ストーリー

日下慶太 2010年6月26日ライブ



病室会話集

           
ストーリー 日下慶太
出演 大川泰樹高田聖子

明日から入院しても大丈夫。
病室のルームメイトとすぐにうちとけられる病院会話集。

今日から入院するクサカといいます。 よろしくお願いします。
今日から入院するクサカといいます。 よろしくお願いします。

どこが悪いのですか?
どこが悪いのですか?

わたしは腎臓が悪いです
わたしは腎臓が悪いです。

どれぐらい入院しているのですか?
どれぐらい入院しているのですか?

私はあと1ヶ月、入院しそうです。
私はあと1ヶ月、入院しそうです。

ごはんが来ましたね。
ごはんが来ましたね。

薄味ですね。
薄味ですね。

とんこつラーメンが食べたいですね。
とんこつラーメンが食べたいですね。

タバコが吸いたいですね
タバコが吸いたいですね

いびきがうるさかったらごめんなさい。
いびきがうるさかったらごめんなさい。

それでは、おやすみなさい。
それでは、おやすみなさい。

出演者情報:大川泰樹 03-3478-3780 MMP・高田聖子 03-5361-3031 ヴィレッヂ

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細田高広 2010年6月26日ライブ


変な奴

ストーリー 細田高広
出演 坂東工

変わった友人がいる。
愛読書は時刻表。いわゆる「鉄オタ」だ。

その彼と旅をした。列車に揺られて3時間。
辿りついたのは、聞いたこともない小さな駅。
電車を降りると、友人は早速シャッターを押し始めた。
こんな何もない駅の、何もない風景の、何が面白いのか。
つくづく変な奴だ。
退屈の予感がして、僕は旅を後悔した。

ところが、だ。1時間もして見えてきたのだ。
ぼろぼろの駅舎。駅長室の古い電話。
古びたレール。キラキラ光る水田。遠くには、霞む山々。

なぜ僕には見えてなかったのだろう。
旅行ガイドにある風景だけが、見る価値のあるもの。
そう思ってなかったか。

友人は飽きずにシャッターを押している。
変な奴・・・。それは、
この風景を「何もない」と言った、僕の方かもしれない。

出演者情報:坂東工 http://www.takumibando.com/

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国井美果 2010年6月20日

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さようなら、はじめまして

ストーリー 国井美果
出演 毬谷友子

~小さい頃は神様がいて、不思議に夢を叶えてくれた

これ、映画「魔女の宅急便」の終わりに流れる、私の好きなうた。
本当は、ナントカっていう名曲だってママが言ってたけれど、
忘れてしまった。
小さい頃は神様もサンタもいて、よかったなあ。

今日は私の誕生日。
6月9日。ロックな13歳だぜ。
べつにロック・ミュージックが好きなわけじゃないんだけれど。

今年の誕生日は、なんとなく、ひとりでいることにした。

放課後、ミスドで誕生会しようと言ってくれた友達にはお礼だけ言って、
ボーイフレンドとは週末に会う約束をした。
もともとひとりっこだし。
パパはいつも夜中に帰ってくるし。
ママはこのまえ死んでしまったし。

・・・いや、正確にいうと死んでなくて、ピンピンして生きてるんだけど、
どうにも許せないことがあって、つい口がすべりました。
そのママから、ケータイにメールが届いた。

「モンちゃん、ハッピー・ハッピー・バースデー!
バルセロナは快晴だよん。風邪ひいてない?朝ちゃんと起きてる?
戸締まり火の元には気をつけて。大好きだよ!LOVE!ママ」

娘へのバースデーメールというより、ただの留守番の確認だ。
ああ、やっぱりムカついてきた!
あなたねぇ、今年の誕生日はレストランに行こうって約束したのに、
へっちゃらで10日間も出張に行っちゃうなんて、ありえなくない?
小さい頃からずーっと仕事仕事で忙しくて、それはいいとしてもさ、
誕生日の約束ぐらい守ってくれてもいいよね?
居てほしいときに居てくれないなんて。もうあなたなんて、要―らない!

せっかくの13歳なのに。
そうだよ。
「魔女の宅急便」のキキだってひとり立ちして修行に出た歳だし、
私も早くひとり立ちしてやる。

やりたい仕事みつけて。部屋さがして。
うんとやさしいお姉さんがタダで部屋を貸してくれて。
新しいボーイフレンドもできて。
実家なんてめったに帰ってあげないよ。
落ち込んだりしても私は元気なんだから!

