小野田隆雄 2009年4月9日



みちくさ、ものがたり

            
ストーリー 小野田隆雄
出演  久世星佳

十年ほど昔のことである。
四月の初めに、京都で、
お芝居の仕事が終って、
ある日の午後、
嵐山に近いあたりを散歩した。
人力車が誘いかけてくる
渡月橋の付近は避けて
静かなお屋敷町を歩いた。

すこし汗ばむほどによい天気だった。
曲がりくねって、生垣が両側に続く道を、
ぶらりぶらりとゆくと、
一軒の喫茶店に出会った。
古びた木の板の看板(かんばん)に、
かざりけのない、ひらがなで
「みちくさ」と書いてある。
その玄関先の、小さなお花畑に、
白い、目立たない花が咲いている。
「タンポポに似ているけれど、
 白いタンポポって、あったかしら?」
そう思いつつ、私は「みちくさ」の
ドアを押した。ちょっと、
コーヒーブレイクも欲しかったし。
中は、七、八人ほどかけられるカウンター。
ちょうど、お客さまは誰もいなくて。
カウンターの奥に、五十歳前後の、
抑えたウグイス色の和服を着た、
美しい女性が立っている。
女優の藤村志保さんと似ていると思った。

いらっしゃいませ、和服のママさんが
きれいな東京弁で、ほほえんで言った。
私は、コーヒーを注文するまえに
玄関先の白い花について聞いてしまった。
ママさんが、すぐに答えてくれた。
「シロバナタンポポ、というんですよ。
 昔から、日本にあったタンポポです。
 でも、この頃はアメリカうまれの
 黄色いタンポポに押されてしまって、
 だんだん少なくなっています。
 わたし、すこし、同情しているの。
 あっ、そうそう、あなた、
 なぜ、タンポポをタンポポっていうか
 ご存知?」
そういって、すぐに、あわてながら、
和服のママは言いなおした。
「あっ、そうそう、あなた、ご注文は?」
私は、ハワイのコナを注文した。
注文しながら、私は、なんだか自分が
京都の映画スタヂオの、
セットにいるような気分になってきた。
私と和服のママが、喫茶店で出会うシーンを
撮影しているのである。
そして私は、ママに聞く役である。
「なぜ、東京を捨てたの?」……

けれど、現実には、ママは、
私から離れると、カウンターの奥で
ゆっくり、ゆっくり、
コーヒーを入れ始めた。そして、
よく透る声で、話し始めた。
「鼓って、楽器があるでしょう?
あの鼓の、手で打つ丸い革張りの部分、
あの丸い形がね、
タンポポの花の形と似ているって、
昔、京都の子供たちが
思ったのですって。
鼓をタンと打つと、ポポンと鳴る。
そうや、この花、タンポポや。
それから、タンポポはタンポポに
なったのだそうですよ。
すてきな、オトギバナシでしょう?
でも、わたくしは、信じています」

ハワイのコナは、おいしかった。
なんだか、春の昼さがりに、
オトギバナシに出会ったような。……
あのときから、数年たって、
やはり、京都を訪れたとき、ふたたび、
「みちくさ」を訪ねてみた。
けれど、「たしか、このあたり」と、
思った場所は、空地(あきち)になっていて
黄色いタンポポの花が、一面に咲き、
春の光を、ぼんやりと吸っていた。

