ストーリー

国井美果 2008年12月31日 大晦日スペシャル



「3分の1の写真」

                      
ストーリー 国井美果
出演    西尾まり

                  
そろそろだな。

そう思った瞬間、とつぜん空気がキュッと冴えてきた。
新宿から特急に乗って、甲府へ向かう途中。
この青い匂い。しん、と澄み渡る感じ。実家がぐっと近くなる。

甲府で生まれ、高校まで過ごした。
ひとりっこの私は、小さい頃はいつも、1つ年上の幼なじみにくっついて遊んでいた。
亜美ちゃんと、沙耶香(さやか)ちゃん。
亜美ちゃんは、双子の弟を持つお姉さん。しっかりもので、ちゃきちゃきと明るい。
沙耶香ちゃんは、私と同じく、ひとりっこ。
女の子らしくて、お人形をたくさんもっている。

だけど、3人でいると、1つ年下の私はどうしても、
2人にちょっとだけ追いつかない。
亜美ちゃんと沙耶香ちゃんと、そして私。
2人と1人。どうしてもそういう単位。
アネゴ肌の亜美ちゃんが好きだったから、
「沙耶香ちゃん、私も亜美ちゃんと遊びたい。」
心の中でそうつぶやいていた。2人に間に合わない自分が、もどかしかった。

そんな、幼いコドモなりの、心の葛藤の表れだったのだろう。
私は、ある時、写真に思いをぶつけた。
3人で並んで写っている、1枚の写真。
それを3分の1だけ切り離してしまったのだ。
私、亜美ちゃん。そして・・・・切り離された方に、沙耶香ちゃん。

なんとまあ・・・。やっぱりコドモのやることだなあ。
そんな、可笑しくも愚かで切ない出来事も、
実はもうすっかり忘れてしまっていて、
実家へ向かう匂いや気配の気まぐれで、たまたま思い出したのだった。

私は、あれから東京の大学に進み、商社に8年勤めたのち、
友人の小さな輸入食材店を手伝っている。
亜美ちゃんは、もう、この世にいない。15歳の夏、交通事故だった。
沙耶香ちゃんは・・・。

そこで電車が甲府に着いた。夕暮れの駅前ロータリーに降り立つと、
停まっていた赤いミニの窓が開いて、沙耶香ちゃんが顔をだした。
「おかえり。ラデュレのマカロン買ってきた?」

もちろんだよ、と言って、私は助手席に乗り込んだ。
「ごめんね、明日結婚する花嫁さんに迎えに来させちゃってさ。」
すると沙耶香ちゃんは、
「おお、バツイチの再婚につきそってくれる、貴重な幼なじみよ!」
と、はじけるように笑った。

あれから時がたち、いろいろあっても、
3分の1の沙耶香ちゃんと私は今、こうして会って笑っている。
そういうことが、いちばん強い。と、私は思う。

*出演者情報 西尾まり  03-5423-5904 シスカンパニー

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安藤隆 2008年12月31日 大晦日スペシャル



連写一眼だった私たち
                   

ストーリー  安藤隆
出演  浅野和之

休みの日、私はトイカメラで近所の写真をよく撮る。とるにたらぬ
ものを写真に撮るのがすきだ。
ブロック塀にカタカナと平仮名だけの子供のような字で「カベにボ
ールをあてないで」と書いてある。声まで聞こえてきそうなその様
子がこの上なくチャーミングに見える。私はトイカメラの狭い視界
に頭を悩ませながら、文字の全体を何とかレンズにおさめて撮る。
道路脇の冬の百日紅の寒そうな裸の並木、バス停の小さな青いベン
チも撮らないではいられないものだ。
写真に撮った途端、現在はつぎつぎ過去になり、つぎつぎ思い出の
アルバムへと貼り付けられる気がして私は好きだ。過去はすべて記
念写真に変えたい。

