ストーリー

大江智之 2020年7月12日「池の鴨」

「池の鴨」

   ストーリー 大江智之
      出演 地曵豪

『鴨をいじめたら退学だってさ』
もうこれを聞くのは何度めか分からないぐらいだ。
この変な学則の噂を話すときの先輩方はいつもどこか得意気だ。

今日も鴨は、空を忘れてのんびりと池の中を泳いでいる。
ときどき顔を水の中に突っ込んでみたり、
思い出したように羽を揺らしてみたり。
誰もこの鴨にちょっかいをだそうだなんて思わないだろう。

このキャンパスは、本キャンパスから60kmほど離れた山の中にあった。
電車の最寄り駅からバスに揺られてさらに25分、
それでようやく着くようなド田舎だ。
池の鴨は、ここができたとき田舎にぴったりの贈り物として
贈られてきたものだった。

鴨池は、キャンパスのちょうど南の端にあり、
まるでそこだけポッカリと空いた穴のようだった。
池の周りは芝生が茂り、
そのさらに外側をキャンパスを一周するバスの道路が囲む。
暖かい季節はこの芝生で過ごす学生もとても多い。

『鴨に触っても退学になる』
鴨に関する変な学則の噂はどんどんあらぬ方向にエスカレートしていった。
こんな根も葉もない話であっても、
小さなキャンパスでは、流感のように広がった。
いつしか学生の間では、鴨は不可侵な存在として扱われるようになっていた。

鴨は本来渡り鳥らしいという話を聞いた。
にわかには信じられなかった。
だってここの鴨は、飛んでる姿もろくに見せたことがない。
きっと空のことなど忘れてしまっているのだろう。

今日も鴨池の周りには長いバス列ができていた。
夕方を過ぎると帰る学生の列が鴨池の周りを囲むように伸びるのだ。
秋も終わりに近づいていたのか、周囲が薄暗くなるのはいつもより早かった。
これじゃあバスから見えなかったのも頷ける、
鴨の親子が道路を渡っていたなんて。

いま思えば、いくつも要因が重なっていた。
学生は鴨が池から出て、道路を渡っているなんて考えもしなかっただろうし、
鴨もまた、天敵がいないのだから、どこを歩いても大丈夫と思っていただろう。
とどめに、小さな鴨の親子が道路を横切るにはあたりは暗過ぎた。

「鴨が!」という声を聞いた。
ほかにどのくらいの学生が気づいただろうか。
そこにいた数十人の長い列は、ほぼ全員がスマホに夢中だった。
仮に気がついても、鳥なのだから、地上が危険なら空に逃げるくらいに思っただろう。
しかし、鴨はなぜか飛ばなかった。

鴨の代わりに、飛んだ人がいた。
その人は、列に並ぶほとんどの人間が気がつく前に、いち早く道路に飛び出した。
鴨親子を有無言わさずに引っ掴み、抱きかかえて、
反対の茂みに自分ごと飛び込んだ。

「グエッ」とも「グワッ」ともつかない声で、不満を訴える鴨。
人間に掴まれたことなんてただの一度もなかっただろう。
全く自分たちが命の危機に瀕していたことなど理解していない様子だった。

もう一人、ほぼ同時に飛んだ人がいた。
列を飛び出て、道路の真ん中に立ってバスの前で両手を広げて訴えた。
運転手に急ブレーキを踏ませたが、そのおかげで万が一の事態も免れた。
この光景を、為す術もなく見ていたのが、俺だった。

俺は二人のヒーローように、飛ぶことができなかった。
ただ事態に唖然とし、ひとり不甲斐ない思いを噛み締めた。
だからこの話をここに書き残すことにした。
飛べないから、地べたでただただ筆を動かす。

飛べるのに飛ばない鳥がいたり、飛べないのに飛べる人がいる。
今日も池の鴨は、俺の気持ちなど知らず、
空を忘れてのんびりと泳いでいるのだろう。



出演者情報:地曵豪 http://www.gojibiki.jp/profile.html

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田中真輝 2020年7月5日「箱空」

箱空(はこそら) 

   ストーリー 田中真輝
      出演 地曳豪

誕生日に彼女からもらった小さな箱には、
小さな空(そら)が入っていた。
休みの日、ふらりと入った店で売っていたらしい。
ありがとう、とは言ったものの、どう扱ったらいいものやら、
軽く途方に暮れた。

箱の中の小さな空は、その時間その場所の本当の空と繋がっているらしく、
窓の外で雨が降り出せば、箱の中でも灰色の雲が小さな雫をこぼし、
日が暮れれば、箱の中も夕焼けに染まった。
たまに仕事から帰って箱を開けてみると、
やはりそこには夜空が広がっており、
都会の空らしく、小さな星がひとつふたつ、瞬いていた。

