佐藤義浩 2026年6月7日「ゲシゲシ LOVE SUMMER」

ゲシゲシ LOVE SUMMER

    ストーリー 佐藤義浩
       出演 大川康樹

「ゲシって、あの夏の盛りの『夏至』のことですよね。」
その電話は、とある若手アイドルの新曲制作の依頼だった。
一応作詞家は名乗っているものの、
特に売れっ子でもない自分に来た依頼である。
断るつもりなどさらさらない。
テーマやキーワードが指定されることもごく当たり前にある。
しかし、今回の縛りにはいささか困惑した。

「はい。それはわかります。
確かに青春を表現する言葉は使い尽くされてます。
青い春なんて陳腐な言葉は使いたくないです。」

だけど「夏至」ってなんだ。
春が一気に夏に変わるタイミング、ということか。
しかし若いアイドルが使うにしては、言葉がちょっと渋すぎないか。
「はあ、『ゲシ』って響きが新しい、ってことですね。
確かに引っ掛かりはありますね。記憶にも残りそうです。だけどあの…」

ねえ、いいでしょう。絶対これ行けますよ。
そう言って一方的に電話は切られた。

「夏至」ってなんだ。
仕事だ。やるしかない。とりあえず辞書を引いてみる。
一年で一番昼が長い日。本格的な夏の到来を告げる節目とされる。
なるほど。これを人生に例えればまさに青春だな。
ここからどんどん暑くなる。まさにこれからピークって感じだ。
「そういえば、自分にもこんな時代があったな。」
自分は天才だと信じて始めたバンド。
レコード会社にデモテープを送りまくったあの日。
周りから絶対彼女もお前のことを好きだと言われて、
思い切って告白した深夜のファミレス。
熱かった。
自分の中で何かが頂点に達して、爆発する未来を目の前に見ていた。
「あの頃が人生の夏至だったのか」
結局、バンドは世の中に全く理解されず、
失恋したファミレスで空になったコーヒーカップとともに朝を迎えた。

そしてふと気づく。
夏至は一年で最も昼が長い日であるのと同時に、
ここから日が短くなり始める日でもあるのだ。
青春とは、最も輝いている瞬間なんかじゃない。
自分も気づかないうちに、下り坂に入った瞬間なのだ。
「いや、これこそが真実だろう。」
その発見に妙に感動して、あっという間に書き上げる。
「僕の青春が始まるのは、ここからだったのか。」
そう思った。
しかし完成後、事務所から返ってきた感想は、
「ちょっと暗いですね」
「もっと“アゲ”でお願いします」だった。

何度も書き直した曲は、数ヶ月後、意外にも大ヒットした。
タイトルは「ゲシゲシ LOVE SUMMER」。
超軽薄な歌詞は、アイドルの個性を見事に表現していた。
ただひとつ。
「昼がいちばん長い日は、誰にも気づかれない。」
というフレーズだけは、最初のまま残っていた。
「ああ、この子たちはまだ自分の夏至を知らないんだな」
誰にも気づかれないところで、そっとそう呟いていた。

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出演者情報:大川泰樹 03-3478-3780 MMP所属

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佐藤義浩 2025年5月11日「手のひらに太陽を」

手のひらに太陽を

   ストーリー 佐藤義浩
      出演 遠藤守哉

朝起きたら透明人間だった。

ラッキーだと思った。
透明ならいろんなことができる。
誰にも気づかれずにいろんなところにも行ける。
悪いことだってできそうだ。
考えてみれば、いいことのない人生だった。
いつもオドオド、こっそりと生きてきた。
それでもなぜか、
偉そうな奴らに見つけられてはやたらと絡まれた。
いくら自分は目立たないつもりでいても、
問題はいつも向こうからやってくる。

だから日頃は人と目を合わさないように
いつも下を向いて歩いていた。
だけど今は他人を気にする必要はない。
やっと前を向いて歩くことができる。
そうだ。いつも嫌がらせをしてきた
アイツに仕返しをしよう。
気づかれずに後ろから忍び寄って
頭を殴って逃げよう。

そう思ってはみたものの、
いざやろうと思うと問題はある。
まず武器が持てない。
手に持つものは透明にはならないからだ。
そっと近づいて、
その辺の石でも拾って殴るしかないか。
服を着ることもできないが、
どうせ見えないんだから関係ない。
そう思ったらちょっと気が楽になった。

家を出た。
雨上がりで道は濡れている。
水たまりに気をつけながら歩く。
なんだ結局、また下を向いてるじゃないかと思う。
いきなり車に轢かれそうになった。
相手から自分が見えないとはこういうことか。
下を向いている場合ではない。
気を取り直し、360度、
周りに注意を払いながら慎重に歩いてゆく。

