坂本和加 2016年10月9日

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おじいちゃんの飯ごう

      ストーリー 坂本和加
         出演 石橋けい

まさか今頃になって、戦後71年も経って、
おじいちゃんの遺品が出てくるとは思わなかった。
家族みんな、そんな気持ちだった。

私は孫だけど、
おじいちゃんについて知っていることは、
徴兵されて戦争で死んだ、という事実だけだ。
おばあちゃんには、身近な戦争経験者として
当時のことを何度か聞いたことがある。
だけど、おばあちゃんからは、
ほんとうになんにも出てこなかった。
ときにきつく断られ、席を外された。
いつのまにか戦争は我が家の禁忌となり、
おばあちゃんは最愛のひとり息子、
私の父を亡くしてから認知症がすすんで、
なにもかもほんとうに忘れたまま、数年前に亡くなった。

終戦の年の4月に私の父は、生まれた。
そのひと月前くらいに、おじいちゃんは硫黄島で亡くなった。
享年32歳。遺影は軍服姿、出征直前に撮ったのだと思う。
たぶんおじいちゃんは、自分の子どもが
無事生まれたかどうかも知らずに死んでいった。
もちろん、おばあちゃんがその後、再婚もせず、
貧困の中でその一人息子を育て上げたことも。
あなたには、21世紀を生きる、孫もひ孫も
いるんだということも知らずに。

あるとき、おばあちゃんの遺品の整理で
おじいちゃんの勲章が出てきた。
家族もはじめて見るもので、インターネットによると
勲七等は、下士官兵クラス。戦没者に授与されたものらしい。
この勲章が、もしも家のどこかに飾られていたなら、
おじいちゃんのことを知る機会はいくらでももてただろう。

2016年の夏は、
おじいちゃんの飯ごうのフタと箸が見つかった。
硫黄島で71年も置き去りにされた
ボロボロであろうの飯ごうのフタから、
よく故人を判明できたねと驚いたけど。
現物は、フタに刻まれた傷も新しく、
はっきりとおじいちゃんの名前を判読でき、
さして使われもしなかったのかなと、想像して泣けた。
戦没者の遺骨帰還を続けている方たちが、ありがたかった。

もしもおばあちゃんが生きていたら。
飯ごうのフタと箸を、どう思っただろう。
それは軍から支給された「もの」にすぎない。
だけど、おじいちゃんがそこで確かに生きていた証は、
勲章とはぜんぜん違うもののはずだ。
長い時を経て、硫黄島から帰ってきた
おじいちゃんの遺品を、私は、
泣いてなんかいられない時代を
生き抜かなくてはならなかった
おばあちゃんの、悲しみのしっぽ。
そんなふうに思った。

出演者情報:石橋けい 03-5827-0632 吉住モータース

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坂本和加 2014年2月9日

某日日記

       ストーリー 坂本和加
          出演 西尾まり

2月某日
ひさしぶりに、本棚の整理をしようと思いたつ。
我が家の本棚は、誰にも言ったことはないが、
本のタイトルでジャンル分けされている。
右から、むしゃくしゃした気分のとき、
くじけそうになったとき、気を引き締めたいとき、などなど。
こないだ買った本「皇帝ペンギンの憂鬱」は、
少し悩んで、そっとエロスのところにしまう。

2月某日
ほっとしたくなる。
たとえば、春を探しに散歩にでるとか?
すてきな提案をしたような気分になり、外へ出る。
外は曇天で北風強く、すぐさまカフェに入る。
ふと、春の気持ちになる。
待たれているだけならまだしも、
こちらはしびれを切らして、春を探し出そうとさえしている。
春はひとつも気が休まらないことだろう。
春よ、すまなかった。そんな気分でコーヒーをすする。

2月某日
小学校からの大親友、キタッパマンが
イチゴ(とちおとめ)をもって家に遊びに来た。
しかしイチゴを持ってやってきたひとというのは、
なぜこうも誇らしげな顔をしているのだろう。
まさかイチゴを持ってくるとは思わなかったでしょう、的な。
すごく、くやしい。わたしもあんな誇らしげな顔をしたい。

2月某日
ここ数日、イチゴのことを引きずっている。
いまわたしは、負のオーラにつつまれている。
はい、そのとおりです。
そんな風には誰もいってくれない。自分でもわからない。
本棚の「気分をかえたいとき」のコーナーへ行く。
しばらくタイトルをながめて、満足する。

2月某日
そろそろ娘のひな人形を用意しなければ。
義母に、節句はどうしますか?
というメールを出そうとして、「せっ」と打ったら
かってに変換されて、セックスはどうしますか?