・・・と、怒りが頂点に達したら、おなかが鳴った。
とっさに「釜揚げうどん」の絵が浮かんだので
猛然と湯をわかし、麺をゆで、生姜をすりまくり、万能ネギを刻みまくり、
考えられないくらいの量をひとりすすった。うまかった。

そういえばママが出張から戻ると、今度はママの誕生日だ。
21日。夏至に生まれたんだって。

夏至が過ぎると、本格的な夏がはじまる。
さようなら、12歳。はじめまして、13歳。

おみやげの内容次第では、誕生日になったら、
生き返らせてあげてもいいかな。

人間、おなかが満たされると大概のことは許せるようになるものなのだ。
と、ピカピカの13歳の私は静かに悟った。

出演者情報:毬谷友子 03-3352-1616J.CLIP所属

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動画制作:庄司輝秋・浜野隆幸


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小野田隆雄 2010年6月13日



ケシの花

ストーリー 小野田隆雄
出演  坂東工    

一年で、いちばん昼間(ひるま)の長い日を、
夏至(げし)と言う。その日は、毎年(まいとし)、
六月下旬に訪れる。そしてまた、
六月の下旬になると、ケシの花が散り、
そのあとに青い実が出来る。
この青い実から、麻薬のアヘンは作られる。
ケシの花は美しい。けれど、
花を見るためであっても、栽培することは
法律で禁じられている。
ただし、自由に栽培できた時代もあって、
その名残(なごり)で、いまも、古い村や町で、
ひっそりと咲いていることがある。
赤や白やむらさきや、
その花は、ヒナゲシよりも、大人びている。
四枚の花びらは、朝に咲き、夕べには散ってしまう。

ところで私は、その花を写真で見る以外、
長い間、見る機会にめぐまれなかった。
「菜の花畑に入日(いりひ)薄(うす)れ、
見わたす山の端(は)、霞(かすみ)深し」
この二行で始まる、
文部省唱歌(しょうか)「朧月夜(おぼろづきよ)」の詞(し)を作ったのは、
高野辰之(たかのたつゆき)である。
彼は、明治九年に、
長野県下水内郡(しもみのちぐん)永田村(ながたむら)に誕生した。
その地には、いま、彼の記念館が建っている。
私は、自分の生れ育った北関東の風景が
この歌に登場する風景に、
どこか似ていると、いつも、思っていた。
彼の、この歌が好きだった。
その高野辰之の、晩年に住んでいた家(いえ)が、
野沢温泉村(のざわおんせんむら)に、残っていると知ったのは、
二十年ほど前の六月下旬だった。
たまたま、その日、長野市で、
広告関係の小さな集まりがあり、
その席で、教えてもらったのである。
その家を訪れるために
長野電鉄の野沢温泉駅で、
下車したのだと思う。
けれど、もしかすると、JR飯山線の
戸狩野沢(とがりのざわ)温泉駅であったかもしれない。
ともかく、梅雨(つゆ)の合(あ)い間(ま)の午後の、
日射しのまぶしい日だった。

私は刈り取られた麦畑のあいだに
曲がりくねって続く道を、
はるか丘の上にあると教(おそ)わった
彼の家をめざして、
歩いたことを、記憶している。
ようやく、たどりついた家は、
つつましい瓦屋根(かわらやね)の平屋(ひらや)建(だ)てだった。
低い生垣(いけがき)をめぐらした小さな門(もん)に、
「高野辰之(たかのたつゆき) 晩年(ばんねん)の家(いえ)」と墨筆(ぼくひつ)で書かれた
めだたない看板がついているだけで、
見学はお断り、のようだった。
庭に面した部屋の、
雪見(ゆきみ)障子(しょうじ)のガラス窓から、
ほのかに室内が望まれた。
畳(たたみ)の上に置かれた白いベッドに
おじいさんが寝ている。
病(やまい)にふせっているらしく
酸素吸入器を使用して、眠っていた。
高野家にゆかりある人なのだろう。
のぞき見したことに、私はなんとなく、
ごめんなさいと思った。そして、
帰ろうとして、視線を動かした時、
庭の片隅に、赤い花が咲いているのを見た。
私は生垣に沿って、その花に近づいた。
その花は、初めて見るケシの花だった。
思いがけない女性に、出会ったようなときめき。
静かに、ケシの花は笑っているようだった。

帰り道、ゆっくりと丘の道をくだりながら、
南から西に、一面に広がる
刈り取られた麦畑の風景は
もしもいま、春の夕暮れで、
菜の花がどこまでも咲いていたら、
そのまま、「朧月夜」の風景になると思った。
そして、故郷(ふるさと)を離れて、東京に行った、
高野辰之の、はるか遠い時代の青春を想像した。
赤い花のような恋も、あったのだろうか。
いつか、そのことを調べてみよう。
太陽が少しずつ、西に傾き始めていた。
メモしておいた、長野行きの
列車の時刻を見るために、
私は、手帳を取り出した。
そして、その六月下旬の日付の横に
青いインキで小さく、夏至(げし)と、
印刷されているのに気づいた。

