中山佐知子 2015年10月25日

2015nakayama

まず14段の階段を上り

     ストーリー 中山佐知子
        出演 大川泰樹

まず14段の階段を上り、次にまた14段の階段を上ると
改札のある階に出る。
改札を出て14段の階段を上り、
また14段、次に13段の階段を上る。
それから11段の階段を上がり、12段を上り、
17段を上る。
最後に10段を上って、やっと地上に出る。

この長くて退屈な階段を毎日上って会社へ行く。
ホームから出口までの階段を数えたら118段あった。
クフ王のピラミッドさえ201段だ。
ピラミッド…石を運ぶ奴隷…
しかしピラミッドは最初から201段あったわけではない。
何十年もかけて201段に成長したのだ。
10段とか20段のころはラクだっただろうな。

会社は駅の出口から近いが、
ある日、駅のホームで忘れ物に気づき、
階段を上って会社まで取りに戻り、
また引き返して来たら17分がたっていた。
これで駅から近いと言えるのだろうか。

駅のホームから14段と14段の階段を上って改札を出ると
向かい合わせにパン屋とコンビニとトイレがある。
コンビニには元同僚だった齋藤くんが働いている。
齋藤くんは、4ヶ月ほど前、
つまり夏の暑い盛りに二日酔いで出社しようとしたのだが、
電車を下りて14段上ったところで貧血を起こした。
私はすぐに駅員を呼んだ。
私と駅員は齋藤くんを抱えて改札階までの14段を這い上がったが、

残る90段を思うと暗澹たる気持ちになった。
すると齋藤くんは「俺にかまわず行ってくれ」と言い残して
よろめきながらトイレに去った。
思えばそれが齋藤くんのスーツ姿を見た最後だった。

トイレから出た齋藤くんは
向かいのコンビニの「店員募集」の張紙を見るやいなや
そのまま応募してしまった。
次に齋藤くんを見たときはTシャツ姿でエプロンをかけ
レジの向こうで一杯100円のコーヒーを担当していた。
齋藤くんはいま階段的にはエリートに属して幸せそうだった。
私は相変わらず奴隷のように118段を上り下りして
息を切らせているのに較べ、
齋藤くんはたった28段を口笛吹きながら上下しているのだ。

さて、コンビニの向かいのパン屋には清水さんがいる。
清水さんは入社一日めの通勤で靴のヒールが折れて遅刻をし、
それを叱った上司に辞表をたたきつけたという噂がある。
それもこれも階段のせいだ。
清水さんは改札の前のパン屋で
元上司や同僚が背中をまるめて階段を上がる姿を眺めながら
毎日ほがらかに働いている。

そういえばうちの会社の創立記念日に社長の訓辞があった。
テーマが「階段」だった。
嫌われても罵られても階段はホームと出口を繋ぐために必要だ、
みたいなことをしゃべっていたが
運転手付きの自動車で通勤するやつに
そんなこと言われたくないと評判が非常に悪かった。

それにしても118段は長い。
もう何も考えないで上ろう。

出演者情報:大川泰樹(フリー) http://yasuki.seesaa.net/

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中山佐知子 2015年9月27日

1508nakayama

野分情報です

     ストーリー 中山佐知子
        出演 大川泰樹

それでは野分情報です。
秋の花の色もますます美しくなった昨日から今朝にかけて
激しい野分が吹き荒れました。

光源氏がお住まいの六条院では
ご滞在中の秋好中宮(あきをこのむちゅうぐう)が風の音におびえつつも、
お庭の草花を哀れに思し召され
不安な一夜をお過ごしになりました。

光源氏の長男、夕霧中将は
野分のはじめに父の館を見舞ったところ
御簾を吹き上げた風のおかげで
紫の上のお姿をかいま見ることができました。
夕霧中将は
「ひと晩眠れないほどの美しさだった。
 私もあのような妻を得て幸せになりたい」と
夢を語っています。

なお、和泉式部のもとにはこの夕暮れ
恋人の敦道親王から
うれしいおたよりが届いたもようです。

昨日の昼から次第に勢いを増した野分は
日暮れとともに勢力を増し
都の人々は、大木の枝が折れる音や
屋根瓦の割れる音などにおびえながら一夜を過ごしました。
深夜から未明にかけては断続的な雨も加わり
午前中にはわずかに日が射したものの
空の色は重く、霧に閉ざされています。