いた。
まだ誰かに絡んでいる。本当に嫌なヤツだ。
後ろからゆっくりと近づく。
濡れた路面が小さな音を立てるが
気づかれている気配はない。

まだ届かない。あと一歩。気が早る。
今だ。思いっきり手を振り下ろした瞬間、
水たまりで足が滑って大きく空振りした。
勢い余ってすっ転ぶ。
バシャンと大きな音がして水が跳ねた。

これだけ派手な音がしたのに
ヤツは全く気づく様子もなく、
何事もなかったように誰かに絡み続け、
そのまま歩き去ってしまった。

なんだ、こんなに自己主張をしても
気づかせることもできないのか。
俺って本当に透明なんだな。と
思ったら急に可笑しくなって、
声を出して笑ってしまった。

驚いたカラスがバタバタと飛び立った。

誰にも気づかれずしばらくそのまま
地面に這いつくばっている。
目の前に水たまりがあった。

いつの間にか雨は上がっていて、
水たまりに青空が映っていた。
ゆっくりと起き上がり、
一度前を向いてそれから上を見上げた。

眩しい。
手をかざしたが透明な手のひらは
光を遮ってはくれなかった。

その先には青空があった。
透明な手のひらの先にある太陽は
いつもより眩しかった。



出演者情報:遠藤守哉

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佐藤義浩 2024年4月14日「うれしいことがあったら」

うれしいことがあったら

   ストーリー 佐藤義浩
      出演 遠藤守哉

スーがうちに来たのは金曜日だった。
いつものように飲んで帰ってきた僕は
いきなりうちに犬がいて驚いた。
連れてきたのは娘だった。
動物病院でバイトしていた彼女が
引き取り手のないトイプードルをもらってきたのだ。
僕はそこそこ酔っ払っていて、
お、可愛いじゃないか、などと言いながら
そのトイプードルを撫でようとして、
いきなり手を噛まれた。
娘の話では、スーは元の飼い主から
かなり辛い扱いを受けていたらしい。
そのせいか、人には全く心を開かず
何匹かいた保護犬の中で最後の一匹になっていた。
そのときはすでに9歳で、このままだと処分される。
たまらず娘が引き取ってきたということだった。
誰が面倒見るのか、お決まりのやり取りの末、
スーはうちで暮らすことになった。
そしてこれもお決まりのごとく、
頑張って世話すると誓った娘ではなく、
結局は妻が面倒を見ていた。
僕はと言えばたまに散歩に連れて行くくらいで
初めのうちはなかなか言うことを聞いてくれず苦労した。
それでも数ヶ月、一年、二年と経つうちに
自分からリードを引っ張って散歩を急かすようになった。
スーは家の中でも走り回るようになった。
床にカチャカチャと爪の音を響かせて、
ソファに飛び乗ったり飛び降りたり、
少しは楽しいと思えるようになったのかなと思った。
それでも心の底から気を許してるというわけでもなく、
向こうから膝に乗ってくるようなことは決してなかった。
そんな毎日が続いて、いつの間にかスーも年を取り、
一日のほとんどを寝て過ごすようになっていた。
起きているのか、眠っているのか。
たまに寝たままで足だけ動かしていた。
野原を思いっきり駆け回ってる夢でも見てるのかもしれない。
それはまるでステップを踏んでいるようだった。
走りたいんだなと思った。
人がうれしい時に思わず踊り出しちゃうような
そんな気分なんじゃないかと思った。
結局スーは21歳まで生きた。
後日、スーが元いた動物病院の院長先生が 
「長生きさせてくれて本当にありがとう」と、
言ってくれた。
スーの一生が幸せだったのかどうか、
本当のところはわからない。
ただ今はずっとステップを踏むように
走り回ってるといいなと思うだけだ。



出演者情報:遠藤守哉

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佐藤義浩 2023年3月12日「桜の記憶」

桜の記憶

   ストーリー 佐藤義浩
      出演 遠藤守哉

桜には「死」のイメージがある。
散り際の潔さから来てるのだと思うが、
パッと咲いてパッと散る、あの短さが
人生を連想させるのかもしれない。

そのせいか、
時代劇だと切腹する武士の後ろに花びらが舞っていたり、
特攻する若い兵士が「同期のサクラ」なんて歌ってたりする。

美しさと儚さが好きな日本人は多いようで、
雪月花の「花」は桜のことだと思う。
雪も月も花も一瞬で風景を変える力があって、
一瞬でそれが消えてしまうものでもある。
そういう、現実であって現実じゃないようなものが
心に響くんだろうなと思ったりする。

