佐藤充 2025年7月13日「ホーリー」

ホーリー

  ストーリー 佐藤充
     出演 地曵豪

「キッキッキッキ、キィキィキィ」
枕元で猿が鉄格子を揺らしながら鳴いている。

インドのバラナシ。
ガンジス川まで徒歩5分のゲストハウス。
その屋上に乾季限定でトタン屋根に鉄格子で囲われて
ベットがびっしり置かれているドミトリーの相部屋がつくられる。

トタン屋根に鉄格子。
吹き抜ける風。騒音。スパイスのにおい。
部屋というより出入りが自由にできる牢屋。
動物園の動物たちの気持ちを体験できるオリ。
と言ったほうがいいかもしれない。

一泊100円。ほぼ外。

一番手前に置かれたベッドが僕のスペースで、
そこに服や本など荷物を置いておく。

セキュリティという概念はない。
自己責任と信頼関係のうえに成り立っている。

盗まれたら困るパスポートやお金は、
ウエストポーチの中に入れて寝るときも、
シャワーを浴びるときも肌身離さず持っておく。

20くらいあるベッドは
人種や性別様々なバックパッカーたちで埋まっている。

朝になると猿に起こされる。
鉄格子を激しく揺らす。

お母さん人間が寝ているよ。
そうだね、馬鹿みたいな顔して寝ているね。
起こしてやろう。
ほら、寝るな寝るな。
起きろ起きろ。
なんかやってみろ。

毎朝、
猿はオリのなかで寝ている人間たちにちょっかいをだす。

バラナシの猿は狂犬病をもっている。
噛まれないように気をつけろ。
先輩バックパッカーが教えてくれた。

誰かが入り口を開けっぱなしだったときなど、
そこから猿が僕たちのオリの中に入ってきたので、
全員で猿を威嚇して追い出したりもした。

猿に怯えて暮らす日が来るとは思わなかった。
そして、脅威は猿だけではなかった。

オリのなかでの生活の初日。
なにも知らずに寝て起きたら、
全身を蚊に70箇所以上刺されていた。

ほぼ外で寝ているのと一緒なのを忘れていた。
蚊帳が必要なことを知らなかった。

バラナシの蚊はマラリアに感染する。
刺されないように気をつけろ。
先輩バックパッカーが教えてくれた。

刺される前に知りたかった。

マラリアに感染したかもと怯えながら、
インドの強烈な薬を飲んだり塗ったりして対処した。

そんなオリでの生活も1週間がすぎた。
暑さによる寝苦しさや睡眠不足は否めないが、
夜になると耳元を飛ぶ蚊にも、
朝になると騒ぐ猿にも少しずつ慣れていった。

別に慣れる必要などない。
もっと快適な環境に移動しなさい。
そう思うだろう。

貧乏バックパッカーだということもあるが、
今回のバラナシにはある目的があってやってきた。

インドのホーリーという祭りに参加するためにやってきたのだ。

ホーリーとは春の訪れを祝う祭りで、
インドやネパールの各地の町中で極彩色の色粉や色水をかけ合う。

その日だけはカーストや男女貴賤など関係なく、
誰彼かまわず「ハッピーホーリー」と言いあい
全身を色まみれにしあう。

特にバラナシはインドの中でも
もっとも過激なホーリーが行われるのだと聞いた。
身も心も準備万端。いつでもハッピーホーリーだ。

バラナシのホーリーは死人がでる。
去年はバックパッカーが2人死んだ。
先輩バックパッカーが教えてくれた。

死ぬ?ホーリーで?ぜんぜんハッピーじゃない。
先輩バックパッカーの話の真偽はわからないが、
僕は素直なので基本的に先輩の言葉は信じる。
そこまで過激だと思ってはいなかった。