さて、この野分の被害ですが
風速は40メートル以上と推定され
建物の損傷、倒壊など風による被害が目立っています。
庭は飛び散った瓦や倒れた垣根で危険な状態です。
歩くときはくれぐれもご注意ください。
死者、行方不明者の報告はまだ届いておりません。
海外渡航の船舶についての報告ですが
天台宗の僧侶寂照さんは無事に中国に到着しています。
宮中式部省の広報によりますと
予定されていた秋草の宴は中止になる見込みです。

つづいて新刊情報です。
紫式部「源氏物語第一部」間もなく刊行。
ご予約はお早めにね。

出演者情報:大川泰樹(フリー) http://yasuki.seesaa.net/

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中山佐知子 2015年8月23日

1508nakayama

日本が輸出した介護型アンドロイドが

     ストーリー 中山佐知子
        出演 大川泰樹

日本が輸出した介護型アンドロイドが
海外の、ことに英語圏で
次々と故障する原因がサラダにあるという事実について
発表いたします。

アンドロイドの注意書きとして
食べ物や飲み物を与えないことは
もちろん明記されています。
それなのになぜアンドロイドはサラダを食べてしまうのか。
それはアンドロイドの雇い主が
食べるようにすすめるからです。
アンドロイドは。ことに介護型のアンドロイドは
雇い主に逆らわないようプログラムされています。

しかし、アンドロイドの雇い主は
なぜアンドロイドに向かって
「サラダをどうぞ」と言ってしまうのでしょう。
そして、なぜサラダなのでしょうか。

まず、なぜサラダかを考えたいと思います。
たとえばひとり暮らしの老婦人が
夕食にオムレツとサラダを食べるとします。
オムレツはひとつがひとり分ですから
アンドロイドは、「どうぞ」と言われても丁重に断りつづけます。
雇い主の所有物を奪わないプログラムが
ストップをかけるからです。
しかしサラダは取り分けるのが基本ですから
奪うことにはならない。
ここにサラダの落とし穴があります。

次にアンドロイド自身の問題です。
ホスピタリティを必要とする医師や看護師は
「you・あなた」という主語のかわりに
「we・わたしたち」を使います。
介護型アンドロイドの言語も同じようにプログラムされています。
アンドロイドは老婦人の食卓にサラダをお出しするときに
「あなたはサラダを召し上がってください」ではなく
「私たちはサラダをいただきましょうね」と言います。
老婦人は思わずその言葉を繰り返します。
「私たちはサラダをいただきましょうね」

このひと言によってアンドロイドはサラダを食べ
故障してしまうのです。

対策としては
言語プログラムからホスピタリティを抜く、
または自己防衛を強化するなどのアイデアは出ていますが
いずれにしろ多少感じの悪いアンドロイドになることは否めず、
委員会としてもアタマの痛い問題をかかえております。
では発表を終わります。

出演者情報:大川泰樹(フリー) http://yasuki.seesaa.net/

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中山佐知子 2015年7月26日

1507nakayama

僕はトマトを食べなかった

     ストーリー 中山佐知子
        出演 大川泰樹

僕はトマトを食べなかった。
彼女はトマトしか食べなかった。
だから、一緒にサラダを食べるにはいい組み合わせだった。

僕はレモンとバジルの利いたドレッシングが好きで
それは彼女も同じだった。
だからひとつのサラダボウルに
彼女のトマトと僕のセロリが仲良く同居するのは
まったく差し支えがなかった。

彼女は毎日サラダをつくった。
僕の好きなセロリとアスパラガスにトマトが加わると
明るく陽気な色彩になった。

彼女はときどき僕にトマトを食べさせようとする。
トマトを食べないとカラダの酸化が進むというのが
彼女の言い分だった。
酸化はつまり老化のことで、
僕たちの星に生まれたものは
有害な酸素を呼吸しながら生きて
酸素のせいで病気になり、酸素のせいで年を取って死ぬ。

問題は酸素なのよ、と彼女は言う。
だからトマトを食べなくては、と言う。

その通りだった。問題は酸素だ。
しかし、トマトとは逆の意味だった。
この船には広い居住空間があり
一生かかっても食べきれないほどの食料が積まれているが
酸素にやや問題があった。
つまり、現在は予備の酸素発生装置を使っているという
危機的状況にあり、
老化以前の生存の問題に直面しながら
次の星の港へ全速力で向かっている最中だったのだ。