3年前の春、昔の同級生が死んだ。
そんなに頻繁に会うような間柄ではなかったが、
年に数回、集まって飲むような仲間が何人かいて、
その中の一人だった。

彼は一人暮らしで、もうすぐ定年を迎えるタイミングで、
会社を辞め、海のそばに引っ越していた。
明るくていいやつだが、一人で突っ走ってしまうところもある
典型的なB型のひとりっ子で、
こっから先は好きなカメラで写真撮って生きてく、
なんて言っていた。

結婚していたがとうの昔に別れていて、
気楽なもんだという顔をしていたが、
その実、すごく寂しがり屋なのもみんな知っていた。

そんな彼が死んだのを、見つけたのは例の飲み仲間だった。
何度連絡を取ろうとしても返事がないので、
これはおかしいと思った一人がマンションまで行ったのだ。
その時の様子はリアルタイムで連絡が入っていて、
返事がない、これはおかしい、管理人を呼ぶ。
郵便物が溜まっている。やっぱりおかしい。警察を呼ぶ。
そして部屋には彼が死んでいた。
その経過を仲間たちは実況中継のように聞いていた。

人の人生が長いのか短いのかわからないけど、
散り際は誰にとってもきっと一瞬で、
その前にあった楽しさも寂しさも、
消えてしまえばあっという間に過去になる。
結局彼のことは彼にしかわからないし、
彼の人生がいいものであったと信じたいと思う。

その後、気の利く仲間の一人が彼の元妻を探し出して
連絡を取ることができた。
そしてまだ籍が入ったままだったということを聞いた。

桜が咲く季節になると、この顛末を思い出す。
景色が桜色に染まると、現実なような現実じゃないような
そんな世界に引き込まれそうになる。
そして桜が散った後はまた急に風景が変わり、
また一年、記憶には蓋がされることになる。



出演者情報:遠藤守哉(フリー)

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佐藤義浩 2022年5月15日「葉っぱの色」

「葉っぱの色」

   ストーリー 佐藤義浩
      出演 地曳豪

小学生の頃、妙に小器用なタイプだった。
それなりに賢かったんだと思う。
与えられた課題とか、その場の状況なんかを上手に見極めて、
それなりの選択をし、それなりの行動を取る。

学級会で「いいことを言う」のが得意だった。
みんながああでもない、こうでもない、と議論している時、
あ、ここだな。というタイミングでひとこと言う。
それで話がまとまる。それが快感だった。
いつもそのタイミングを測っていた。

タイミングは光って見えた。
それはまるでランプが点くみたいだった。
格闘ゲームで敵の弱点がわかるような感覚だ。
そのランプが光ると突っ込まずにはいられない。
先生に「あなたは人が一番言われたくないことを言う」と叱られた。

読書感想文が得意だった。
大概は本を読まずに書いた。
正確には、巻末の解説だけ読んで、
自分なりにアレンジして作文にした。
それなりに評価されて賞ももらった。佳作だった。

初夏の頃、写生大会があった。
遠足を兼ねて、近くの山に行った。
風景画は簡単である。
うまく見えるためにはコツがあるのだ。
まずは遠近感。近くにあるものと遠くにあるものを共存させる。
例えば手前に大きな木があって、その枝越しに風景が見える構図。

次は色だ。
下手なやつは色を使えない。
木の幹は茶色に塗るし、葉っぱは緑に塗る。
しかし、よく見ると葉っぱの緑色の中にもいろんな色がある。
緑という色は幅が広いのだ。青っぽい緑、黄色っぽい緑、
茶色っぽい緑だってある。

それを塗り分ける。実際に見えているよりも多くの色を使う。
絵が緻密に、複雑に見える。

サラサラと描きあげてしまい、時間が余ったので、
画板を持ったまま、描いているクラスメイトの絵を覗きながら
その辺をうろつく。
こいつもたいしたことない。そう思って安心する。

そんな中、茶畑(ちゃばた)君の後ろ姿が見えた。
クラスの中でも地味なタイプの子だ。
彼は一人地面にあぐらをかいて、画板に向かっていた。
目の前には古びた山門。その先にはお寺がある。
彼はその門を描いているようだ。

これはまた地味なものを、と後ろから近づき、
何とはなしに覗き込む。
そこにあったのは画用紙から溢れてる、
すごい迫力の山門だった。

ど正面。遠近感などどこにもない。
工夫もない。しかしただただ大きくこちらに迫ってくる。
色は赤みがかった茶色。元の朱色から経過した時間が
重さになって伝わってくる。
そしてその中に、僕の得意な緑色は、どこにも使われていなかった。