ゲストハウスのスタッフたちも
ホーリーの日は外出すると危険だと言う。

急遽、ゲストハウスの屋上で実施することになった。
ホーリーは一切トラブルもなく、とても安全に行われた。

その翌朝だった。
「キィキィキィキィ」
また猿たちが起こしにやってきた。

「キッキッキッキィィィイ!!」

明らかにいつもと様子が違う。
怒りの感情がこもっている。

目があけると我々のオリを囲んでいたのは
歯をむき出しの赤青黄色紫など極彩色な猿たちだった。

起きろ。
ふざけるなよ。
なんだこれは。
どうしてくれるのだ。
どんな顔料を使っているのだ。
ガンジス川で洗っても落ちないだろ。

オリの外で訴えかけてくる極彩色な猿たちを
オリのなかからジーっと眺める。

色が違うだけでいつもの猿と変わらない。
そう気づくと飽きてきて眠くなってきた。
横になり、二度寝する。

ここでの生活も悪くない。

.
出演者情報:地曵豪 http://www.gojibiki.jp/profile.html

Tagged: , , ,   |  コメントを書く ページトップへ

宗形英作 「初雪が降ったら(2025年版)」

初雪が降ったら

         ストーリー 宗形英作
            出演 地曵豪

初雪が降ったら、と少年は空を見上げた。
初雪が降ったら、初雪が降ったら、告白をしよう。
少年は空を見上げたまま、憧れの人を想った。

なぜ告白という言葉を使ったのだろう。
なぜ初雪の日を思い浮かべたのだろう。
なぜ初雪という一年に一度の時に、告白を、と思ったのだろう。
少年は、とても初々しい気持ちになっていた。
少年は、初雪と告白、この二つの言葉に相性のよさを感じていた。

水分が結晶となって、そして雪になる。
もとあるものが、形を変える。別のものになる。
液体が固体になる。透明が白色となる。
掴みどころのないものが、
手の中にしっかりと握りしめることができるものになる。
その変化、変容、変幻を望んだのかもしれない、と少年は思う。
告白することによって、明日が変わるかもしれない。
今の自分とは違った自分に会えるかもしれない。
少年は、その思いに満足しながら、再び空を見上げた。

果たして、少年が決意してから一か月、雪が降ることはなかった。
少年は、告白の文面を考え、手直しをし、
そのために長くなってしまった文面を削り、
削ったことで言葉足らずになった文面に言葉を足した。
少年は、何度も何度も言葉探しの旅に出かけて行った。
そして、初雪が降った。
しかし、手直しに手直しを重ねるばかりで、告白文は未完成のままだった。
少年は、告白の、最初の機会を失った。

そして、2年目の冬が来た。
明日の朝方には、今年初めての雪が降るでしょう。
少年は、その夜長いこと星のない空を見上げていた。
闇に包まれながらも、空は凛として透明な気配を漂わせていた。
息は白く、頬は張りつめ、手は凍てついて、しかし心は熱かった。
そして翌日、少年は高熱を出し、医者から外出を禁止された。
予報通り、その年の初雪は降り、少年は暖房の効いた部屋の窓から、
ひらひらと舞い落ちる雪を眺めていた。
少年は、またも告白の機会を失った。

そして、3年目の冬が来た。
町から色を奪うように、雪がしんしんと降り注いでいる。
その年の初雪だった。
少年は、憧れの人へ電話をかけた。
すっかり暗記している数字を震える手で押した。
憧れの人をコールする、その音が波打つように揺れていた。
留守録に切り替わることを覚悟したとき、彼女の声が揺れながら届いた。
ごめんなさい、気づかなくて。少年の喉が渇いた。
今日会いたいのだけれど。少年は渇きを鎮めるように喉を鳴らした。
ごめんなさい、今ね。と一度区切ってから、南の島の名が聞こえてきた。
その年の初雪が降った日、憧れの人は日本にはいなかった。
少年は、降り注いでくる雪を見上げながら、電話を切った。
少年は、またしても告白の機会を失い、
その翌年、憧れの人が遠い地へと引越していくのを遠くから見送った。

そしてまた、その季節がやってきた。
少年はもう諦めかけていた。自分には運がないのだと。
冬が来ても、天気予報が寒さを告げても、少年はこころを動かさなかった。
初雪という言葉も告白という言葉も遠くなっていくことを感じた。

そしてその日がやってきた。
目覚めると、そこは一面の雪だった。
一晩で積もるほどの雪が、その年の初雪だった。
少年は、その初雪にこころの奥に
仕舞ったはずの言葉が浮き上がってくるのを感じた。
告白しなければ。
憧れの人を想い、会いたいと思い、伝えたいと思った。
伝えたい、その逸る気持ちを抱えながら、
しかし少年は、数日の間じっとこころの中と向き合っていた。

初雪。
年に一度の機会に賭ける、その愚かさに少年は気付いた。
初雪と告白。
そのふたつを関連づけることで、わざと可能性を小さなものにしてしまった。
少年は、そのことに気が付いた。
勇気のない、臆病な自分を正当化するために、
初雪が降ったら、と自分への言い訳を用意していたのではないか。
告白できない自分のふがいなさを隠そうとしていたのではないか。

