中山佐知子 2019年6月23日「道の長手」

道の長手

   ストーリー 中山佐知子
      出演 地曵豪

君が行く 道の長手を繰りたたね
焼き滅ぼさむ天の火もがも

この歌を万葉集に残したのは
狭野茅上娘子という人で、(さののちがみのおとめ)
8世紀奈良時代真ん中へんの宮中に仕える女官だった。
宮中に仕えるといっても下っ端の方で
掃除なんぞをする天皇家の女中さんのようなものだ。
ついでに言うと
狭野茅上娘子と言う名前も単なる呼び名で本名ではない。
この頃の女の人はむやみと名前を明かさない。
名前を教えることはすなわち
「私をまるごとあげるわ」という意味だったので
名前を知っているのは両親と配偶者くらいだった。
ちなみに紫式部も清少納言も
いまだに本名がわかっていない。

さて、この狭野茅上娘子、
面倒なので茅上ちゃんと呼ばせてもらうが
茅上ちゃんが恋をした。
相手は中臣宅守という下級官僚だった。
お似合いといえばお似合いだが、問題がひとつあった。
恋が成就した途端にヤカモリくんが流罪になってしまったのだ。

どういう罪に問われたのかがわからない。
ヤカモリくんのケンカが原因だという説もあるし
ヤカモリくんにはすでに妻がいたのがまずかったという話もある。
それから、そもそも宮中に仕える女性は
天皇以外の男と自由恋愛をするなよという問題もあった。

もっとも、当時のミカドは聖武天皇、皇后は光明皇后で、
皇后の両親は藤原不比等に橘美千代だ。
こんな恐ろしい嫁と嫁の実家があるのに
ミカドが女中に手を出すとは考えにくいが
だからと言ってヤカモリくんが出していいものではなかったようだ。
ヤカモリくんはあえなく流罪。
いまの福井県あたりで謹慎することになった。

君が行く 道の長手を繰りたたね
焼き滅ぼさむ 天の火もがも

あらためて歌の説明をすると、こんな意味になる。
ヤカモリくんが旅する長い道を手繰り寄せてたたんで丸めて
燃やす火が欲しいんだけど。

茅上ちゃんはせっせとヤカモリくんを思う歌を詠み、
ヤカモリくんもそれに応えた。
ふたりの歌は63首も万葉集に収録されているが、
茅上ちゃんの気の強そうな歌を見ていると
ある意思が伝わってくるような気がする。

ヤカモリくんは私のものだからね。
誰も手を出すんじゃないわよっ!

茅上ちゃんは堂々と世間に向かってそう宣言しているのである。



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中山佐知子 2019年5月26日 つながれ只見線

つながれ、只見線

   ストーリー 中山佐知子
      出演 地曵豪

只見線は車窓からの景色が世界有数の美しさと言われる
ローカル線だ。
福島県の会津若松駅から新潟県魚沼市の小出駅まで、
そのほとんどが只見川に沿って走り
日本のふるさとの原点のような山の景色、川の景色が
展開されていく。

会津若松と小出の間には34の駅があるが、
そのほとんどが無人駅で
駅らしき建物もなく、山の中、あるいは川のそば、
あるいは畑の真ん中にホームがポツンとあるだけだ。
なかには秘境駅のランキングに名を連ねている駅もあるし、
一日の乗客が二人という駅もある。
もちろん赤字路線だが、なぜ廃止されないかというと
冬の豪雪で道路は必ず閉鎖されるし、
そうなるとこの只見線しか交通手段がないからだ。

2011年7月、只見線を豪雨が襲った。
雨は四日間降り続き、700ミリを超える記録的な雨量で
壊れたり水につかった家は500戸を超えた。
道路は各地で分断された。
只見線は3つの鉄橋が流され
新潟寄りの6つの駅の区間は列車が通れなくなってしまった。