2月某日
娘が舌打ちをはじめた。
タン! タン! と軽快に打っている。
なんとも楽しそうな舌打ちに機嫌を良くし、
出かける当てもなく買っておいたイチゴ(とよのか)を与えてみる。
もくもくとイチゴを食べはじめた娘に、
これはあなたがはじめて食べる、イチゴという名前の果物で、
みんなが種だと思ってるそのツブツブが、
本当は実の部分なのよ! という気持ちで
「イーチーゴ!」と言う。10ヶ月の娘である。

出演者情報:西尾まり 30-5423-5904 シスカンパニー


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坂本和加 2012年1月2日

「お金としあわせになる方法」

          ストーリー 坂本和加
             出演 皆戸麻衣

わたしはお金が大好きだ。

ほんとうは、みんなそう思っているはずなのに、
世の中は、そういうことは大きな声でいってはいけない
ということになっているので、
きょうも私は密かに思う、お金が大好き。

だから大切にしなければ、
という気持ちは、しぜんに起こる。
諭吉さんも、一葉さんも、英世さんも、
おなじ顔をしているようだけど
手元にきた経緯はまったく違うから、みんな一期一会。
ここにきたのも何かのご縁、
たとえそれがつかの間であっても
「ああ、楽しかった!」と帰ってほしいし
できれば大勢のお友達をつれて
またやって来てほしいとも思うので
わたしは彼らに、いつだって手厚い接待をする。
まるでスナックのママみたいに。

諭吉さんの話は、いつだってケタが違う。
この間やってきた諭吉さんは、
ハードボイルドな話を聞かせてくれた。
俺は闇の、汚れた金だったんだって。
コカインの密売を仲介したんだって、さめざめと泣いた。
ほんとかウソかしらないけど、わたしも泣いた。
それで、彼を生き金にしなきゃと思って
慈善活動団体にぽんと寄付した。
そう、お金の使い方もそれで決まったりする。

一葉さんは、24歳。派手でオシャレ好きで、
ネイルに行くときはいつも彼女と。
ちょっと前までは紫式部さんもいたけど、
お金もけっきょく人気がないと出回れないようで
造幣局に、いまだにお蔵入りしているらしい。

海外旅行にでも行くとなると、元気になるのが英世さん。
彼は、社交的でジェンントル。ブロンド好みで、
海外での知名度がすごく高い。6カ国語も話せるし。
円の国際外交は任せたと前任の漱石さんがいってたけれど、
この円高が彼の功績なのか罪過なのか、
くわしいことはわからない。

とにかく、ありがたいことに
わたしのところには、ひっきりなしに
いろんなお金がやってきては、去っていく。
シワくちゃのお金に、ふところもこころも温まる話を聞いたり、
造幣局で生まれたばかりの新入りさんたちを祝ったり。
そうやって、彼らの未来が
楽しい世渡りであることを願い、送り出してきた。

そのたびに、わたしは心の中で
おかえりと、いってらっしゃいを繰り返す。
それは、さっぱりと気持ちのよいものであるほどいいらしい。

クレジットカードなんかはこれからも、使うつもりはない。

出演者情報:皆戸麻衣 フリー

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坂本和加 2010年12月23日


クリスマスの夜に
            ストーリー 坂本和加
               出演 西尾まり

タクシーで泣いたことが、いちどだけある。

美大を出たわたしは、東京のすみっこにある、
ちいさな大道具の制作会社でまいにち忙しく働いていて。
遅くまで食事もせずにがんばって、
深夜にタクシーで帰ることも、よくあった。
昔より女性が増えたといっても、
こういうギョーカイはまだまだ男社会で、
同年代の女友達が新作のブランドバッグをぶらさげて
銀座で合コンなんかをしているころわたしは、
すっぴんで、きたないツナギのような服を着て
何かに負けたくなくて、がんばっていた。

クリスマスのその日、東京は雨だった。
恋人もいなくて、独り暮らしの
ちいさなアパートに帰るだけの
クリスマスだったけれど、
時計を見たらもうイブも終電も終わっていて。
タクシーに乗ったのは、深夜2時を過ぎていた。

運転手さんに自宅を告げて、
つぎからつぎへと雨のつたう窓ガラスを見ていたら、
なぜだか急に泣けてきたんだった。
鼻の奥がツンとして、街のネオンがゆがんで、
「あ、マズイ」って思ったときには、もう手遅れだった。

運転席に悟られてはいけない。
バックミラーをのぞかれたり、
なにか聞かれでもしたら死ぬかもしれないと思って、
ひとつも物音を立てず、涙もぬぐわず、
コートの袖口は、涙でどんどんぐずぐずになっていった。