*出演者情報久世星佳 03-5423-5904シスカンパニー 所属

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一倉宏 2009年4月2日放送



ひとふでがきのいのち

                        
ストーリー 一倉宏
出演 春海四方

人生が、
一本の長い「道」のようなものであるなら、
それは、山あり谷ありの坂道、なんて人生訓じゃなくても、
たしかに、生まれてこのかた、一本の線のようなものとして
私は存在してきたわけで、さいわいにも途切れることなく、
いまに至るまで私という道のりはつづき、
その一本の道というか、線としての私は、
ある日この世に生まれ、しばらくは産着に包まれて動かず、
それから近所のあたりをウロチョロし、そして幼稚園、
小学校、中学校へとまいにち行ったり来たり、そのあいだに、
たくさんの楽しい寄り道があり、道草も食べ放題、
ともだちと遊んだりケンカをしたり、やがて変声期を迎え、
どきどきしながら女の子と待ち合わせたバス停があって、
喫茶店で5時間も話したり、遊園地でジェットコースターの
真っ逆さまや観覧車のおおきな円を描くことを楽しみ、
夜中にふらふらと家を出、ひとりで公園のブランコを揺らしたり、
1年間予備校への不安な往復をつづけ、やっと東京に出て、
また新しい女の子に出会い、若さゆえの馬鹿げた疾走のために、
何度か途切れそうな危険な目にも出会い、やがて会社に通い、
世の中にはじつにさまざまな道が、絡みあうようにあると知り、
なかには理不尽な一方通行も、謎の迷路も、あるいは
肝心なところで邪魔をする工事中も、恐ろしい落とし穴も、
あちこちにあることを知り、あきらめの迂回をおぼえて、
ずるがしこい抜け道もおぼえて、いつしかおとなになっていた
私の道のりは、なるほど険しい坂道や悪路の連続が人生で、
ときには都会の道の網から逃げて知らない街の道に迷いたい、
海外に飛んでもいいし、道なきモンゴルの草原にも憧れつつ、
結局は、仕事としがらみと電信柱の立ち並ぶ、
この日常の地図へと戻って来なければならないわけで、
そこには、まいにち文句ばっかりいってるもうひとつの道と、
それから、もうひとつのまだまだ短い道もあるわけだし、
大変な、ほんとうに疲れる、この道ではあるけれど、
とはいえ、まんざら捨てたもんでもないこともときにあり、
それは都合のいい誤解や幻想であるのかもしれないけれど、
また、どんなにややこしく絡まりあった道でも、
なんとか抜け出せるルートがあることも、それはそれなりに、
おとなになった私の経験則からもわかってきたことで、
どんなにろくでもない、情けないような私の道でも、
いつか、あの、ほんとうに行き詰まった、あのときのように、
みずからこの道を閉じてしまいたい、という結末だけは、
もう、決してないだろうと思う、その根拠としては、
どんな行き止まりや断崖絶壁に出会ったとしても、その道は、
ただ引き返せばいいのだから、ほかにも道はきっとあるのだから、
どんなに悔しくても不名誉でも、それは卑怯じゃない、
私たちの道は道としてつづくことに意味があり、それはつまり、
道とはすなわち時間だから、という意味を、私はある、
若くして病に倒れた、歌姫のメッセージから受け取っていて、
それを忘れない、なぜなら、
ほんとうの行き止まりは、宿命の時間のなかにしかないはずで、
なんどでも引き返せる、私たちの道はつづくべきで、
そうでなければ、つづけたくてもつづれられなかった、
この星の、何億の、数え切れない彼女たち、こどもたち、
その、短い短い、愛おしい、無念な、道たちにもうしわけない、
という涙が、一粒でも、私のなかにある限り、
私の道に、ピリオドはなく、
また、つづく…

出演者情報:春海四方 03-5423-5904 シスカンパニー

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中山佐知子 2009年3月27日



時間のはじまりの岸辺で

                
ストーリー 中山佐知子
出演 大川泰樹

時間のはじまりの岸辺で
過去という名の僕は
未来という名のあなたをさがしていた。

過去という名の僕はまだ住むべき家を持たず
未来という名のあなたはまだ進むべき道がなく
だから、ふたりはここに漂っているしかなかった。

時間のはじまりの岸辺で
僕はあなたの髪の匂いを感じることがあったし
時間のはじまりの岸辺で
あなたの背中と首筋が緩いカーブを描いているのを
思い描くことができた。
そしてその先のほのかな輪郭も僕は知っていたように思う。

たぶんあなたも僕の存在をどこかで確信しているだろう。
僕の爪の形や目の色をもう知っているだろう。
もしかしたら、僕の声が
あなたの耳に届くこともあっただろう。
そう思うだけで、僕のカラダは
少しあたたかくなって眠くなって
この岸辺がとても心地よい場所に思えていたのだ。

時間のはじまりの岸辺にはほかに誰もいなかったから
未来という名のあなたは完全に僕のもので
過去という名の僕は完全にあなたのものだったから
本当はさがす必要などなかったのかもしれない。

けれども、時間のはじまりの岸辺で
前触れもなく出会ってしまった僕たちは
しばらく立ちすくみ
たちすくんだままお互いの顔と躯を目でなぞりあい
それから何歩か前に進んだ。

