中山佐知子 2008年1月25日



あなたは人差し指と中指を
                      

ストーリー 中山佐知子
出演 大川泰樹

                   
あなたはあなたの人差し指と中指を
付け根から僕に握らせた。
あなたの指はまっすぐに長く
僕の手の幅からふたつの爪がのぞく。
その指を僕は
はじめて玩具を持たされた子供のようにそっと握り
やがて力をくわえる。
それが合図のようにあなたは僕の手を振りほどくと
こんどは自分で僕の人差し指と中指を握った。
あなたの白い手から僕のふたつの爪が顔を出した。

ふたりの手は
爪の形をのぞくと双子のように似ていた。
僕たちは毎日それを儀式のように確かめ合い
お互いの変化を見逃さないようにした。

ひとつのポットに植えられたふた粒の種のように
僕たちはふたりでひとつの未来しかなかった。
つまり先に変化したものが生き延びて成長し
遅れたものは枯れてその養分になるのだった。

だから、ふたりの未来が決まる前に最初の雪が降ったとき
僕たちはお互いの指を握ることやめ
自分の指と指を組み合わせて
この生命が閉じる季節に感謝の言葉を捧げた。

春まで変化はやってこないと思われた。
草が枯れ、樹々が眠る冬になると
僕たちの体は、血液の流れがゆっくりになる。
新しい細胞は生まれにくく
カラダが変化することもないはずだった。

僕たちは指を握り合う儀式のかわりに
手をつなぐようになった。
あなたの指と指の谷間を僕の指で埋めることは
ふたりでひとつのことを祈るカタチだと思った。

その朝は、起き抜けから青空で
夜のうちにうっすらと積もった雪がポタポタと溶けていた。
樹々の枝が雨のように雫を降らし
ポタポタが音楽になって世界にあふれていた。

その朝の僕は
何度も深呼吸をして新しい空気を細胞に取り込むと
勝つために競技場へ向う選手のような晴れやかな気分で
あなたに片手を差し出した。

なのにあなたは僕の手をとらず
自分の人差し指と中指を付け根から僕に握らせた。
あなたの顔は少し青ざめ
あなたの爪は僕の手にすっぽり隠れた。

今日がその日だった。
この美しい日がその日だったんだとぼんやり思った。
それから僕は
あなたの未来を僕のものにするときは
あなたの躯の嫌いな部分も残すことはしないと約束をした。
それしか思いつくことができなかった。

出演者情報:大川泰樹 http://yasuki.seesaa.net/ 03-3478-3780 MMP

*携帯の動画は下記の画面で見られると思います。
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坂本和加 2008年1月18日



ソックモンキー ~ 靴下で作ったおさるの話

                  
ストーリー 坂本和加
出演 ぼくもとさきこ

ソックモンキーは、旅をする。
それは持ち主が、変わるということ。
他のおもちゃ仲間に言わせれば、
長く愛されつづける、うらやましいおもちゃ。
おもちゃだけど、プラスチックのおもちゃみたいに
壊れたらおしまいなのとは違う。
ソックモンキーはみんなふかふかで、
だっこするのにここちのいい身体に、長いしっぽと手足。
いでたちは、おさるさん。だけどぼくらは、靴下でつくられる。
だから、ソックスのさる、ソックモンキー。
ぬいぐるみのようだけど、ぬいぐるみとは、呼ばれない。
ぼくらは、ソックモンキーだから。

ぼくが生まれたのは、1977年。
最初の持ち主はヘーゼル色のきれいな目をした
ドイツ系アメリカ人の男の子で、12年をいっしょに過ごした。
旅立ちの日は、とつぜんやってきた。
彼はもうりっぱな青年で、ソックモンキーより
ガールフレンドと遊ぶことを好んだから。
それから、生まれ故郷のミルウォーキーの街を出て、
ぼくはこの30年間で、なんどか旅をした。
持ち主はそのたびに変わって、ぼくは今のところ、6つの名前をもらった。

ぼくらが持ち主に名前をもらうのは、仲間うちではごく普通のことだ。
だけど、たいていのおもちゃはそうじゃない。
ぼくらは、みんな違った顔をしているから、それぞれに名前が必要だし、
顔や姿形が個性的なのは、小さな子供たちの遊び相手として、
大人たちに手作りされるおもちゃだから。

いちばん最初のソックモンキーは、
どこからやってきたのかわからない、
だれが作り始めたのかもわからない。
だけど、子を思う母親たちの間で、人づてに広まって、
今なお、そのスタイルを変えずに愛され、
作り継がれるおもちゃを、ぼくは知らない。
ソックモンキーは、さいしょから深い愛情と愛着につつまれていて、
持ち主が捨てたくないって思うから、世界中を旅する、しあわせなおもちゃだ。

このお話は、ほんとうの物語。
たとえば、アメリカやヨーロッパのある街で、もちろん東京のどこかでも、
旅の途中のソックモンキーたちに、あなたも会えると思う。
ぼくらを見れば、すぐにソックモンキーだって、わかるはず。
かつて靴下だった「赤いかかと」が、口とおしりにあるはずだから。

