中山佐知子 2009年2月27日



さまよう船が流れ着く岸辺は

                
ストーリー 中山佐知子
出演 大川泰樹

さまよう船が流れ着く岸辺は銀河の中心近くにある。
このあたりの星々はビッグバンの後にできた第二世代の星で
金属の元素が少ないために惑星の数が極端に少ない。

したがって、「さまよう船が流れ着く岸辺」と呼ばれる
小さな惑星の存在は本当に貴重なものだった。
それは銀河の中心をなす巨大なブラックホールに引き寄せられた船が
かろうじて漂着できる最後の岸辺だったのだ。

僕がここに流れ着いたのは
燃料装置の爆発が起こり
つづいて船がコントロールを失って72日めだった。

岸辺には完全に姿をとどめた船や壊れた船
あるいはその残骸がたくさん置き捨てられていて
僕の船の機能を回復させる部品にはこと欠かないように思えた。
もし修理ができなかったとしても
一年か二年にいっぺん見まわりにくる救助船が
僕を発見するだろう。
生きているか死んでいるかはともかくとしてだが。

さまよう船が流れ着く岸辺は静かな光に満たされ
昼も夜もなく、太陽も星も見えなかった。

僕が岸辺に捨てられた船のなかから
超伝導体や界磁コイルを捜していると
ときどきここに漂着した乗組員の形見にめぐりあうことがあった。
遭難の様子を記録したらしい映像装置、
個人用のパッチ型通信機、
焼け焦げのある作業用手袋。
その手袋の指の部分に入っていた硬いものは
名前の刻まれた指輪で
僕はこの指輪の持ち主のためにしばし目を閉じて祈った。

それから、思いがけないものがでてきた。
それはリボンの形に結ばれた薄い布で
どう見てもリボン以外に使い道がなさそうだった。

宇宙船が難破するとき
大人たちは爆発を恐れて子供を先にボートで送り出す。
送り出された子供が、もし宇宙の塵になったとしても
ダイヤモンドよりも強い炭素繊維のリボンは
色も褪せずに流れ着いてしまう。

僕は持ち主がいなくなって役目を終えたリボンの
その結び目をほどいて
子供の頃にしたように風になびかせようと指に巻いてみたが
リボンは垂れ下がったまま動かない。

さまよう船が流れ着く岸辺には風もなかった。

出演者情報:大川泰樹 http://yasuki.seesaa.net/ 03-3478-3780 MMP

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中山佐知子 2009年1月30日



裏庭のガラクタ置き場の

                
ストーリー 中山佐知子
出演 大川泰樹

裏庭のガラクタ置き場の
古い子供用の自転車や錆びたシャベルや
履き古した長靴のなかに
ある日、牛がいた。

牛は眠そうな目で自己紹介をして
自分は星座の牡牛座だと言った。
僕は寒くないかとたずねたが
牛は、凍りついた夜空に較べればここは暖かいと言って
実際に居心地がよさそうだった。

夕飯のとき
僕はふたたび牛のところに行って
何か食べるかときいてみたけれど
牛は何もいらないと答えた。
なにしろ僕は星座なのだからね。

それにしても…と僕はたずねた。
あなたがいなくなったら
プレヤデスやアルデバランは落っこちてこないんですか。

君は星が落ちるところを見たことがあるかね。
牛はちょっと威張った顔をした。
そういえば僕は星が落ちたところを見たことがなかった。

僕は脱ぎ捨てられた牡牛座なのさ、と
牛はつづけた。
アルデバランもプレアデスも
望遠鏡がなければと見えないM1の星雲まで
いまではすっかりメジャーになって独立している。
あいつらは実際に目に見える存在なのだから。
それに較べて、僕はこの牛の形さえ
星と星を繋ぎ合わせた人間の想像力から生まれたものだ。
僕の物語はもう失われた神話になってしまって
いまでは誰も僕が空にいる理由を知らないだろう。

僕は、ギリシャの神々の王と
美しい人間の王女が登場する牡牛座の伝説を
子供の頃に読んだことがあったけれど
そのことは言わずに別の話をした。

人は忘れてしまった物語を
また新しく作りだすことができることや
失われた記録を地面の下や海の底から
見つけ出すことができること
そして、それから、最後に僕は牛に申し出た。

僕がきみの新しい伝説を書いてあげるよ。

そしてそれからどうなったかというと
裏庭のガラクタ置き場の
古い毛布の上に牛はいまでも寝そべっていて
近ごろはすっかり口うるさく
僕の書いたものを批評している。

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秋山晶 2008年12月31日 大晦日スペシャル



    波

             
ストーリー 秋山晶
出演 大川泰樹

片岡義男「白い波の荒野へ」

ジェリー・ロペス「サーフ リアリゼーション」

ブライアン・ウイルソン「ペット・サウンズ」

ジャック・ジョンソン「オン・アンド・オン」

ジョン・ミリアス「ビッグウエンズデイ」

ブルース・ブラウン「エンドレスサマー」

アートディレクター 川口清勝(セイジョ)

フィルムディレクター 牧鉄馬

僕の周囲は時の流れが乱れ、気圧が下がっている。

バハマの方からハリケーンが来そうな気配だ。

来る年の言葉は、波です。5フィートか、50フィートか。

◎09年5月16日のライブの音声を紹介しています。

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中山佐知子 2008年12月31日 大晦日スペシャル



エデンから放たれた男と女は

                
ストーリー 中山佐知子
出演 大川泰樹

エデンから放たれた男と女は
すぐに一緒に暮らしはじめた。

女はまだ若くあどけなかったし
男も女よりひとつ年上なだけで
ふたりともエデンの外のことについては
何もわかっていなかった。

男には9号という認識番号があった。
女は15号だった。
エデンの外に暮らす人々は
この美しいふたりが自分の土地で暮らすことを喜び
ことあるごとにカメラを向けた。

ある日、黒い大きな翼を持った鳥が女を襲った。
女はやっと逃げたが
動くのが不自由になるほどの怪我をして
誰の目も届かない山のなかに隠れてしまった。

土地の人々は心配して女をさがしたが見つからず
やっと追いついた男を女は追い払った。
私のそばにいると一緒に食べられてしまう….