橋を新しく架け直し、再び列車を通すには
85億円の予算と4年を超える工事期間が必要だった。
毎年数億円の赤字を出しているローカル線には
気の遠くなる数字だ。
あくまでも鉄道の復旧を望む住民側と
不通になった4つの駅は見捨てたままで
バスを運行させると主張するJR東日本の話し合いは
平行線のまま長く続いた。

「つながれつながれ只見線」
こんな横断幕が只見町の役場に掲げられたのは
いつだっただろう。
「つながれつながれ只見線」
駅には同じ言葉で幟が立った。
応援団ができた。
寄付金が積み立てられた。
乗客を集めるためのアイデアも募集した。

もともとがファンの多い路線である。
あの洪水で水没した温泉宿には
週末になると常連客がボランティアとしてやってきて
泥まみれの布団や食器を運び出していた。
ここへ来る人はみんな、あたたかい人情で繋がっている。

つながれつながれ只見線。
只見線復旧工事は2018年6月15日に起工式が行われた。
悲願の全線復旧は、洪水から10年め、2021年の予定だそうだ。
つながれつながれ只見線。つながれつながれ、只見線。

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古居利康 2019年3月10日「あの桜の樹の下にて」

あの桜の樹の下にて  

    ストーリー 古居 利康
       出演 地曳豪

妻はどうしても山に帰ると言う。
山に何があるのかと問えば、
約束があると言う。
いったいどんな約束があるのかと聞くと、
桜と約束したと言う。

「桜とどんな約束をした」
「満開の桜の樹の下へ行かなくてはいけない」
「なぜ行かなくてはいけない」
「桜の花がいっせいにわたしを見る」
「桜がひとを見る?」
「桜がひとを見る」
「それが約束か」
「桜の花がぜんいん、わたしを見る」
「わたしも行く」
「それはだめだ。ひとりでいく約束だ」

妻は苦笑をした。
苦笑というものを初めて見た気がした。

三日後、妻は黙って出ていった。
行き先はわかっていた。
わたしと妻がはじめて出会った山。
どうしても、
あの桜の樹の下へ。

妻が桜を見上げている。
何千何万と咲く桜の花は、
よく見るとすべて地面に向かって
花弁を垂れている。
桜の花が顔だとすれば、
桜はうつむいているように見える。
数えきれない顔たちが、
妻と眼を合わせている景色に見える。

わたしは足音をたてずに
妻とおなじ桜の樹の下へ入る。
とつぜん、どどぉっと
冷たい風が四方から吹いてきて、
それが警戒の合図となって、
侵入者たるわたしを
桜が見とがめる。
花は花芯を眼にしてわたしを見る。

このことを妻は言っていたのだ、
と思って振り向いたとき、
猛烈な速さで近づいてきた妻は
鬼になっていた。
真っ赤な目玉、緑色の髪。
わたしは声にならない声をあげ、
鬼と化した妻の首をしめている。
鬼はわたしの首を絞め返してくる。
すさまじい膂力だった。
眼が霞んで、
だんだん視界がぼやけていく。

気がつくと、
鬼は足下に横たわっている。
眼を閉じた鬼は妻に戻っている。
桜の白い花びらが
秒速5センチメートルで降り、
妻の屍体を隠そうとしている。
何千何万の桜の花の、
何千何万の眼から眼が離せなくなる。
降りつもる白い花びらが、
わたしの眼にふたをするまで、
屍体のように横たわっているしか
ないのだろうか。   

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地曵豪から「ひと言」

今回はリバイバル企画でした。
「自分の好きな原稿を読んでよい」という企画。
自分は数年前にTCSのライブで読んだ
岩崎俊一さんの「夜汽車」を読むことにしました。
なぜこの原稿にしたのかというと、
当時ライブで読んだ時に大失敗したからです。
あまりの失敗ぶりにディレクターの中山さんが悶絶したそうです
(記憶が正しければ)。