もう手と手が届く距離だった。
僕たちは利き腕を相手に差し出して
手のひらの親指と人差し指の谷間を
相手の谷間に食い込ませながら
はじめて結び合った。

そのとき
時間のはじまりの岸辺に光と温度があふれ
四つの力とふたつの物質が生まれ
過去という名の僕と未来という名のあなたの
ふたりの手のなかから現在が生まれ
止めようもない時間の流れがはじまった。

宇宙のはじまりであるビッグバンは
だいたい
こんなできごとだったと記憶している。

出演者情報:大川泰樹 http://yasuki.seesaa.net/ 03-3478-3780 MMP

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小野田隆雄 2009年3月13日



   約束
            

ストーリー 小野田隆雄
出演 久世星佳

          
空のどこかで、

ヒバリが鳴いている。

菜の花畑の中の一本道を、

少女が遠ざかっていく。

長い髪に赤いリボンをつけて。

ちょっと少女が立ち停る。

そして、右手を大きく振る。

それから、小鹿(こじか)のワッペンのついた

木綿のカバンを右手に持ち替えると

また、トコトコ歩き始める。

もうすぐ、少女の後姿は、

菜の花にうずもれてしまうだろう。

三浦半島の高台の、

どこまでも畑が続く田園地帯に、

その小学校はあった。

学校の敷地の南のはずれにある、

体育館の壁に寄りかかって、

少年がひとり、

ほとんど菜の花に隠れてしまった

少女の後姿を見送っている。

いまは、小学校の昼休み。

さっき、四時限が終ったとき

少女はクラスメイト全員と

サヨナラの握手をして

早退していった。

明日、横浜の桜木町の小学校へ

転校していくのである。

でも、ほんとうは、少年と少女は

一週間まえに、もう、握手していた。

一週間まえ、

夕暮れに近い小学校の校庭で、

少年と少女は

ドッジボールを使って

キャッチボールをしていた。

しばらくして、ボールを投げながら

少女がいった。

「世界でいちばん寂しい木があるんだよ」

「どこに?」と少年が聞いた。

「えーとね、ずーっと遠い国に」

と少女がいった。そして

ボールを投げるのをやめて、

少年に近づいてきて、いった。

「大きな、大きな、木なんだけど、
 
 その木のまわり、どこまで見渡しても、
 
 ほかに一本も、木はないんだって。
 
 ススキみたいな草原しかなくてね、
 
 夜になると、強い風が吹いてくるの。
 
 そうすると、その木は一生けん命、
 
 葉音をサラサラ立てるのだけれど、
 
 返ってくる音は、なにもなくて、
 
 お星さまばかり、空の遠くで、
 
 じっと、その木を見つめているの」

少女は、そういうと、少年を見ながら

すっと右手を差し出した。

「あのね、わたし、転校するの。
 
 まだ、誰にも内緒だよ。

 転校したら、お手紙ちょうだい。

 まさるくん、
 約束よ、握手して」

ひんやりと小さい、その右手は

かわいい爪がそろっていた。

まさるは、のびたままの自分の爪が

とても恥ずかしいと思った。

握手した手を、上下に振りながら、

少女は、くり返していった。

「約束だよ、お手紙ちょうだい」

図画の時間にスライドで見た

ルノアールの少女みたいな、

ゆりみちゃんの大きな目が

まさるをじっと見つめていた。

春の夕暮れの風が、吹いてきた。


あれから、三十数年が過ぎた。

まさるとゆりみは、

結局、会うこともなかった。

それでも、まさるは、

いまも、ときおり、夢をみる。

いっぱいの菜の花の中で、

まさるとゆりみが握手している。

約束だよ、とゆりみがいう。

けれど、突然、すべてが消える。

そして、闇の中に大きな木がひともと、

誰かを呼ぶように、

風に葉ずれの音を、たてるのだった。

*出演者情報久世星佳 03-5423-5904シスカンパニー 所属

shoji.jpg  
動画制作:庄司輝秋


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一倉宏 2009年3月6日



3月は握手をして

                          
ストーリー 一倉宏
出演 山下容莉枝 

いちばん短い月 2月は 3月にいいました
さようなら 握手をしましょう
ようやく芽吹いたつぼみたちを どうぞよろしく 
雪解けのせせらぎをつくる陽射しを どうぞことしも
明るい春を待ちわびた受験生たちを
どうぞ あなたの暖かい笑顔で 迎えてあげてください
いちばん短い月 2月はそういって 
3月と やわらかな握手をしたのです