男は女を守る手段をなにも授かっていなかったし
女もそれを承知で運命に従うしかなかった。

いままで自分たちを傷つけるものがいるなどと
考えたこともなかったが
このときはじめてふたりは
エデンの外で生きることの意味を知ったのだ。
そこでの自由は常に命の危険と引き換えだった。

男は女に追い払われても
木の枝に隠れるようにして近くに潜んでいたが
やがて冬の山の静寂の中で
女の骨が噛み砕かれる音を聞いた。

こうして、ニッポニア・ニッポン
この国で朱鷺と呼ばれる鳥がまた一羽死んだ。

その朱鷺の最後の写真は
捜索した人々がやっと見つけて撮影した
白い羽根と骨のカケラだった。

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中山佐知子 2008年12月26日



星のマーケット

                
ストーリー 中山佐知子
出演 大川泰樹

星のマーケットを歩いていた。
星のマーケットは海の底に似ていた。

霧もないのに見通しがきかず
うす青い闇に星の屋台が並んでいた。
なかには屋台を持たず、手当たり次第あたりの樹々に
星をぶらさげて売る商人もいた。
明るい星もあれば消えそうな星もあった。

僕は歩きながら
ただぼんやりと星を見ていた。

4000年もむかしのファラオの星がいた。
僕の間違いでなかったら
3万年も前のネアンデルタール人の星も
ほんのいくつかあったと思う。
動物たちの星も多かった。
けれども僕が中学のときに死んだおばあちゃんや
今年亡くなった漫画家の星がなかった。

大きなマンモスの星を見つけたときは
この世界のどこかに
まるごと氷に閉じ込められたマンモスが
まだいるんだなと思った。
古生物学の教授が発見したらどんなに喜ぶだろう。

それから僕は思い出した。
火葬した骨にはDNAが残らない。
それから僕は考えてみた。
星のマーケットの星々は
かつて生きたものたちが残したDNAだと。
それは土や氷に埋もれて
まだこの地上に確かに存在している。

おばあちゃんも漫画家も
非暴力を唱えたインドの宗教家も
人民に愛された中国の首相も
美しかった映画女優もノーベル賞の物理学者も
熱狂的なファンに銃で撃たれたミュージシャンも
星を残してはいなかった。
けれども
銃殺されて埋められたロシア皇帝の星は見つかった。
パイロットとして従軍し、飛行機ごと行方不明になった
フランスの作家もちゃんと星になっていた。

その星を僕が買えば、作家は戻ってくるのだろうか。
そんなことを考えていると
小さな明るい星が僕の足元にすり寄ってきた。
それは星のくせに見覚えのある縞の尻尾がついており
三日ほど前から帰って来ない僕の猫のようだった。
僕はその星を抱き上げ、お金を払った。

翌朝、目が覚めてみると
いなくなっていた猫が、僕の耳元でにゃあと鳴いた。

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中山佐知子 2008年11月28日



歌いながら

                
ストーリー 中山佐知子
出演 大川泰樹

歌いながら働く。昔はそうだったと誰もがいう。

田植えの仕事はいちばんきついから
田植えの日はハレの日になった。
娘たちは紺絣の下に赤い色をのぞかせて
華やかに田に入り働きを競い合った。
男たちも総出で太鼓を打ち鳴らし
励ますように歌をうたった。
ふるさとの初夏は歌声に満ちていた。

その草原では夜明け前から
ガラガラと音を立てて荷車が到着する。
あっちからもこっちからも。
馬の蹄の音が暗い空を突き破るばかりに響いているが
それよりも高らかな声が荷車の上で歌っている。
やがて鎌を持った人影が荷車から下りて
しめった草を刈りはじめる。
この里では夜明け前の草刈りが男たちの大事な仕事で
草刈りの歌がうまくなる頃は
子供だと思っていた少年も一人前の働き手になるのだった。

その男たちの着物は女が着せる。
綿摘み、綿繰り、綿打ち、綿紡ぎ
綿のつく言葉の多さは
綿が着物になるまでの手間の多さそのものだったが
その仕事のひとつひとつに歌があり
眠気をこらえて夜なべをする女をほめそやす歌まであった。

朝、鶏の声で目覚めていた娘が
さらに早起きになったのは
草刈りに行く若者の歌を聞きたいからだ。
まだ寝静まった暗い家の中でひとり目を覚まし
自分の歌声があの声に重なる日が来るだろうかと考えるのは
心細くも悲しくもあった。
それでも歌声が遠ざかる頃には
そっと起き出して今日家族が食べる分の麦を搗く。
母のする仕事をひとひとつ覚え
母がうたう歌をひとつひとつ覚えなければ
自分の望みはかなうまいと思うのだ。

田植え歌、草刈り歌、糸引き歌、機織り歌
米つき歌に粉挽き歌。炭焼き歌、酒造り歌。

昔はみんなうたいながら働いた。
歌は仕事のつらさへの理解であり、なぐさめであり
手助けでもあった。
歌は大勢の働き手の息をひとつに合わせた。
働くことでしか思いを告げる方法がなかったとき
仕事の歌はせつなくもあった。

いま、誰もうたわない仕事場で
僕はそのことを思う。

出演者情報:大川泰樹 http://yasuki.seesaa.net/ 03-3478-3780 MMP

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