仕事で叱られたこととか、
いいなと密かに思っていたひとに恋人がいたこととか、
へこむことは、それなりにあったけれど。
まいにちは楽しくすぎていた、はずだった。
なのに肌荒れはひどくなるいっぽうで、
ストレスなんて減らせないし、
今日はクリスマスで、わたしは去年の服を着て、
疲れた顔して、お酒も飲まずに
仕事先からたったひとりタクシーに
乗ってかえるという26才の現実を、
いったいどのへんを、がんばったと褒めてあげたらいいのか。

とにかく涙は、とめどなく流れ出た。
だから、たたきつけるようにふる雨音と、
すこしヤレた、うるさいワイパー音がありがたかった。
そのときついた、ラジオの音も。

仕事をしていた母は、きびしいひとだった。
いつかわたしに「女は職場で泣いちゃダメ。ぜったいに」と
言ったことがあったのを思い出した。
ここは、職場じゃないのだけれど。
涙は、家までもって帰れなかったよ。
わたしは、こころのとおくで母に謝りながら、
クリスマスに必ずつくってくれた
母のコンソメ野菜のスープが、
とてもとても飲みたくなったんだった。

出演者情報:出演者情報:西尾まり 03-5423-5904 シスカンパニー所属

shoji.jpg  
動画制作:庄司輝秋

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坂本和加 2010年6月26日ライブ


ひねもすの暮らす国

ストーリー 坂本和加
出演 大川泰樹

ええ、わたしはたしかに
ひねもすを見たことがあります。
と言いますか、
ある時期いっしょに暮らしていました。

ひねもすは、不思議な生きものです。
ペットと呼べるほどなつきませんし、
かといって、何かの役に立つことなどもありません。
ときどき何か良いことを言いそうですが、
ひねもすは言葉を持ちません。

それにひねもすは、
しまっておくものなのです。
ひとに自慢したりするような
ものではないのです。だけど、
たまにはかまってやらないと、ひねくれます。

ひねもすは、いつから
まぼろしになってしまったんでしょう。
写真、とっておけばよかったですね。

出演者情報:大川泰樹 http://yasuki.seesaa.net/ 03-3478-3780 MMP

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坂本和加 2008年1月18日



ソックモンキー ~ 靴下で作ったおさるの話

                  
ストーリー 坂本和加
出演 ぼくもとさきこ

ソックモンキーは、旅をする。
それは持ち主が、変わるということ。
他のおもちゃ仲間に言わせれば、
長く愛されつづける、うらやましいおもちゃ。
おもちゃだけど、プラスチックのおもちゃみたいに
壊れたらおしまいなのとは違う。
ソックモンキーはみんなふかふかで、
だっこするのにここちのいい身体に、長いしっぽと手足。
いでたちは、おさるさん。だけどぼくらは、靴下でつくられる。
だから、ソックスのさる、ソックモンキー。
ぬいぐるみのようだけど、ぬいぐるみとは、呼ばれない。
ぼくらは、ソックモンキーだから。

ぼくが生まれたのは、1977年。
最初の持ち主はヘーゼル色のきれいな目をした
ドイツ系アメリカ人の男の子で、12年をいっしょに過ごした。
旅立ちの日は、とつぜんやってきた。
彼はもうりっぱな青年で、ソックモンキーより
ガールフレンドと遊ぶことを好んだから。
それから、生まれ故郷のミルウォーキーの街を出て、
ぼくはこの30年間で、なんどか旅をした。
持ち主はそのたびに変わって、ぼくは今のところ、6つの名前をもらった。

ぼくらが持ち主に名前をもらうのは、仲間うちではごく普通のことだ。
だけど、たいていのおもちゃはそうじゃない。
ぼくらは、みんな違った顔をしているから、それぞれに名前が必要だし、
顔や姿形が個性的なのは、小さな子供たちの遊び相手として、
大人たちに手作りされるおもちゃだから。

いちばん最初のソックモンキーは、
どこからやってきたのかわからない、
だれが作り始めたのかもわからない。
だけど、子を思う母親たちの間で、人づてに広まって、
今なお、そのスタイルを変えずに愛され、
作り継がれるおもちゃを、ぼくは知らない。
ソックモンキーは、さいしょから深い愛情と愛着につつまれていて、
持ち主が捨てたくないって思うから、世界中を旅する、しあわせなおもちゃだ。

このお話は、ほんとうの物語。
たとえば、アメリカやヨーロッパのある街で、もちろん東京のどこかでも、
旅の途中のソックモンキーたちに、あなたも会えると思う。
ぼくらを見れば、すぐにソックモンキーだって、わかるはず。
かつて靴下だった「赤いかかと」が、口とおしりにあるはずだから。

*出演者情報:ぼくもとさきこ(ペンギンプルプルペイルパイルズ)

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