3月は 別れの月 
握手をしましょう さようならの握手を
街路樹の枝を揺らして 電線をすすり泣かせて
まだ冷たさの残る風は 吹き過ぎてゆきます
さようなら 石油ストーブと やかんの湯気
くもった窓ガラスに 指で書いた絵
さようなら 衿を立てたコート ポケットに入れた手

さようなら もう さようならの季節だから
それなのに こたつの中にいるネコは出てこない
そろそろ さようならをしないとね こたつにも
おばあちゃんは 肉球をやさしく包んで いいきかせます
なのに こたつの中のネコは さっと手をひっこめる
さようなら なごりおしいけれど
さようなら もう 春だから

さようなら 6年生の教室 ランドセル
机にも椅子にも 図書室にもプールにも さようなら
逆上がりのつらかった鉄棒 楽しみだった給食のハンバーグ
さようなら 大好きだった先生とも お別れの握手 
涙で濡れたちいさなその手を ズボンで拭いて

さようなら 住み慣れた街
引越のトラックが到着すると 部屋は 手際よく空っぽになり
何年も住んだアパートに 置き忘れたものはなにもありません
だけど 壁紙のしみ 床の傷跡 過ぎた日々
さようなら ここに何度も遊びにきて そして去った彼女 
引越する若者は その部屋のドアノブと 最後の握手をします

さようなら 過ぎてゆく日々
立ち止ることのできない 時の歩み
3月と握手した 2月の手は とても冷たかった
2月にくらべれば 3月の手は たしかに暖かいのだけれど
やがて はなやいだ4月がやってくる
さようなら あとをよろしくと また握手をして
そのとき 3月は かすかに 
自分の手の冷たさを 知るのかもしれません

さようなら 春をよろしく

出演者情報:山下容莉枝 03-5423-5904 シスカンパニー

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中山佐知子 2009年2月27日



さまよう船が流れ着く岸辺は

                
ストーリー 中山佐知子
出演 大川泰樹

さまよう船が流れ着く岸辺は銀河の中心近くにある。
このあたりの星々はビッグバンの後にできた第二世代の星で
金属の元素が少ないために惑星の数が極端に少ない。

したがって、「さまよう船が流れ着く岸辺」と呼ばれる
小さな惑星の存在は本当に貴重なものだった。
それは銀河の中心をなす巨大なブラックホールに引き寄せられた船が
かろうじて漂着できる最後の岸辺だったのだ。

僕がここに流れ着いたのは
燃料装置の爆発が起こり
つづいて船がコントロールを失って72日めだった。

岸辺には完全に姿をとどめた船や壊れた船
あるいはその残骸がたくさん置き捨てられていて
僕の船の機能を回復させる部品にはこと欠かないように思えた。
もし修理ができなかったとしても
一年か二年にいっぺん見まわりにくる救助船が
僕を発見するだろう。
生きているか死んでいるかはともかくとしてだが。

さまよう船が流れ着く岸辺は静かな光に満たされ
昼も夜もなく、太陽も星も見えなかった。

僕が岸辺に捨てられた船のなかから
超伝導体や界磁コイルを捜していると
ときどきここに漂着した乗組員の形見にめぐりあうことがあった。
遭難の様子を記録したらしい映像装置、
個人用のパッチ型通信機、
焼け焦げのある作業用手袋。
その手袋の指の部分に入っていた硬いものは
名前の刻まれた指輪で
僕はこの指輪の持ち主のためにしばし目を閉じて祈った。

それから、思いがけないものがでてきた。
それはリボンの形に結ばれた薄い布で
どう見てもリボン以外に使い道がなさそうだった。

宇宙船が難破するとき
大人たちは爆発を恐れて子供を先にボートで送り出す。
送り出された子供が、もし宇宙の塵になったとしても
ダイヤモンドよりも強い炭素繊維のリボンは
色も褪せずに流れ着いてしまう。

僕は持ち主がいなくなって役目を終えたリボンの
その結び目をほどいて
子供の頃にしたように風になびかせようと指に巻いてみたが
リボンは垂れ下がったまま動かない。

さまよう船が流れ着く岸辺には風もなかった。

出演者情報:大川泰樹 http://yasuki.seesaa.net/ 03-3478-3780 MMP

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