ある日、戦争が始まって、
みんな地下のシェルターで避難生活を送ることになってからも、
僕の手の中には小さな空があった。彼女とは離れ離れに
なってしまったが、僕は朝な夕な箱をこっそり覗いては、
そこにささやかな慰めを求めた。

誰かが箱からこぼれる夕焼けの光に気づくまで、そんなに時間は
かからなくて、それがみんなの知るところとなるには、
それからさらにあっという間で、そして当然のごとく、
箱は僕の手元から奪われ、いさかいの中で宙を舞い、
そして幾人かによって踏み潰されることとなる。

そのとき箱から流れ出した空は、
希釈されながら浮き上がり、天井のあたりに薄くたまった。
誰かが「空だ」とつぶやいた。

薄められた、ぼんやりとした空ではあったけれど、それはやっぱり
その時間その場所の本当の空と繋がっていて、
雨を降らせ、星を宿し、夕焼けた。
そしていつしか僕らは、それを本物の空だと思い込むようになった。

誰かが、僕たちのいるこの箱を開けてくれたら、
空はここにとどまるのだろうか、それとも浮かび上がって、
本物の空と合流するのだろうか。
ここにとどまってくれたらいいのになと、僕はぼんやり思っている。



出演者情報:地曵豪 http://www.gojibiki.jp/profile.html

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一倉宏・晴海四方 2010年作品「蛍の想い」



蛍の想い

ストーリー 一倉宏
出演 春海四方

1945年 戦争の終わる夏
日本の各地には たくさんの蛍が飛んだ
たくさんの たくさんの たくさんの蛍が
せめてそうやって ひそかに故郷に帰りたいと願った
若者たちがいたことを 私たちは知っている

その頃は東京にだって
山手線の外側には まだ田んぼがあり小川があった
蛍たちは 水を飲んで渇きを癒し そして切なく光った
玉川上水の近くに住んでいたおばあさんは
その夜をきのうのことのように 憶えている

1960年代 オリンピックがあり 高度成長がはじまる
それでもまだ 蛍たちはいた
全国いたるところの里山に 田園に たしかにいた

やがて 川の水は汚れ
東京の用水や上水は ことごとくコンクリートの蓋をされた
だから 蛍たちは姿を消したのだという
誰もが そう信じている
だけど そうだろうか? ほんとうに?

蓋をされない玉川上水を いまも散歩するおばあさんはいう
「みんな 戦争のことを忘れたからだ」と
「戦争のことを 思い出さなくなったからだ」と
戦争で死んだ 若く 寡黙な 無念な 若者たちのことを

1960年代には まだ 戦争は語られた
思い出された若者たちの数だけ 蛍は飛んだ
くりかえし語られて 夏の闇に蛍は光った
そうじゃなかったろうか?
70年代 80年代と 戦争が語られなくなるたびに
あの蛍たちは どこかに消えたのではなかったろうか?

2010年のいま
どうしてあの戦争は 語られなくなったのだろう
どうして蛍たちは こんなに少なくなってしまったのだろう
このままだと 絶滅してしまうかもしれない
あの蛍たちは
あの若者たちの 痛恨の思い出は

それでも 東京のあちこちで
今年の夏も「ホタル観賞の夕べ」が開かれるだろう
一生懸命に 限られたわずかな環境を整え 飼育された蛍たち
私も数年前 近くの公園でそれを見た
二晩だけの限定の催し 長い列に並んで1時間待ち
7つほどの舞う光を たしかに見た
その夜 7つだけ 若者たちの魂の残光を見た
何万 何十万のうちの たった7つだけ

そして いつの日か
20XX年の日本に たくさんのたくさんの蛍の飛ぶ日が
ふたたびやってくることは あるのだろうか

私たちはそれほど 賢いだろうか?
あるいは それほど 愚かだろうか?