トイカメラは60歳の誕生日に妻からプレゼントされた。なぜトイ
カメラかわからなかったが、昔のカメラみたいなデザインが気に入
った。デジカメや携帯は画面で構図を確かめながら撮るから、姿勢
がそっくり返る。歳をとると、そっくり返りがひどくなりみっとも
ない。男は前傾姿勢をとってファインダーを覗き、世界を被写体と
してハンティングすべきものだ。狩りの対象はささやかであろうと
も。

バス停の正面にラブホテルがある。
ラブホテルが建ったのは5年前で、建つ前は建設反対運動が激しか
った。子供が汚染されてダメになる、と親たちがヒステリックな悲
鳴をあげていた。
だがいったん出来てしまうと、なにやら不思議に馴染んでしまうよ
うでみんな何も言わなくなった。それどころか当の親たちもいまで
はこっそり利用しているらしい。
ラブホテルの名前は「ホテル鯨の骨」という一風変わったものだが、
近くの多摩川ぞいで鯨の化石が発見されて以来、鯨が町のシンボル
になっていると知れば納得されるだろう。
ここも私の撮影の恰好の標的で、入り口の椿の植え込み、休憩いく
ら、宿泊いくらといった字は興味深いものだ。
私が看板の、鯨の漫画を撮っていると、事件が起こった。
非常に若いカップルが車でなく、歩いて出てきた。
二人は私に気づき、ひどくハンサムな男の子の方は赤くなるようで
目をそらしたが、可愛い感じの女の子の方は私と目が合った。
すると、フワリと笑った。たしかに。

これらのご近所撮影の結果としてのトイカメラ写真は、あまり出来
の良いものではない。
私にとっての撮影は、もしかしたらフィルムは入っていなくても成
立すると思っている。

*出演者情報 浅野和之  5423-5904 シスカンパニー

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小野田隆雄 2008年12月31日 大晦日スペシャル



モンゴル草原の六月

            
ストーリー 小野田隆雄
出演  坂東工  

 
小説家の開高健さんが
幻(まぼろし)の魚、イトウを求めて、最後に
モンゴル人民共和国を訪れたのは、
一九八七年の五月だった。
それから二年後の一九八九年、
まるで神様に奪い取られるように
開高さんは、天国へ行ってしまった。

一九九一年の六月下旬、
開高さんをしのんで、私たちは
モンゴルを訪れた。
彼が釣りをした川や湖に
そっと、釣り糸をたらしてみよう、
という計画だった。
そして、ツァカン・ノールという
広い草原で、数日を過ごした。
モンゴル草原の六月は、
わすれなぐさは青く、
きじむしろの花は黄色に
さくらそうはピンクに咲き、
パステルカラーのじゅうたんを
一面にしきつめて、
私たちを迎えてくれた。

明日は、首都ウランバートルへ
戻るという日の午後、私たちは、
開高さんが、最後のポイントにした湖に
静かにルアーを投げた。すると、突然、
空が曇り、風が吹いて、雨になった。
雨はすぐに、あられに変り、
あられは、またたくまに、ひょうとなり、
ひょうは、すぐに雪に変った。
そして草原は、白い冷たい砂嵐のような
吹雪になった。
私たちは、ころがり込んでジープに乗り、
草原の宿舎へと、逃げていった。

翌日の早朝、みごとに空は晴れていた。
宿舎を出て、草原を歩いた。
残り雪のなかに、わすれなぐさの花が、
咲いたまま、凍りついている。
指に触れると、そのちいさな青い花は、
カチッと、かすかな、
陶器がこわれるような音をたてて
指のなかで、くだけてしまった。
手のひらにひかる、宝石の破片のような
青いわすれなぐさの凍った花を
私は、写真に撮りたいと思った。
手のひらをかかえるようにして、
宿舎に走って戻った。
けれど、凍っていた青い破片は
手のぬくもりで、みるみる溶けていく。
宿舎の入口にたどりついたときには、
もとのままの、花びらに戻っていた。