少年は、思った。
初雪が降ったら、告白しよう、ではなく、
ただ一言、告白しよう、その一言で十分だと。

少年は、遠い地に暮らす憧れの人を目指して、列車に乗った。
いくつもの駅を過ぎ、いくつかのターミナルで乗り換え、
山を、谷を、川を、町を、村を越えて、そして憧れの人の住む駅に着く。
ゆっくりと列車の扉が開く。風がひんやりと頬を過ぎた。
ホームで待っているから。憧れの人は、遠目にもその人だと分かった。
少年は一度立ち止まってから、
一歩一歩確かめるように憧れの人へと向かった。
こんにちは。こんにちは。
憧れの人がほほ笑んだ。少年の固い口元にも微笑みが浮かんだ。
あ、雪よ。憧れの人が言った。あ、雪だ。少年がつぶやいた。
憧れの人だけを見つめて、少年は雪の気配に気づかなかった。
初雪よ。憧れの人がささやいた。初雪か。少年は心の中でささやいた。

.
出演者情報:地曵豪  https://orante-tokyo.com/profile/地曵豪


Tagged: , , ,   |  コメントを書く ページトップへ

佐藤充 2025年1月26日「先生の電話番号」

先生の電話番号

    ストーリー 佐藤充
       出演 地曳豪

1月。地元に帰省をして中学時代の友人に会う。
社会人10年目になる。
今でも中学時代の先生の電話番号を覚えている。
そう言うと記憶力を驚かれる。
でも、それには訳がある。

毎日電話かけていたんです。
というか毎朝かけていたんです。

そして、どこからでもかけていました。
自分の家から。親戚の家から。友達の家から。
ときには公衆電話から。

仮にその先生をS先生とします。
S先生は僕のクラスの担任であり、
僕の所属していたサッカー部の顧問であり、
地域の選抜チームの監督でした。

いつも僕の行く場所に必ずS先生がいました。

でもなにをそんなに毎日電話する用件があるのか。

遅刻の電話です。

僕はお腹が弱くて、
よく壊していました。

でも毎日お腹壊したと電話をしていると先生が電話の向こうで
本当は寝坊じゃないのか?と疑っているのを感じます。

自分で言うのもなんですが、
僕はとても寝坊しそうな顔をしています。
眠たそうな顔が理由で怒られたこともあります。
疑われるのもわかります。

だからそんなことをする必要もないのに
「寝坊しました。すみません。遅刻します」
と先生のイメージ通りの自分を演じて電話したりもしました。

そして、
毎日お腹壊してばかりだと学習がないと思われるのではと、
そこから色々な理由をつくる日々が始まりました。

ボーッとしていました。遅刻します。
キシリトールガムの食べ過ぎでお腹を壊しました。遅刻します。
鼻血が止まりません。遅刻します。
37度。微熱です。遅刻します。
雪で家のドアが開きません。遅刻します。
妹に教科書をビリビリに破かれました。遅刻します。
吉野家の牛丼についていた七味が目に入って目が開きません。遅刻します。

理由がなくなってきたら外の公衆電話からもかけました。

木曜日は燃えるゴミの日でカラスに襲われました。遅刻します。
野生のキジに威嚇されていました。遅刻します。
どこかの家から脱走したパグに追いかけられていました。遅刻します。
キツネに追いかけられていました。遅刻します。

様々な理由で遅刻の電話をしていました。
理由を考える時間のせいで遅刻した日もありました。

この遅刻の理由を考える日々が
今の企画を考える仕事につながっている気もする。
そして、お腹が弱いことを正直に打ち明けていたら良かったなとも思う。

先生の電話番号を思い出すたび、
あの日々がよみがえりいつも初心にかえる。

.
出演者情報:地曵豪 http://www.gojibiki.jp/profile.html

録音:字引康太

Tagged: , , ,   |  コメントを書く ページトップへ

伊藤健一郎 2025年1月19日「コアラによろしく」

「コアラによろしく」

    ストーリー 伊藤健一郎
       出演 地曳豪

「来週の火曜が最終出社日なんだ」とメールが来たのは、
4日前の金曜だった。

入社して15年も勤めた新橋には、思い出の味もあっただろうに、
会社近くのどこにでもあるハンバーガーショップで、
僕らはランチをすることにした。

「来月には、シドニーなんだね」と確認すると、
ポテトをつまむ手を止めて「あんまり実感ないけどね」と彼は答えた。
「そっか」と、その後につづく言葉もないまま
僕はぬるいコーヒーをすすった。