出演者情報:坂東工 http://blog.livedoor.jp/bandomusha/

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一倉宏 2010年6月6日

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みなさまの夏

ストーリー 一倉宏
出演 松澤一之

夏がくる
お嬢様の夏がくる
白いレースのパラソルをくるくるまわして
お嬢様の夏は お嬢サマー

王様の夏がくる
大きな銀の器に山盛りのかき氷 シロップは7色の全部かけ
王様の夏は 王サマー

お母様の夏がくる
たらいの井戸水で冷やしたスイカをさっくり割った
お母様を思い出す お母サマー

たなばた様の夏がくる
仙台にも阿佐ヶ谷にも福生にも 夏休み前の幼稚園にも
色とりどりの願いが揺れる たなばたサマー

雷様の夏がくる
どんな夏フェスの どんなバンドの爆裂ロックもかなわない
雷様の夏は 泣く子も黙る 雷サマー

上様の夏がくる
暑気払いのビヤガーデン きょうの日付で 宛名は
上様で きょうは社長に ごちそうサマー

おつかれさまの夏がくる
休日の 海へと続く道は 行きも帰りも大渋滞
やれやれ おたがいさまの夏 おつかれサマー

おてんとさまの夏がくる
だけどやっぱり夏はうれしい お出かけせずにいられない
おてんとさまの夏 おてんとサマー

お客様の夏がくる
そりゃもう書き入れ時だよ 海の家も 山の売店も
ラーメンも アイスキャンデーも とうもろこしも
お客様の押し寄せる夏は 様 サマーだね

おかげさまの夏がくる
ありがたい こうしてして無事に夏を迎えられるのも
おかげさまの夏 おかげサマー

おばあさまの夏がくる
おばあさまは100歳 はじめての夏は大正元年
今年は100回めの夏 お元気で おばあサマー

けれど どなた様かが亡くなった夏もくる 
お気の毒サマー ご愁傷サマー

そして お星様の夏がくる
ペルセウス座流星群 それはちょうどお盆の頃
0時を過ぎる頃 流れ星降る お星サマー

どこにいるのか 私の星の王子様
またどこかの星で やさしいわがままを言って 
道草してるのね 私の星の王子サマー

夏がくる 
もうすぐくる 
すぐサマー

みなさまの夏がくる

おまちどおさまの夏 
おまちどおサマー 

出演者情報 松澤一之 5423-5904 シスカンパニー

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動画制作:庄司輝秋・浜野隆幸


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中山佐知子 2010年5月30日



地平線はいつも砂の彼方に

ストーリー 中山佐知子
出演 大川泰樹

地平線はいつも砂の彼方にあった。
東の地平線に押し出されるようにして太陽が姿を見せると
砂の温度はじりじりと上がり
しまいには駱駝さえ歩みを止める熱さになる。
だからこの季節にシルクロードを行く旅人は
真昼の太陽が西の地平線に傾くまでテントで暑さを避け
夕陽を背負って旅をつづけるのだった。

砂漠を縁取って点在するオアシスとオアシスの長い距離には
運のいい旅人と駱駝がかろうじて死なない間隔で
泉が見つかった。
モホライの泉、塩味。
ポプラの泉、ちょろちょろと滴るだけの水。
駱駝の泉、塩味。
僕は案内人が教えてくれる泉の名前と水の味を
日記に書きとめるようになった。

天山(てんざん)山脈の雪解け水を腹いっぱい吸い込んだタクラマカンが
ほんの少しだけ旅人に分け与える水は
たいがい塩分を含み、濁ってもいた。
砂漠は人を嫌っているのだろうか。
この塩辛い水は砂漠へ足を踏み入れた人間への警告なのだろうか。
それでも何日も水を与えられずに歩かされていた駱駝は
大喜びで集まってきたし、
人もその水を飲むしかなかった。

砂漠は天気や太陽の角度によってその色を変える。
明けがた灰色だった砂の山は
日が登るにつれて霞のような青みがかった色になり、
オリーブ油のような黄色、駱駝の毛の色、オレンジの皮の色にも変化した。
ときには煤を溶かしたようにどんよりするときもあった。
夕暮れはいつも金色に染まり
その黄金の海を漕ぎ渡る船のように駱駝の隊列が進んでいった。

桜蘭を出て20日ほど過ぎた夕暮れ、
僕たちは三日月の形をした大きな砂の山脈と
その谷間にかくまわれる三日月の湖を見た。
山は金色に輝き,湖は青く澄みわたっていた。
鳴砂の山と三日月の湖だ、と案内人が言った。

大河さえ砂に追われて100キロ先へ逃げていく砂漠において
この小さな湖はひとつの場所で悠久のときを踏みとどまっていた。
岸辺の柳は葉を揺らし、七つの星と呼ばれる草が生え
ナツメの花の香りもあたりに満ちていた。
三千年の間、砂は湖を埋めることがなく
湖は水を枯らすことはなかった。
また溢れて砂を押し流すこともなかった。

僕は山の名前と湖の名前を日記に書きとめたけれど
そのあとにつづく言葉がなかった。
相容れないはずの水と砂が
お互いを尊重しあってたたずむ奇跡のような姿を
言いあらわす言葉が僕にはなかった。

ただ僕は、砂の地平線を眺めつづけた旅を思った。
砂漠は僕を殺さなかった。
砂漠は塩気を含んだ水の試練を与えるが
その試練こそ人が生残る手段であり
乾いた砂と人が共存するバランスそのものだったのだ。

西の水平線に夕陽が沈むと東の空に月が浮かんだ。
僕は砂漠の色と砂漠の意思を書きとめるために日記を取り出し
ページの間にはさまっていた砂を払い落とした。

出演者情報:大川泰樹 http://yasuki.seesaa.net/  03-3478-3780 MMP

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