写真機を持たずに、散歩に出たことを、
私は、くやしい、と思った。
そして、なぜだか、わからないが、
「さようなら、開高さん」
と、つぶやいていた。

出演者情報:坂東工 http://blog.livedoor.jp/bandomusha/

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一倉宏 2008年12月31日 大晦日スペシャル



 
木星からのメールが届く頃には

                
ストーリー 一倉宏
出演 一倉宏

 
僕たちの船が旅立ってから ずいぶん長い時がたちました
それ以上に いまの君と僕との距離は 気が遠くなるほどです

まだ火星のあたりにいた頃は まいにちメールしましたね
僕たちは 人類史上いちばんの長距離恋愛だ と笑って

ときどき 
地球のなんでもないことを 懐かしく思い出します
たとえば 風です
木立やカーテンを揺らしたり 
頬や髪 からだで感じる あの風
雨の降り出す前ぶれの かすかに湿った風の匂い
はじめて半袖のシャツにした朝の 風の肌ざわり
寒がりの僕があんなに悪態をついてた
刃のような木枯らしでさえ いまは懐かしい
春のある日 公園で あなたの前髪を揺らした
そよ風ならば よけいに

僕たちの乗った宇宙船では 風を感じることはなく
ただ 二酸化炭素を吸収して 酸素を補給する空気が
ダクトから しずかに流れるだけです 
 
個人専用のハードディスクに 図書館ひとつぶんも
貯め込んできた本も それから映画も 音楽も
なんだかもう 飽きてきてしまいました
それにくらべて カプセルの窓から見える宇宙は
まいにちでも見飽きない美しさです
あなたに見せたかった
ひとつひとつの星が どんなにちいさく見えても
ちゃんとそこにある それぞれに光ってる
なんていうのか 宇宙を実際に見ていると 信じられる 
宇宙という存在が はっきりとある そのすべてが

ああ なんて伝えたらいいのか わかりません
だからやっぱり 美しい としかいえない
あなたの好きだった星 シリウスは手の届きそうなほど
僕の好きな星 アルデバランも ほら そこにある

木星に近づく頃にもらった あのメールは
たしかに僕を驚かせ どうしようもなく悲しませたけれど
いまは すべてを理解できると思っています
宇宙のみごとなパノラマ以外は なんにもないここで
まいにちまいにち同じように流れる この時間でさえ
それは 気の遠くなるような長さだったのだから

一日一日の 太陽が沈み 月が浮かび
風が違い 光が違い 雲が動き 色が変わり
日付けが変わり 季節が変わり 街のショウウインドウが変わり
春が去り 夏にめぐり会い 秋を感じて 冬を迎え
さまざまなひとに会い 数えきれないエピソードがあり
まいにちまいにちが 目のまわるほどに動く
その 地球の日々で あなたが
どんなにどんなに 長い時間を過ごしたのか ということを
  
だからいまは 理解できました
ごめんなさいを 言わなければならないのは 僕のほうだった
あまりに遠く あまりに長すぎる この旅に出た
 
そろそろ木星も遠ざかる航路に就きました
僕の撮った 木星の写真を送ります
射手座生まれのあなたには 幸運の星だから

どうぞお元気で みなさんによろしく
それから 

結婚おめでとう 

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中山佐知子 2008年12月26日



星のマーケット

                
ストーリー 中山佐知子
出演 大川泰樹

星のマーケットを歩いていた。
星のマーケットは海の底に似ていた。

霧もないのに見通しがきかず
うす青い闇に星の屋台が並んでいた。
なかには屋台を持たず、手当たり次第あたりの樹々に
星をぶらさげて売る商人もいた。
明るい星もあれば消えそうな星もあった。

僕は歩きながら
ただぼんやりと星を見ていた。

4000年もむかしのファラオの星がいた。
僕の間違いでなかったら
3万年も前のネアンデルタール人の星も
ほんのいくつかあったと思う。
動物たちの星も多かった。
けれども僕が中学のときに死んだおばあちゃんや
今年亡くなった漫画家の星がなかった。