忘れないでください
源氏 平家の昔から 戦争で死ぬ若者たちの残した想いが
この世の蛍となることを

出演者情報:春海四方 03-5423-5904 シスカンパニー所属

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小野田隆雄・高田聖子 2010年作品「波」




     ストーリー 小野田隆雄
        出演 高田聖子

「波はよせ。
波はかへし。
 
波は古びた石垣をなめ。

 陽の照らないこの入江に。
 
波はよせ。
波はかへし。」

私は二十年前、十九歳のときに、

ヨシノリを、タエコから奪い取った。
タエコの母が亡くなって

九州の実家に帰っているとき、
ふたりが同棲している

アパートの部屋で

私はヨシノリをタエコから奪い取った。

東京に戻ってきたタエコは

涙ひとつ見せずに出ていった。
けれど、ひとこと、私にいった。
「トモコ、おまえ、バカだね」

ヨシノリは大田区役所につとめ、

売れない詩を書いていた。
二十五歳だった。

タエコは大森駅前のバーで働いていた。
あの頃、三十歳くらいだった。
私は、あの頃も、いまも、
大井競馬場の、
馬券売り場で働いている。

「波はよせ。
波はかへし。

 下駄や藁屑(わらくず)や。
油のすぢ。
 
波は古びた石垣をなめ。

 波はよせ。
波はかへし。」


草野心平の、「窓」という題名の詩が

原稿用紙に万年筆で書かれて、

ヨシノリのアパートの
北側の壁に
貼りつけてあった。
「波はよせ。波はかへし。」

私とヨシノリは一年ほど続いたが、

そのうち彼は、鮫洲の居酒屋の女と
暮し始めて、
帰ってこなくなった。

私は十日ほど、「窓」という詩と、

にらめっこをしていたが、

その詩を壁からはがし取って、

そのアパートを出た。


それから数年が過ぎた。

馬券売り場で、ひとりの男が
私を好きになった。
すこし交際して
結婚した。まじめな男だった。

京浜急行の青物横丁の駅員だった。

きちんと結婚式もあげた。

けれど、六、七年すぎた頃、
彼の職場が、
横浜の黄金(こがね)町(ちょう)の駅に変り、

一月もしないうちに、

チンピラのケンカを止めようとして、

ナイフに刺されて、死んでしまった。

「波はよせ。
波はかへし。

波は涯(はて)知らぬ外海(そとうみ)にもどり。

雪や。
霙(みぞれ)や。
晴天や。

億(おく)萬(まん)の年をつかれもなく。

波はよせ。
波はかへし。」

私は、いつもひとりだった。

羽田空港に近い、

穴(あな)守(もり)稲荷のある町で生れ育ち、

ひとりっこだった。
父と母は、
小さな町工場(まちこうば)で、
朝から晩まで
働いていた。

私が高校に入る頃に父が死に、

高校を卒業する頃に母が死んだ。

私たちの家は、小さなマンションの
十一階にあり、

南の窓から海が見えた。

沖のほうから、白い波が走ってきて
消えていく。
そして、また、走ってくる。

父は工場で事故で死に、
母は高血圧で死んだ。

どちらのときも、私は海を見つめた。

聞えるはずのない、波の音を聞いていた。


波はよみがえる。ひとは死ぬ。

私は、今日まで、しあわせだった。

さびしかったけど、しあわせだった。

きっと誰かが帰ってくる。
波が、帰ってくるように。


「波はよせ。
波はかへし。
波は古びた石垣をなめ。」

出演者情報:高田聖子 Village所属 http://www.village-artist.jp/

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東畑幸多・毬谷友子 2010年作品 「もしも、あの時代にtwitter があったなら。」



もしも、あの時代にtwitter があったなら。

ストーリー 東畑幸多
出演 毬谷友子

いま、どうしてる?

関が原なう。 徳川家康

いま、七人同時に話かけられてるなう。聖徳太子

やばい!いますごいこと思いついたかも!
すごいこと思いついたかも! エジソン

例のプロジェクト、今夜、予定通り決行します。
絶対に遅刻しないでください。 大石内蔵助

場所、書き忘れました。吉良邸です。
地図は、コチラです。 大石内蔵助

船酔いなう。 コロンブス

また3時間で、目が覚めてしまった。 ナポレオン

諸葛孔明さんの家に
挨拶にいくが、会ってもらえず。涙。 劉備玄徳

やっべ!またすごいこと思いついちゃったかも。 エジソン

あ、そうでもなかった。 エジソン

また女性に間違えられたなう。 小野妹子

クレオパトラという、とんでもない美人に会った。
おかげで、最近、毎日が楽しい。ウキウキ。 ジュリアスシーザー

二足歩行なう。 ネアンデルタール人

土をこねてつくった土器に、
縄で模様をつけると、ありふれた土器が、オシャレにみえます。
オススメです!みなさんも、ぜひ! 縄文人

ものすごいお腹が減っていて、
空腹でめまいがするので、
海におちていた、黒くてトゲトゲの気持ち悪いものを
食べてみた。めちゃくちゃうまかった!みなさんも
だまされたと思って食べてみてください。外見と違って
ホントうまいから! 貝塚に住む弥生人