*出演者情報:ぼくもとさきこ(ペンギンプルプルペイルパイルズ)

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小野田隆雄 2008年1月11日



 
紙飛行機
            

ストーリー 小野田隆雄
出演  久世星佳

 
北の国へ飛ぶ飛行機は、
南の国のおみやげを積んでいる。
声を出す鯨のおもちゃ。
ウインクするフラダンス人形。
南の国へ飛ぶ飛行機は、
北の国のおみやげを積んでいる。
雪ダルマの風船。
ゼンマイで走る、トナカイのそり。

伊豆半島のまんなかあたりに、
みかん山にかこまれた
温泉の出る小さな町がありました。
いまでも、きっとあることでしょう。
この町の小学校は、
みかん山の中腹にありました。

この小学校の、せまい校庭に立つと、
海もよく見えましたが、
大きなプロペラ飛行機が飛んでいくのが、
まい日、見えるのでした。
きっと、小学校の空の上に、
飛行機の通る道があったのでしょう。

ああ、飛行機に乗りたいなあ。
お父さんの国へ行きたいなあ。
少女は空を見あげながら
いつも、そう思うのでした。
彼女のお父さんは、
遠い東の国にいるのです。
十年ほど前に、西の国の半島で、
戦争がありました。
彼女のお父さんは、そこで戦い、
日本に来て、彼女のお母さんに
会いました。そして、
少女が生まれたのです。

けれど、きっと悲しいことが
あったのでしょう。
お父さんはひとり、東の国へ帰り、
お母さんは少女をつれて、
自分の生れた伊豆の町に
ひっそり、帰ってきたのでした。

茶色のひとみをしたその少女は、
紙飛行機をつくるようになりました。
作り方は、いとこの中学生が
教えてくれました。
少女は、紙飛行機に夢中になりました。
そこには自分が乗っているのです。
春にはヒナゲシの花の上を、
秋にはコスモスの花の上を、
夏には入道雲を追いかけ、
冬には西風に乗って、
遠く遠く、海を渡り
東の国のお父さんの所まで。

時が流れていきました。
そして、大きな飛行機が、ほとんど、
ジェットエンジンに変る頃、
少女とお母さんは神奈川県の
横須賀に引っ越して行きました。
やがて、町のひとびとは、
ふたりのことを、だんだん、
忘れていきました。

夜になると、外国の軍人さんが
よく訪れる横須賀の繁華街に、
つい、このあいだまで、
「白い紙飛行機」という名前の
カクテルのおいしいお店が
ありましたが、さて、
いまでも、あるのでしょうか。

*出演者情報:久世星佳 03-5423-5905 シスカンパニー

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一倉宏 2008年1月4日



私はおもちゃ
              

ストーリー 一倉宏
出演  皆口裕子

 
私は おもちゃです

そういったら あなたはどんな私を想像しますか
愛らしさをいっぱいにつめた ぬいぐるみ
おしゃれの大好きな 着せ替え人形
それとも… どんな私を想像しますか
 
私は おもちゃです
ぬいぐるみでも 着せ替え人形でもいい
ゼンマイで走る自動車でも
あるいは 命令通りに動くロボットでもいい
私はほんとうに おもちゃなんだから

私は おもちゃです
思い出してくれましたか あなたはいつも
近くの公園や 友だちの家にも連れていってくれたし
いっぱい ハグもキスも してくれた
私は 私のすべては あなたのものだった
寝ても覚めても あなたのものだった

私は あなたのおもちゃです
そういったら あなたはどんな顔をするのでしょう
こっちを向いてください おねがいです
あなたの友だちは 友だちだと 笑っていえる
あなたの恋人なら 恋人だと 誇らしそうにいうでしょう
でも なぜ… 私は あなたのおもちゃなのに

私は おもちゃです
おもちゃだから おもちゃでいいんです
おもちゃであることに 喜びも幸せも感じてきたのだから
私とあなたの関係は いつだって祝福されて
すれちがうおとなたちは 誰だって目を細めた
ああ 私は なんて幸せなおもちゃだったでしょう

けれど あるとき 私は気づいてしまった
おもちゃ ということばの もうひとつの意味に
それは あなたのママが
あなたとウインナソーセージとの戯れを とがめたとき
「たべものを おもちゃにするんじゃありません」と
びっくりするほど つよく 叱ったとき
私は 一瞬 ウインナソーセージにも勝ったと感じ
やがて もうひとつの別の意味に 気づいた…

私は おもちゃです
私は あなたのおもちゃ なんですよね

思い出してしまいます あのときのことを
私とあなたとの出逢いは 稲妻が走るようでした 
あなたは突然 私の前にあらわれて
あなたの瞳は うるむように輝き 私をみつめた
そして 顔も赤くなるほど ストレートなことばで 
私を 望んだ… 
私を 欲しい と
そのまま 運命のように 結ばれた私たち