大きなマンモスの星を見つけたときは
この世界のどこかに
まるごと氷に閉じ込められたマンモスが
まだいるんだなと思った。
古生物学の教授が発見したらどんなに喜ぶだろう。

それから僕は思い出した。
火葬した骨にはDNAが残らない。
それから僕は考えてみた。
星のマーケットの星々は
かつて生きたものたちが残したDNAだと。
それは土や氷に埋もれて
まだこの地上に確かに存在している。

おばあちゃんも漫画家も
非暴力を唱えたインドの宗教家も
人民に愛された中国の首相も
美しかった映画女優もノーベル賞の物理学者も
熱狂的なファンに銃で撃たれたミュージシャンも
星を残してはいなかった。
けれども
銃殺されて埋められたロシア皇帝の星は見つかった。
パイロットとして従軍し、飛行機ごと行方不明になった
フランスの作家もちゃんと星になっていた。

その星を僕が買えば、作家は戻ってくるのだろうか。
そんなことを考えていると
小さな明るい星が僕の足元にすり寄ってきた。
それは星のくせに見覚えのある縞の尻尾がついており
三日ほど前から帰って来ない僕の猫のようだった。
僕はその星を抱き上げ、お金を払った。

翌朝、目が覚めてみると
いなくなっていた猫が、僕の耳元でにゃあと鳴いた。

出演者情報:大川泰樹 http://yasuki.seesaa.net/ 03-3478-3780 MMP

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蛭田瑞穂 2008年12月19日



スーパーマーケットポエトリー

                 
ストーリー 蛭田瑞穂
出演 坂東工

いまから44年前の1964年に、
アメリカの農務省がある実験をおこなった。
それは3つの州からいくつかのスーパーマーケットを選び、
店内のレイアウトを変えてみる、というものだ。

どのように変えたかというと、
通路の外周に沿って置かれていた肉や野菜を中央の通路にまとめて、
中央に置かれていた缶詰やパスタを通路の外周に並べた。
つまり生鮮食品とそれ以外の商品の売り場を入れ替えてみたんだ。

そして1300人の客に実際に買い物をしてもらい、
その行動を細かく調査した。
結果わかったのは、生鮮食品を店の中央に置いたことで
買い物客の購入行動ははっきりと低下した、ということだった。
一人当たりの平均購入品目は18から14に減り、
購入金額は33パーセントも減少した。

この実験から、アメリカ農務省はひとつの結論を出した。
それはスーパーマーケットにおける客の購入金額は、
買い物客が店内を歩く距離によって決まる、というものだ。

どういうことかというと、
生鮮食品のようなその日の食事に必要なものを、
店内をぐるっと一周するように置くと、
買い物客はそれを買うために店の中をより長く歩くことになり、
同時により多くの商品を目にすることになる。
すると、本来買わなくてもいいものまで買ってしまう。
そういう人間の無意識の行動を、実験結果の中に見つけたんだ。

それ以来、どのスーパーマーケットも、
買い物客に店全体を歩き回らせることを意図して
設計されるようになった。
入口を入ってすぐに野菜売り場があって、
次に魚売り場、次に肉売り場、次にパン売り場。
どのスーパーマーケットもだいたいこの順番で配置されているだろう。
それには、こういう理由があるんだよ。

そう、それでね、結局僕が何を言いたいかというと、
スーパーマーケットという空間における僕らの行動というのは、
すでに何者かによって決められている、ということなんだ。

だから、僕がさっき、グレープフルーツ売り場の前で君を見たとき、
一瞬で恋に落ちてしまったのは、偶然なんかじゃなくて、
それはスーパーマーケットが導いたことなんだよ。

出演者情報:坂東工 http://blog.livedoor.jp/bandomusha/

shoji.jpg  動画制作:庄司輝秋

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