僕は声をかけることもできずに、その絵を見つめていた。
しばらくして振り返った茶畑くんが「今日は暑いなあ」と言った。



出演者情報:地曵豪 http://www.gojibiki.jp/profile.html

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佐藤義浩 2016年2月7日

1602sato

ふきのとうについて考える。

    ストーリー 佐藤義浩
       出演 遠藤守哉

ふきのとうのことを書いてくれ、と言われたので書きます。
ふきのとう…。自分の人生とはあんまり関係ない。
食べないか、と言われたら、食べる。
春だね〜とか言いながら。ちょっと苦いとこが人生ポイねとか…
さすがにそんなことは言わないけど、まあ美味しく食べる。

子どもはこんなもん食わんだろうと思う。
苦いからな。自分も子どもの頃は好きではなかった。
なんで大人になると、うまいって思うんだろうねーとか言いながら食う。
酒があるからかな?とか思っているが、口には出さない。
そう言えば、酒と言えば梅酒のソーダ割りしか飲まないあいつは、
あんまり苦いものは食べないような気がするなあ。

…いかんいかん。飲みながらだと話が酒から離れられない。
気を取り直して。ふきのとうのいいところを考えてみる。
春が近づいてるイメージが85%。
とか言いながら実はまだまだ寒いんだけどな…を23%含む。
寒いとこにちょこっと見える春がみんなは好きみたいだ。
だよな。実はふきのとうのイメージは冬だ。
もっと正確に言うと、まだ春が来てない季節。
それがみんな好きなのかもしれない。
「春の予感」という歌があって「秋の気配」という歌がある。
春の訪れは待ってる中にやってくる。
秋は気がつくとそこにいるってことだな。
「恋の予感」って歌があって「別れの気配」って歌がある。
恋は春で、別れは秋なんだな。なんかうまく出来ている。

いかんいかん。
どうも飲んでて、店に安い歌謡曲なんかかかってると
どんどん話が逸れていってしまう。
ふきのとうのいいところ。残りの15%は名前だ。
おいおいそれで100%になっちゃうわけ?と言われそうだが、
なっちゃうんだな〜。

ふきのとうは漢字じゃ書かない普通。
それはもちろん難しいから…なんだけど、
ひらかなで書くところに、なんかいい感じが生まれてる。
ひらかな5文字ってのは曲者で、
日本語のいい感じの言葉にはひらかな5文字が多い。
ありがとうとか、さようならとか。たぶん優しい響きがいいんだと思う。
リズムが平板で、跳ねたりしない。
初めて会ったのに、お、こいついい奴だな、というリズム。
特徴としては、5文字それぞれが独立している。
隣の文字に寄りかかったりしていない。
そういう言葉を日本人は好きなんだな。
んでこの5文字がまた地味で。

そもそも「ふき」って地味だよね。
明治の終わりに、ふき、という名の少女が
その後の動乱の時代をたくましく生きて立派な人になったっていう
朝ドラ作れるくらい地味。
そのベースがあるから
ふきのとうの「その中の花んとこ」って感じがいいんだと思う。
さっきの冬の中の春っていう理屈と同じ。
5つの文字がそれぞれ独立してるから、
じっと見てるとどこで切るのかわかんなくなる。
ゲシュタルト崩壊ぽい感じ。
ふきの、とう。ふ、きのとう。
ふきのさんが、「トゥッ」ってジャンプしたり、
フッと気の遠くなることがあったり、
文字の並びにあんまり意味がないから、
応用範囲が広いって言うかイメージが広がりやすい。
癖がないんだね。
ふきを「帰ってこないの不帰」とうを「高い塔」だと考えると、
…『あの戦争のあと、世界中が冬に包まれた。
そんな中、帰らぬ人を待つ岬の高い塔を人は
「不帰の塔」と呼ぶようになった。』
…という出だしのSFも書けるね。
いかんいかん。飲んでるとなんでもできるような気になるけど、
どうせ出だししか書けないんだよいつも。

…そろそろまとめないと。
でも自分が酔っ払ってまとまんない今の状況を考えると、
まとまるとは思えないわ。
冬眠してた熊が、目を覚まして最初に食べるのが、
ふきのとうなんだってね。
そんときお酒もあるといいのにね〜。
あ、やっぱりまとまんなかったね。
もう一杯飲んでから帰ります。読み返さないね。んじゃ

出演者情報:遠藤守哉 青二プロダクション http://www.aoni.co.jp/

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