トマトを食べなさい、と、今朝も彼女は僕に言う。
僕は何も答えずにセロリを食べ、トマトを残した。

どうして僕たちのカラダは
酸素のせいで年を取って死ぬのだろう。
そのくせ、酸素を呼吸しないと生きられないのはなぜだろう。
そして、予備の酸素発生装置はどこまで持つのだろう。

次の港へ向かって全速力で飛びながら
僕は酸素にこだわりつづけ
彼女はトマトにこだわりつづけている。
今朝のドレッシングはゴルゴンゾーラチーズの味がした。

出演者情報:大川泰樹(フリー) http://yasuki.seesaa.net/

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中山佐知子 2015年6月28日

1506nakayama

シチリア島は一年365日

     ストーリー 中山佐知子
        出演 大川泰樹

シチリア島は一年365日のうち360日が晴天の島だが
オリーブの木はこんな乾いた気候と仲良しで
ところによっては千年も長生きをする。
千年も昔といえば、島はイスラムの領土だった。
当時のイスラムは世界の先進国で
新しい農業技術が持ち込まれ、ヨーロッパにない果物が実った。
政治はシンプルで、税金は公平だった。
いい時代に生まれたとオリーブの木は思っただろう。

それからバイキングの末裔がやってきてシチリア王国を築いた。
彼らは少なくとも文化や言語、宗教に関しては寛容だった。
彼らはフランス語をしゃべっていたが
ギリシャ語もアラビア語も国の言葉と認めた。
しかし100年もするとお家騒動が起こり
ドイツの皇帝がシチリア王になった。

13世紀にはフランスとスペイン、イタリアが
シチリアをめぐって争った。
問題は、たぶんここから先だ。
シチリアは、ピンボールのように争いのなかで転がりつづけ、
搾取された。

オリーブの木にとってご領主さまが誰でも関係なかったが
それはオリーブの世話をする村人にとっても同じことだった。
どのご領主さまも年貢には厳しかったし、
過酷な取り立て人がやってきては
払えないと木を伐られたり家畜を殺されたりもした。
しかし、その取り立て人が年貢のピンハネで財を蓄え、
村のボスにのし上がると、
こんどはご領主さまに逆らって実質的な権力を握った。
これがシチリアのマフィアのはじまりだそうだ。

19世紀の終わり頃、
シチリアはイタリアに併合されたが
貧しくて学校へ行けない子供らは
イタリア語をしゃべれず、読み書きもできず、
手っ取り早い出世を夢見てマフィアに身を投じた。

ゴッドファーザーⅡには
主人公が両親と兄を殺したシチリアのマフィアに
復讐をするシーンがあるが、
そのとき主人公の表向きの商売はオリーブオイルの輸入業者だった。

出演者情報:大川泰樹(フリー) http://yasuki.seesaa.net/

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中山佐知子 2015年5月31日

1505nakayama2

クチベニが死んだ

     ストーリー 中山佐知子
        出演 大川泰樹

クチベニが死んだ。
死んだ仲間は
たいがいこのあたりの浜辺に打ち上げられるが
クチベニは小さいし、目立たないから
誰も気づいてやれないかもしれない。

クチベニは外から見ると
爪の先くらいの白いちっぽけな貝だった。
固くて分厚い殻に閉じこもっていた。
艶も模様もない、ただ白いだけの制服を着て
しっかり口を閉じて生きてきたのだと思う。

クチベニを見ていると
僕は修道院のシスターを思い出すことがあった。
人生に多くを望まず
海の底で生きるために食べ、食べるために生きていたに違いない。
誰かにかまわれることがほとんどなかったし
たぶん死ぬときもひとりで死んだのだろう。

死んだクチベニの残した貝殻は
ぐるぐると波に遊ばれ、砂浜に運ばれる。
そして、それを拾った人が気づくのは
貝の内側にすっと引かれた赤い紅の色だ。

生きているときは決して見せなかった口紅の色。
表からは決して見えなかった色。

女は自分にしか見えない
もうひとつの顔を持っていると気づいたのは
その赤い色を見つけたときだったが、
赤という色の鮮やかさを知ったのも同じときだった。

 
出演者情報:大川泰樹(フリー) http://yasuki.seesaa.net/

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