それから 夢のような 数年の後
遠い旅先のホテルの部屋に 置き忘れられた 私
私は おもちゃです

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
出演者情報:皆口裕子 青二プロダクション

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中山佐知子 2007年12月28日



この星の砂の最後のひと粒
                      

ストーリー 中山佐知子
出演 大川泰樹

この星の砂の最後のひと粒まですくいとるように
残った人々をせき立てながら
最終便は出発したけれど
まだ世界のあちこちにはこぼれた砂粒が残っており
僕もそのひとりだった。

どうして乗らなかったの
女が僕にたずねた。
僕も同じことをききかえした。
あなたこそ、どうして

返事はしなかったけれど答えはわかっていた。
お互いのためでは決してない
ふたりとも、寄宿舎よりも窮屈な船で
暗い宇宙を漂うよりも
この風化していく星の広い風景の中に
消えてしまうのを選んだだけのことだ。

完成したジグソーパズルの無数のピースを
悪戯に取り去っていくように
この世界は少しづつ壊れていた。
森がひとつ、町が半分…
理由もなく、法則もなく突然に
そこにいる生き物も人も一緒に消えた。

異次元へジャンプする、とか
ブラックホールが呑み込むのだ、とか
議論をしていた人々は
真っ先に船に乗り込んで行ってしまった。

その船は目的もわからずに宇宙を漂うカプセルになった。
乗り組んだ人々は人類を保存する目的だけのために
生きなければならない。
最後の船が出発した後も
空港は夜になると灯りがともり
ライトアップされた遺跡のように巨大な存在感を示していた。
僕たちはときどき空港へやってきて
まだ動いているエスカレーターで展望台に上がっては
船が飛んで行った空を見上げた。

僕たちはお互いの手を求めることもしなかった。
明日消えてしまうかもしれない相手に心を動かすことが
いったい何になるだろう。
けれでも、ある日、僕はたずねた。

もし、あなたが先に消えたら
僕はどこを眺めればいいだろう。

目を閉じてどこも見ないでと女は答えた。
確かにそうだった。
消えるということはそういうことだった。
そしてその数日後、本当に女が消えていた。

それから僕はひとりで夕方まで過し、空港へ行った。
灯りを避けて
滑走路のはずれの草むらに寝そべって目を閉じていると
鼻の奥がツンとして目から水がこぼれるのがわかった。
その水は僕の体温と同じくらいあたたかく
そのくせヒリヒリと肌にしみた。

出演者情報:大川泰樹 http://yasuki.seesaa.net/ 03-3478-3780 MMP

*携帯の動画はこちらから http://www.my-tube.mobi/search/view.php?id=phSsxppJOHc

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薄景子 2007年12月21日

MRエアターミナル
                    

ストーリー 薄景子                      
出演  坂東工

彼の名前は、レニーモンド。
世界一紳士的で、世界一誠実な空港に贈られる
MRエアターミナルに選ばれた男だ。
僕とレニーが友だちになったのは、
たまに行く小さなバーで
偶然となりあわせになったから。

僕は、MRエアターミナル受賞のニュースを見て
彼のことは一方的に知っていたので
軽く会釈をし、「おめでとうございます」と言ってグラスをかかげた。

「おめでとう?・・・ご愁傷さまだよ」
彼の返事は意外だった。
世界一紳士的なエアターミナルとは思えない、
ぶっきらぼうな言いっぷり。
レニーは、ポケットから手帳を取り出して言った。
「きょうは僕のターミナルで
いってきますを27万回、お帰りなさいを36万回聞いて
家族や恋人のHUGを48万回、別れのキスを62万回も見て
さよならを19万回、泣いている人だって11万人も見た。
それに、きょう1日で、きょう1日でだよ、
87万個の約束が交わされるのを聞いたんだ。
出会いやら、別れやら、愛やら、決意やら、
そんなだいじなことが、毎日通り過ぎていくのに。
僕はいつも置いてけぼりで、どうでもいい通過点なんだ」
レニーモンドは、目に涙を浮かべていた。
あのニュースで見た、
自信あふれるMRエアターミナルとは、全然ちがう顔。
僕は彼のことが少し好きになり、もっと知りたくなった。
「それなら、なぜあなたは、エアターミナルを続けるのですか?」

「10年間、待っている人がいる」
レニーは遠くを見ながら言った。
「恋人?」
僕の質問に、彼はしばらく黙りこんだあと、重い口をあけた。
「そんな時期もあったけど。たぶん、もう帰ってこないと思う。
でも、僕には、待たなきゃいけない宿命があるんだ」
「なんだそれ?」
僕の不躾な返しに、レニーは少しだけ紳士の顔に戻って言った。

「待っている、と約束したから」

彼の名前は、レニーモンド。
世界一紳士的で、世界一誠実な空港に贈られる
MRエアターミナルに選ばれた男。
彼が約束を守り続けるかぎり、
レニーモンド空港で交わされる愛の約束に、
けっして裏切りはないと言われている。
その伝説を守り続けるために、
彼はきょうも、帰らぬ人を待っている。

出演者情報:坂東工 http://blog.livedoor.jp/bandomusha/

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