこと。
死のうかな。

9月
まだ生きてる。
例の店の店員がしつこいので、
アンテナをもらうことにした。
頭にいきなりアンテナ刺された。
ちょっと痛かったけど、血は出ない。
なんだか、シャッキリした。

10月
最近、仕事がすごくはかどる。
上司や同僚、クライアントの考えてることが、
手に取るようにわかるのだ。
ビビビと頭に飛び込んでくる感じ。
このアンテナのせいだろうか。

11月
仕事、絶好調。
社内の評価うなぎ昇り。
でも、まだ上がいる。
負けないぞ。

12月
部長の嫌がらせはなくなったが、
僕を認めようとしないのがムカつく。
もっと圧倒的な数字を残して、蹴落とすことにした。
アンテナショップに行って、
さらに大きなアンテナに代えてもらう。
天井に届きそうなやつ。

1月
新型アンテナの性能はすごい。
相場の動きまでよくわかる。
部長は降格。僕が新部長になった。
ざまあみろ。

2月
別れた彼女が、部長と付き合ってるのが発覚。
発覚というか、アンテナのおかげで感ずいた。
もうあんなのいいや。僕はビッグになるんだ。
もっと高性能のアンテナがほしい。

3月
アンテナショップで、高さ3mのアンテナをつけてもらう。
つむじのところにギリギリギリとねじ込まれて、
僕の身長は4m70cmになった。
感度は抜群。政治経済の流れまでわかるようになってきた。
政財界の大物や黒幕たちが、頭を下げて僕に話を聞きに来る。
愉快でたまらない。

4月
ライバル出現。
あり得ない高さのアンテナを頭に付けている。
チヤホヤされていい気になりやがって。
こうなったら、いちばんデカいアンテナをつけてもらおう。
アンテナショップの店員が、
ほんとにいいんですね?と、しつこく聞いてくる。
麻酔を打たれた。

5月
目が覚めると、真っ暗な場所にいた。
身動きがとれない。
でも世の中のほとんどのことがわかる。
このアンテナ最強。
みんなが僕めがけてやってくる。
一応、最寄駅をお知らせしとく。
東武伊勢崎線「とうきょうスカイツリー」駅。

出演者情報:大川泰樹 http://yasuki.seesaa.net/  03-3478-3780 MMP

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中島英太 2011年2月11日



月曜日の憂鬱
                  ストーリー 中島英太
                     出演 瀬川亮

月曜日は、憂鬱だった。
火曜日も、水曜日も、木曜日も穏やかだし、
ましてや金曜日に至っては浮かれているのに、
月曜日の心は、いつも重く、ブルーだった。
月曜日は、思った。
どうして俺、月曜日なんだろうかと。

月曜日にとって、月曜の朝はまさに苦痛だった。
サラリーマンや学生たちはみな、
自分の訪れを疎ましく思っていた。
また月曜になっちゃったよ――
彼らの暗い顔を見るのが、月曜日はなにより辛かった。
子供たちは、さらに残酷だ。
前日の夜、テレビでサザエさんという番組の
エンディングテーマが流れる頃になると、
すでに月曜日が来るのを嘆き悲しみはじめる。
早すぎるだろ!どんだけ嫌われてるんだ俺。

自分なんて、いないほうがいいんだ。
いっそ、平日が火曜日から始まればいいのに。
そんなふうに思うこともしょっちゅうだった。
ほかの平日の連中たちは、
月曜日は週のトップバッターって感じで、いいね、
なんてことを呑気に言うが、
あいつらは俺のプレッシャーをまるでわかってない。
同じ平日と思われるのも、心外だ。

平日。そう、俺は平日。
自分がもし土曜日や日曜日のような休日だったら、
と月曜日は思った。

人々はみんな、自分がやってくるのを心待ちにしている。
早く来ないかな、月曜日。まだかな、月曜日。
映画「マンデーナイトフィーバー」が大ヒットして、
田中星児が「ビューティフルマンデー」を歌う。
そんな月曜日だったなら、どんなにいい気分だろう。
どんなに人々を素敵な気分にさせられるだろう。

でも、それは夢のまた夢。
ブルーマンデー症候群。月曜日は週で一番自殺者が多いらしい。
ブラックマンデー。株の大暴落も、自分のせいな気がしてくる。
月曜日を描いた歌は、大抵暗い。カーペンターズにも、ディスられた。
俺は、月曜日。嫌われ者の月曜日。

週休2日制になった時。どうして、「土日」じゃなくて、
「日月」にならなかったのだろう。
週のはじまりが日曜日ならば、日月と来るのが道理ではないのか。
土曜日の奴は、水面下でロビー活動でもしていたのだろうか。
国の連中もようやく最近になって、
3連休に絡めてハッピーマンデーなんてことをやり始めたが、
まるで浸透してないし。むしろ前のほうが良かったねと囁かれる始末。
どこかでボタンが掛け違ったとしか思えない。

ホントは、月曜日だって、日曜日だって、何曜日だって、
同じ1日で、週に一度しかなくて、人生に一度しかなくて…
そんな正論を訴えたこともあった。
金曜日は、そうだね、と鼻で笑うだけだった。
花金とか呼ばれ始めたころから、コイツ嫌い。

マンデー。M・O・N・D・A・Y。
ローマ字読みすると、モンダイ…。フッ
一週間の問題児だな、俺は。

月曜日がそんなことを自虐的に思っていると、
どこか遠くで、かわいらしい小さな声が聞こえた。

「はやくげつようびにならないかな」
え?誰?いまなんて言った?
「げつようびになったら、ランドセルしょってがっこういくの」
小さな女の子が、ピカピカのランドセルを、
親戚のおばさんに自慢していた。

そうか…こういう子も、いるんだな。
もしかしたら、月曜の朝に暗い顔をしている
サラリーマンも学生も、
昔はこの子みたいだったのかもしれないな。
それがいろいろあって。
人間も人間なりに、大変なんだろうな。

今度の月曜は、女の子のランドセルが濡れないように、
なるべくいい天気にしてあげよう、と月曜日は思った。
そして、女の子が青空を見上げて、
手を大きく振り、元気に登校していく様子を想像して、
ちょっとだけ陽気になった。

出演者情報:瀬川亮 03-6416-9903 吉住モータース

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中島英太 2009年5月16日ライブ



星に願いを3回

             
ストーリー 中島英太
出演 西尾まり

「流れ星に3回願い事言うと叶うっていうけど、あれって相当無理だよな」
彼の一言に、ギクリとした。
こと座流星群が最接近する夜。

付き合って6年。
煮え切らないふたりだった。

“彼と幸せになれますように”なんてベタな願いを隠蔽すべく、
あたしは軽く、そうだね、と返した。

その時。流れ星が光った。
彼が叫んだ。

「金金金(カネカネカネ)!」

はぁ。それですか。3回言えてよかったね。おめでと。

ガッツポーズの彼は、それから、ひと呼吸すると言った。
「金貯まったら、一緒になろう」

金金金。あたしからもお願いしてみます。

◎09年5月16日のライブで読んだ演目を紹介しています。
 音声はスタジオで録音したものです。
*出演者情報 西尾まり  03-5423-5904 シスカンパニー

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