あれから6年半。
この6年半で自分がどう変化してきたのかも知りたかったので、
再挑戦することにしました。

文章は岩崎俊一さんです。
素敵な文章なので、ぜひ聞いてみてください。
http://www.01-radio.com/tcs/archives/30974

地曵豪
http://www.gojibiki.jp/

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岩崎俊一 2019年2月17日「夜汽車(2019)」

夜汽車
    ストーリー 岩崎俊一
       出演 地曳豪

二階の部屋でひとりで寝るようになって、二日目の夜だった。
なかなか眠りに入れないまま、何度も寝返りを打つマモルの耳に、
遠くから思いがけない音が届いた。
あまりにもかすかなので、初めは何の音かわからなかった。
カタンコトン、カタンコトン、カタンコトン、カタンコトン。
汽車か。

まちがいなかった。そのしばらくあとに汽笛が聞こえたのだ。
そうか、夜汽車か。この家には夜汽車の音が届くのか。
階下の奥の部屋で年下の兄弟たちと寝ている時には
まったく気づかなかったその音に、
九歳のマモルは、生れて初めて切ない疼きを知り、
その胸は激しくふるえた。

マモルの頭に、ある映像が浮かんだ。
両側を、畑と樹木研究所の森に挟まれた鉄路を進む、
長い長いSL列車。あたりは漆黒の闇である。
うす暗い客室にはまばらな人影があるものの、
室内はシンと静まり返っている。
ある者は静かに目を閉じ、
ある者は何も見えるはずのない窓外に目を凝らし、
話す者さえ囁くように言葉を交わすだけだ。

中に、若い母子連れがいた。
子どもは、小学生の帽子を被り、小柄で痩せていた。
ふたりはひっそりと身を寄せあい、
人の目から逃げるように顔を伏せている。

マモルを動揺させたのは、その母親だった。
マモルの母にとても似ているのだ。
伏せた顔からはわかりづらいが、その丸くひっつめた髪も、
痩せた肩も、冬になるとひび割れる手も、マモルの母そのものだった。
それが空想だとわかっていても、
マモルの動揺はなかなかおさまらなかった。

マモルの父と母の間では、しばしば諍いが起こった。
何が原因であったか、幼いマモルには知りようがなかったが、
その諍いは、マモルの小さな胸を耐えがたいほど暗くした。
父の喧嘩のやりかたは執拗だった。
母を小突き、時には感情を爆発させ、
時にはねちねちと母の非を言い立て、
あかりをつけない台所に、泣く母を追いつめた。
マモルが母を守ろうとすると、父につきとばされた。
マモルの行為は単に父の感情を煽るだけで、
事態の鎮静に役立ったことは一度もなかった。
子どもなんて何もできない。何の役にも立たない。
マモルは、その時、父を憎むと同時に、自分が子どもであることに絶望した。

夜汽車の中の母は、少年の肩を抱きながら、ピクリとも動かない。
マモルは布団の中で考える。
マモルの母は、この夜汽車の母のように、この家を出て行くのだろうか。
それとも、僕が大人になるまで待てるのだろうか。
夜汽車は果てのない夜を進んで行く。
そのヘッドライトが照らす闇には何もなく、
ただ二本のレールがはるか先まで続いているだけだった。



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福里真一 2019年1月13日「夢も見ずに」

夢も見ずに

   ストーリー 福里真一
      出演 地曳豪

平成元年の頃、
私は学校の寮に住んでいた。

その寮では、
夜遅めの時間に食堂に行くと、
夕食の時間に食べられなかった学生用に、
ごはんと味噌汁が、
食べ放題状態で残されていた。

私はそこで、
味の薄ーい味噌汁で、
大量のごはんをかきこみながら、
平成という年号に決まったことやら、
消費税が導入されたことやら、
リクルート事件やらを報じる、
ニュース番組を見た。

自分の部屋にはテレビがなかった。

その寮は4人部屋で、
私の寝る場所は、2段ベッドの上段だった。

あおむけに寝ると、手を完全には伸ばしきれないぐらいの近さに、
天井があった。

そのせまさは、
なんだか妙に寝心地がよく、
私は毎晩、夢も見ずに眠った。(おわり)



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