「こどもは元気?」とか。「自転車で転んで手首を捻った」とか。
1時間くらい、たわいもない話をして、
これからのことは話さなかった。

「そろそろ行かなきゃ」と彼が言って、
テーブル脇のレシートをとりながら僕は、
何か言い残したことがないか考えて
「来月には、シドニーなんだね」と、さっきの言葉を繰り返していた。
「そうだよ」と彼は笑って、僕は「いいな」と言った気がする。

店を出ると、冷たいビル風が吹いていた。
「これから会社?」と聞かれて「いや、クライアント直行」と答えた。
咄嗟に出た嘘だった。

「じゃあ、またねだね」と彼が差し出した手を握り返すと
僕の口からは「1月のシドニーは暑いのかな?」と、
最後の最後までどうでもいい言葉が出た。「コアラによろしく」

僕らは40歳間近で、100歳生きる時代とはいえ、
それはもう若くはない。
若くはないけれど、それぞれのスピードで、まずまず必死に、
相変わらず行き先を探している。

クライアントに向かう予定などなく乗り込んでしまった電車の中でも、
それなりに考えちゃったりなんかして。

.
出演者情報:地曵豪 http://www.gojibiki.jp/profile.html

録音:字引康太

Tagged: , , ,   |  コメントを書く ページトップへ

佐藤充 2024年12月15日「100ドル」

100ドル

    ストーリー 佐藤充
       出演 地曳豪

1ドルが80円くらいの頃。

「You are crazy」

「No! You are crazy」

エジプトのどこかわからない砂漠で、
僕はエジプト人と言い争っていた。

なぜこんなことになったのか。

2日前、
パスポートを含む全ての荷物をタクシードライバーに盗まれた。
エジプトではアラブの春と呼ばれる革命が起きていた。

どこの航空会社も渡航中止を呼びかけていることも知らずに、
ヨルダンからフェリーで入国してカイロへやってきた。
観光客もほぼいないカイロのゲストハウスで日本でも読める
AKIRAや寄生獣などの漫画を何度も読んで過ごしていた。

そこで帰国するために空港へ向かうタクシーで
着ている服以外をすべて盗まれたのだった。

翌日ゲストハウスのスタッフに日本大使館の場所を聞き、
大使館でパスポートの代わりとなる渡航書の発行方法を聞き、
100ドルを借りた。

渡航書発行にはいろいろな書類と、
帰国日のわかる航空券が必要だということがわかった。

やることが多くて気が遠くなるが、
そのまま警察署で盗難されたことを証明する書類を書いてもらい、
次はカイロ市内の区役所的な場所で書類をもらおうとしているときだった。

日本のように番号の書いた整理券をもらい順番を待つスタイルではなく、
窓口に向かって人の群れをかき分けて身体をぶつけあい、
順番を勝ち取るのがエジプトスタイルだった。