天竺への行き方、知ってる方いたら、教えてください。 三蔵法師

ベロが乾いたなう。 アインシュタイン

ごめんなさい。ごめんなさい。
師匠、ごめんなさい。 ユダ

3 回目の訪問で、やっと諸葛孔明さんが会ってくれました。
思った通りのクレバーな人でした。 劉備玄徳

信頼していた部下に、
いきなり後ろから刺された。痛い、、、 ジュリアスシーザー

超美しいお墓、完成しました。
巨大です。入るの楽しみ。 クフ王

いい曲かけたかも。
ベートーベン

パンがなければ、ケーキを食べればいいじゃない。
発言は、不用意な発言でした。反省します。 マリーアントワネット

もうすぐ演説はじめます。緊張します。 リンカーン

やっぱりお寺は落ち着く。本能寺なう。 織田信長

画家の才能がないと言われた!
むかついたので、政治家を目指す! アドルフヒットラー

そんなにすぐ絵はうまくならないですよ。
ヒットラー君。 レオナルドダヴィンチ

遅咲きの画家もたくさんいるぞ。 ゴッホ

空を飛べた!夢は叶うぞ! ライト兄弟の兄

夢半ばで、ワシは散る。無念。
君は、まだ若い。がんばれ! 織田信長

もう一度、画家目指してみます。
、、、、みなさん、ありがとう。 アドルフヒットラー

出演者情報:毬谷友子(フリー)

shoji.jpg  
動画制作:庄司輝秋


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佐倉康彦・片岡サチ 2008年作品「鏡」



   鏡

                
ストーリー さくらやすひこ
出演 片岡サチ
             
試着室のドアをそっと閉める。
店の女に勧められるままに選んだ
真っ白なマキシ丈の
ワンピースを手にしたまま、
わたしはゆっくり目を閉じる。
姿見とわたしの距離は、
どのくらいだろう。
        
わたしは、
目を閉じたまま
真っ新な服に素早く袖を通す。
そして、
時間が過ぎるのをただ待つ。
わたしがこれまで生きてきた
気の遠くなるようなときに比べれば、
一瞬にも満たない時間。
         
新しい服を纏った自分を
鏡に映して試し替えし
吟味する女を
つかの間、やり過ごす。
わたしの前には
おそらくわたしの背丈よりも
高くて大きな鏡があるはずだ。
その鏡が微かに軋む。
小さな悲鳴のような振動が
目を閉じたままの私の
耳朶(みみたぶ)を震わせる。
閉店間際に飛び込んだ一見の客に
少しだけ苛ついている
店の女のダルな声が、
鏡の悲鳴に重なる。
「いかかですかぁ?」

ドア越しに聞こえる女の声を遮り
わたしはドアを開け、
そっと告げる。
「これ、いただきます」
惚けたようにわたしを見つめる
店の女に
値札の倍の金を払い
さっきまで着ていた服の処理を頼む。
店の入口でわたしを待つ男は、
ウィンドウに映る己の姿を
眺めながら
ひとり悦に浸っている。
          
「知り合いの店に
いいワインが入ったらしいんだよ」

ショウウィンドウに映るのは、
脂下がった男の姿だけ。
男の前ではにかみ俯く
白いワンピース姿の女はいないはずだ。
タクシーで移動の途上、
向かうはずの場所が
「知り合いの店」から
完成したばかりの外資系のホテルへと
すり替わる。
在らぬ方向を見つめたまま
何食わぬ顔で男は行き先を変えた。

飲み過ぎたのか
男は、わたしの足下に仰臥している。
はだけた胸元から
透けるような白い肌が見え隠れする。
男の言う「いいワイン」のせいだろう。

わたしの真っ白なワンピースの胸元には
小さな赤いシミが出来た。
これもきっと
「いいワイン」のせいだ。

わたしの口元から零れて落ちた
その小さな雫が、
わたしの赤い乾きを癒やす。

わたしの強さと弱さは、
抗(あらが)えない掟に従っているから。
男の心が傷付き、
そしてその躯から血が流れれば
わたしの心だって一緒に血を流している。
男の暖かい命で
わたしは生き続ける。

抜かれることのなかったワインは、
テーブルの下に
男と並んで転がっている。

わたしはワインと男を
リビングに残したまま
バスルームに向かう。
そして、
鏡には映らないわたしと対峙する。
誰も映ってはいない鏡を凝視し続ける。

鏡が、
また、小さな悲鳴を上げはじめた。

出演者情報:片岡サチ 03-5423-5904 シスカンパニー

shoji.jpg  動画制作:庄司輝秋

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