何度かチャレンジして諦めそうになっている時だった。
エジプト人の男が話しかけてきた。
この男がいうには友人に警察がいるので、
頼めばすぐに書類が手に入ると言う。

昨夜から一睡もできていなかったので藁にもすがる思いで
この男の言葉を信じてついていくことにした。

なぜか区役所的な施設を出て、
電車を乗り継いでたどり着いたのは、
この男の家だった。

友人の警察が来るまでゆっくりしてくれと言うので、
出されたコーヒーを飲んでくつろいでいると、
ドライブに行かないか?と男が言う。

もうここまで来てしまったら、
とことん付き合おうと思い、
ドライブへ行くことにした。

車は街を抜けて砂漠のなかへ入っていく。
街がどんどん遠ざかり小さくなっていく。
するとピラミッドが見えてきた。

それは教科書でよく見るスフィンクスがいる
ギザのピラミッドとも違う見たことのないピラミッドだった。

男はピラミッドの前で車を停める。
見渡す限り観光客などもいなく
ここにいるのは男と僕の2人だけだった。

ピラミッドのなかへ入ろうと男が言うので、
入ってみることにした。

なかは狭くて暗くて洞窟のような感じだった。
男が日本の有名な曲を歌ってくれないかと言うので、
坂本九の『上を向いて歩こう』を歌った。

男は手拍子をして答える。
知らない男と知らないピラミッドのなかで
『上を向いて歩こう』を歌う日が来るとは。

そんなことをしてピラミッドを出たあとだった。
男が僕に言う。

100ドルだ、と。

何を言っているのかわからないという態度をしていると
畳み掛けるように男は言う。

ドライブして
ピラミッドの中に入ったのだから100ドルだ、と。

そんなの払わないと伝える。

「You are crazy」と男が言う。

「No! You are crazy」と言い返す。

誰もいない砂漠のうえで言い争う男2人。
遠くに見えるカイロの街に夕陽が輝き砂漠を照らしている。

今朝大使館で借りた100ドルは消えた。
そして、友人の警察に頼んで書類を手にいれてくれる約束も嘘だった。

この100ドルなくなると無一文になるんだけど、と伝えると
男はポケットから小銭を出して渡してきた。
これでバスに乗れるから帰りな、と。

知らない街で
知らない男に渡された小銭を握りしめ、
どこで降りればいいかもわからず、
知らないバスに揺られる。

上を向いて歩こう
涙がこぼれないように
思い出す春の日 ひとりぼっちの夜

.
出演者情報:地曵豪 http://www.gojibiki.jp/profile.html

Tagged: , , ,   |  コメントを書く ページトップへ

佐藤充 2024年10月20日「唐辛子とホルモン」

唐辛子とホルモン

    ストーリー 佐藤充
       出演 地曳豪

東京に妹と甥っ子と母親が来たので、
焼肉をご馳走することにした。

最近どう?のノリで甥っ子が
「50メートル何秒?」と聞いてくる。
「今だったら10秒以上かな」と答えると、
「おそ。おれ7秒」と噛んでぐちゃぐちゃになった
ストローでリンゴジュースを飲みながら言う。

「でも昔は6秒台だった」と答えると、
「すげ」と甥っ子は尊敬の眼差しで見てくれる。

甥っ子は妹の子供で、
僕が高校生のときに生まれた。

人生ゲームだったら、
ぼくはルーレットを回しても1しか出ない。
牛歩のようなスピードで駒を進めている。
妹は常に10が出て人生を進めている。
バツ3で、また結婚しようとしている。

いつだったか電通に勤める知り合いから連絡がきた。

「いま、お前のお姉ちゃんと合コンしている」と。
「僕に姉なんていませんよ」と返信すると、
「ほんと?この人だよ」と1枚の写真が送られてくる。
そこに映るのは妹だった。

どうやら合コンで出身地の話題になり、
旭川だと自称姉の妹が答えると、
電通の人が「だったら佐藤のこと知ってる?」と言うと、
「それ弟です」と答えたらしい。

確かに人生という意味では妹は大先輩である。
思うと家族のなかでのヒエラルキーで僕は最下層に位置している。

もちろん理由もなくそのような扱いは受けない。

学生時代に留年したことを隠して、
就活には車の免許が必要だから
免許取得するためのお金を貸してくれと嘘をつき、
借りたお金で海外に2ヶ月くらい行き音信不通になり、
帰国する際に無一文になったのでまたお金を無心したりした。
親がダメだったら妹にもお金を貸してくれと連絡をした。

そのようなことすると妹も姉を名乗るようになる。
慕ってくれるのは甥っ子だけだった。

サッカーのリフティングができる。
そのままボールを公園の木より高く蹴り上げられる。
パソコンの文字を素早く打てる。
ゲームセンターのワニワニパニックでワニを逃さずにハンマーで叩ける。
飛行機にひとりで乗っていろんな海外に行ける。
地元の駅前から実家まで何も見ずに歩いて帰ってこられる。
割り箸を片手でパキッと折れる。
ロケット花火を手に持ってできる。
実家のテレビをNetflixが見られるようにしてくれる。
サウナと水風呂に長く入っていられる。

甥っ子はどれだけ僕がすごいのかを妹や親に語る。
すると決まって「わかってない」「人を見る目がない」
「騙されるんじゃないよ」などと甥っ子は責め立てられる。

甥っ子は悪くない。ぼくが悪い。

目の前にある七輪の上のホルモンがそろそろ食べごろになっている。

「この唐辛子あるでしょ」
「うん」
「これだけで食べると辛いけど、
ホルモンと一緒に食べたらぜんぜん辛くないからやってみな」
「ほんとだ、すげぇ」

甥っ子はまた妹や親から注意を受けている。



出演者情報:地曵豪 http://www.gojibiki.jp/profile.html

Tagged: , , ,   |  コメントを書く ページトップへ